表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/75

track2-2. 夏鳥は弾丸を噛む -The Summer Bird Bites the Bullet-

「――トモ」


 ふと、夏野を呼ぶ声がした。

 顔を上げると、そこには夏野と同世代の少年が快活な笑みを浮かべて立っている。


「――(たすく)……?」


 夏野がその名を呼ぶと彼は前の席に座り、振り向きざまにニヤリと笑った。

 少しずつ周囲の喧騒(けんそう)が耳に入ってきて、夏野はこれが中学生の頃の記憶だと気付く。

 休み時間になると、よく佑はこうして前の席から夏野に話しかけてきた。


「今日兄貴から借りたDVD持ってきた。例の超絶速弾きバンド、休み時間に視聴覚室で()ない?」

「いいね、観よう観よう」

「ほんとビビるから。信じられる? ドリルでギター弾くんだぜ」


 佑が口でギュインギュインと言いながらエアギターの振りをしてみせる。

 その様子がおかしくて、夏野も「マジで?」と大袈裟(おおげさ)に驚く振りで応戦した。


「マジマジ。今度のライブで俺たちも披露(ひろう)しようぜ。用務員室でドリル借りてさ」

「いいじゃん、さすが佑」

「なっ、ナイスアイデアだろ?」


 得意げに笑う佑を見て、夏野もまた笑みを浮かべる。


 夏野が佑と組んだバンド『NORTHERN BRAVER』は学内で一番人気があった。

 バンド名の由来は何てことはない、夏野たちの通う学校が『北中学校』だからだ。

 幼い頃からギター教室に通っていた佑がリーダーを務め、夏野がボーカル、そしてベースとドラムは初心者の同級生たちが担当している。

 気負いのないバンド名とは裏腹に折り紙付きの実力が功を奏し、ライブでは固定ファンもついていた。


「なっちゃんおつかれ、今日も格好良かったよ!」


 亜季はいつも最前列でライブを見守り、終わったあと必ず夏野の元を訪れる。

 そんな幼馴染みの熱意に満ちた(ねぎら)いに、夏野は照れながら「サンキュー」とだけ返すのが精一杯だった。


「ちょっと高梨(たかなし)さん。トモだけじゃなくて俺は?」


 そんな二人に割って入るように、佑が飛び込んでくる。

 亜季が「佑くんも勿論(もちろん)良かったよ」と返すと、彼は得意げな表情で夏野の肩を抱き寄せた。


「だろ? 俺とトモが組んだら最強だもん」

「今度コンテストにも出るんだって? 応援に行くから頑張ってね」

「あぁ、軽く優勝だな!」


 豪快に笑う佑につられて、夏野も一緒に笑う。

 正直コンテストの結果はどうでもいい――そう言うと佑は怒るかも知れないけれど。

 バンド活動は楽しいし、何より佑の演奏が好きだ。

 佑のギターに乗ると、なんだかいつもより上手く歌えている気がする。

 音楽の趣味が合い一番の友人でもある佑は、夏野にとって特別な存在だった。


 だから、佑がコンテストに出たいと言った時にも、夏野は二つ返事で参加を決めた。

 ――今思えば、あの時が一番楽しかった。



「――あの」


 いきなり話しかけられ、夏野は一気に現実世界に引き戻される。


 慌てて顔を上げると、例のストリートミュージシャンが目の前に立っていた。

 大きなサングラスで目元を隠し黒いニット帽で頭を覆うその()()ちは、対峙(たいじ)する者に否応(いやおう)なしの圧迫感を与える。

 一瞬その雰囲気に()まれかけたが、動揺を悟られるのが口惜(くや)しくて夏野はあえて強い声を出した。


「――何?」


 夏野の声を聞いた目の前の男は、(しば)し沈黙したあと遠慮がちに口を開く。


「……いや、俺の演奏一生懸命聴いてくれてたから、もしかして知っている曲かと思って。『Mr.Loud』、好き?」


 良い声だな、と思った。

 そして同時に、久々に聞く『Mr.Loud』という単語に夏野の心がざわめく。

 それは、あの日佑と視聴覚室でライブ映像を観たバンドの名前だった。


「あぁ……うん、昔よく聴いてた」


 心を落ち着かせながら答える。

 サングラスで表情は少し読み取りづらいが、夏野の目には彼が心なしか嬉しそうに見えた。

 平静を取り戻した夏野は、ふと気になったことを口にする。


「あえてバラードじゃなくてあの曲を弾いていたのは何で? アコギだと弾きづらくない?」

「バラード一通り弾き終わっちゃったから――あ、聴いてなかった?」


 彼がちらと夏野の手元を見た。


「CD聴いてたんだ。何聴いてたの?」

「『Swords & Flowers』知ってる? さっきライブ盤中古屋で見付けて」

勿論(もちろん)知ってる。俺も好き」


 そして今度はSwords & Flowersの代表曲を爪弾(つまび)き出した。

 またもやそれはアコースティックで弾くような曲ではなかったが、夏野の心にはすとんと自然なスピードで届く。

 思いがけず訪れた小さな奇跡の連続に、自然と夏野の顔から笑みが(こぼ)れた。


「その曲もアコギで弾くんだ。上手いね」

「ありがとう。なんだか俺たち、すごく趣味が合うみたい」


 彼の瞳が真っ暗なサングラスの奥で笑ったように見える。

 そして彼は「あ、そうだ」と思い付いたように続けた。


「――ねぇ、折角(せっかく)だから、一曲歌っていかない?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
かねてから未来屋さんの軸となる作品とお見受けする本作。遅ればせながら、ゆっくりですか読ませていただいています。改稿、いいですよね。僕も改稿大好きです。初めて投稿した時の勢いは若干減りますが、深く読み込…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ