track6-5. そして彼は『女王』になった -Thus He Became the "Queen"-
翌日の夜、達哉は事務所に呼び出された。
到着すると、ロビーで越智が『ごめん』と謝るようなポーズをしながら駆け寄ってくる。
仕事とはいえ毎度毎度こんな歳下に頭を下げなければならないなんて、達哉は生まれ変わってもマネージャーにだけはなりたくないと思うのだった。
「達哉くん、急にごめんね。雑誌のインタビューが入ってきちゃって」
会場へと向かうエレベーターの中で、越智から仕事内容の説明を受ける。
今回のインタビューはKing & Queenではなく、あくまで作曲家鬼崎達哉個人にフォーカスしたものだという。
どうやら社長が直々に話をまとめてきたため、急なスケジューリングとなったらしい。
脳裡に社長の顔がちらついたが、考えるだけ無駄だと思考を切り替える。
「仕事だから仕方ないでしょ、さっさと終わらせるよ」
控室には既にスタイリストが待機していた。
メイクと着替えを早々に終えて、越智と会議室に向かう。
中でコーヒーを飲んでいた女性のインタビュアーに「お待たせしてすみません」と作り笑顔で一言かけてから、その日の仕事が始まった。
不自然過ぎるくらい白いシャツに身を包んだ達哉は、カメラマンに言われるがままポーズを取る。
「腕を組んで物憂げに俯いてください」
「カメラの先の恋人を見つめるような視線でお願いします」
「手元のキーボードを適当に弾いてください」
――まるで客寄せパンダじゃないか、心の中の達哉が悪態を吐く。
しかし、現実の達哉は文句一つ言わず、淡々と指示をこなしていった。
今考えるべきは、この仕事を一刻も早く終わらせ家に帰ることだ。
帰ってからも新曲のアイデア出しにはじまりアレンジャーから戻ってきた楽曲の確認、全米ヒットチャートを席巻しているアルバムの研究、ライブ演出が話題のバンドの映像作品チェックなど、King & Queenのためにやるべきことは山程ある。
そして達哉の努力もあってか撮影は順調に進み、遂にインタビューが始まった。
「King & Queenの快進撃はすごいですね。セカンドアルバム『One more music』は初登場チャート1位でしたが、次のシングルも1位狙いですか?」
「そうですね。デビュー以来多くの方々にKing & Queenの作品を聴いて頂けて、僕たちも本当に嬉しいです。今も新しいシングルをレコーディング中なので、是非楽しみにしていてください」
次も1位を獲るなんて当然――そんな野心はおくびにも出さず、達哉は控えめな笑みで受け答えをする。
インタビュアーが、そして世間が求めるような回答を繰り返し、退屈な時間は過ぎていった。
――そんな既定通りのやり取りが揺らいだのは、インタビューが後半に差し掛かった頃合いのことだ。
「鬼崎さんは若くしてKing & Queenの作詞・作曲をすべて行っていますよね。子どもの頃から音楽が好きだったんですか?」
「はい。作曲を始めたのは小学生の時ですね。小さい頃からピアノが好きで――」
「そう、こちらでも調べてみて驚いたんですが、鬼崎家はエリート一家なんですね!」
「――え?」
達哉の笑みが引き攣った。
その様子に気付くことなく、インタビュアーが興奮した様子で続ける。
「お父様がフルート奏者、お母様がピアノの先生をやっていらして、お兄様に至っては音大のバイオリニスト! 生粋の音楽一家ですよね。鬼崎さんの素晴らしいピアノのテクニックはお母様から習ったんですか?」
想定外の言葉を浴びせかけられつつ、達哉は必死で頭を回転させた。
家族の話はデビュー以来一切していない。
それなのに何故、わざわざ彼らは家族のことを調べ、そしてインタビューで訊いてきたのか。
――そして、達哉は今回のインタビューが社長案件であることを思い出す。
彼のことだ、楽曲だけではなくプライベートの話も出した方が世間の食い付きが良いと考えたのだろう――達哉の都合など、考えもせずに。
「天才高校生ミュージシャン誕生の裏には、ご両親の英才教育があったんですね!」
『――ま、飛ぶ鳥を落とす勢いの天才高校生ミュージシャン様には関係ねぇだろうけど』
いつしか冬島に言われた言葉がよみがえる。
何故、こんな時に限って。
達哉は眩暈に襲われながら、それでも反論を試みようと口を開く。
「いえ、僕は天才なんかじゃ」
「何を仰るんです、誰が見たって天才じゃないですか。優秀なご家族にも恵まれて本当にすごいですよねぇ」
『――ねぇ、それに何の価値があるの?』
瞬間、脳内に響いたのは目の前のインタビュアーとは別の女の声だった。
口の中がからからに乾いて声が出ない。
呼吸も浅くなる中、達哉は必死で平静を取り戻そうとする。
そんな達哉に構うことなく、目の前の女性インタビュアーがまくし立てる。
「そんな天才の鬼崎さんが、クラシックを離れてJ-POPに傾倒するようになったのは何が切っ掛けですか? 同じ音楽の世界とはいえ違う道を選ばれて、たとえばご両親との確執とか――」
――ガシャン!!!
何かが割れるような激しい音が鳴り響き、達哉の思考がリセットされた。
「すみません、グラス割っちゃいました」
室内が静まり返る中達哉が振り返ると、そこにはいつものように困った顔で笑う越智が立っている。
ただ普段と違うのは、彼の前に粉々になったガラスの破片が飛び散っているということだ。
「片付けお願い」と他のスタッフに指示を出しながら、越智は達哉の傍に立ち両肩に優しく手を置く。
その大きな手から伝わるぬくもりは、動揺していた達哉の心を少しずつ落ち着かせてくれた。
「いやぁ、インタビューの邪魔をしちゃってすみません。どうぞ続けてください、但し――」
ゆっくり前に向き直ると、心なしか対面するインタビュアーの顔色が悪く見える。
その一方で、頭の上から聞こえる越智の声は普段より少しだけ低く、そして――達哉が聞いたことのない重さを纏って響いた。
「――折角の機会ですし、直接関係のない家族の話なんかより是非『メンバー本人』のことを掘り下げて頂けるとありがたいんですが……いかがでしょう?」