表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/75

track0. 幕間 -Interlude 5.5-

 ――歌を忘れた鳥の行く先を君は知っているか?



track0. 幕間(まくあい) -Interlude 5.5-



 曲が終わる。

 初々しい新入生バンドは入念な練習を積んできたのだろう。

 アウトロを見事に弾き終えたキーボードが残響で室内を彩る。

 その消えゆく音に追いすがろうと、観客たちが盛大な拍手を送った。


 ――あぁ、やっぱり音楽って最高だ。


 そんな当たり前のことを、今更ながらに思い出す。

 次はもう自分たちの出番だというのに、俺は自由な思いでただ音楽を楽しんでいた。

 それはまるで、(おり)から解き放たれたばかりの鳥のように。


 先輩の講評を緊張の面持(おもも)ちで聞く彼女たちを眺めていると、その中の一人と目が合う。

 黒いストレートヘアを揺らす彼女の顔はマスクで半分以上隠れていた。

 力強くも華やかにメロディーを刻んだキーボーディスト――その猫のような瞳を見つめていると、不意にするりと視線を外される。

 何かから(のが)れるようなその仕種(しぐさ)が、俺の心に(かす)かな爪痕(つめあと)を残した。


「――夏野さん、大丈夫?」

 

 左側から(ささや)く声がする。

 視線を向けるとそのギタリストは生真面目(きまじめ)な顔でこちらを見ていた。

 攻撃的にすら見える明るい茶髪の相棒は、鋭い眼差しの奥に気遣(きづか)いの色を見せる。

 俺が笑みを浮かべて小さく(うなず)くと、彼はほっとしたように少しだけ表情を緩めた。


「そろそろスタンバイです」


 俺たちはそれぞれの武器を手に、観客席から立ち上がる。

 視聴覚室の前方に用意されたステージへ近付く(たび)、ぴくりと鼓動が跳ねた。


 これは恐れか――それとも(よろこ)びか。


 自分でもその感情を測りかねながら進む。

 一歩一歩、踏み締める毎に過去の記憶が胸を去来した。


 歌を歌うのが好きだった。

 会場を染め上げる熱狂の声、ステージから見える観客の笑顔、そして――隣から響くギターの音色。

 すべてが俺をこの世界につなぎとめていた。



 そう――あの日、すべてを(うしな)うまでは。



 何もできないまま無情にも時間は過ぎていく。

 このままきっと、俺は音楽とは無縁の人生を送るんだろう――本気でそう思っていた。



 それなのに、おまえは俺の灰色の世界を(またた)()に塗り替えていく。

 胸が(おど)るような心地良い音と、身を()がすような確かな熱で。



「――はい、それでは皆さまお待ちかね、最後のバンドです!」


 場内にアナウンスが響く。

 現実世界に意識を引き戻された俺は、静かに目を開いた。


 沢山の観客たちがマイクの前に立つ俺を見ている。

 好意的なものからこちらを品定めするようなもの、そして敵意を(まと)った鋭いものまで――この身に向けられた数えきれない視線を受け、俺は一つ息を吐いたあと左隣を一瞥(いちべつ)する。


 そこに立っているのは、俺をこの世界にもう一度連れ戻したギタリスト。



 ――時は満ちた。

 ここまできたら、もう『やるしかない』。



 俺は無言で深く一礼する。

 室内を満たしていたざわめきがぴたりと止んだ。



 ――さぁ、準備はいいかい?



 俺は大きく息を吸ったあと、目の前のマイクに向かって歌声を放つ。


 己のすべてを解き放つように――果ては世界を切り裂くように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
初見です! 学生独特の世界観を巧みに表現されていて、自然と情景が思い浮かびました! こんな素晴らしい文章書けるなんて尊敬です(((o(*゜▽゜*)o)))
こちらでも始められたのですね! おめでとうございます(*^。^*)
こっちに持ってきてくれたんですね! 追いかけまっす!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ