2緊張します
私は急いで立ち上がって横に移動する
そこにはガストン侯爵。侯爵夫人。ネイト侯爵令息3人とも知っている。
妻のメリンダ様も夜会で一度だけ拝見したことがあった。とても美しく可愛いらしい印象だったがどこか冷たい感じがした。
「リック・ガストンです」
「あわゎゎ。お初にお目にかかります。私はミーシャ・ベルランドです。どうぞよろしくお願いいたします」そう言ってカーテシーをする。
俯くと肩がピクリと震えた。(うわっ、噛んでしまった…どうしよう)
くすっと笑いが聞こえる。メリンダ様だった。
「ベルランド嬢、緊張しないでいい。紹介しよう。妻のマーガレット。嫡男のネイト。妻のメリンダだ」
紹介された奥様が話をはじめる。
「マーガレットよ。これからよろしく頼みますね。こちらはメリンダ」
奥様はメリンダ様に優しく微笑む。
メリンダ様も奥様に軽く会釈した。
「奥様、メリンダ様どうぞよろしくお願いします」
私はさっきよりさらに頭を深く下げてお辞儀をした。
挨拶が終わると奥様とメリンダ様はすぐに出て行った。
わたしは少し気が抜けた。もう少し嫌味の一つでも言われるかもと覚悟していたが関わりたくない感じだった。
まあ、そう言うものなのかもしれない。何しろ夫の相手をする女なのだ。
女性からしたらこんな事をするなんて汚らわしい事かもしれない。
「まあ、座りなさい。早速だがお呼びするのはベルランド嬢でよいかな?」
ガストン侯爵がソファーに座った。私も急いで腰を掛ける。
「はい、ハッシュベリー伯爵家とは完全に縁が切れましたので」
夫の伯爵家にいるならハッシュベリー伯爵未亡人となるかもしれないが私は実家に出戻ったのだから。
「それで、ガストン侯爵家の妾になるということがどういう事かお判りだろうか?」
「はい、奥様はいらっしゃいますので、私はお子を産むためだけの存在だと」
「ああ、そうだ。契約期間は2年。その間に子が授からなければ契約は破棄となる。その間に子が産まれた場合、養育権はネイト夫妻にあり1年間は赤ん坊の世話と言う名目でここにいることが出来る。その後は子供の権利はすべて放棄してもらう事になる。これはあくまで後々揉め事を起こさないためであなたはそれを了解できるか?もちろんお礼はきちんとする」
「はい、その覚悟でここに来ましたので」
「そうか。ネイトどうだ?」
ガストン侯爵はやっとネイトに顔を向けた。
私もやっと相手であるネイト様の顔を見た。
彼は濃いグレーの上着。その襟や袖口には凝った刺繍が施されていてクラバットきちんとつけた正装だった。
思ってたより大きな人だと気づく。
そう言えば騎士団に入っていたと書いてあった。
黒髪をきちんと整えられ、緊張しているのか瞬きひとつない瞳は銀色で高い鼻梁の冷たい美形だった。
「私は健康で素行に問題がなければ誰でもいいですので」
その薄い唇から吐き出される声は一気に周りの空気を凍らす勢いだ。
(言葉も冷たいんじゃ?あっ、奥さん愛してるんだ)
「そうか…では彼女に決めても?」
「お任せします。では、私は忙しいので失礼します」
ネイトはそう言うと立ち上がりさっさと部屋を後にした。
ガストン侯爵が私の持って来た経歴書を確認すると言った。
「では、ベルランド嬢。あなたを雇う事に決めた。契約書はこれだ。詳しいことはすべてここに書いてあるからよく読んで記入してくれ」
「はい、ありがとうございます。それではいつこちらに来ればよろしいでしょうか?」
「週明けには来てほしい。どうだろう?」
「はい、問題ありません」
「では、月曜日の午前中に。荷物は着替えだけで結構だ。ドレスなど華美な服装も必要ない。その他はすべてこちらで用意出来ている。君にはこの屋敷ではなく離れで暮らしてもらうことになっている。そこには風呂もトイレも家具も小さなキッチンも完備している。何も心配はない」
「はい、わかりました」
ミーシャはお辞儀をして返事を返した。
(そうよね。必要なのは子を孕む身体だけ…何だか寂しいって言うか…ううん。そんな事言ってられないんだから…)
わかっている。そう言い聞かすミーシャだった。