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名前のない人生劇

【短編】「私を誰だとお思い?」望まれない側妃は権力と物理で周りを黙らせる。「ざまぁないわね!」

作者: ヘチマチ

【シリーズ】【一話完結型】

相変わらず、設定ゆるゆる、ご容赦ください。






ダン!!!


殴られた壁から振動の余波が伝わる。


メリハリのある豊かな身体を持つ側妃が拳を壁にめり込ませていた。


…素手で。


周りの者たちはシンと静まりかえる。


側妃は自らの拳を壁から引き抜き、居丈高な態度でこう言った。



「わたくしを、誰だとお思い?」




-----




東洋の国の血を引く我が家は、曽祖父の代に貿易で巨額の富を得て、貴族となった一族である。


我が一族は、子供の頃から諸外国の言語と、曽祖父から伝わる武術を教え込まれる。


一人娘の私も、例外ではなかった。


母親譲りの黒く豊かな髪をなびかせ、語学と武術に勤しんだ。


遠い親戚で、曽祖父の母国、東洋の国から、貿易のついでに我が邸に長期滞在している青年と共に切磋琢磨し、まるで本当の兄妹のように過ごした。


「拳を得意とするのはいいけどさ、ご令嬢の手が傷付くのはまずいんじゃないの?」


東洋の国の青年が言う。



「あら、私を誰だとお思い?

もちろん、美容も最大限努力していますわ。手だって、絹の手袋をして寝ていますのよ」


そう言って、白くて細い手を見せる。



「そうは言っても、その手を傷付けたらと思うと、本気で取り組みができないよ」


困ったようにため息をつく青年に、少女は挑発的な笑みをうかべた。



「あら、ざまぁないわね!

私に勝てないから、そんな言い訳で誤魔化そうとしているのね」



「おん?本気でやるか?」


「ふふ、

私はいつだって本気ですわ!」


勉強の時間をすっ飛ばし、大人に怒られるまで取っ組み合いをしたのは良い思い出だ。




----





この国では、王太子の婚約者を決めるために、各地から優秀な令嬢を集める慣わしがある。


年頃となった黒髪の令嬢は、女性らしい豊かな体つきとなった。


そして、語学が堪能な才女として、婚約者候補に選ばれ、王都に呼ばれた。


王都に移るにあたって、一人娘だった私の代わりに、一緒に過ごした青年を養子に取ることが決まった。


「君が婚約者候補とはねぇ。

王太子は、美しいが棘のある華をお気に召すだろうか」



「あら、私を誰だとお思い?

必ずや国母となり、諸外国と手を取り合い、平和な世を築きますわ」



意気揚々と王都へやってきた黒髪の令嬢は、多くの婚約者候補の令嬢たちと共に、王太子と面会した。


柔らかな金髪の、麗しい王太子を一目見て、黒髪の令嬢はすぐに恋に落ちた。


『儚げな佇まいが素敵ですわ…』



それ以来、王太子と面会する機会は少なかったが、婚約者候補の令嬢たちと切磋琢磨し、課せられる多くの教養を身につけた。


ここにいるのは、各地から集められた、本当に優秀で、なおかつ美しい令嬢たちである。


自分に絶対的な自信があった黒髪の令嬢でさえ、気を抜けば埋もれてしまいそうな、油断ならない毎日を送っていた。


特に、婚約者候補の1人である、赤髪の令嬢は、皆が一目おく存在であり、足の引っ張り合いではなく、国のために切磋琢磨しようという雰囲気を作り出した人だった。



『あのお方は、美しい、とか、賢い、などの言葉では言い表せない、何かがあるわね。


同世代のはずなのに、お母様ほど経験を積まれたような、凄みがあるわ…。


あのお方が国母となられるなら、私は喜んで、あのお方を支える忠臣となりましょう。


でも、あの方でないのなら、私が国母となり、この国に尽くしましょう』



そんなことを考えながらも、毎日血が滲むような努力を重ねた。



ある日、王太子によって、婚約者候補の面々が、王宮の一室に集められた。



「婚約者をお決めになるのかしら」



という、他の令嬢の問いかけに私は答える。



「婚約者の選定は、王妃様がされるはず。今日は交流会ではなくて?」



 


訝しむ私たちの前に現れた王太子は、彼との距離が近いのではと噂になっている聖女と寄り添っていた。



嫌な予感がした。



王太子は言った。


「私は真実の愛に目覚めた。

紹介しよう。彼女こそが、私の最愛であり、唯一国母となる人だ。


しかし、彼女は貴族になってから日が浅い。

君たちで、彼女を支えてほしい」




嬉しそうに照れた笑顔を見せる聖女と、満足気な王太子。


鈍器で背中から殴られたような気持ちになった。


私たちが、本気で、この国の母にならんと血の滲む努力をしていた間に、彼らは愛を育んでいたというのか。



なんという暴挙。



随分と私たちを馬鹿にしてくれる。


一体、私を誰だとお思いか。

物理的に黙らせて差し上げようか。



『いえ、淑女たるもの、物理攻撃はいけませんわ』



初恋の君にそんなことはできない、と、この期に及んでまだ王太子を思慕する自分に呆れてしまう。


暗雲たる気持ちに、視線が下がりかけたその時、赤髪の令嬢が動いた。



 

「お断りしますわ」




そう言って、王太子と聖女の前に進み出て、彼らの頬を引っ叩いたのだ。


「な、何をっ!」


頬を押さえ狼狽る王太子。


「ひ、ひどいわ!」


聖女も頬を押さえる。



赤髪の令嬢は、すぐに王太子の側近である癖毛の男に取り押さえられ、連行される。


赤髪の令嬢は、最後まで凛とした佇まいだった。



『素敵だわ…。

私も前を向かないと』








-----






騒動の後、宰相補佐が、私たちに詳細の説明と、今後について相談を受けてくれた。



なんと、既に聖女が王太子の子を身ごもっており、後に引けない状況なのだという。



『私が勝手にお慕いしていただけですけれど、本当に酷いお方。


だけど、子に罪はありませんわ。どうか、その子が幸せに暮らせますように』



婚約者選定の決定権を持っていた王妃を裏切るかたちで結ばれた王太子と聖女。


彼らも、そしてお腹の中の子も、これから数多の試練が待ち受けていることは容易に想像できる。


子の幸せだけは、祈らずにはいられなかった。




生家に戻った私は、両親と、義兄に事情を説明した。


義兄は、


「君が帰ってきたのなら、跡取りは君で良いのでは?」


と提案してくれたが、私はそれを断った。


「今更ですわ。

それに、私は婚約者候補の同志たちと一緒に過ごす中で思いましたの。

中枢で、この国を支えたい、と。


つきましては、お父様、お母様、私はもっと学びたいのです。

諸外国と平和裡にやり合うための知識を付けたいのです」





その後、様々なことを学びながら、義兄と共に、父の貿易の仕事に就いて諸外国へ行き、肌で文化を感じながら人脈を広げていった。



あれから月日は流れ、私は21歳に、義兄は22歳になっていた。


そろそろ結婚を、と両親に急かされたが、私は突っぱねた。


「結婚はしたくありませんわ。

自分の子供は欲しいけれど」


「それはどうかと思うよ…。

僕はこの国で知り合いの女性は少ないし、なかなか出会いがないからなぁ。

誰か紹介してくれない?」


そう言って笑う義兄を見て、私は良い考えを思いついた。



「そうだわ!

赤髪の彼女が、まだご結婚されていなければ、お義兄様に紹介させてくださいな!

とても素晴らしい方なのよ!」



しかし、調べると、あの赤髪の令嬢は生家を出てしまったらしい。


どうしたものかと考えていると、タイミングよく宰相補佐から面会の要請が来た。




-----




「お久しぶりでございます」


私が挨拶すると、白髪が少し増えた宰相補佐は、私に座るよう促した。



「わざわざ来てもらって、すまないね」


「いいえ、私もお尋ねしたいことがありましたの」


「おや、では貴女の話から聞こう」



「ありがとうございます。

あの時、王太子様と聖女様を、張り…

いえ、お二人に立ち向かわれたご令嬢は、あの後どちらに?


お会いしたいのです。

ご存知であれば教えていただきたくて」



「ああ、“張り倒した” 彼女ですか?

地方の領で孤児院を経営されていますよ」



「まぁ!!!

なんて思い切りの良い方なのかしら!その領地を是非教えてくださいませ!会いに行きたいわ!」



「ええ、ええ。あちらの領主を介して連絡を取らせましょう。


では、本題に入らせていただきたく」



にこやかに話していた宰相補佐が、急に真顔になる。



『あら、なんだか嫌な予感が…』




宰相補佐からの話は、要約すると、


“側妃として召し上げたい”


ということだった。




『まぁ!私を誰だとお思い?

彼に想いを寄せていたのは、とうに昔のこと。


一度は私たちを無碍にしておいて、そんな厚かましいお願い、受け入れられませんわ!』



そう思いつつも、これは “お願い” ではなく、“命令” に近い、決定事項なのだと理解していた。


それに…少し浮かれた気持ちになったのは事実で、王太子への恋慕が、まだ残っていたことを、自覚させられた瞬間だった。




一度帰って、家族と話し合った数日後、父と共に登城し、側妃として召し上げる件を正式に打診された。


国王となった彼と、王妃となった聖女は、あの時お腹の中にいた第一王子以来、子に恵まれないという。


また、元平民の聖女は、民には人気があるが、後ろ盾がなく、王宮内では浮いた存在らしい。


つまりは、王太子の子どもを産んでほしい、強い後ろ盾が欲しい、という王宮内の思惑による、側妃の召し上げだということだ。



『私を都合よく使おうというのね。

全く…私を誰だとお思いなの?』



憤りを感じながらも、どこかで、彼が私を望んでくれるなら、とも考えていた。



父が手続きを進める間、国王となった彼との面会の場が設けられた。



王宮内の一室で、優雅に紅茶を飲みながら待っていると、彼が現れた。


大人になり、少し影のある顔をした彼を見て、一瞬であの頃感じたときめきが胸に広がる。


私が挨拶をすると、彼も挨拶をし、お互いに着席する。


少し疲れた顔をした彼は、話し出した。



「私の妃に貴女が選ばれたこと、嬉しく思う。


しかし、これだけは言っておきたい。

これは私が“望んだことではない”。

あの時から、私の唯一は彼女である」




カッと来た。

悔しさやら、恥ずかしさで、一気に頭に血が上った。


目の前の紅茶を投げつけてやりたい衝動に駆られた。


それでもグッと気持ちを抑えたのは、冷めた恋心の代わりに、強い反抗心が芽生えたからだった。




『私を誰だとお思い!?

やってやるわ!

妃となり、国母となり、貴方のためではなく、貴方の力ではなく、私の力でこの国を良くしてみせる!!!』




国王との面会を早々に切り上げ、父と合流して、父に言い放った。



「お父様!!!

私はやりますわ!

平和な世のため、国のため!

お父様も覚悟なさって!

使えるものは使いますわよ!」




そして帰るや否や、義兄に本気の“乱取り”をしたいと誘った。


乱取りとは、お互いに自由に技をかけ合う、実践的な戦いのことだ。


義兄は、妃となる女性に傷でも付けたら大変だと騒いだが、目が血走った私を見て諦めたようだ。



「…これ、“乱取り”というか、君の鬱憤を晴らしているだけじゃないかい?」



私の拳を受け流しながら義兄が言う。



「あら、可愛い義妹と遊べて嬉しいでしょう?」



そう言って手刀を繰り出す。



「何があったか知らないけどさ、初恋の君と結ばれるのだから、良かったじゃないか」



それを聞いた黒髪の令嬢は鬼のような顔になり、義兄の丹田を思いっきり蹴り上げた。



義兄が瞬時に少し身を引いたので、狙いはずれたものの、蹴りは入った。



「うぐ!…危ねぇ!

この義妹のどこが可愛いんだい!?

これでよく妃に選ばれたね!?

国王の身を案じてしまうよ!」




その後、スッキリした顔をした黒髪の令嬢は、王宮に移る前に地方の領にいるという赤髪の令嬢へ会いに行くことにした。





-----




黒髪の令嬢を案内してくれたのは、あの時、王太子と聖女を張り倒した赤髪の令嬢を連行した、癖毛の男だった。


なんでも、当時、王太子の側近をしていたこの男は、現在は国軍に所属しており、地方の治安改善に取り組んでいるのだという。


赤髪の令嬢が住んでいる地域の領主が、この男の叔父にあたることから、頻繁に訪れているようだった。



赤髪の令嬢が住んでいるという孤児院に着くと、可愛い子どもたちの声が聞こえてきた。



「さぁ、みんな、“お仕事”の時間よ!」



元気な女性の声が聞こえた。

中を覗くと、赤く燃えるような髪を短く切った、彼女が立っていた。


口々に返事をした子どもたちは、それぞれに何が作業を始めていた。


繕い物をする少女、その横では小さな子が、大きめの穴が沢山空いた板に、太めの糸を通している。


縫い物の真似事をしているようだが、その姿は真剣そのもので、本当に“仕事”をしているような、誇らしい顔をしている。


他には、昼食の準備だろうか、野菜を切っている少年と、その横で、小さな子が、卵を割っている。


こんな小さな子なのに、上手に割るものだ、と感心していると、少し殻が入ったようで、少年に報告している。


少年は、よくできたな、と褒めながら、殻を取ってあげている。


洗濯物を畳んでいる子どもたちもいる。服を畳んでいる子どもと、それを仕舞いに行く子ども、そして、熱心にタオルだけを半分に畳んでいる小さな子ども。



それぞれが、役割を持って、生き生きと“仕事”している。



感心して見ていると、赤髪の彼女は、癖毛の男に気がついたようで、


「また来たの」


と、呆れたような、嬉しそうな顔で近付いてきた。


癖毛の男もまた、


「太陽のような貴方に会いに」


と恥ずかしげもなく答える。



その様子を見ていた黒髪の女は、


『あらあら、これは義兄さまに彼女を紹介することは、できそうにないわね』


と、自分の計画を早々に諦めた。




男が私を紹介すると、


「待っていたわ。どうぞ、こちらへ」


と言って、他の女性たちに子どもたちを任せ、奥の部屋へ案内してくれた。




挨拶もそこそこに、


「色んな年齢の子どもたちがいるのね。育てるのは大変そうだわ」



と、素直な感想を言う私に、彼女は笑ってこう言った。



「そうね。

年齢も、性格も、様々よ。


私、思うの。

子どもは大人に守られる存在だけれど、大人に “支配” される存在ではない、と。


子どもたちは一人の人間なの。

当たり前のことのように思うけれど、子どもを支配し、コントロールしようと、そうできると、大人は思いがちよね。


信じて、尊重することが大事なの。

時間は有限だし、大人にも都合があるから、難しいけれどね。


あとは、その子に合った役割、ここでは“お仕事”と呼んでいるけれど、それがあると、子どもたちは生き生きするのよ。それは大人も一緒ね」




『子どもを“信じて尊重する“、か。

やはり彼女は素晴らしい人だわ』




その後、黒髪の令嬢は、自ら考えた政策を語り、彼女に意見を求めた。


大変有意義な訪問になったと、ほくほくした気持ちで帰路につき、その数ヶ月後には王宮に居を移した。


義兄には、婚約者候補であった同志の中の一人を紹介し、めでたく結婚した。


それから年月をかけて、側妃としての大事なお勤めを果たし、国王の子を3人、産んだ。


側妃として、長男、長女、次男。


それぞれ、第二王子、第一王女、第三王子となった。




それと同時に、自らの権力を拡大するため、生家のコネを最大限に利用して、多くの貴族をまとめ上げた。



その貴族たちからの寄付と、生家のカネを最大限に利用し、教育機関の強化も行った。



代替わりをして当主となった義兄からは、


『可愛い義妹よ、

ほどほどにしておくれ』


と文が届いたが、無視した。



貴族間の調整によって、生家も多大な恩恵を受けているはずなので、許してほしい。




側妃が特に力を入れたのは、赤髪の令嬢の意見を取り入れた、子ども図書館の設置だ。


この施設の設置は地方にも及び、字が読めない子どもたちのために、絵が多い本をたくさん用意した。


図書館の中であれば、どんな身分の子どもであっても無料で本が見られるほか、職員を配置し、読み聞かせを行い、文字を教えることにした。


そうした活動で、子どもたちの識字率がじわじわ上がっていく。


また、そこで字の読み書きがある程度できるようになった子どもには、“読み聞かせ普及員”の称号を与えた。


今度は読む側に回ってもらうことで、子どもたちは喜んで文字の普及に取り組んだ。




専門的な職業訓練所のような施設も多く設置した。


王都にある高等学院へ進学する人はまだまだ少数であり、すぐに職に直結するような職業訓練所は、人気が出た。


側妃は、そうして設置した施設の理事になったり、自らの名前を入れ、権力をアピールした。


夫となった国王から、遠回しに“悪趣味では?”と言われたこともあったが、それを一蹴した。




「まぁ、私を誰だとお思い?

ここ10年で、優秀な人材が増え、国力の増強につながるだろうと評価されたのは誰のおかげかしら?」



妃の評価は国王の評価でもある。


もともと、国王と王妃の一途な愛で、民からの人気は絶大な彼らだが、貴族間、王宮内では、どこか形骸化された権力であった。



側妃召し上げの状況からも分かるように、事を動かしているのは、国王夫妻ではなく、王宮の重鎮たちである。



それが、側妃の暗躍により、国王たちに権力が戻りつつある事実は、彼も実感しているはずだ。




そう、側妃は“暗躍”していた。




世間から見ると、国内の未来を担う子どもたちの教育に力を入れている側妃、であったが、一方で、諜報員の教育にも力を注いでいた。




-----




側妃と国王の関係は、側妃からの恋慕は失われたものの、国王が側妃の子どもたちも平等に愛したことで、同志のような間柄になっていた。


特に、一番お転婆な第一王女のことが殊の外可愛いのか、王宮の重鎮たちが、王女をお淑やかな女性にするべく教育内容を変更しようとすると、異を唱えた。



「よいよい、このくらいお転婆な方が可愛いではないか」



重鎮たちは、側妃から受け継いだ武術を駆使し、国軍の訓練にも参加しようとする王女を見て、


『“お転婆”という度合いを過ぎていらっしゃるのだが…』


と、頭を悩ませた。



国王は、第二王子に、きつ音の症状が見られたときも、温かく見守っていた。


国王は、優秀な第一王子がこのまま立太子されるだろうと考え、第二王子は伸び伸びと育てれば良いと思っていたようだ。


しかし大局を見る重鎮たちは、妃の後ろ盾や貴族間の動きを見て、第二王子が立太子される可能性も高いと考えており、第二王子のきつ音を矯正しようと手を回した。


教師に、きつ音が出るたびに直された第二王子は、人と話す時に萎縮するようになってしまった。



「父上、母上は良いと言ってくれても、ま、ま、周りがそう見ません。

ボクのためだと分かっておりますから、だい、大丈夫です」



と平気なふりをする我が子に、側妃は心を痛めた。



王妃と側妃の関係は微妙だったが、幸いにも、王妃の子である第一王子と、側妃の子どもたちは仲が良く、誰が立太子されても良かったが、子どもたちが抑圧され大人の政治の道具にされるのは、結果としてこの国のためにならないと、側妃は考えた。




『このまま正当に評価を積んでも、この国を動かしているのは、王宮の重鎮たち。

彼らが踏襲しているのは、二代前の王の考え方。

国力を増強し、領地を広げるのではなく、これからは、諸外国と和平を結び、平和な世を築くべきだわ。


もちろん、綺麗事だけでは成立しない。そのための権力、国力を付け、諸外国に示すべきなのよ』



それに…と側妃は考える。



『国王も、今は第一王子が立太子されると信じているから良いけれど、もしそうではなくなった時、他の子どもたちのことを、自らが思い描く人間にしようとする可能性もある。

私が、“力”を付けないと…』




側妃は、生家の義兄を頼って、この国の諜報を担う組織と接触することにした。


実は側妃の曽祖父は、貿易商として東洋の国から来た元諜報員であった。


この国出身の曽祖母と恋仲になって、この地に根を下ろしたが、こちらの国の諜報員たちのことも詳しかったはずだ。


そして、それは義兄も同じ事。

彼もまた、東洋の国の諜報を担う一族の出身なのだから。


義兄に問うと、困ったような顔をして答えた。



「本当に僕の義妹は人使いが荒いねぇ。彼らに接触するのは僕だって大変なんだよ。


というのも、この国の諜報員たちは一族ではなく、組織化されているんだ。長が誰かは僕も知らない。

とりあえず、紹介はするけれど、気をつけて。

彼らの忠誠は現国王ではなく、まだ先代たちにあると思う。

その証拠に、現国王が即位されてから、組織への予算の流れは極端に少なくなっている。

国王が諜報活動をよく思っていないのか、もしくは、まだ先代が諜報についての権力を持っていて、予算を補填しているのか。


とにかく、諜報員たちだって食っていかなきゃならないからね。

ぶっちゃけ、金を出さないやつは主人とは言えないよね。

そんな彼らが、現国王の側妃の言うことを聞いてくれるとは思えないよ」



義兄の説明に、側妃はニヤリと笑う。



「あら、義兄様、私を誰だとお思い?諜報の方々を、必ずや味方につけてみせますわ」





-----




それから数ヶ月後、諜報組織の長と名乗る者が、側妃を訪ねて王宮へやってきた。


極秘の会談であり、側妃の前には顔を隠した大きな男が座っている。


男の左右には、こちらも顔を隠した、小柄な女性と、長身の男が立っている。


「諜報員を束ねる者だ。はじめに断っておくが、私たちは貴女様の指示は受けない」



堂々とした振る舞いの男に対して、側妃は豊かな身体を魅せるように品を作る。



「あらあら、せっかちね。

今日は貴方たちの組織に興味があって、お話を聞きたかっただけなのよ。


ご存知でしょうけれど、私は子どもたちの正しい教育が、将来この国を支えると信じ、教育活動に力を入れています。

諜報員ともなると、それこそ多くの教育が必要でしょう。国内外問わず、潜入するための、知力、体力、忍耐力、他にも色々と。


その教育に関わらせてもらえないかしら?

私は子どもの頃から諸外国を回って各地に信頼できる知り合いがいます。

現地で通用する語学の教育は、特に得意ですのよ。

現地の人間で、かつ、この国を裏切らない、信頼できる教師を見つけるのは大変でしょう。


それに、ね、お金がかかる。

そういった繋がりと、金が、私にはありますのよ」



少し考える様子の彼らに、側妃はたたみ掛ける。



「ねぇ、そちらの組織では、素質のある子を教育するのでしょうけれど、やっぱり合わない子も出てくるでしょう。そういった子はどうされているの?


貴方たちは人材を大切にすると聞くわ。

手を差し伸べたくても、賄えない部分があるのではないかしら?

私が設置している数々の教育施設は、そういう、諜報員には向かないと途中で判断された子たち、また、何らかの理由で続けられなくなった人たちの、受け皿になれると思いますの。


どう思われます?お嬢さん」



そう言って、男の側に立っている女性に声をかける。



「貴女が諜報員たちの長ね」




しばしの沈黙のあと、女性が声を出した。



「あいにく、お嬢さんと呼ばれる年齢ではないのだけれどね」



それは予想よりも低く、落ち着いた声だった。



『あら…つるぺただから、十代の少女かと思ったわ…』


そんな失礼なことを思っていると、



「なぜ私が長だと?」



と女性は聞いた。

側妃は微笑んで答える。



「護衛にしては、二人とも、意識が座っている彼に向いていないもの。

それに、立っている男性に至っては、もう一人の護衛であるはずの貴女に、意識が向いている。

それはつまり、貴女が守るべき対象であるということ。


違うかしら?」



側妃の回答を聞いて、小柄な女性はフッと笑い、立っているもう一人の男性に


「まだまだだな」


と声をかけた。


男性は、すみません、と短く答えた。




小柄な女性は、側妃に向き直り、言った。



「騙すようなことをして申し訳ない。

貴女様からの提案、前向きに検討させて欲しい。

後ほど、契約案を書類でいただけるだろうか」



その後、具体的な話を詰め、帰り際に、彼女は柔らかい雰囲気で側妃に声をかけた。


「それにしても、私が長だと見破られるとは思わなかったな。

我々は、貴女様のことを侮っていたようだ」



側妃はニヤリと笑い、



「ふふ、私を誰だとお思い?

この国の未来のため、いつか、貴方たち組織に忠誠を誓ってもらえると思っているわ」



小柄な女性もフッと笑い、


「お手並み拝見。我々は貴女様をよく見て判断させていただきましょう」






-----






第一王子が18歳、第二王子が11歳になった頃、第一王子が王位継承権を自ら手放すという、大きな出来事があった。



自ら望んで、臣下へくだり、公爵となった第一王子は、とても清々しい顔をしており、異母弟である第二王子に対して、


「君の方がよっぽど王に向いているよ。私は喜んで君を支える臣下となろう」


と話したと言う。



その後、精神的に限界を迎えていた王妃は長期療養のため、地方に居を移した。


しばらく経ってから、王妃から側妃へ手紙が届いた。



『貴女とは、殆ど顔を合わすこともなかったけれど、どこかで貴女を羨ましいと感じていたわ。

彼のお荷物にならない、彼の横に堂々と立てる貴女に』




さらには、こうも綴られていた。



『立太子されることが息子の幸せだと思っていたけれど、それは違ったみたい。

貴女の教育方法は、息子から聞いています。子どもを信じ、尊重できることを、素敵だと、心から思っているわ。


いつか、私が本当に国の役に立てると思った時、貴女に相談させて欲しい。

これからは、なれるかしら?

親愛なる、同志へ』




私たちは、大きな派閥そのものであったと思う。


お互いに嫌いではないが、好きでもない。


一人の男の寵愛を受けた女。

その男に望まれなかった女。


王宮で肩身の狭い思いをし続けた女。

王宮で権力を増幅させた女。


お互いに複雑な思いを抱いていた。



だけれども、大きな転機が訪れた今なら、本当に、この国のために、同志となれる気がした。





-----




立太子は、優秀な第二王子でほぼ決定したようなものだった。


王宮の重鎮はもちろん、国王も、すぐに第二王子に婚約者を用意しようと、お披露目パーティーを開いた。


しかし、自分のきつ音で自信を無くしていた第二王子は、そういったパーティーを嫌がった。


彼は、語学が堪能で、諸外国の文化や歴史の本を読み漁り、国政に対する知識も豊富だった。


高等学院にも二学年の飛び級をして入学し、周りの期待も高まっていた。


しかし、本人は相変わらず人前では萎縮してしまい、人避けに大きな眼鏡をかけていた。


側妃の考えで、無理に婚約者をあてがわないよう、色々と手を回していたが、ある日、第二王子が髪型を意識し始めていることに気がついた。


毎日髪型をチェックしてから楽しそうに学院へ行き、ほくほくした顔で帰ってくる。



『恋をしたわね』



母の勘は当たるものだ。


温かく見守りたかったが、そうはいかなかった。


立太子させる可能性が高くなった第二王子は、良くも悪くも注目を浴びる。


第二王子のきつ音を矯正しようとする動きの他に、彼の恋に気付いた王宮の重鎮たちは、おのずと相手の人間を調べ始める。


側妃はそちらの動きにも目を光らせていた。重鎮たちは、今度こそ“あの人”を取り込むはずだ、と。


その時はすぐに訪れた。


側妃のもとへ、第二王子が国王に呼び出された、との知らせが入った。


『随分早かったわね』


側妃はため息をついた。


父と子の語らいに邪魔をするつもりはない。


だけれども、今回の呼び出しは、重鎮たちが参加し、さらに側妃に“知らせないよう”手配されたものだった。


ご丁寧に、側妃が自ら設立に携わった教育機関へ視察に行く日を選んで。



「ふふ、私が怖いのね」



不敵に笑った側妃は、知らせをくれた諜報員に御礼を言い、急いで王宮へ帰った。




-----



王宮の一室では、第二王子と対するようにして、重鎮たち、そして国王が座っていた。





「貴方様はご自分が立太子される可能性が高いということを、自覚しておられますかな」


「も、もちろん、ここ、この国を、」


「どうか落ち着きを。

落ち着いて発言されれば、普通の話し方ができますよ」


「ち、ちが、これはそういうものでは」


「失礼ながら、貴方様のお相手を調べさせていただきました。家柄も能力も素行も問題なさそうですが、片耳がお悪いとか…」





「き!!きき、聴いてくれ!!!」



第二王子が叫ぶように言った。




「わわ、私の!

話し方では、なく!!

は、話す内容を!聴いてくれ!!!」





しんとした部屋に、眼鏡を外した第二王子の声が響く。




「…私は、この国を、愛している。

こ、この国を、よくするための、ど、努力は惜しまない。

しかし、わ、私は、じ、若輩者である。

貴方たちの、ち、力を借りたい。

そして、彼女の、力も借りたい。

彼女は、それに値する」



どうか…と頭を下げる第二王子の強い意志に、重鎮たちが口をつぐんだ時、

国王がその重い口を開いた。



「愛する息子よ、許せ。

お前を私のようにしたくないのだ。

妻たちを、王妃とお前の母に、辛い思いをさせた私のように」



“母”という言葉に、動きを止めた第二王子に、重鎮たちも語りかける。



「そうですぞ。

貴方様のお母様である側妃様のご苦労を、ご存じでしょう。

お母様のように、愛する人を不幸になさりたいのですか」



第二王子が顔を伏せそうになったその時、




バンッ!!!!





と扉が開き、側妃が仁王立ちになっていた。


思わず、男たちはガタガタ!と音を立てて、全員立ち上がった。




「あ〜ら?皆様お揃いで。

楽しそうではありませんか?

私も混ぜてくださらない?」



そのままツカツカと、先ほど発言していた重鎮の側に行くと、妖艶な笑みを浮かべて言った。



「先ほどは何と?

何とおっしゃったの?」


恰幅の良い重鎮が、側妃の前に縮み上がっている。



「…貴方様のように、不幸にさせたいのか、と…」





ダン!!!!!!





殴られた壁から振動の余波が伝わる。


メリハリのある豊かな身体を持つ側妃が拳を壁にめり込ませていた。


…素手で。


周りの者たちはシンと静まりかえる。


側妃は自らの拳を壁から引き抜き、居丈高な態度でこう言った。



「わたくしを、誰だとお思い?

私が不幸ですって?面白い冗談ね」



側妃は国王に向き直り、ジリジリ距離を詰めながら言う。



「ねぇ、あなた。私たち妻が、幸せにしてくれ、守ってくれ、なんて頼んだかしら?

私たちを不幸にした、だなんて、私にも王妃にも失礼だわ。

王妃は貴方を愛し、隣にいることを望んだ。私も彼女も、不幸だと思ったことはないわ。


貴方たちが思っていらっしゃるよりもずっと、女は強い意志を持ち、強かなのよ」



それに、と言いながら、国王を壁際に追い詰め、壁に片手を付き、耳元でささやく。



「私だって、子どもたちを平等に愛してくれた貴方を、憎からず想っているわ。

そうでなかったら、貴方の子を三人も産みませんわ。ねぇ?そうでしょ?」



なぜか顔を赤らめた国王に、重鎮たちは『何を見せられているんだ…』と心の中で呟いたが、


側妃が振り向くと、皆一様に姿勢を正した。



「全く、ざまぁないわね!

私たち妻も、その子が愛する彼女も、皆、守ってくれなんて言わないわ。

隣に立って、支え合うためにいるのよ。お分かりになって?


さぁさぁ!

貴方たちも、これから忙しくなりますわよ!

隣国で何やら動きがあったようですの。王宮の要となる方々がお揃いのようですし、今から会議といたしましょう」



側妃が手を鳴らすと、入り口から資料を持った役人が数名入ってきた。


彼らは、壁に開いた穴にギョッと驚きつつも、側妃が各国に派遣している諜報員から得た情報が書かれた資料を、重鎮たちに渡していく。



側妃は、突っ立っていた第二王子に声をかける。



「貴方も、もっと力をつけなさい。

さぁ、座って。貴方も会議に参加するのよ」





-----





あれから幾年が過ぎ、第二王子は立太子された。


隣には、例の彼女が寄り添い、若い二人は貪欲に重鎮を含む多くの人から学び、力を蓄えていった。


側妃は、王宮の一室で、王妃と向かい合って紅茶を飲んでいた。


「そういうわけで、私のように、心の風邪を引いた人たちのための保養所を作ろうと思って。

以前、私の側近をしていた方に協力してもらっているの」


少し頬に丸みが出た王妃が、おっとりとした口調で言う。



「それは素晴らしいことね。

そうね、貴女はその施設の理事になるか、施設の名前に貴女の名前をお入れになるといいわ」


真面目な顔をして、そう助言する側妃に、王妃は戸惑いながら答える。


「前から思っていたけれど、それは、なんだか力を誇示しているようで、少し…」


「あら?悪趣味だと?

彼と同じことを言うのね」


側妃はカラカラと笑って言う。



「私を誰だとお思い?

悪趣味で上等ですわ。

いいこと?多くの民のために何かをしたい時、力がいるのです。

綺麗事だけでは多くの人を守れませんわ。

権力は使いよう。

貴女様も、力を付けないと。

これからも彼の隣に並びたいのでしょう。


うかうかされていると、私が取ってしまいますわよ?」




それを聞いた王妃は、ハッとした後、不敵に笑った。



「あら怖い。

でも、彼への愛は、誰にも負けるわけにはいきませんわ。

貴女の言う通りね。

愛のために、私も戦わなくては」



妻たちは柔らかな表情で、ふふふ、と笑いあった。




-----




新しい国王とその妃は、諜報員たちからもたらされる情報と、お互いの堪能な語学を駆使して、諸外国と次々に和平を結んだ。


彼らに対して、まだ懐疑的であった貴族たちも、その功績は認めざるを得ない。


国王夫妻は、次第に求心力を高めていった。



ある日、国王夫妻は、国王の母に面会し、頭を悩ませている事案について相談した。


母は、相変わらず居丈高な態度でこう言った。



「わたしを誰だとお思い?」



そう言ったあと、二人を見て、ふっと笑った。




「…と言いたいところだけど、

あとは、あなたたちの番よ。

あなたたちが、皆の力をかりて、進んでいくの。

あなたたちには、それができる。


信じているわ。

私の愛する可愛い国王様、王妃様」

シリーズ内の作品は、全て同じ世界観です。

ぜひ、他の作品も楽しんでください。

第二王子のお相手の話や、赤髪の女性の話もあります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 側妃様が格好良すぎて惚れ惚れします。 名前ではなく国王や王妃、側妃などの呼称だけのが関係性が分かりやすくて良いですね。
[一言] この王と聖女許せないなぁ〜 妃候補たちが切磋琢磨してる間に、言わば全然関係ない女とパンパンしてるようなやつが側妃に王宮を握られたって何とも思わなそうだから、どこにも惨めな様子がなくてモヤモヤ…
[気になる点] この世界の聖女の立場や役割が一つも出て来ないがどんな事してるの? 聖女の後ろ楯は? 後ろ楯が無いのに聖女って、無理では? 聖女との婚姻を許した利点は先王や重臣にあったの? 後ろ楯…
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