神様ネット~大地の女神の場合~
この世界には神様がいる。
天上、天下、宇宙の果て、異次元空間。
お一人様も家族ぐるみも、人型も動物型も異形の化け物姿まで。
八百万神々がおわす平和な世界。
神々は、様々な世界に住まう者達に対して『神様ネット』を解放している。
神社や神殿などの宗教施設に置かれている小さな木箱の中に手紙を入れると、それに対してその日の担当の神様が返信してくれる、というとても便利なシステムである。
今日もまた、様々な願望や要望、報告事項、時たま欲望や妄想をない交ぜにしたお便りが届いていた。
今日の担当は大地の女神。
慈愛に満ちた物腰柔らかなおっとり美女神(人妻・子持ち)である。
主には豊穣の神や子宝の神など様々な形で信奉される主神の一人でもあった。
「ペンネームは……紙の子羊さん(女性・15歳・聖女)……初めて見る人ね。どんなお便りかしら(わくわく)」
早速一人目のお便りである。
各世界に置かれた箱から直通で転送され届いた一通目。
それがこれであった。
『はじめまして女神様。私は修道院生まれなのですが、生まれた時から成人した今日にいたるまで、一度も修道院の敷地から出た事がありません』
「その生まれで聖女に選ばれるなんてすごいわね。あとお誕生日おめでとう。外に出られないのは……戒律の厳しい宗派の人なのかしら……?」
女神の声はそのまま手紙の裏側へと自動書記されてゆく。
雰囲気こそ荘厳だが、やっている事はペンフレンドに対するそれと同じである。
書いたものはそのまま本人の元に戻る事で伝えられるシステムである。
『そこで女神様にご質問です。院長先生が仰るには、私は今夜サバトの生贄へと差し出されるそうなのですが、サバトとは何なのでしょうか? 生贄というものが何なのか解らず、よろしければ解りやすく説明していただけたら――』
「今すぐ逃げてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
女神様、すぐに手紙を送り返しお茶を一口。
「ふぅ……まさか悪魔崇拝をしていた宗派だったとは。紙の子羊さん無事ならいいのだけれど……(どきどき)」
気を取り直し二通目を手に取る。
「ペンネーム:大地の女神様LOVEさん(男性・68歳・大司教)……今日も来たわね。覚悟はできていてよ!」
主神ともなれば常連も付きもの。
毎度のように送ってくれる相手の名前はおのずと覚えるものである。
女神様もまた、全身に力を籠め女神オーラ全開(防御力300%UP)でお便りに挑む。
『お久しぶりです女神様愛しております』
「あいさつ代わりの愛の告白とは相変わらずの人ね……」
『以前お伝えしたように私は女神様具現化計画を推進する為独自に宗派を立ち上げたのですが』
「えっ、あの計画実行に移したの!? ていうか宗派立ち上げとか初耳よ!?」
その行動力に女神様ドン引きである。
『この度とうとう帝国の大王を洗脳する事に成功し、国を挙げての実行が可能になりました! これで女神様が人の世に降臨する準備は整ったも同然です!!』
「洗脳って何!? そこまでスケール大きい計画だったの!? ていうか私の方に具現化する気更々ないんですけど!?」
『更に計画を確実なものとする為に配下の修道院に命じて本日成人となる15歳の聖女をサバトの生贄にする事によって悪魔を召喚しこれを利用する事で――』
「紙の子羊さん早く逃げてぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
常連への返信とは別に、女神様は生贄予定の15歳の聖女を逃がす為に遣いを送った。
「ふぅ……以前から変わった人だと思ったけれど、まさか女神様LOVEさんがここまで狂信的な人だったとは。怖い。人間怖いわ……」
二件連続で人の闇を見せつけられた女神様。若干人間不信気味である。
「少しは明るいお便りでも……あら、これなんて可愛い丸文字ね」
お茶をすすりながら手に取った一通。
手紙の四隅を可愛らしい押し花で彩ったもので、見ただけで「小さい子なのかしらね?」と優しい気持ちになれるものである。
「ペンネーム:チョコレート村のアイリスさん(おんなのこ 8さい・村むすめ)……えーっと、まずはペンネームの意味から説明した方がいいのかしら……?」
個人情報保護の波は神々の世界にも訪れていた。
『はじめまして、めがみさま、だいすきです』
「わあ、かわい~♪」
やっている事は一つ前の狂信者と同じだが、受け取る気持ちは180度違っていた。
『めがみさまにしつもんです! ママにおとうとがほしいといったけど、ママはパパがしごとでいないとダメっていわれました。なんで? パパいるとおとうとってむりなの? ですか?』
「ううん、この子供独特のちょっと難解な……でも、弟が欲しい気持ちはひしひしと伝わるわ」
質問に答える事は容易かった。
やる事をやる為には相手が必要なのだとこの少女に説明するのは、人妻で子持ちの女神様には何の難しいこともない。
だが、文章すら書くのがやっとなこの8さいの村むすめに、果たしてそれを説明していいものかどうか。
女神様は迷っていた。壮絶に迷っていた。
「……答えはパパが知っているわ! パパが帰ってきたらこの手紙と共にママに言われたことを伝えましょう! きっとパパが上手く取りなしてくれるはずよ!」
迷った末に未来視し、ぶん投げる事にした。
責任回避である。女神様は幼い娘と誠実なるパパの幸せを何より優先した。
ママは不幸直行だが気にしない方向で。
「うぅ……なんだか今日は扱いにくいお便りばかり来るわねえ」
困ったものね、と、女神様は深いため息。
既に何通も読み、そろそろ終わりか、という頃であった。
最後のお便りである。
「ペンネーム:変態皇帝ネロさん(男性・2520歳・皇帝)……この、なに……? ペンネームからしてすごい人がきたわねえ」
見覚えこそないものの、名前からしてインパクト最強クラスの地雷案件である。
この時点で女神様は覚悟を決めた。女神オーラ全開(全耐性80%UP)である。
『余は若くして世界のありとあらゆるモノを手にし、最早生きるのに飽いてしまった』
「あらあら。人の王は様々な財宝や文化を独り占めできるという話だものね。退屈してしまうのも無理はないわ」
『そこで余は一度、女になってみることにした』
「TS!?」
『なってみた』
「実行済み!?」
『……戻れなくなった』
「不可逆的な!?」
止まらないツッコミの嵐。
この瞬間、大地の女神は風の女神となっていた。
『女の身体のこの柔らかさ、奴隷や部下を見上げねばならぬこの屈辱、民衆からは笑いものにされ陰口をたたかれ……それがなんとも楽しい!』
「何か変なことに目覚めてる!?」
『今までこのような高揚感は味わった事が無かった。一つの大陸を我が物にした朝より、十の戦乱を制した昼より、百の女を抱いた夜より甘美なこの瞬間。千年の世よりも素晴らしき今が、ここにこそある!』
「……(ごくり)」
『故に余は神々の世界にも女体化の波を起こしたいと思っているのだが』
「ダメ! ビッグウェーブ禁止!! 絶対許さない!!」
『試しに女神殿の旦那(裁きの神)を女体化させたイメージをヒエログリフで表してみたのでよければご覧いただ――』
「ヒエログリフだめぇぇぇ!! あの人はそういうの、絶対だめだからぁぁぁぁぁ!!」
ダメと言いながらも頭では鮮明にイメージしてしまう女神様であった。
そして今その瞬間、女神様の頭の中では金髪隻眼のマッチョ親父が金髪ウェーブの細身な美少女神へと変身していった。
女神の彼女をして可愛いと思ってしまうような容貌である。
これも全部ヒエログリフの所為であった。ヒエログリフは滅ぼすべきである。
自分の頭の中に流れる桃色イメージ映像に、女神様は思わず目を覆った。赤面しながら。
「う……なんという事を……あの国は、放置しておくには危険すぎるわ。ネロ皇帝、神々をも恐れぬなんと恐ろしき男……いえ、今は女だったわね」
人間がこのような事を思いつき、実行に移してしまう。
このような事を繰り返されれば、いずれは彼らの文化が神々の世界をも侵食し、飲み込んでゆくのではないか。
大地の女神様は、改めて人間の恐ろしさを思い知り……そして自分の夫が女体化した姿を忘れられなくなっていた。
(……ドレス、縫ってみようかしら?)