第9話 高校一の美少女からまた初めてをもらう。
2回目の体験をした後。
俺と初音さんはベッドの上に寝転んで、余韻に浸っていた。
お互いの体を隠すのは、白くて薄い掛け布団一枚だけだ。
「八雲くんって、なんだかんだでノリノリだよね」
初音さんは隣から俺の顔を覗き込むようにしながら、からかってくる。
「それはお互い様だよ」
「そういうことは言わない……!」
初音さんはそっぽを向いた。
照れてるのか……?
反対側を向く初音さんの後ろ姿を見て、俺は不覚にもかわいいと思ってしまった。
同時に、高校で一番の美少女のこんな姿を知っているのは俺だけだ……という事実に優越感を覚えてしまうあたり、俺はみっともない人間なのかもしれない。
「ねえ、八雲くん」
初音さんは背を向けたまま、さっきまでとは一転して真面目な声を発した。
その綺麗な白い背中に視線を奪われつつも、俺は答える。
「改まってどうしたの」
「私ときみの、これからの関係について話したいんだけど」
初音さんと俺の、これからの関係。
本来なら2回目の行為をする前に、俺の方から確かめておくべきだったことだ。
女の子の方から切り出させるとか情けないな、俺。
異世界でチート能力は手に入れても、煮え切らない陰キャっぷりは何も変わっていない。
でも、そろそろ変わる時だ。
この曖昧な関係に対して、責任を取ろう。
「任せてくれ、覚悟はできてる」
「じゃあ……言うね」
初音さんが寝返りを打って、俺の方を見た。
「八雲くん。まずは、友達からお願いします!」
「え……?」
初音さんの言葉に、身構えていた俺は拍子抜けした。
「友達、か」
正直、友達よりもう一歩先の関係になれることを期待していなかったと言えば嘘になる。
だって。
「普通の友達は、こんなことしないと思ってる?」
「まあ、うん」
そう。
俺と初音さんは現在進行形で、ベッドの上で裸になって向き合っているのだから。
「だからだよ!」
「それは……もう俺とはこういうのはお断りだ、ってこと?」
「えっと、その逆……かな」
初音さんはもぞもぞと身をよじらせると、頭の近くにあった枕を顔の前に抱き寄せた。
「今友達以上の関係になったら、色々と歯止めが効かなくなって他のことが疎かになりそうだから……自制する意味でも、まずはお友達から。八雲くんとはちゃんとした関係を築いていきたい……です」
初音さんは抱き寄せた枕で、顔を隠した。
歯止めをかけたいならそういう、唆るような言動はやめた方がいいと思う。
まあ、無自覚なんだろうけど。
俺は昂る気持ちを抑えつつ、言葉を発した。
「そういうことなら、初音さんは俺の初めての友達だね」
「やっぱり八雲くんって友達いなかったんだ」
初音さんは枕の裏から、ひょっこりと顔を出す。
「やっぱりって、辛辣だな」
「ごめんごめん。私も一緒だから、嬉しくなっただけ」
「やっぱり初音さんもぼっちだったんだ」
「あ、もしかして仕返しで馬鹿にしてる?」
「いや、馬鹿にはしてないよ。そんな立場じゃないし」
俺の言葉に、初音さんは楽しそうな顔をした。
「まあ、そうだね。私と八雲くんは同類だから」
「同類……か? 確かに友達がいない共通点はあるけど、厳密にはかなり違うような」
陰キャで目立たない俺と、校内の誰もが知る美少女である初音さんは、同類ではないと思う。
「いやいや。私だって中学までは陰キャでぼっちで、クラスの端に座って一人で寡黙に本を読んでいる眼鏡っ子だったから」
「つまり……初音さんの今の姿は高校デビューってことか」
「正解。まあ、人とコミュニケーションが取れなくて失敗したけど」
初音さんは「はあ……」とため息をつく。
「じゃあ、普段クラスの誰とも話さないのって」
「うん、単に緊張して言葉が出てこないだけ」
「男子からの告白を断り続けているのは、コミュ障が原因?」
「それもあるけど、今までピンと来る人がいなかっただけ」
俺は初音さんと問答をしていて、思う。
「その割には、やっぱり俺とは普通に話してるよね」
「なんでだろうね。同族の気配を感じるから、居心地がいいのかな?」
初音さんはへへっ、と無邪気に笑った。
これで俺以外の人間に対しては、孤高の美少女風コミュ障を発揮しているってやっぱり理解できない。
この笑顔を前面に押し出せば誰とでも仲良くなれるのでは。
そんなことを考えたところで、俺は胸の内にモヤモヤとしたものを感じた。
「八雲くんどうしたの? 難しい顔をして」
「いや、なんでもない」
みっともない感情が顔に出ていたらしい。
「ふーん……じゃあ、いいや」
初音さんはあまり気にしていないようだ。
どちらかと言えば、他のことに意識が向いていたらしい。
初音さんは枕で胸元を隠しながら体を起こした。
「せっかく友達になったんだし。連絡先、交換しようよ」
初音さんはスマホを手に取って、そんな提案をしてくる。
「そう言えば、まだだったね」
俺はベッドの上で寝返りを打つと、ベッドの近くに手を伸ばす。
その辺に放り捨てられた学生服のズボンから、スマホを取り出した。
スマホの時計を見ると、もう18時前だ。
陰キャの俺は今まで学校が終わったら家に直帰していたので、今日も義妹から鬼のような連絡が来ているが、一旦目を逸らす。
QRコードを使って、初音さんとラインを交換した。
「おお……母親と義妹以外で、初めての異性の連絡先だ」
俺はラインの友達リストを眺めて軽く感動する。
「へー、そうなんだ」
「まあ、同性の友達の連絡先もないけどな……ってどうしたのさ」
うつ伏せで寝そべっていた俺が後ろを向くと、初音さんがベッドにちょこんと座ってこっちを見ていた。
相変わらず枕を抱きしめたまま、ニヤニヤ笑っている。
「八雲くんにとっての初めての友達と、初めて連絡先を交換した女の子も私って、なんかいいなーって」
「そんなの何が嬉しいんだ……?」
「じゃあ、私にとって八雲くんが初めての友達で、初めて連絡先を交換した男の子だって聞いたら、どう思う?」
「なるほど……」
確かにそれは、嬉しいかもしれない。
「待てよ……俺みたいな陰キャの連絡先と高校一の美少女の連絡先じゃ、やっぱり価値が違うんじゃないか?」
俺はそんな疑問を覚える。
しかし初音さんは別のことが気になったようだ。
「高校一の美少女って……八雲くん、私のことそんなに高く評価してくれてたんだ?」
「いや、これは俺だけの評価だけじゃなくて、周知の事実というか……」
「でも、八雲くんもそう思ってくれたってことだよね」
「まあ、うん」
「へへ、そっか」
初音さんははにかんだ。
以前は自分で美少女すぎてイジメられているとか言っていた癖に、今更俺に褒められて喜ぶとか、よく分からない。
「俺なんかの評価なんて気にすることないと思うけどな」
「うーん……前から思ってたけど、八雲くんはかなり自己評価が低いよね」
「ああ。自分を客観視できてるからな」
得意げに言う俺に対し、初音さんが苦笑いする。
「やっぱりきみは自分を過小評価してると思うよ? あの厄介なイジメっ子をあっさり撃退する手際の良さがあるわけだし」
「あれは……ズルしたようなものだから」
「その手のすごい才能を持っていること込みで八雲くんなんだから。もっと自信を持ったらいいのに」
「自信か……」
確かに、異世界で得たチートスキルだって、俺の一部ではある。
どうしても後ろめたい持ち物だと考えてしまっていたが、もう少し肯定的に見てもいいのか……?
「八雲くんはそう思ってないだろうけど、見た目もけっこういいし」
「いくらなんでも見た目を褒めるのは無理があるよ」
「いやいや。八雲くんってガッチリして頼りになる体格だし、前髪で隠れてるせいで普段は分からないけど、顔もかなり私ごの……やっぱりなんでもない」
初音さんは急に顔を赤くして、言葉を詰まらせていた。
その後、俺は初音さんの部屋でシャワーを借りて、再び制服を着て部屋を出た。
マンションのエントランスを出てから、初音さんの部屋がある3階の方を見上げて、俺は思う。
初音さんはどうやら俺に好感を持ってくれているらしい。
――まずはお友達から。八雲くんとはちゃんとした関係を築いていきたい。
初音さんは、そんなことを言ってくれた。
まずは、ってことはその先も期待していいのか……?
だとしても、そこまで言ってくれるほど好感度が高い理由が分からない。
まあ、そうやって次から次へと興味を持ってしまうあたり。
俺はすっかり、市ヶ谷初音という女の子に惹き込まれているらしい。
次回は連絡先を交換した二人が通話で「ちゃんとした関係」について話しつついちゃいちゃします。
そして存在だけ匂わせていた義妹がついに登場したりもします。
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