第8話 高校一の美少女と2回目の体験をした。
週明け、月曜日。
俺は今日も初音さんと登校している。
「いやー、週末はネットがすごいことになっていたね」
「5人とも顔と名前とSNSのアカウントが特定されて、大炎上してるみたいだ」
初音さんのマンションから高校へと続く道を歩きながら、俺たちは言葉を交わす。
目論見通り、初音さんをイジメていた5人組はSNS上で大炎上していた。
この高校や地元とは関係ない一般人にまで情報が拡散され、ニュースで取り上げられるほどの騒ぎになり始めている。
娘の過激なイジメから、父親である議員の不正への追及へと話題が発展しており、ネット上の興味は被害者に対して向けられる気配はなかった。
あの騒がれようだと、とてもではないが学校に顔を出せる状況ではないだろう……と思っていた俺の考えはすぐに外れた。
なんと、校門の横に筒井刹那が立っていたのだ。
(度胸があるんだか、面の皮が厚いんだか……微妙なところだな)
既にネット上の炎上騒ぎは学校中の話題となっているようで、登校してきた生徒たちは皆筒井を見ていた。
中には後ろ指をさして小馬鹿にするようなことを言っている生徒もいる。
まあ、初音さんの件以外にも校内で散々好き勝手振る舞ってきたようだからな。
筒井刹那は、同級生や下級生に対して、日頃から自分が女王にでもなったような態度を取る奴として一部で有名だったらしい。
つまり元から敵の多い人物だったのだ。
だから生徒たちは、ここぞとばかりに筒井を笑い者にしている。
スクールカースト最上位に位置する人間が、一気に転落する。
本人にとっては屈辱的な状況のはずだ。
それなのにわざわざ目立つ場所で立って、誰かを探すように校門を通る生徒を見ている。
(何か目的があるとしか思えないな)
俺の予感は的中した。
周囲を見ていた筒井は、俺と初音さんに気づくとすぐに近寄ってきた。
「あの動画、今すぐ消せよ。あんなの拡散するとか迷惑なんだけど! パパからも散々怒られたし……」
「今更言われても手遅れだよ。そもそも、拡散したのは俺じゃないし」
俺が依頼した相手のやったことではあるけど。
「あの動画のせいで、私の手下も『刹那のせい』とか文句言ってばっかで学校来てないし、パパは議員を辞めることになるかもって大騒ぎなんだけど!」
「それは大変だね」
俺は空返事をしながら、思う。
手下って、筒井と一緒に初音さんをイジメていた取り巻きのことか?
一応友達なのかと思っていたんだけど……陽キャの価値観は分からないな。
いや、彼女が例外なだけか。
「全部お前たちのせいだから!」
「ええ……」
俺は開いた口が塞がらなかった。
隣で無言、無表情を貫いていた初音さんも、思わず目を丸くしている。
斜め上の抗議を受けて、俺たちが困惑していた時、校門付近にいた誰かが言った。
「自業自得だろ」
そう。
どう落ちぶれようと、それは彼女たちの行動の結果だ。
「今誰が……!」
筒井は怒りをあらわにしながら周囲を見るが、途中で言葉を詰まらせた。
周囲の生徒たちが一様に、冷たい目線と嘲笑を、彼女に向けていたからだ。
「なんなのよ、なんで私がそんな目で見られないと……!」
「おい、なんの騒ぎだ」
校門に人混みができていることに気づいたのか、男性の体育教師が様子を見に来た。
「ああ、筒井か」
教師もまた、冷たい声で彼女の名前を口にした。
それは議員であり学校の理事でもある父親の肩書きが、すでに影響力を失っていることを示していた。
「この騒ぎの原因はお前だな。例の件もあるから、職員室まで来なさい。相応の処分を覚悟しておくように」
教師は淡々と筒井刹那に告げた。
すると周囲の生徒たちが小声で噂話を始める。
「やっぱ退学とかになるのかな」
「自分の悪事が原因で高校中退って、人生終わりじゃない?」
「親が偉いからって威張ってたの、正直目障りだったよな」
「でもその親も、今回の炎上がきっかけで汚職が発覚してニュースになってたよ」
控えめな声量ではあるが、隠すつもりはあまりないらしい。
話の内容が俺たちのところまで普通に聞こえてきた。
「っ……!」
筒井は表情を屈辱に歪めながら、俯いた。
と思ったら、いきなり顔を上げた。
「あああああ!」
筒井は逆上して初音さんに掴みかかろうとする。
当然、俺は間に入って止めた。
「おい、やめろ!」
教師も一緒になって、筒井を押さえる。
結局、筒井刹那は多くの生徒たちが見物する中、後からやってきた複数の教師たちに連行されていった。
「大丈夫だった?」
俺はすぐに初音さんを心配する。
「平気だよ。さすがは私のボディーガードだなあって見惚れ……じゃなくて感心してた」
「……? そうか、それならよかった」
心身ともに無事そうなので何よりだ。
朝から騒然としてしまったが、これで本当に問題が解決しただろう。
その後、校門での騒ぎが最後の一押しになったのか。
その日の午前中、事態を重く受け止めた学校から、筒井刹那たち5人の退学処分と親である筒井議員の理事職解任が公式に発表された。
悪事を理由に高校を中退。
しかも顔や名前がネットで拡散されてまだ炎上している状態なので、今後の道は険しいだろうけど。
同情する人は、誰もいないだろう。
○
一悶着あった後、昼休み。
俺と初音さんは平和を手にしていた。
2年3組の教室で隣どうしの席に座る俺たちは、その場で弁当を食べている。
「こうしてのんびりお昼を食べられるのも久しぶりだなー……」
初音さんは柔和な笑みを浮かべている。
一方、その笑顔を独占している俺は同じクラスの男子から羨ましがられていた。
「くっ……俺もイジメに気づいて市ヶ谷さんを助けていれば今頃あの位置に……!」
「いや、刃物で襲ってくる権力者の娘とか、俺らみたいな一般人には相手できないって」
「でもあいつだって同じクラスの男子じゃん」
「どうやったんだろうな……ぶっちゃけ羨ましい」
クラスメイトたちは、今回の騒動の被害者が誰だったかなんとなく察している。
気を使ってくれているのか、あまり詮索はせず遠巻きに噂話だけしていた。
(一応配慮はしてくれているみたいだけど……丸聞こえだから恥ずかしいな)
悪気はないのかもしれないけど、陰キャの俺にとっては公開処刑を受けているような気分だ。
対照的に、初音さんはあまり気にしていない様子だ。
周囲の様子など気にせず話しかけてくる。
「あ、そうだ。八雲くんって放課後、予定ある?」
「もちろんないけど」
陰キャぼっちに予定を聞くとかいくら初音さんでも半分暴言だからやめた方がいい、と言おうとしたのも束の間。
「それなら私の家に来てよ。助けてもらったわけだし、お礼させて?」
意味ありげな笑みを浮かべる初音さんから、そんなお誘いを受けた。
○
放課後。
俺は誘われるまま、初音さんの住むマンションにやってきた。
この部屋を訪れるのは童貞を卒業した日以来、二度目だ。
今回は部屋に入ってすぐ照明をつけたので、部屋の全貌がよく見える。
やはり無駄な物が少ない部屋だ。
それにしてもお礼ってなんだろう……と考えていたら、後ろにいた初音さんから抱きつかれるような勢いで背中を押された。
ベッドに押し倒される。
仰向けになり、起き上がろうとしたところで、初音さんが俺の上に跨ってきた。
既視感のある光景だ。
「まさか、またするつもり?」
「八雲くんだって、この部屋に来た時点で薄々気づいてたでしょ?」
「……」
俺は何も答えない。
まあ、期待していなかったと言えば嘘になる。
「気づいていたかどうかは別としてさ。お礼にしては気前が良すぎない?」
正直、高校で一番の美少女である初音さんとまたしたいかしたくないかで言えば、したい。
そんなのは男子高校生なら当たり前だ。
でも、同時に初音さんがなぜここまでするのかは気になっていた。
「今回のはお礼兼、次の報酬の前払いだから」
「次の報酬って、また俺に何か頼み事があるってこと?」
「うん。八雲くんには、これからも私と一緒にいてほしい。それが私の頼み」
初音さんは、俺に跨った状態でじっと見つめてくる。
俺はその視線にどきりとしながらも、疑問を感じた。
「それだとまるで、何もしなかったら一緒にいられないみたいな言い方に聞こえるけど」
「だって、もう八雲くんが私のボディーガード兼恋人のフリをする理由はなくなったでしょ」
俺が初音さんと一緒に行動していたのは、筒井たちイジメっ子という敵から守るためだ。
しかし彼女たちは退学となり、初音さんを脅かす存在はいなくなった。
俺は初音さんから頼まれたことを達成したことになる。
つまり、契約を満了したような状態だ。
「……言われてみれば、確かに」
明日から、俺と初音さんが一緒にいる理由はなくなった。
陰キャの俺と、高嶺の花の美少女である初音さん。
本来なら相入れる存在じゃない。
(あれ、でも)
初音さんは、俺と一緒にいたいと言っている。
じゃあ、俺はどうなのか。
答えは明白だった。
「報酬なんかもらわなくても……初音さんさえよければ、これからも一緒にいるよ」
俺はすっかり、市ヶ谷初音という女の子に絆されていた。
「え。そうなんだ?」
初音さんは意外そうな表情を浮かべていた。
「うん」
「そうなのかー……私たちってもしかして気が合う?」
「そういうことになるのかもね」
「ふふ。じゃあ、安心した」
そう言う割に、初音さんは俺の上に跨ったまま退いてくれる気配がなかった。
「あの……説明した通り、初音さんがこんなことをする必要はないから、退いてもらえる?」
「確かに必要はないかもしれないけど……したいかどうかは、別の話だよね」
「……」
それはそうかも……と流されかけてから、俺は考える。
そう言えば、俺と初音さんって今どういう関係なんだ。
その辺りが曖昧なまま、二回目をしてもいいのか。
よくはないだろうなと、俺は思う。
だからと言って、関係性をはっきりさせるような言葉を口にすることができるなら、俺は陰キャをやっていない。
誰かに自分の気持ちを伝えるとか、俺は一度もしたことがない。
でも、一度したことなら、二度目をするハードルは下がる。
「沈黙は肯定、ってことでいいよね」
初音さんは返事を待たずして、俺の制服のベルトを外し始めた。
高校で一番の美少女にここまでお膳立てされたら、陰キャの男子高校生に我慢なんてできるわけがなかった。
この日俺は、童貞を卒業して以来、二度目の体験をした。
今回は部屋が明るかったから、前回見えなかった初音さんの色々な部分がよく見えた。
行為中の表情とか、肌の色とか。
正直とても興奮した。
次回は曖昧な状態の二人が新たな関係に発展していく話です。