第52話 恋人たちは旅行を前に気分を高める。
しばらく更新できておらずすみません。
本日から更新再開していきます。
7月29日。
いよいよ俺と初音さんが旅行に行く日だ。
今日は都心のターミナル駅で待ち合わせることになっている。
そこから特急電車に乗って温泉街の最寄り駅まで向かう予定だ。
旅行用の荷物を詰め込んだボストンバッグを携えて、俺は待ち合わせ場所へ向かう。
駅に着いて屋内にある改札口を出ると、近くの柱の前に初音さんが立っていた。
初音さんはノースリーブのシャツに青のロングスカート、足元にはサンダルを履いて清涼感のある服装をしている。
その傍らにはキャリーケースが置かれていた。
「あ、八雲くんだ! おはよー!」
初音さんは俺に気づくと、片手を大きく振って俺を迎えた。
袖のない服なので、当然ながら脇が露わになっている。
……旅行だからってはしゃいでいるみたいだけど、ちょっと無防備すぎないだろうか。
「おはよう、初音さん」
俺は初音さんの方へと足を運ぶと、やたら振られていた手を掴んで、そっと下ろした。
「わっ、朝から大胆だね?」
初音さんはどうやら、俺がいきなり手を握ってきたくらいの認識のようだ。
「どちらかと言えば、大胆なのは初音さんだと思うよ」
「うん……?」
俺が手を離してもまだ、初音さんは不思議そうにしていた。
「初音さん……その調子ならノースリーブはやめた方がいいかもね」
「あ、なるほど」
初音さんはようやく、自分が人前でしていたことの意味を理解した。
「……これからは気をつけるね?」
初音さんは照れたように苦笑いを浮かべる。
今日も俺の恋人はかわいかった。
「でもやっぱり、その服も似合っていて良いと思う」
「ふむ……」
なんだかんだで俺がかわいらしい服装に目を奪われていると、初音さんから返ってきたのは考え込むような呟きだった。
ケチをつけた後に手のひらを返したことに対する小言でも、お礼でもない。
「八雲くんは、私のこういう格好も好きだけど独り占めしたいってことだ」
初音さんはしたり顔でそんな考察を口にした。
「うん。正直、他人に初音さんの無防備な姿はあまり見られたくない……」
俺はそこで言葉を止める。
今更ながら、この発言って割と気持ち悪いんじゃないか?
そんな不安を少しだけ感じながら、初音さんの反応を見てみると。
「や、八雲くんは私を照れさせるのが上手だね……」
初音さんは俺の懸念とは裏腹に、どこか嬉しそうだった。
そんな初音さんを見ていると、ただでさえ旅行で浮かれていた気分が、さらに高揚してくる。
どうやらその気持ちは、初音さんも同じだったらしい。
「それにしても……同級生、しかも恋人と一緒に旅行なんて、初めてだからワクワクするよね」
「うん。俺も楽しみだった」
「けど、八雲くんの場合はご両親への説明とか大変じゃなかった?」
「親には『友達と旅行に行く』って言ったけど、どこまで信じてもらえているかは怪しいね……」
初音さんの存在は家族に知られているからな。
真雪には誰と行くかまで伝わっているし。
その辺りのことを含めて、初音さんに話す。
「まあ、そうだよね。ちなみに、何か言われたりしなかった……?」
「『程々に慎みを持ちなさい』とは言われたかな」
多分、両親は俺が誰と旅行に行くか察していた。
それでも黙認したのは、万年ぼっちだった俺に交友関係ができたことに対する喜びとか、彼女ができたからって今まで友達の一人もいなかったような俺がそう易々と大それた行為に及んだりはできないだろう……みたいなある種の油断を感じたけど。
「あはは……」
事情を察したらしい初音さんは、なんとも言えない笑い声を発した。
俺と初音さんのこれまでを思うと、「慎みを持つ」というのは割と手遅れな気もする。
けど今までも、万が一のことが起きないように気をつけてはいたので、徹底すれば大丈夫だろう。
って、初音さんと旅行中にそういうことをする前提になっていないか、俺。
まあ、二人きりで同じ部屋に泊まって今更我慢できるかと言われたら……自信はない。
思索に耽っていた俺だったが、そこで我に返る。
今からどれだけ気が早いんだ俺は。
「そろそろ行こうか。あまり長く立ち話していると、電車に遅れるし」
俺は余計なことを考えるのをやめて、初音さんにそう提案する。
「んー? そうだね、えっちな八雲くん」
「……」
どうやら、俺が何を考えていたか、初音さんに見透かされていたらしい。
俺はうなずく初音さんを前に何も言い返せなかった。
ともあれ俺と初音さんは、温泉街の最寄駅へ直通している特急電車の改札へ向かった。