第50話 義妹は兄に甘いものを奢らせたい。
服屋の試着スペースにいた俺と真雪は、初音さんとその友人たちに鉢合わせた。
「見てください市ヶ谷さん、上野くんが知らない女の子を連れています!」
「この子は八雲くんの妹の真雪ちゃんだよ」
混乱した様子の委員長に、初音さんは平然と説明する。
「妹……? では浮気では……」
「まさか、八雲くんに限ってあり得ないよ」
初音さんはおかしそうに、委員長の疑念を笑い飛ばした。
「2人は仲良しだから、一緒にお買い物に来たんじゃないかな」
「ですが、2人で手を繋いでいるのは仲が良すぎでは……?」
「言われてみれば、そうかも……?」
初音さんは、まだ真雪に握り締められたままになっている俺の手を見た。
「あっ……!」
真雪は慌てて手を離した。
そこで慌てたら、かえって変に思われないか……?
まあ、俺が事情を説明したらいいか。
「実は……」
俺は初音さんたちに、入れ違いで出ていった男子中学生の話をした。
「へー、真雪ちゃんってやっぱりモテるんだね」
事情を聞いた初音さんが、感心した様子で真雪を見ていた。
大人数で試着スペースの周りにいると他の客の邪魔になるので、俺のシャツの会計を手早く済ませた後、今は店の前にいた。
話題の中心は、依然として真雪だ。
「それにしても、上野くんにこんなかわいい妹がいたとは……」
初音さんと遊びに来ていた友人の一人、汐留さんも興味深そうに真雪を見ている。
その視線には同時に驚きも含まれているように感じた。
まあ、俺と真雪って似てないしな。
「真雪ちゃんは中学三年生で、私たちの高校を志望してるんだよ」
初音さんがそう言うと、より一層の興味が真雪に向けられる。
「ほう、そうなんですか」
「やっぱり兄弟仲がいいから同じ学校に行きたいの?」
委員長と汐留さんがそれぞれ口にする。
「そ、そうじゃないです。あと、私は別にお兄ちゃんと仲良くないです」
真雪は年上の女子たちから注目を浴びて、少したじろぎながらも異を唱える。
「でも、今日だって八雲くんと一緒だよね?」
初音さんは真雪の言葉を聞いて首を傾げている。
「センスのないお兄ちゃんが、初音さんと旅行に行く時のための服を買いたいと言っていたので、私が仕方なく選ぶのを手伝っていたんです」
この中の誰よりも小柄な真雪は、ふんと腕を組んで語った。
「へー、そうなんだー。真雪ちゃんはかわいいねえ」
初音さんは微笑ましげに真雪を見ながら、その頭を撫でた。
「わ、どうして頭を撫でるんですか……」
真雪は少し戸惑っているが、拒む様子はない。
それにしてもこの二人の会話、微妙に噛み合っていないような。
いや、初音さんが真雪の話をあまり真に受けていないと言った方が正しいのか?
「え? 市ヶ谷さん、上野くんと旅行に行くの?」
「うん、今月末に二人で温泉に行くんだ」
汐留さんに聞かれて、初音さんが嬉しそうに答える。
「さすがは市ヶ谷さん、彼氏との夏休みを満喫していますね……」
委員長は初音さんを恋愛マスターか何かだと思っているらしかった。
その後しばらく、真雪のことを中心に色々話していたが、最終的には俺たちと初音さん一行は別行動を取ることになった。
初音さんも友人たちと服を見て回る予定があるらしい。
「初音さんと一緒じゃなくて良かったの?」
再び二人になった後。
様々な店が並ぶ商業施設を歩きながら、真雪が尋ねてきた。
「いや、まあ初音さんも友達と一緒だったから」
「それでも二人でいたいと思ったりしない? 例えば、初音さんが一人で来ていたらどうする?」
「だとしても変わらないよ。一緒にいたいと思わないって言ったら嘘になるけど、今日は真雪と来てるわけだから」
さっきから質問を重ねてきて、真雪はどうしたんだろう。
いくら俺が初音さんと付き合っているとはいえ、妹を置き去りにしていくはずがないのに。
「……そういうところがずるい」
おまけに、なぜか真雪から咎めるような言葉と視線をもらってしまった。
「ずるいって、何が?」
「別に、なんでもない!」
真雪はそっぽを向くと、足早に俺の数歩前を行こうとする。
「てっきり、服を選んだお礼を請求されると思ったんだけど……」
俺が呟くと、真雪の足が止まった。
「じゃあ、甘いものが食べたいから奢って」
真雪はむすっとした表情で振り向きながら、そんな要求を告げてきた。
仲良くないと主張していた割には、ちゃっかりしているな。
まあ、これも真雪らしいと言うか。
以前は無視されていたことを思うと、最近は妹のかわいい一面だと思うようになってきた。
次回はもうちょっとだけ真雪との話が続きます。
ちょくちょくお話の中では言及されていますが真雪って、八雲の異世界転移前はろくに口も聞いていない状態だったんですよね。
それがなぜ今のような距離感になったのかについて、次回は掘り下げていきたいと思います。