第49話 義妹は兄と付き合っていることにしたい。
「遅いな」
俺は自宅のリビングでソファに座り、真雪の支度を待っていた。
真雪は母が作り置きしたチャーハンをそそくさと食べた後「着替えてくる」と言って2階の自室に行ってしまったのだ。
俺も自室でジャージから外行きの服に着替えて戻ってきたけど、それからもう10分近く経っている。
いい加減、待ち疲れてきた……と思っていたら真雪が2階から降りてきた。
「お待たせ」
真雪はベージュのシャツにデニムのミニスカートを着ていて、塾から帰ってきた時と違う格好をしている。
「なんか、普段よりお洒落してない?」
「は、はあ!? そんなことないし!」
真雪はうわずった声で、俺の言葉を否定した。
○
俺と真雪は都心にある複合型商業施設に来た。
高校の近くにあるショッピングモールとは違う場所だ。
あの場所よりも家から近く、規模は大きい。
平日とはいえ夏休みが始まったこともあり、そこそこ賑わっている。
俺たちと同年代くらいの若者が多くいるように見える。
施設内を歩いていると、真雪が話しかけてきた。
「さて、どんな服が欲しい?」
「どんな服と言っても、あれこれ選べるほど財布にお金が入ってないんだよね」
真雪の問いに、俺は情けない返事をする。
毎月のお小遣いとお年玉が主な収入の上に、今度の旅行代で貯金を切り崩すのが確定している。
しがない高校生の俺に、服を気兼ねなく買うほどの余裕はない。
「ふーん。じゃあユ○クロでいいんじゃない」
「ユ○クロか……なんか安っぽいイメージがあるけど」
「学生なんて実際にお金がないんだから、安い服で当然でしょ。それにユ○クロって、イメージほど質も悪くないからね」
俺はそんなものかと納得して、ユ○クロへ向かうことにした。
ファッション関係の店だけでも大量に並んでいる商業施設に来ているのに、一番カジュアルな店に行くのはどうなんだろう、という気もする。
けど、高い店なんて最初から高校生には手が出ないからな。
それに、この後で真雪に何かおごらされることを考えたら、自分の服は最低限で済ませた方がいいだろう。
……この夏は金欠確定だな。
休み中にどこかでバイトでもした方がいいかもしれない。
施設内にあるユ○クロにやってきた。
男性向けの服が置かれたコーナーで、俺と真雪は色々と見て回っている。
「最近のお兄ちゃんは……急に身長が伸びて体格が良くなったから、大体の服は似合うと思うよ」
真雪は顎に手を当てながら、棚に並ぶ服を真剣に見ている。
「そうなんだ?」
「うん。金額を抑えるのも兼ねて、シンプルなTシャツとかでいいと思う」
真雪はそう言って、棚に置かれたTシャツを指さした。
「なるほど。確かに初音さんも、俺にはシンプルな服が似合うって言ってた気がする」
「……そうなんだ」
真雪は眉間に少し皺を寄せて、何か言いたそうに俺の方を見た。
「どうした?」
「別に。それより服を選ぼうよ。色は、うーん……私はこれは好きかな」
真雪は俺から目を逸らして、また服を見た。
白と黒のボーダー柄のシャツを手に取って、俺に差し出してくる。
「真雪はこういうのが好みなんだ」
「わ、私の好みっていうか、これがお兄ちゃんに似合いそうって思っただけ!」
真雪はなぜか声を大にして、シャツを俺に押し付けてきた。
「そうか。真面目に考えてくれてありがとう」
俺はシャツを受け取りながら、お礼を言う。
「……なんかお兄ちゃん、最近ハキハキ喋るようになったよね。初音さんと付き合い始めて自信がついたから?」
「そうかもね」
「……」
俺の答えを聞いて、真雪はもどかしそうな顔をした。
どうしたんだろう。
何か変なこと言ったか、俺。
その後、柄や色の違うTシャツを何枚か選んでから、試着室が並ぶスペースに来た。
俺は試着室の一つに入って、順番にTシャツを試着しては、真雪に見てもらうという一連の流れを繰り返していく。
3着目のシャツに着替えたその時、試着室のカーテンの向こうから声が聞こえてきた。
「あれ、上野じゃん。なんでここに……」
声変わりしてまだそんなに経っていなさそうな男子の声だ。
名前を知っていることから察するに、真雪の同級生だろう。
「げっ」
真雪の反応は、あまり嬉しそうではなかった。
俺はカーテンの隙間から、様子を窺う。
運動部に所属していそうな雰囲気の男子中学生が、真雪に話しかけていた。
「なあ上野……この前の告白の件、考え直してくれないか!?」
「いや、それはもう断ったでしょ」
なるほど。
この男子は真雪に告白して断られたことがあるらしい。
「いや、確かに上野は好きな人がいるからって言ってたけどさ……それって誰なんだよ」
「別に教える必要ないでしょ」
感情のこもった声で話す同級生に対し、真雪は一貫して塩対応だ。
「でも、誰か聞かないと納得できないって……!」
男子中学生が一歩、真雪の方に詰め寄った。
「そ、そんなの知らないし。仮に言うとしても今だけは無理だから……!」
真雪は困ったように、俺のいる試着室の方に視線を向けてくる。
カーテンの隙間から覗いていた俺と、目が合った。
俺は真雪に睨まれる。
……覗き見ていたのがバレた。
そろそろ真雪の同級生が暴走しそうな気配も感じるし、俺は出ていくことにした。
「真雪が困っているから、その辺にしてあげてくれ」
「は……? あんた誰だ」
真雪の同級生は俺を見ると少したじろいだ。
俺は異世界で数年過ごしていた分、他の高校二年生よりも体が大きい。
真雪と同じ中3の男子とは、一回り体格が違った。
「俺は真雪の」
兄だ、と名乗ろうとしたその時。
「こ、この人が私の好きな人……と言うか彼氏!」
真雪が俺の手を取りながら、おかしなことを言い出した。
「え、ええ……?」
「いいから……!」
困惑する俺の足先を、真雪は軽く踏みつけてきた。
別に痛くはないけど、その意図は理解した。
話を合わせろってことだろう。
「……そういうことだから、悪いけど諦めてくれ」
俺がそう告げると、真雪の同級生は肩を落として去っていった。
なんだか申し訳ないことをしたように思うけど、真雪にその気がないんだから仕方ない。
これ以上、妹にしつこく迫られたら黙っていられない状況だったのは事実だしな。
面倒なことになる前に事が収まって良かった……と思ったその時。
俺は試着スペースの出入り口に、入れ違いでやってきた人物の気配を感じた。
「う、上野くん……まさか二股をかけていたんですか!?」
そこにいたのは、普段見る姿とは違う、私服を着た俺の同級生。
初音さんの友人でもある、委員長だった。
「た、大変です市ヶ谷さん! 上野くんが知らない女の子を彼女だと言って見せびらかしています!」
何やら動揺した様子で、色々と語弊のあることを言いながら、委員長は後ろを向く。
そこには、少し遅れてやってきた初音さんと友人の女子2人がいた。
「あれ? 八雲くんと真雪ちゃんだ」
初音さんはきょとんとした顔で、俺と真雪を交互に見た。