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第47話 恋人たちは食後に昼寝をする。

 買い物を終えて、初音さんの部屋に向かった。

 俺は初音さんと並んで、二人でキッチンに立つ。

 初音さんは制服の上からエプロンを羽織っていた。

 俺も予備のエプロンを借りて羽織っているけど、サイズが少し小さい。

 ともあれ準備をして、いよいよ料理を始めようかという時。


「元々自炊する予定だったから、一人暮らし用の部屋でもキッチンが広い物件を選んだつもりだったけど……二人だとこのキッチンは少し狭いね?」

「それはまあ、確かに」


 キッチンの調理スペースはやや狭い。

 二人で立つと互いの肩が触れ合いそうな距離感だ。


「でも、これはこれで良いかも」


 初音さんはそんなことを言って、俺の方に少し肩を寄せてくる。

 

「このままだと料理ができないような」

「甘えたいからもう少しこのままで……」


 言っている途中で、初音さんのお腹が「きゅるる」と鳴った。


「……聞こえた?」

「まあ、これだけ至近距離にいたらね」


 俺の答えを聞くと、初音さんは少し距離を取った。

 と言っても狭いキッチンの範囲内なので、まだまだ近いけど。


「お腹も空いたし、そろそろ料理を始めようか」


 甘えたい欲求と食欲で、後者が勝ったらしい。

 初音さんは卵をかき混ぜるためのボウルを取り出した。

 


 

 狭い調理スペースと近くに置かれたキッチンラックを作業台の代わりにして、俺と初音さんは一緒にオムライスを作っていく。

 俺がチキンライスに入れるためのピーマンや玉ねぎを包丁でみじん切りにしていると、視線を感じた。


「八雲くん、すごい包丁捌きだね……? 実は料理上手だったり?」

「いや、料理の経験はほとんどないよ」


 隣から覗き込んでくる初音さんに、俺は答える。

 

「え、その割には軽快なみじん切りに見えるけど」


 初音さんは不思議そうにしている。

 しかし、俺がほとんど料理をしたことがないのは事実だ。

 稀に母親の家事を手伝った時と、家庭科の調理実習くらいだ。


「もしかしたら、異世界での経験が生きているのかもね」


 俺は刃物ならなんでも達人級に操ることが可能な「刀剣」スキルを持っている。

 異世界ではもっぱら剣などの武器を振るって死線を切り抜けるために重宝したスキルだ。

 平和なこの世界では使い道がないと思っていたけど、どうやら包丁にも有効らしい。

 おかげで俺は、苦もなく包丁を扱うことができていた。 


「ふーん、チートスキルってやつ?」

「そうだね」

「もしかして、お魚を捌けたりもする?」


 初音さんは興味津々といった様子で俺の手元を見ている。


「どうだろう……多分できるんじゃないかな」


 水に住む生き物を切った経験は何度かあるけど、海で暴れるモンスターが相手なのであまり参考にならない。

 けどこの感じだとなんとかなりそうだ。


「だったら、いつか解体ショーでも見せてもらおうかな」


 初音さんは上機嫌そうな笑みでそう言った。

 今日の初音さんは、やけに楽しそうだ。


「うん。またその内」


 今日だけでなく、こんな日々がずっと続けばいいと、俺は思った。



 その後、初音さんが朝の内に支度をしておいた米が炊き上がり、俺が切った野菜や鶏肉と混ぜてチキンライスを作った。

 さらに初音さん特製のふわとろ卵でチキンライスを包み、オムライスの完成だ。

 結局、野菜や肉を切る以外の作業はほとんど初音さんがやってしまった。

 しかし、一部だけでも手伝ったことで、俺にもちょっとした達成感があった。

 お皿に盛り付けて、キッチンから部屋の方に持っていく。


「デミグラスソースとかもいいけど……手作りはやっぱりケチャップで味付けするのが定番だよね」


 ローテーブルの前に二人で並んで座る中、初音さんはケチャップの容器を片手に構えている。


「まあ、手の込んだソースを用意するのは、初音さんの胃袋が待ち切れないよね」

「八雲くん、いじわるだね? そんなこと言う人のオムライスにはケチャップをかけてあげないよ?」

「いや、それだとさすがに味気ないから困る」


 俺のそんな言葉に、初音さんは満足したらしい。


「それならしょうがないなあ。ハートマーク……はちょっと恥ずかしいから、名前でも書いてあげようかな」


 ちょっとした仕返しができて気をよくしたらしい。

 初音さんは、俺の前に置かれたオムライスの上にケチャップで「やくもくん」と俺の名前を書いた。

 正直これでも恥ずかしい気がするけど、初音さんが楽しそうなのでまあいいか。

 俺が横目で見ている間に、初音さんは自分のオムライスにもケチャップで名前を書いていた。


「これでよし、っと。じゃあさっそく食べようか」

 

 初音さんはケチャップの容器を脇に置いて、代わりにスプーンを手に取った。


「そうだね」


 俺もうなずきつつ、スプーンを持つ。

 

「いただきます!」

「いただきます」


 俺たちは一言そう言ってから、オムライスを食べ始めた。


「んー、八雲くんと作ったから、今までで食べた中で一番おいしいかも」

「大げさ……って言いたいところだけど、一番おいしいのは間違ってないかもね。初音さんが作ってくれたし、自分でも多少は手伝ったから」

「多少は……って、謙遜しなくてもいいのに」


 初音さんはスプーンにのせたオムライスを頬張りながら、肘で小突いてきた。




 元から空腹だったことに加え、とてもおいしかったこともあって、あっという間に完食してしまった。


「ふー、ごちそうさま。食べたら少し眠くなってきたかも……お昼寝にはちょうどいい時間かな」


 初音さんは口元を手で軽く押さえながら、欠伸をした。


「食べてすぐ横になると、消化によくないらしいよ」

「それって、体重を心配してる? 私は別に太ってないから大丈夫だよ……」


 そう言う初音さんの瞼はどこか重たそうに下がり始めている。


「確かに今はそうかもしれないけど」

「む……横になるのがダメなら、八雲くんが支えてくれれば解決だね」

「支えるってどういう……」


 俺が聴き終えるよりも前に、初音さんが寄りかかってきた。


「おお、これはちょうどいいかも……」


 初音さんは座ったまま俺に体重を預けながら、背中に手を回してくる。

 リラックスした様子で、目を閉じていた。

 どうやら俺のことを、横にならずに眠るための抱き枕代わりにしたいらしい。


「初音さん? もしかして、この体勢で寝ようとしてる?」

「ん……」


 初音さんは返事なのかもわからない声を漏らしたかと思ったのを最後に、寝息を立て始めた。


「随分と寝つきがいいな……」


 俺は小声で呟きながら、初音さんを見る。

 目の前に晒された寝顔もかわいらしかった。 

 その顔を見て、初音さんに甘えられる温もりを感じて、寝息を耳元で聞いていたら。

 俺もすっかり眠くなってきた。


「確かに、昼寝には絶好の状況だ……」


 俺は初音さんをそっと抱き寄せながら、押し寄せる眠気に身を任せて瞼を閉じた。

次回は夏休み初日、義妹の真雪と過ごす話です。

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