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第44話 元陰キャには高校一の美少女の痕跡が残っている。

 俺は初音さんの部屋を出て、駅に向かった。

 電車に乗って隣駅で降りる。

 オフィス街の真ん中にある駅近くの喫茶店に用があった。

 その店で俺は、とある人物と待ち合わせをしている。

 レトロな雰囲気の店内に入る。

 良好な立地の割に、不自然なほど客が少ない。

 おかげで目当ての人物はすぐに見つかった。


「よう、八雲」


 その人物は、奥の方にあるテーブル席から顔を覗かせて、軽く手を振ってくる。

 オフィス街には似合わないパンクな服装に身を包んだ、金髪痩躯の女性だ。

 ついでに、耳が妙に長い。

 20代の半ばほどに見えるけど、実年齢は不詳だ。

 見た目よりはるかに上なのは間違いない。

 なぜなら彼女は異世界出身の魔女であり、エルフだからだ。


「久しぶりだね、ディオナ」


 俺はディオナのいる席の方に向かう。


「このワタシをわざわざ呼び出すとは一体何事だ、ええ?」

「頼みたい用事があるんだ」


 俺はディオナの向かい側に座る。

 するとディオナはニヤリと笑って白い歯を見せた。


「大体事情は把握しているさ。お前の大好きな女の子の両親についてだろう?」


 ディオナは二つの世界を行き来しながら情報屋として生きている。

 俺も実態がよく分かっていないけど、超常的な存在であることは間違いない。


「情報屋だからって、俺の個人的なことまで把握しているのはおかしくない?」

「重要な情報は常に追っているからな。お前の身の回りのことは常に把握している。例えば、いつ童貞を卒業したか、とかもな」

「……」


 怖すぎる。


「マスター。こいつにホットコーヒーを頼む」


 内心で冷や汗をかく俺の気を知ってか知らずか、ディオナは店主に俺の分としてホットコーヒーを注文していた。


「……いや、さすがにこの季節にホットコーヒーはどうなんだ?」

「ワタシの奢りだから文句言うな」


 年長者のくせにコーヒー一杯で……と思わなくもなかったが、奢ってもらう手前、文句は心の中に留めておいた。


「なんにせよ、事情を把握しているなら話が早い。初音さんの両親の行方について調べて欲しいんだ」

「構わないが、今後は有料だぞ? こっちの世界に転移させた件と、この前の情報操作で貸し借りはなくなったからな」


 そう。

 俺はディオナの手を借りて、異世界からこの世界に帰還を果たしていた。

 それに加えて、初音さんに対するイジメを解決する時にも協力してもらった。

 ディオナには異世界で莫大な貸しを作っていたが、彼女の中ではそれはもうチャラになっている認識らしい。


「金ならないよ。こっちではただの高校生だ、少なくとも経済力は」 

「ワタシだって、お前に金は期待していないさ」

「だったら何が欲しいんだ」

「何かが欲しいというよりは、今度はワタシがお前に貸しを作りたい」

「つまり、今はタダでいいけど後で返せってことか」

「そう言うことだ」


 ディオナは大粒の氷とコーヒーが入ったグラスを手にして、カラカラと音を鳴らす。


「……後が怖そうだな」

「だけど、代わりに払える物もないだろう?」


 ディオナが求めているのは、魔女としての探究心を満たす何かだ。

 例えば、未知の情報とか。

 けど、俺はそんなものを持っていない。


「分かった、条件を飲むよ」

「八雲は理解が早くて助かる」

「ちなみに、もう居場所を知っていたりはしないの?」

「いや、これから探す。捜索には探知魔法を使う想定だが……対象の人物を探すにあたって、本人か血縁者にゆかりのある触媒が必要だ」


 ディオナの口から、しれっとファンタジーな単語が飛び出してきた。

 魔法とか、久しぶりに聞いたな。


「触媒って、例えば?」

「一番わかりやすいのは、本人が日常的に触れていた物だな」

「そんな物は、少なくともこの場にはないよ」


 初音さんに頼めば手に入るかもしれないけど、事情を説明するのが若干難しい。

 と言うか、ディオナも用件を察していたなら、せめて事前に言ってくれればいいものを。


「一番わかりやすいのがそれ……ってことは他の物でもいいんだよな?」

「ああ。血縁者……この場合だと、お前が惚れ込んでいるあの女の子の所有物だな」


 初音さんの持ち物か。


「生憎、そっちも今は持ってない」

「だったら代わりにお前自身でもいいぞ」

「はい?」


 俺自身って、どういう意味だ。


「厳密には、お前の体の一部だな。お前には例の女の子……初音さんとか言ったか? の痕跡が強く残っているだろうから」


 俺に初音さんの痕跡が強く残っている。

 あれだけ毎日一緒にいれば、そうなのかもしれない。

 実感はないけど、少し嬉しいかもな。

 それにしても、俺の体の一部って。


「内臓の一つでも要求するつもり?」

「そこまでじゃない。髪の毛を数本もらえれば十分だ」

「なるほど、そういうことなら……」

「じゃあ契約成立だな」


 俺が承諾の言葉を最後まで口にする前に、ディオナは雑に俺の髪の毛を掴んで数本引っこ抜いてきた。


「いきなりやるなよ、痛いだろ」

「お前はこれくらい平気だろ?」

「まあ……髪の毛数本で初音さんの両親の居場所がわかるなら安いかもね。ありがとう」

「こっちとしても、人探しをするだけでお前のサンプルが手に入るのはおいしい話だ」


 この魔女、今聞き捨てならないことを言わなかったか。


「俺の髪の毛を実験材料か何かに使うつもりか?」

「ああ。本当は探知魔法に必要なのは一本だけなんだ」

「相変わらず、ちゃっかりしてるな……」


 つまり、あとは実験か何かに使われるらしい。

 俺の情報を細胞レベルまで分析するつもりか、こいつは。

 まあこの際、それは諦めよう。

 今気になるのは、千切られた数本の髪の毛の行く末じゃない。


「実際、初音さんの両親が異世界に転移している可能性はあると思う?」


 俺は真剣な眼差しをディオナに向ける。

 ディオナは悠々とアイスコーヒーを飲み干すと、グラスを机に置いてから口を開いた。


「おそらくその可能性が高い。彼女の両親はちょっとした有名人だったから、ワタシも以前に情報を探ったことがあるんだが……その時は行方がわからなかったからな」

「待て、いろいろ突っ込みどころがあるんだけど」


 初音さんの親って有名人なのか?

 どこかの会社の社長一族と言っていたけど、もしかして想像より大企業だったりするのかもしれない。

 しかも、二つの世界を自在に行き来して情報を手に入れるディオナが分からなかったって、そんなことがあるのか。

 そして、その話を依頼が成立するまで黙っていたのか。

 やっぱり、こいつは油断ならない相手だ。


「ま、ワタシもこの件は興味深いからな。こうして触媒を使って、この世界と向こうの世界で本格的に探知魔法をかけてみるってわけだ」


 ヘラヘラとしていたディオナの顔つきが、引き締まった。

 色々と食えない部分もあるが、いざ取引が成立したら手は抜かない。

 彼女はそうした誠実な一面も持ち合わせているからこそ、情報屋として暗躍することができている。


「そうか……じゃあ、もう一つ聞かせてほしい」

「欲張りだな」


 ディオナに茶化されたが、俺は構わず続ける。


「俺が異世界で数年過ごしたあと、帰ってきたら1ヶ月しか経っていなかった。つまり、二つの世界は時間の流れ方が違うってことだよね?」


 その場合に起こりうる最悪の事態を想像した上で、俺は質問した。


「ははは!」


 ディオナは腹を抱えて笑い出した。

 店内に響き渡るほどの声だ。

 店主以外に人がいないのが不幸中の幸いだった。


「急にどうしたんだ。俺は真剣なんだけど」

「もし二つの世界の時間の流れが違うなら、両方の世界を行き来しても旨味がないだろう。行って帰ってきたら商売の相手がいなくなっちまう」


 言いたいことは分からなくもない。

 情報を仕入れても受け取る相手がいなければ意味がない、ってことだろう。


「けど……つまりどういうことだ」

「八雲の想像とは逆ってことだ」

「逆?」

「とにかく、お前の心配するような事態になることはないから、心配するな」


 ディオナはそう言いながら、伝票を持って立ち上がった。

 俺も立ち上がって引き止めようとする。


「おい、ちゃんと説明を」

「これ以上情報屋から話を聞きたいなら、対価を払うんだな」


 ディオナはさっさと店主の方に向かって、伝票と代金を手渡す。


「待ってくれ」

「続きは調査結果が出てからだ。それまではせいぜい、恋人の初音さんといちゃいちゃしておくんだな」


 ディオナはひらひらと手を振りながら、俺の引き止めには応じずに店を出て行った。


「……ったく」

 

 一人残された俺は、腑に落ちない思いを抱えながら、力なく椅子に座った。

 窓の方を見ると、もうすっかり夕暮れ時だ。


(今から初音さんに会いに行く余裕はなさそうだな……)


 せめて帰ったらビデオ通話でもしようと思っていると、今更ながら店主がホットコーヒーを運んできた。

なんか今回はあまりラブコメっぽくない話になりましたね。

気になる調査結果はまた今後に。

ひとまず、次回は一学期の終業式の日に初音さんといちゃいちゃする話です。

何やら二人で共同作業をするらしいです。

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