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第42話 恋人たちはどれだけ暑くても手を離さない。

 7月。

 夏休み前の最終週。

 朝から強烈な日差しが頭上に降り注ぎ、本格的な夏模様を感じる中。

 俺は今日も初音さんと一緒に登校している。


「ふー、暑いねー……」


 初音さんは左手で制服の襟元を掴み、小刻みに仰いで風を起こしている。

 その状況でも、右手はしっかり俺の左手とつないでいた。

 お互い少し汗ばんできた気がするけど、離す気配はない。


「まあ、この灼熱地獄みたいな状況で登校するのもあと3日だけだから」


 俺は額から汗を垂らしながら、もうすぐやってくる夏休みに思いを馳せる。

 初音さんは俺を横目で見ると、つないでいない方の手でハンカチを取り出す。


「うん? 確かにあと少しで一学期が終わるけど……八雲くん、何か忘れてない?」

「なんのこと……?」


 俺には思い当たる節がない。

 考え込む俺の額を、初音さんがハンカチで拭ってくれた。


「ありがとう」

「へへ、どういたしまして」


 猛暑の中でも、初音さんの笑顔は爽やかだった。

 この笑顔を見ていると、夏の熱気がどこかへ吹き飛んでしまうような気さえしてしまう。 

「それで、俺が忘れてることって?」

「夏休み中にも何度か登校する機会があるでしょ? 9月にある文化祭の準備のために」

「ああ、そう言えば」


 陰キャぼっちにとって、学校行事はいかに時間を潰すかが最重要視される消化試合だ。

 文化祭も例外じゃない。

 確か去年のクラスでは、お化け屋敷を実施した覚えがある。

 準備期間中の俺は大した役割のない裏方を適当にこなしていただけだった。

 毎年9月下旬にある文化祭本番でも同様だ。

 自由時間があったけど、校内の人気のない場所でスマホを弄っていた記憶しかない。


「ふふ。去年の八雲くんは、あまりいい思い出がなさそうだね」


 俺はよほど楽しくなさそうな顔をしていたんだろう。


「まあ、うん」

「そっか。まあ実は私も似たような感じなんだけどね」

「そうなの?」



「だって私、八雲くんと会うまではコミュ障ぼっちだったし」

「ああ、なるほど」


 高校一の美少女として、誰とも絡まない孤高の存在のような扱いを受けていた初音さんだけど、正体は違った。

 積極的に他人とコミュニケーションを取れないけど青春に憧れる、ただの女の子だった。

 初音さんの言葉を借りるなら、コミュ障ぼっち。

 つまりは、俺と同類だった。


「だからこそ、今年はいい思い出を作れるようにしたいね?」


 去年はぼっちだったけど、今年は違う。

 俺には初音さんという彼女がいる。

 それにクラスメイトと関わる機会も増えた。


「そうだね。今年は初音さんと一緒に文化祭を楽しみたいな」

「うん……!」


 初音さんはつないだ手を強く握りしめてくる。

 機嫌を良くしたのか、暑さで重くなっていた足取りが軽やかになった。

 

「私たちのクラスは、どんな出し物をするのかなー」

「夏休み中にある程度準備を進める必要があるから、一学期中には決めると思うよ」

「あ、それこそ今日のロングホームルームとかで話が出るかな?」

「そうかもね。委員長とかが何か知ってるかも」


 俺は学校行事を待ち遠しく思うという、初音さんと出会う前ならあり得なかった感覚を覚えていた。



 午後。

 ロングホームルームにて。

 予想通り、文化祭の出し物を決めることになった。


「ではさっそく、話し合いを始めましょう」


 いつものように委員長が前に立って進行する。

 俺は自分の席から話を聞いていた。


「さて皆さん。今日は夏休みが始まる3日前なのですが……疑問に思いませんでしたか?」


 仰々しく委員長が語り出すと、教室内は「疑問って何が?」と訝しむ空気に包まれた。

 やけに真剣な表情の委員長は、構わず続ける。


「他のクラスが続々と文化祭の出し物を決定する中、私たち2年3組だけなぜこの時期まで決めずにいたのか、です」


 委員長は演説でもするかのように拳を振り上げる。

 言われてみれば、確かに。

 初音さんと今朝話していた時はあまり気にしていなかったけど、夏休み直前に話し合いを始めるのは少し遅い気がする。

 一度の話し合いで意見がまとまらなかった場合に困りそうだ。


「理由は元々、他のクラスと被らないように、一通り出し物が決まったこのタイミングで決めることにしていたからです」

「そこまで被りを気にする必要ある?」


 委員長の説明を聞いて、誰かがポツリと言った。


「確かに。お化け屋敷とかメイドカフェが一学年に何個も乱立するのって、毎年恒例だよな」


 その後も、「別に被りを気にしなくていいのでは」という論調が聞こえてくる。

 クラスメイトたちが各々近くの席の友人と話す声が広がり始めた。


「静粛に!」


 委員長は声を張り上げて、場を鎮める。

 一つ息を吸ってから、続けた。


「私は文化祭の最後に表彰される、最優秀クラスの賞を本気で狙いたいと思っています」


 教卓の前に立って確たる意志を表明する委員長を前に、クラスメイトたちは「おお」と声を漏らした。


「まあ、どうせやるなら良い出し物をやりたいよね」

「球技大会も頑張ったら勝てたし、やってみたらおもしろそうだよな」


 どうやら委員長の熱意はクラスメイトたちに伝わったらしい。

 加えて、球技大会での成功体験が後押ししたようだ。

 みんなすっかりやる気になっていた。


「とは言え、皆さんのやりたいことをベースに出し物を決めるべきだと思うので、何か案がある方はぜひどうぞ」


 委員長の合図をきっかけに、いろいろな案が出ていく。

 その中で、どんな出し物だったら最優秀クラスの賞を獲得できるか、クラスメイトたちによって議論が行われた。

 出し物の被りを避けると言っても、独自色を出しすぎるのは受けが悪いのでやめた方がいい。

 お化け屋敷などの定番ネタが被るのは、なんだかんだで需要があるからだ。

 かと言ってそのまま実施するだけだと差別化できずに客の取り合いになるだけ。

 なので既存の定番ネタの要素を取り入れつつ他のクラスにはない何かを。

 ということで2年3組の出した結論は。


「では、このクラスの出し物はコスプレ喫茶で決定します!」


 委員長が高らかに宣言した。


(確かにメイド喫茶と違っていろいろな衣装が用意できるから、差別化できるな……)


 議論の末の多数決によって出た結果に、俺はそんな感想を抱く。


「やはり飲食系は強いですからね。しかも「何食売れました!」みたいな分かりやすい実績もアピールできます」


 ハキハキとした委員長の口ぶりからは、賞の獲得に向けて確かな自信を感じさせる。


「しかも、このクラスにはかわいい女子が揃ってるしな」


 お調子者の男子である新橋が付け加えるように言った。

 確かにこのクラスの女子はレベルが高い、とクラスの男子が噂しているのは何度か耳にしたことがある。

 何より、高校一の美少女と称される初音さんがいるし。


「おや。私は男子にもコスプレしてもらう予定ですよ?」


 委員長が何食わぬ顔でそう言うと、教室内がざわついた。

 コスプレするのは女子だけだと思っていた、と驚く男子たち。

 自分は何を着よう、とかあの人にはあの衣装が似合うと思う、などと盛り上がる女子たち。

 そんな中、隣に座る初音さんが話しかけてきた。


「八雲くんは私にどんな衣装を着てほしい?」


 初音さんに何を着てもらうか。

 やはりメイド服は王道だろう。

 あとはいわゆるチャイナ服とか……?

 いや、和装もアリだな。


「……迷うな」

「あ、もしかして私がコスプレしてる姿を想像してた?」

「頭の中で思い浮かべて比較しないと難しいからね。初音さんって多分なんでも似合うと思うし」

「そっか……八雲くんは最近、私を喜ばせるのがうまくなってきたね」


 初音さんは満更でもなさそうに、長い黒髪の先をくるくると指で弄る。


「まだ衣装を決めて作るまでは余裕があると思うし、少し考えてみてもいいかな」

「うん。もちろんいいけど……八雲くんは、自分が選んだ衣装を私に着せたいんだね?」


 初音さんは肯定しつつも、悪戯っぽい笑みを俺に向けてきた。

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