第34話 高校一の美少女は陰キャに催促する。
いい雰囲気にはなったけどまだ押しが足りない。
委員長と初音さんはそう判断したらしい。
打ち上げでご飯食べるだけというのはつまらない、という名目でショッピングモール内にあるボウリング場に行くことになった。
靴とボールをレンタルし、4人で1レーンを使用する。
「それにしても意外だな。明日葉がボウリングをやりたがるなんて。実は経験者だったりするのか?」
レーン付近の椅子に座って準備をしていた椎名が、委員長に話しかける。
「いえ、初めてやりますよ?」
「一体どういう風の吹き回しで……明日葉って運動得意じゃないだろ」
椎名は不思議そうにしていた。
「ちなみに初音さんはボウリングやったことあるの?」
クラスメイトたちのやりとりを見る傍らで、俺は初音さんに尋ねる。
「もちろんないけど」
「まあ、そうだよね」
初音さんは最近までぼっちだったからな。
ボウリングみたいな娯楽と縁がない方が自然だと思う。
「八雲くんはどうなの?」
「もちろんないけど」
ぼっちだからボウリングの経験なんてあるわけない、と思うのは当然俺の実体験に基づいていた。
結局、球技大会で見せた身体能力を買われて俺が最初に投げることになった。
(一応、委員長が椎名に告白するための雰囲気づくりが目的の場だし、程々に手加減した方がいいのか……?)
ボウリングをやったことがないとは言え、適当に投げたら真っ直ぐ飛んでストライクが取れそうな気がする。
そんなことを考えながら雑に投げたら、本当にストライクが取れた。
「あ」
先頭のピンにボールが直撃して連鎖的に他のピンが倒れていく光景を見て、俺は間抜けな声を漏らす。
「お見事です」
「上野くんって、サッカーだけじゃなくてボウリングも得意なのか」
座席で見ていた委員長と椎名が感心していた。
「さすが八雲くん! よかったら私にもコツを教えてよ」
初音さんはボールを手に取りながら俺の方に近寄ってきた。
「今のはまぐれというか……さっきも言ったけど、俺はボウリングをやるのは初めてで」
「いいからいいから」
初音さんはそう言って俺の言葉を遮る。
俺の前に背を向けて立つと、ちらりと振り向いた。
「後ろから、手取り足取りお願いね?」
「手取り足取りって……ああ、なるほど」
これも恋人らしくいちゃいちゃすることの一環ってわけだ。
正直、異世界で得た身体能力に物を言わせて投げただけなので、コツなんて知らない。
けど、要はそれっぽく初音さんとくっついていればいいんだろう。
「じゃあ、よろしく」
俺が理解したことを察したらしい。
初音さんは前を向くと、右手でボールを構えた。
「そういうことなら、分かった」
俺は後ろから初音さんの右手に自分の右手を添える。
もう片方の手で初音さんの腰に触れた。
びくり、と初音さんの細い身体が小さく震える。
「わっ。八雲くん、そんなところ触るとくすぐったいよ?」
「いや、そんなつもりじゃ」
「えー? でも私は『コツを教えて』って言っただけなのに……八雲くん、そんなに私に触りたかったの?」
初音さんはくすくすと笑ってからかってきた。
今の俺は、背後から初音さんに抱きついているに近い状態だ。
「……とりあえず、投げてみようか」
結局、俺が初音さんに触れて補助をした状態のまま、ボールを投げた。
惜しくも1本だけピンが残ったけど、まずまずだ。
なんだかんだで、俺と初音さんはべたべたと二人でくっついたまま投擲を終えた。
「やっぱり、お二人は大胆ですね……」
後ろの座席から一部始終を見ていた委員長が、そんな呟きを漏らす。
「でも、八雲くんに手伝ってもらったおかげで、初めての割にはうまく投げられたよ」
「そうなんですか」
「うん。せっかくだし、委員長も椎名くんに教えてもらったら?」
初音さんは座席に戻りながら、委員長と椎名を見る。
ここからが本題ってわけだ。
「お、俺が? さすがにそこまでは。それに、今みたいなのは付き合っている二人だからこその距離感……って気がしたけど」
初音さんからの無茶ぶりに、委員長の隣に座る椎名は戸惑いを見せていた。
「そうかもしれないけど……委員長と椎名くんなら大丈夫だと思うよ。ねえ八雲くん」
「あー、確かに二人は仲がいいよな」
俺は初音さんの隣に腰を下ろしつつ、話を合わせた。
「確かに昔から知り合いではあるけど、でも」
「椎名くんって、誰か付き合っている人でもいるの?」
初音さんがさりげなく、そんな質問をする。
その瞬間、興味深そうな視線が委員長から椎名に向けられた。
「いや、いないけど」
「だったら問題ない気がするけど……委員長はどう思う?」
「そ、そうですね。私としてはぜひお願いしたいです」
委員長は照れ臭そうにしているものの、乗り気だった。
椎名と委員長は席を立ってボールを一つ手に取ると、レーンの方に二人で向かっていく。
先ほどの俺たちのように、手取り足取りやり始めた。
「八雲くん、今の内にちょっと飲み物でも買いに行こうか」
二人の様子を眺めていたら、初音さんが小声で話しかけてきた。
「なるほど、ここで二人きりにしてしまおうってことか」
「うん。このままいい雰囲気になったら、委員長も告白しやすくなるはずだよ!」
そうして俺と初音さんはレーンを離れた。
○
十分後。
戻ろうとした俺と初音さんは、途中で足を止めた。
委員長と椎名が、いつの間にか座席に座って見つめ合うように向き合っていたからだ。
なんだかいい雰囲気だ。
そう判断した俺と初音さんは、物陰に隠れて遠巻きに様子を見守りながら、会話に聞き耳を立てることにした。
「少し趣味が悪い気もするけどね」
ボールが並べられた棚の影に隠れながら、俺は呟く。
「でも、八雲くんだって興味あるでしょ?」
「まあ、ある程度協力した以上、気になるのは事実だけど」
「でしょ? それに友達の恋を応援するなんていかにも青春っぽいし。行く末を見守らない手はないよ!」
初音さんは小声ながらに熱く語った。
なるほど。
だからやけに楽しそうだったのか。
さて。
改めて、委員長と椎名の会話の方に耳を傾けよう。
『明日葉、今日はいつもとどこか雰囲気が違わない?』
『雰囲気が違うとは具体的にどういうことでしょう』
『なんだろう。距離が近いというか、積極的?』
『まあ、そうですね……迷惑でした?』
『そんなことないよ。むしろ……嬉しかった』
どうやら二人はいい雰囲気のようだ。
それにしてもクラスメイトのこういう場面を見ていると、こっちまで少し恥ずかしい気分になってくるな。
隣で目を爛々と輝かせながら様子を見守っている初音さんを一瞥してから、また会話を聞く。
『嬉しかったなら何よりです。ちなみに、嬉しいと思ってくれた理由を聞いてもいいですか?』
『それは……』
言い淀む椎名に、委員長は堪らなくなったのか。
『わ、私は椎名くんのことが好きです!』
ストレートに自分の想いをぶつけていた。
「おおー、ついに言ったよ!」
初音さんは嬉々とした顔で俺の方を見てきた。
まるで自分のことのようにはしゃいでる。
その間に、椎名は『俺も好きだ』と委員長に答えていた。
「どうやら、うまくいったみたいだ」
「うんうん、めでたいね!」
その先の会話は、小声になってしまったせいで聞こえなかった。
しかし、委員長と椎名は何やら見つめ合って。
そのままお互い吸い寄せられるようにキスをしていた。
「お、おお……なんだかすごい物を見たね」
まさか人目のつく場所であの二人があそこまでするとは。
初音さんも同じ感想を抱いていたのか、少しの間目を丸くしていたけど。
ふと何か考えるような顔をしたかと思ったら、俺を見た。
「ちなみに八雲くん、私たちはいつキスするのかな」
そう。
実は俺たちと初音さんは、いまだにキスしたことがなかった。
おかげで、今さっき想いを通じ合わせたカップルに先を越される始末だ。
キスより先のことは、何度もしたというのに。
多分、こんな状況になったきっかけは初体験が影響している。
あの時にキスしなかったせいか、俺と初音さんの中で、キスはせずに行為に及ぶ流れがなんとなく出来上がっていた。
(じゃあ、『そういう時』以外にキスしたらいいって話なんだけど……)
恋愛経験の乏しい俺には、いつどんな時にキスするべきなのかわからなかったのだ。
俺たちの恋愛は、基本的に初音さんの方からぐいぐい来ることが多かったし。
とにかく、結論として。
「してみたいとは思うけど、いいタイミングがなかったというか……」
「八雲くん……意外とへたれな部分もあるんだね? キスよりもすごいことはたくさんしたくせに」
初音さんからジト目で見られた。
「返す言葉もない……」
「これは八雲くんに対してもお膳立てが必要そうかな」
「お膳立て?」
「うん。八雲くん、今から私の部屋に行こうか」
この話の流れで、初音さんの部屋に行く。
これはもしかして。
誘われている……ってことなんだろうか。
「……でも、あの二人に断りもせずいなくなっていいのかな」
「委員長たちはいい雰囲気だし、このまま置いて行っても細かいことは気にしないんじゃないかな」
初音さんはそれどころじゃない、とばかりに俺の目をじっと見つめてきた。
「今はとにかく、八雲くんとしたいことができたし」
初音さんはそう言いながら、俺の右手を取った。
そのまま、指を絡めてくる。
同時に注がれる、どこか色っぽい視線。
この目で見られると、もう細かいことが考えられなくなってしまう。
「……まあ、今更あの二人と合流して雰囲気を壊すのも野暮だよね」
俺は誰にしているのかもわからない言い訳をして、初音さんと一緒にその場を去った。
次回、二人は今更ながら初めてのキスをして、いつも以上に盛り上がったりします。