第31話 高校一の美少女はテストで1位を取るくらいなら余裕。
夕暮れ時。
俺は初音さんと一緒に、家から駅までの道を歩いていた。
住宅街を抜けて、通りに出る。
「今日は真雪に構ってもらってありがとう」
「ううん。むしろ真雪ちゃんに会うのと、八雲くんの部屋に行くのが目的だったから、私は満足だよ」
真雪ちゃんの連絡先も手に入ったからね、と付け加えて初音さんは嬉しそうにスマホを見せつけてきた。
「初音さんが満足してるならいいけど……真雪の勉強を教えていたせいで、自分の勉強ができなかったんじゃない?」
「私自身のテスト勉強はなんだかんだで万全だよ!」
「さすがは初音さん……常に学年トップの秀才は違う」
俺も最近色々と我慢している分、テスト勉強の時間が作れただけでなく集中力も高まっている気がする。
「へへ、照れるけど次もちゃんと学年トップを取るつもりだからね」
初音さんと会話をしながら歩いている内に、駅のそばにある公園の近くを通りかかった。
そこでとある光景が俺の目に入ってくる。
公園の出入り口に面した信号のない横断歩道を、まだ幼稚園児くらいの小さな女の子が一人で渡ろうとしていた。
この通りは、自動車の往来が少なくない。
今も横断歩道に向かって、中型のトラックが減速せずに進んでいた。
「まずい……!」
トラックの視線の高さだと、小さな女の子は見えていないのだろう。
まもなく横断歩道に差し掛かるというのに、止まる気配がない。
このままだと、大惨事になる。
ここから女の子のいる場所までは、二十メートル近くある。
トラックはすでに、俺の横を通り過ぎた。
(なりふり構ってる場合じゃないか……!)
すぐ隣に初音さんがいるし、他にも誰か見ている人がいるかもしれない。
だけど今はそれどころじゃない。
俺は異世界で得た超人的な身体能力を発揮して一瞬で女の子の目の前に移動した。
抱え込んで、歩道に退避する。
その直後、直前まで女の子がいた場所を、トラックが通過していった。
「ふう……大丈夫だった?」
俺は女の子を歩道に降ろし、しゃがんで話しかけた。
「うん」
女の子はどこか警戒した様子で俺を見ながら、うなずく。
「おーい、八雲くん。車に轢かれそうな女の子が見えたと思ったらいきなり消えて、気づいた時には女の子と一緒に歩道にいたけど……もしかして一瞬で助けちゃった?」
初音さんが遅れてやってきた。
不思議そうに、俺と女の子のことを見ている。
「あー、そんな感じ」
「トラックより早く動かないと不可能だよね?」
「まあ、俺って鍛えてるから。あとトラックが意外と減速してたのかも」
俺は苦しい言い訳を重ねる。
「ふーん?」
初音さんは腑に落ちない様子でしゃがんだ俺のことを見下ろしている。
が、すぐに視線を女の子の方に向けた。
「まあ、今は八雲くんのことよりも、こっちの女の子のことが重要だよね。きみ、お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」
初音さんも女の子と目線を合わせるためにしゃがんで、優しい声で話しかけている。
「パパとママ、迷子になっちゃった……」
「そっかー、それは困ったねえ」
初音さんはくすくすと笑う。
どうやらこの子は迷子のようだ。
「八雲くん、どうしよう」
「とりあえず、公園の方でこの子の親を探してみようか」
俺はそう言いつつ、女の子の両親と思しき二人組を既に発見していた。
チートスキルの一つ、透視を使用していたからだ。
女の子が公園から出てきたようだったので、園内に向けてスキルを使用したら、誰かを探して回る三十代前半ほどの男女を見つけた。
この子は公園で遊んでいたら親とはぐれて、探している間に園外に出てしまったのだろう。
ともあれ俺と初音さんは、女の子を連れて公園の方に向かうことにした。
「きみ、名前は言える?」
「しずく」
「そっか、しずくちゃんか。じゃあ私たちと一緒に、パパとママを探しに行こうか」
初音さんはそう言って、女の子に手を差し出す。
「……うん」
女の子はおずおずと、初音さんの手を握った。
「よし、日が暮れる前にこの子の親と合流……」
と言いかけたところで、女の子は俺の方に空いた手をを出してきた。
「おにいちゃんは、こっちの手」
どうやら、手を繋げということらしい。
そうして俺と初音さんは、女の子を間に挟み、手を繋ぎながら公園へ向かった。
○
女の子の親と思しき二人組の場所は透視スキルで把握できていたので、それとなくそちらへ向かって歩いて行った結果、すぐに合流することができた。
「本当にありがとうございました……!」
女の子の両親から、猛烈に感謝された。
当の女の子は、親と再会した途端に泣き出していた。
今は少し落ち着いた様子で、父親に抱っこされている。
「いえ、無事に再会できてよかったです」
「うんうん。よかったねしずくちゃん」
俺と初音さんは、それぞれに返事をした。
その後も少し他愛のない言葉を交わした後、俺たちはその家族と別れた。
「やっぱり、家族っていいなあ。さっきの女の子とご両親を見た後だと、余計にそう思っちゃう」
再び駅の方へ向かって歩く中、初音さんはおもむろにそんなことを口にする。
初音さんは笑顔だったが、その割にはどこか寂しそうに見えた。
そんな横顔を見ていて、ずっと気になっていたことが再び、俺の頭をよぎった。
今なら聞いても違和感がないだろうか。
「家族と言えば……初音さんはどうして一人暮らしをしてるの?」
「あ、やっぱり気になるんだ。あえて触れないでくれていたのかと思ってたけど」
俺のそこそこ突っ込んだ質問に対しても、初音さんは笑顔だった。
「今まではそうだったけど……やっぱり、好きな人のことはもっと知りたいって思うから」
「へー、そうなんだ」
初音さんは相変わらず笑顔を浮かべている。
「もちろん、言いたくないなら聞き流してくれて大丈夫だよ」
「うーん、別に言いたくないってほどじゃないけど……あ、そうだ。テストで私に勝ったら教えてあげる」
「初音さんに勝つって……1位を取れってこと?」
「まあ、そうなるのかな」
「それはちょっと厳しいかも」
「だったらもうちょっと条件を下げて、50位以内でいいよ」
正直それも簡単ではないけど、1位を取るよりは現実的な目標だ。
初音さんとしても、どうしても言いたくない……ってほどの話でもないんだろうか。
「分かった。その条件で」
「その代わり、私が全科目満点だったら八雲くんのことを聞かせてほしいな」
「なるほど……そういうことか」
俺はどうやら初音さんの交渉術にハマったらしい。
最初に無理な条件を提示して、その次に少し緩い条件を提示する。
こういうのを、なんて呼ぶんだっけ。
しかもこっちが話に乗った後から、追加で条件が提示されたし。
「ちなみに、初音さんが聞きたい俺のことって?」
「八雲くんの力の秘密。ほら、さっきも女の子を助ける時に、何かすごいことしてなかった?」
俺の力の秘密。
つまり、俺が異世界に行っていたことや、そこで得たチートスキルのことだ。
今まで誰にも話していなかった俺の秘密を、初音さんが知りたがっている。
「まあ……気になるよね」
「うん、気になる」
即答された。
「私だって八雲くんのことが好きだから、もっと知りたいって思うのは変なことじゃないよね」
「うん。俺も断るつもりはないけど……本当に全科目満点が条件でいいの?」
正直、初音さんに対してなら、俺の秘密を話してもいいかもしれない。
初めから隠し切れていなかったから、というのもあるけど、それ以上に。
俺は初音さんのことを知りたいだけでなく、初音さんに自分のことを知ってほしいと思う。
だからこそ、全科目満点なんて厳しい条件にする必要はないんじゃないかと思っていたんだけど。
「1位を取るだけだと余裕だから、全科目満点くらいじゃないと張り合いがないでしょ?」
初音さんはそう言って、不敵に笑う。
この感じだと、初音さんにとって自分が全科目満点を取ることは「ちょっと難しいけど非現実的じゃない」くらいの感覚なんだろうな。
「そういうことなら……初音さんが全科目満点を取ったら、俺のことを話すよ」
別に無条件で話してしまっても良かったけど。
お互いに条件付きの方が、初音さんが余計な気を使わずに済むはずだ。
「決まりだね。ふふ、ちょっとしたご褒美というか目的があると、テストが楽しみになってきた」
そんな話をしている間に、駅に着いた。
「じゃあ八雲くん、送ってくれてありがとう。今日は楽しかった」
「あ、うん。初音さんが楽しんでくれたなら何よりだよ」
初音さんは手を振って、駅の改札を通り抜けて行った。
というわけで、実はお互いのことをまだまだよく知らない二人は、もっと相手のことを知るためにテストを頑張ることにしました。
次回はテスト本番です。その後結果発表の前に、少し寄り道して青春っぽいことをします。