第26話 高校一の美少女と付き合うことになった。
俺が目を覚ますと、視線の先にいつも寝起きしている自分の部屋とは違う天井が見えた。
「ここは……?」
俺は寝ぼけた頭で、自分が今どこにいるのか思い返す。
「あ」
昨夜。
俺は初音さんと一緒に、球技大会の打ち上げから抜け出した。
ここは初音さんの住むマンションの部屋だ。
初音さんの部屋で、初音さんのベッドで、俺は寝ていた。
なぜ、初音さんのベッドに俺がいるかと言えば。
(初音さんと、またしてしまった……)
夜遅くまで何度も行為に及んで、力尽きるように寝て、気づいたら朝になっていた。
窓からはカーテンの隙間から光が射し込んでいる。
光の射す先、ゴミ箱の中に一つの空き箱が見えた。
0.01ミリ、5個入り。
箱にはそんな文字が記載されている。
(念のため買っておいて、家に置き場がないから鞄に箱ごと入れておいたら、まさか一晩で使い切ることになるとは……)
さすがに盛り上がりすぎた気がする。
疲れ果てて朝まで寝ているとか。
(あれ、そう言えば初音さんはどこに行ったんだ)
眠りにつく直前には、すぐ隣に初音さんがいた覚えがある。
しかし今ベッドに寝ているのは俺一人だった。
とりあえず、俺は体を起こす。
(全裸のままはまずいよな……)
俺はベッドの下に放置された制服のズボンを手に取る。
持ち上げた拍子に、ポケットからスマホが転げ落ちた。
「あー……」
スマホの画面が、大量のプッシュ通知で埋まっていた。
義妹からの鬼の連絡だ。
家族には、打ち上げで焼肉屋に行くことが決まった時点で「遅くなる」とは連絡していたけど、朝帰りするなんて伝えているわけがない。
また怒られそうだ……。
(今回はちょっと帰りが遅くなった程度じゃないし、謝らないとな)
そんなことを考えながら、俺は制服を着た。
昨日着ていた服を着るのはあまり気分は良くないけど、他にないから仕方がない。
俺が着替え終えて一息ついていると、部屋の扉が開いた。
「あ、おはよう八雲くん」
初音さんだ。
部屋着を着た初音さんは手にお盆を持っており、その上には茶碗や皿がある。
どうやら先に起きて朝食を作っていたようだ。
そして、もう一ついつもと違う点があった。
「眼鏡……?」
「前に言ったでしょ。昔は眼鏡っ子だったって」
眼鏡をかけた初音さんは、そう説明しながらローテーブルの方に向かう。
「ああ、そう言えば」
初音さんは中学までは一人で寡黙に読書をしている眼鏡っ子だった。
今の姿は、高校デビューをした結果だと以前語っていた覚えがある。
「高校に入ってからは基本的にコンタクトをつけてるけど、朝は眼鏡なんだ」
初音さんは茶碗や皿をテーブルに並べながら、答えた。
「つまり俺は今、初音さんの朝の日常を見られているってことだ」
「大げさだなあ。まあ、ギャップ萌えを狙ってみたりはしたんだけどね?」
初音さんはそう言って、長い黒髪をかきあげた。
「……なるほど」
それなら狙い通り、効果抜群だ。
俺が見惚れていると、初音さんがもじもじと視線を少し下に落とした。
「そ、そんなことより。朝ごはん作ったから食べよう?」
「手料理をご馳走したいって言ってたけど、その一環?」
「うん、そんな感じ」
初音さんは笑顔でうなずく。
もしかしてこれは、胃袋を掴む的な意図があるんだろうか。
なんにせよ、昨夜の疲れもあって、ものすごく空腹なのは事実だ。
「じゃあ、ご馳走になろうかな」
俺はそう言うと、ローテーブルを挟んで初音さんの向かい側に座る。
テーブルの上には、ご飯と味噌汁、焼き鮭が並べられていた。
「初音さんは和食派なんだ」
「八雲くんは違うの?」
「ウチは妹がパン派だから、それに合わせてる」
「そうなんだ。じゃあ、パンの方が良かった?」
「いやこっちの方が新鮮でいいかな。それに初音さんに作ってもらった料理なら、なんでも嬉しいと思う」
俺がそう答えると、返事がなかった。
ふと顔を上げると、初音さんが顔を赤くして固まっていた。
「や、八雲くんもそういうこと言うんだね」
「……?」
そういうことって、ああ。
確かに今、大胆なことを言ったかもしれない。
「と、とにかく! 冷めちゃう前に食べようか」
「う、うん」
俺は初音さんに促され「いただきます」と一言呟いてから、箸を手に取った。
まずは味噌汁を一口啜る。
「おお、今まで飲んだ味噌汁の中で一番おいしいかも」
俺は思うままを口にした。
素直な感想がそのまま出てくるくらい、初音さんの味噌汁はおいしい。
「そうかな……? 八雲くんの口に合ったなら良かった」
初音さんは満更でもなさそうにしていた。
俺はその後も食べ進めていくが、ふとあることに気づく。
(この茶碗とか箸って、どうしたんだろう)
初音さんは明らかに一人暮らしだから、家族の分とかではないだろう。
それ以前に、この食器は全体的に真新しい。
「もしかしてこの食器、わざわざ買い揃えたの?」
「あ、うん。いつでも八雲くんをお誘いできるように、準備しておいたんだ」
初音さんは得意げな顔を見せた。
「それは嬉しいけど、申し訳ないからお金払うよ」
「え、別にいいのに」
「いやいや。全部もらってばかりじゃ悪いし」
「そう? じゃあ、あとでもらっておくね」
初音さんは納得してくれたようだ。
そのまま、俺たちは無言で朝食を食べ進める。
(会話はないけど……不思議と居心地はいいんだよな)
初音さんと、朝の食卓を囲む。
こうした何気ないけど少しだけ特別なひと時は、貴重だ。
(でも待てよ……? 俺と初音さんって、今どういう関係なんだ?)
俺はその重要な疑問について、改めて考えた。
少なくとも、昨日までは友達だったとお互い認識していたはずだ。
しかし、その後お互いに気持ちを伝えあって、疲れ果てるまで肌を重ねて。
今の俺と初音さんは、なんなんだろう。
両思いではある。
では両思いの、なんなのか。
今のところは曖昧だ。
けど。
曖昧なままではいたくない。
ただそれは、肌を重ねたことに対する責任を取る、という理由だけじゃない。
初音さんと、もっと深い関係になりたいと思ったからこそ、俺は決意した。
「初音さん」
俺は箸を置くと、初音さんに話しかけた。
あ、なんか少し声が上ずったかも。
今の俺、すごく緊張している気がする。
「うん? どうしたの八雲くん」
初音さんは食事の手を止めて、俺の話に耳を傾けた。
「俺と付き合ってほしい……です」
「付き合うって……私が、八雲くんの彼女になるってことだよね」
初音さんは、じーっと俺のことを見つめてくる。
「うん。俺が初音さんの彼氏になりたいってことでもあるね」
「どうしてもなりたい?」
「どうしても」
俺はすぐにうなずく。
「へへ、そっか。私としてはもうちょっと先を予定してたけど、八雲くんからそこまで言われたら、断れないよね」
初音さんの口調は仕方なくと言った様子だけど、その割には頬が緩みっぱなしだ。
「それはつまり」
「うん。これからは彼氏と彼女として、よろしくお願いします」
初音さんは小さく頭を下げたあと、満面の笑みを俺に向けてきた。
「はあ……良かった」
安心したら一気に肩の力が抜けて、口から息が出てきた。
初音さんはそんな俺を見て、また笑う。
「ふふっ。でも付き合うってなると、この先ちょっと困るかもね」
「困るって、何が?」
「だって、今までは友達だったから我慢できてたけど……恋人になったら我慢する理由がなくなって、毎日でもしちゃいそうな気がするから」
初音さんは大真面目に難しい顔をしてそんなことを言った。
「いや、そこはお互いが自重すれば大丈夫じゃないかな……多分」
言っている途中で、俺は少しだけ不安を覚えた。
○
初音さんと付き合い始めてから一週間と少し経ったある日、下校中。
「八雲くん。やっぱり私たち、毎日しちゃってない……?」
そう。
恋人になったことで我慢をする理由がなくなった俺たちは案の定、毎日学校帰りに初音さんの部屋に立ち寄っては肌を重ねていた。
多分俺と初音さんは、めちゃくちゃ相性がいいんだと思う。
恋人で、相性が良くて、年齢的にもそういうことが一番したくなる時期だ。
お互いに、歯止めが効かなくなっていた。
「それは……うん」
「このままだと、期末テストの成績がまずいことになると思うんだ」
初音さんは深刻な顔で言う。
もう6月も半ばに差し掛かっている。
「期末テストまで、あと10日くらいだっけ」
現状、ほとんどテスト勉強はできていない。
この調子だと、テスト当日までまともに勉強できる気がしない。
それは初音さんも同意見だったらしい。
「よし、決めた! これからテスト期間が終わるまでは、えっちなことは全面禁止! 八雲くん、一緒に勉強がんばろう!」
入学以来常に学年トップの成績を維持してきた初音さんは、そう宣言した。
なるほど。
確かに恋人と一緒にテスト勉強を頑張る方が、健全で青春っぽい気がする。
というわけで、晴れて恋人になった八雲と初音の前に早速テストという障壁(?)が出現します。
次回は色々と我慢しながらテスト勉強を頑張ろうとする話です。
出会いが初体験だった二人なので、付き合ってからもまだまだゴールとはいきません。