第25話 美少女が囁くと陰キャの理性は吹き飛ぶ。
結局俺は、初音さんの部屋に上がってしまった。
初音さんからあんな誘われ方をしてきっぱり断れるほど、俺は場数を踏んでいないのだ。
「今日は球技大会でたくさん汗をかいたから、先にシャワーを浴びた方がいいよね」
初音さんのそんな提案を受けて、俺はシャワーを浴びた。
その後、もう一度制服のシャツとズボンを着て、部屋の真ん中に置かれたローテーブルの前に座っている。
今は初音さんがシャワーを浴びているので、出てくるのを待っていた。
(なんだかんだでなし崩し的にまたこの部屋に来てしまった……)
どう考えても、今からいかがわしいことをする流れだ。
(でも、本当にいいのか……?)
一人になった俺は、少し理性を取り戻した。
やっぱり友達という関係のまま、こういうことをするのは健全じゃない気がする。
(かと言って、本格的に初音さんに迫られたら断れる自信がない……)
じゃあ俺はどうするべきなのか。
「お待たせー」
結論が出る前に、浴室から初音さんが出てきた。
湯上りの初音さんは、ボタンのついた白い薄手のロングシャツ一枚しか着ていない。
脱がしやすそうな服だ……なんてことを考えるあたり、俺はもう手遅れかもしれない。
(いや待て、ここが踏みとどまる最後のチャンスだ……!)
俺は自分に言い聞かせる。
あらわになった初音さんの太ももから目を背けつつ、言葉を発した。
「あの、初音さん。やっぱりお礼とは言っても他のことにした方がいいんじゃないかと思うんだ」
「え? どうして?」
初音さんはベッドに腰を下ろすと、何を今更、とでも言いたげな顔をした。
「いや、それは」
俺は思わず、言い淀む。
確かに、今更だ。
これまでに2回も流されてした男が何を言っても、説得力がない気がする。
「私は、八雲くんのこと好きだよ?」
初音さんは何気ない声色で、そんなことを言った。
俺の思考が一瞬、停止する。
(……?)
あれ。
「今、さらっとすごいこと言わなかった?」
「へへ、うん。言っちゃった」
初音さんは少し遅れて照れ笑いを浮かべる。
「好きだからしたいと思うのは、多分そんなに変じゃない……よね?」
「それは……そうかもしれないけど」
「じゃあ……!」
初音さんが意気揚々と背筋を伸ばす。
その仕草を見た俺はまた流されそうになるが、思い直した。
「でも、我慢してるとか言ってなかった? どうしてその……今日になって急に?」
あ、我ながらこの質問はちょっとキモかったかもしれない。
そう思ったけど、初音さんは特に気にする様子もなく答えた。
「ちょっと妬けたから……かな」
「妬けた……?」
「八雲くんが球技大会で活躍してみんなのヒーローみたいな感じで褒められていたのは、私も嬉しかったんだけどね? それと同時に『八雲くんの魅力を一番理解してるのは私なんだぞー』って思っちゃった」
初音さんは指で長い黒髪の先をくるくると弄りながら、答える。
「なるほど?」
「つまり、八雲くんを独り占めしたくなったってこと」
初音さんはそう言うと、ベッドから立って俺のすぐ隣に腰を下ろしてきた。
(……近い)
俺は第一にそう思ったが、別に嫌なわけではない。
むしろ逆だ。
シャワーを浴びたばかりだからか、まだ心なしか肌が火照っている。
あと、初音さんってやっぱりいいにおいがする。
最近は二人でいる機会が多いけど、良い意味で慣れない。
いつも俺の隣にいてくれて、俺に自信を与えてくれる女の子。
それが俺にとっての初音さんだ。
そんな人が、俺のことを独り占めしたいと言っている。
(正直悪い気はしないと言うか……いや、素直に嬉しいな)
俺がまんざらでもない気分になっていると、初音さんが腕にくっついてきた。
「仮に好き同士ならしても問題ないはずだけど、八雲くんは私のことどう思ってるの?」
「好きです」
初音さんから促された俺は、考える前に即答していた。
「へへ、良かった」
初音さんはぎゅっと力強く俺の腕に抱きついてきた。
めちゃくちゃ嬉しそうだ。
「じゃあ、いいよね」
初音さんは抱きついた俺の腕を引っ張りながら、立ち上がる。
俺は引っ張られるまま、一緒に立ち上がった。
「えい」
初音さんはおもむろにかけ声のようなものを発したかと思ったら、自分から後ろ向きにベッドにダイブした。
俺の手を引いたまま。
「ちょっ……」
ベッドに向かって倒れ込まないように初音さんの腕を支えることはできる。
でも、それだとかえって初音さんの腕を痛めるだけかもしれない。
じゃあ、背中に手を回して支えて……などと、一瞬の間に色々考えていた結果。
俺は初音さんに手を引かれたまま、ベッドに向かって倒れた。
なんとか初音さんに体重をかけないような体勢を取ることには成功したけど、この姿勢は。
(この体勢、俺が初音さんに覆いかぶさって腕で逃げ場を塞いでいるみたいだ……)
俺の目の前、腕の中に初音さんが寝そべっている。
「わあ。腕で逃げ場を塞ぐなんて大胆だね?」
ベッドで仰向けになる初音さんは、俺を見上げて微笑む。
「いや、これは初音さんが引っ張ったから……」
「じゃあ、八雲くんは私がこのシャツの中に着ている下着には興味ないんだ」
初音さんは露骨に話を逸らしてくる。
が、俺としてはそちらも気になった。
「下着って……あ、もしかして」
俺は思わず、初音さんの胸の膨らみに目を向けてしまう。
ひょっとして、この前の自撮り写真で見せてきた下着を……?
「気になるなら、自分で脱がしてみてね?」
脳内で色々な想像を働かせていた俺の耳元に、初音さんは甘く囁いてきた。
その瞬間、俺の理性はどこかへ消えていった。
今まで行為の度に二人の関係性が少しずつ変化していましたが、今回は果たして……?
次回はこの翌朝のお話です。