第23話 陰キャ、サッカー部のエースを置き去りにする。
ハーフタイムはすぐに終わり、決勝の後半を迎えた。
後半は俺たちのボールで開始だ。
「ちょっといいかな」
キックオフの直前。
俺は今にもボールを蹴り出そうとグラウンドの中央で待機していたクラスメイトの椎名に話しかけた。
「上野くん?」
椎名は少し驚いた様子で俺の方を向く。
「実はやりたいことがあるんだ」
「やりたいことって……何か策があるってこと?」
「まあ、そんな感じ」
「分かった。このままだとキツい気はしてたし、それを試してみよう!」
椎名は俺の提案を受け入れてくれた。
さて。
現在のスコアは1-3。
その状況で俺が今から何をするかと言えば。
勝つための行動だ。
そして勝つために何が必要かと言えば、得点だ。
(せっかくフリーで蹴るチャンスなんだし、まずは一点貰わないと……!)
俺は後半開始の笛が鳴ると同時に、グラウンドの真ん中に置かれたボールを強く蹴った。
ボールはほぼ一直線に相手ゴールへと飛んでいくと。
ゴールキーパーが反応する暇もなく、ネットを揺らした。
「よし、まずは一点だ」
俺はそう呟きながら、自分に視線が集まっているのを感じた。
サッカー部の連中や同じチームのクラスメイトたちも唖然としている。
当然だ。
俺みたいな奴がいきなり強烈なシュートを決めたんだからな。
サッカーには無頓着な野次馬たちも「今のはさすがにすごいことをやったのでは?」といった感じの反応を見せている。
(今までだったら、ここでビビってただろうな……)
けど、今は違う。
俺はグラウンドの外に目を向ける。
初音さんが嬉しそうに手を振ってくれていた。
その姿を見ていると、不思議と自信が湧いてくる。
「あの時、遠くからボールを飛ばしてきたのは上野くんだったんだね」
川崎が声をかけてきた。
あの時とは、練習初日にサッカー部が練習しているゴールに向かってボールを蹴ったことだろう。
後半開始直後に失点したのに、川崎が動じる様子はない。
「さすがは上野くんだ。それでこそ倒しがいがある」
あくまでも勝つつもりらしい。
まあ、まだ向こうが1点勝っているのは事実だ。
「悪いけど、ここから先は君を対策させてもらうよ」
確かにこの男、昼休憩中に「君たちの戦いは理解した」とか言ってきたな。
向こうも策は用意しているってことか。
「君たちの反撃はここまでってことだ」
それはそれとして。
さっきから一人でよく喋るな、こいつ。
俺の得点の後。
相手ボールで仕切り直してからは、ある程度川崎の言った通りの展開になった。
サッカー部を率いるスポーツ特選クラスの連中は、中盤にいる俺を避けてきた。
前線に向かってロングボールを放り込む戦い方を取ってきたのだ。
まだ失点はしていないが、2年3組のクラスメイトたちは対応しきれていない。
俺がこっちの攻守で地味に重要な役割を果たしていたことを分かっての動きだ。
それに加えてあのシュート力を見せられたら、なるべく俺がボールに触る機会を減らそうとするのは理解できる。
(それなら、こっちから取りに行けばいいか)
俺の位置にボールが来ないなら、ボールのある場所に俺が行く。
自分のポジションを守ることを潔く諦めて、俺は相手チームのパスの受け手に詰め寄ると、あっさりボールを奪い取った。
そしてすぐに相手ゴールの方に顔を向ける。
ここは自陣側だ。
ゴールまでは遠い。
それでも異世界で鍛えた俺の身体能力があれば、簡単にゴールを打ち抜ける距離だった。
「これで同点だ……!」
足を振ると弾丸のような軌道でボールが飛んでいき、ゴールに吸い込まれていった。
これでスコアは3-3。
「う、上野……お前すごいな」
クラスメイトの新橋は少し引いていたが、同時に一目置いてくれているようだ。
「これだけのシュート力を今まで隠していたなんて、やるじゃないか上野くん」
椎名は朗らかな笑顔を見せている。
一時は点差をつけられ、劣勢で沈んだ空気になりかけていたクラスメイトたちの雰囲気が一変した。
一方、スポーツ特選クラスの方はうまくいっていない様子だった。
「やれやれ。こうなったら僕が直接ボールを運ぶしかないね」
川崎がまた、自己肯定感が高そうな発言をしていた。
「お前、その言い方は……」
「でもそれが最善だよ。君たちがボールを奪われる相手でも、僕なら違う」
なんかすごいことを言っていた。
「ったく、言っても無駄か……好きにしろよ」
当然チームメイトの神経を逆撫ですることになる。
しかし、川崎がサッカー部のエースとして結果を出してきたことも事実だ。
スポーツ特選クラスの連中はそれが最善策と自分たちを納得させて、川崎の案に従う。
(なんであれでモテるんだろうなあ……やっぱ顔がよくて結果を出せたら性格なんて些細な問題なのか……?)
あれ。
でもそんな奴が結果を出せなくなったら……つまり球技大会で負けたりしたらどうなるんだろう。
まあ、俺の知ったことじゃないか。
川崎はチームメイトに話していたように、自らボールを持って攻め込んできた。
ドリブルなら勝てるという、絶対の自信を持っているんだろう。
実際に川崎はクラスメイトたちを二人、三人とあっさり抜き去っていく。
突破されそうになったところで、俺がカバーに回る。
俺は川崎と正面から対峙した。
「悪いけど上野くん、この勝負僕の勝ち……」
川崎は早々に勝利宣言をしながらフェイントを交えて俺を抜こうとしてくる。
しかし、その動きは俺の目には止まって見えた。
異世界で戦ってきた強敵と比べたらこれくらいは……いや、比べるのも失礼か。
俺はあっさり川崎からボールを奪った。
そのまま逆に、川崎を抜き去る。
「だ……ってあれ」
川崎が勝利宣言を終えた頃には、既にお互いが背を向けていた。
(このまま直接ロングシュートを決めてもいいけど……さすがに3回連続はやりすぎだよな)
俺はドリブルを選択した。
「ま、待て!」
川崎は俺を止めようと、強引に俺の肩へ手を伸ばして引っ張ってきた。
しかし、それで減速するほど俺はヤワじゃない。
肩にかけられた手には構わず、前へ進み続けた。
「うわっ!?」
背後で川崎の声と転倒する音が聞こえてくるが、それもすぐに遠くなる。
俺はサッカー部のエースである川崎を置き去りにした。
そのまま他の連中もフィジカルに物を言わせた直線的な動きで強引に突破して、3度目のゴールを決めた。
これで4-3。
俺たちのクラスが逆転した。
そのまま、試合は決着した。
俺たち2年3組はサッカー部が中心で構成されたスポーツ特選クラスのチームを倒し、優勝したのだ。
整列して挨拶を終えると、グラウンドの端で応援していたクラスメイトたちが一斉に駆け寄ってきた。
クラスメイトも多くが椎名や新橋など陽キャ連中の方に向かっていき、彼らの活躍を称賛する。
(やっぱり陰キャが3点取っても急に扱いが変わったりしないか……いや、別に期待していたわけじゃないんだけど)
俺がなんとも言えない気分になっていると、一人だけこっちに向かってきた。
初音さんだ。
「八雲くん、おめでとう! すごかった!」
興奮した様子の初音さんは、勢いよく俺に抱きついてきた。
「ちょ、初音さん……! ここだと周りの視線が……」
俺は急に抱きつかれて戸惑いながら、周囲の目を気にする。
クラスメイトたちは何やらニヤニヤと俺と初音さんの様子を見守っていた。
あ、これもしかして空気を読んでもらったのか……?
初音さん以外誰も俺のところに寄ってこなかった理由がわかった気がする。
「八雲くんは、私に離れてほしいんだ?」
初音さんが、どこか不満げにそんなことを聞いてくる。
「……やっぱりこのままでいいです」
俺は観念して、この心地いい気分と初音さんの柔らかい感触を楽しむことにした。
そうして俺が、対戦相手のことなんて忘れて勝利の余韻に浸っていた、その時。
「川崎、お前……もしかして怪我したのか」
グラウンドの向こうから、そんな声が聞こえてきた。
初音さんに抱きつかれたまま、ちらりと目を向ける。
川崎が足を押さえて、グラウンドにうずくまっていた。
周囲には、一緒に球技大会に出ていたサッカー部の連中が集まっている。
その中の一人が、誰か保健室の先生と担架を、なんて呼んでいる。
どうやら割と重傷のようだ。
足首のあたりが大きく膨れ上がっている。
(一体いつ怪我なんて……あ)
肩を引っ張られたのを振り払った時、川崎が転んだ音がしたような気がする。
あの感じだと、転んだ時に足を悪い方向に捻ったりでもしたんだろうか。
でもあれはどちらかと言えば、手をかけてきた川崎のファールでもおかしくないプレーだ。
ファールまがいのプレーをして、勝手にあいつが自滅しただけ。
別に俺は悪くない……よな。
そんな調子で、俺が半ば他人事のように考えていると。
サッカー部の連中からまた声が聞こえてきた。
「お前さ、前にあのクラスの男子と女子を取り合ってるっぽい話をしてたけど、そんなくだらない理由で無理をして怪我した、とかじゃないよな」
「普段からエースぶって偉そうな態度取ってるのに、怪我して大会を棒に振るなんて無責任なことはやめてくれよ」
サッカー部の中でも柄の悪そうな奴や、川崎にPKを奪われた奴が刺のある言葉を発し始めた。
「大体、お前が点取れなかったから負けたんじゃないのか? エースのくせに。まあ、この様子だとこの先もエースなのかは怪しいよな」
「やめろって」
サッカー部以外の奴が一応止めようとするが、それで収まる様子はなかった。
日頃から川崎に対して不満が溜まっていたのだろう。
それに加えて、勝って当たり前の球技大会で予想外の敗北をした。
募った苛立ちが、今になって一挙に川崎に向けられている。
「これ、下手したら靭帯イってそうだし、サッカーできなくなるんじゃね?」
「しかもあいつが惚れていた女子って、彼氏がいたらしいぞ」
「球技大会で彼氏持ちの女子を奪うためにガチって怪我するとか、エースとか言ってるくせにそれはないだろ……」
「サッカーできない川崎って正直、ちょっと顔がいいからって調子乗ってるだけの勘違い野郎だよな」
一度不満が溢れ出ると、止まらなくなる。
サッカー部の連中は、薄々思っていたであろう本音を言葉にしていた。
呆れ、怒り、侮蔑。
様々な感情が遠慮なく川崎に降り注ぐ。
「いや、僕は、そんなつもりじゃ……」
チームメイトから突き放される形となった川崎は、うずくまったまま顔面を蒼白にしている。
程なくして担架が到着すると川崎は運ばれていったが、同行する生徒は誰もいなかった。
(サッカーのストライカーにはエゴが大事って話は聞いたことがあるけど、あいつに関しては度が過ぎているというか、どこかおかしかったからなあ……)
まあ、川崎の末路を俺が気に病む必要はないだろう。
俺はただ球技大会の試合で勝っただけだ。
怪我をしたのはあいつの自業自得だし。
それで文句を言われるのも、彼自身の日頃の行いだ。
「なんだか向こうも騒がしいね?」
考え込んでいた俺に、依然として抱きついていた初音さんが話しかけてきた。
「えっと、初音さんは気にしなくていいんじゃないかな」
「そう? あ、もしかして、もっと八雲くんを褒めることに集中してほしいって意味だったり?」
「あー、うん。もうそういう意味でいいかな」
「へへ。じゃあそうする」
初音さんは無邪気に笑っていた。
次回は球技大会の後の打ち上げ回です!
クラスメイトたちが盛り上がる中、八雲と初音は二人きりでこっそり抜け出すなどします。
今回はちょっとドロドロした感じになった分、次回は全力でいちゃいちゃする話になります。
本作はラブコメなので、いちゃいちゃに文字数を割いていこうと思います。