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第22話 高校一の美少女は陰キャのかっこいいところが見たい。

 俺たちのクラスは男子サッカーで午後も順調に勝利を重ねた。

 次はいよいよ決勝だ。

 相手は当然、サッカー部率いるスポーツ特選クラスだ。

 グラウンドの真ん中で整列していて、俺は思う。


(さすがに観客が多いな……)


 周囲を見ると、準決勝までよりも明らかに試合を見ている生徒の数が増えていた。


(他の種目とかで負けた人が見に来ている……って理由もあるだろうけど)


 やはり、俺の正面に立つこの男が一番の理由なんだろう。

 ニュースでも取り上げられるような実力と人気を持ったサッカー部のエース、川崎来人。

 同じ高校にいる有名人を見てみたいという、野次馬根性で人が集まっている。

  

「やあ。ついに決勝だね、上野くん」


 正面に立つ川崎が、高揚した様子で話しかけてきた。


「どうも」


 俺は特に話すこともなかったので、軽く挨拶だけしておいた。




 程なくして試合が始まった。

 クラスメイトの身体能力を俺のチートスキルで強化しているおかげで、今のところ力関係はほぼ互角だ。

 スポーツ特選クラスはまずは様子見といった感じで、手堅くパスを回しながら隙を見つけて攻め込もうと試みてくる。

 俺たち2年3組は、今のところはそれに対応できていた。


(守ることはできているんだけど……こっちのカウンターも通用してないんだよな)


 ボールがこちら側に渡ったタイミングで攻撃に転じようとはしているけど、相手の守りが固い。

 先ほどは互角だと言ったけど、裏を返せばチートスキルでクラスメイトに全体バフをかけているのにまだ点が取れていない状況でもある。


(さすがにサッカーに人生かけてる奴は違うな……かと言ってこれ以上バフの出力を上げるわけにもいかないし)


 今よりもクラスメイトを強化すると、反動で後から彼らに身体的な負担がかかってしまう。

 

(俺の都合で無理をさせるわけにもいかないし、どうしようかな……っと)


 俺は状況を打破する策を考えながら、相手チームのパスを奪った。


「上野! こっちにくれ!」

「了解」


 クラスメイトの新橋が前線の方で声を張り上げていたので、俺はそっちに向かって雑にロングパスを蹴った。

 当然相手チームのディフェンダーが新橋の方に近づいていくが。

 その動きが、どこか緩慢だった。

 相手のディフェンスは先にボールに触れたが、うまくボールを処理できなかった。 


「おっ!」


 新橋の前に、ボールが転がり込む。

 しかもディフェンスと立ち位置が入れ替わったおかげで、前はガラ空きだ。

 

「もらった!」


 新橋はそのままボールを運ぶと、ゴールキーパーとの一対一を制して得点を決めた。

 相手が油断した隙の先制劇だった。 


「ナイスシュート!」

「やるな新橋、スポーツ特選クラス相手に先制だぞ!」


 クラスメイトたちは得点した新橋の元に駆け寄って喜んでいる。


「ああ。上野もナイスパス!」


 どちらかと言えば陰キャを見下しているタイプだと思っていた新橋から褒められた。

 

「え、ああ。ありがとう」


 予想外だったので、反応が遅れてしまう。

 けど、こうしてクラスメイトと何かを成し遂げるっていうのも、悪い気はしないな。

 これが初音はつねさんの言う「青春」ってやつだろうか。

 そんなことを考えながら、俺が再びポジションに戻ろうとしていると。


「おい、何やってんだよ!」


 グラウンドの向こう側から、そんな声が響いた。

 先ほどミスをしたディフェンダーを、スポーツ特選クラスのチームメイトが叱責している。


「お前そんな調子だから3年なのに控えなんだろ? もっとちゃんとやれよ!」


 どうやら責めている方は普段からレギュラーで、ミスをした方はサッカー部では控えのようだ。

 球技大会とはいえ、向こうは傍から見れば勝って当然という立場にある。

 軽率なミスは許されない雰囲気のようだ。


「まあまあ。取られたなら取り返せばいいさ」


 相手チームの空気が悪くなりそうなところで、川崎がそう言った。

 

「チッ!」


 文句を言っていたサッカー部員はまだ納得していない様子だったが、とりあえず引き下がった。




 そこからのスポーツ特選クラスは、気持ちを切り替えた様子だった。

 川崎をはじめとするサッカー部のレギュラー陣を中心に、猛攻を仕掛けてくる。

 それでもよく守っていた俺たちだったが、ゴールのすぐ近くで事態は起こった。


「いてっ!?」


 ペナルティエリア内で、クラスメイトと先ほど声を荒げていたサッカー部員と接触した。

 結果、サッカー部員が転倒する。

 とはいえ、俺の目にはファールではなく自滅に見えた。

 審判を担当する生徒も無反応だ。

 しかし、転んだ方はその判定に納得がいかなかったらしい。


「おい、今のがノーファールって何を見てたんだよ!」


 恫喝するような勢いで、審判に迫っていく。


「でも先輩、今のは……」

「いいからPKにしろよ!」

「っ……!」


 球技大会の審判は、その種目の部活動をやっている生徒が担当している。

 今回はサッカー部の2年生だ。

 それに詰め寄るのは、サッカー部のレギュラーである3年生。

 そこには、先輩と後輩という明確な力関係が存在していた。

 

「さ、さっきのはファールです……!」


 判定が覆った。


「お、おい! それはおかしいだろ!」


 クラスメイトの一人が抗議をするが、審判は聞き入れることなくペナルティキックの準備を始めた。

 そこに川崎がやってくる。


「さて、僕の出番だね」


 颯爽とキッカーに名乗りを挙げてきた。

 一瞬、公平な判定をするように後輩を諭すのかと思ったけど……そんなことはなかった。


(まあ……フェアに戦うような奴なら、球技大会のサッカーで勝負を挑んでこないよな)


 俺は妙に納得してしまった。


「おい。俺がもらったPKなのに、川崎が蹴るのかよ」

「当然だろう? 僕がエースなんだから。部活でも、こういう時はいつも僕が蹴ってるじゃないか」

「はあ……好きにしろよ」


 後輩を恫喝してPKを獲得したサッカー部員は引き下がるが、露骨に不満そうだった。

 川崎は少なくともサッカー部の中では人望が厚いと思っていたけど、どうやらその限りじゃないらしい。 


(案外ギスギスしてるんだな……)


 俺がそんな感想を抱いている間に、川崎がペナルティキックで同点ゴールを決めた。


 その後も審判はスポーツ特選クラスに有利な判定を繰り返した。

 向こうが荒っぽいプレイをしてもファールを取らなかったり、明らかなオフサイドをあえて見逃したり。

 結果的に、俺たちのクラスは1-3で勝ち越されてハーフタイムを迎えた。




「ふう……」


 前半は思ったよりも派手にやられてしまった。

 このままだと負ける。

 とはいえ、俺はそんなに危機感を持っていなかった。


(いざとなったら俺自身がもう一段階上の身体能力を発揮すれば勝てるし、そうするしかない状況だけど……)


 そう。

 やることは決まっている。

 勝つためには、力を隠している場合じゃない。

 しかしド派手に暴れ過ぎたら俺の身体能力のチートぶりが露呈する。

 すると、利用価値があると思った人間がすり寄ってくる可能性がある。

 だから全力を出すつもりはない。


(というか、そこまでしなくても勝つことはできるんだよな) 


 せいぜい、ちょっと学校行事で目立っちゃいました、程度の活躍ぶりに調整すればいい。

 そうすればチートというレベルには見えないだろう。

 しかし俺には、一つだけ気になることが残っていた。

 そのことについて考えながら、応援するクラスメイトたちがいるグラウンドの片隅へと歩いていく。


「えい」

「っ……!?」


 考え込んでいた俺の首筋に、何かとても冷たい感覚が走った。

 俺は思わず、体をびくりと跳ねさせる。


「ふふっ、お疲れ様。はいこれ」

 

 俺の隣に、初音さんがキンキンに冷えたスポーツドリンクのペットボトルを持って立っていた。


「あ、ありがとう……」


 俺はお礼を言って、ペットボトルを受け取る。


「八雲くん、すごくびっくりしてたけど……考えごとでもしてたの?」

「まあ、うん」


 スポーツドリンクを少し飲んでから、俺は答える。


「どんなこと?」


 そう問いかけてくる初音さんの声色はいつもより優しく聞こえた。

 もしかして、落ち込んでいると思って気を使ってくれているのか?

 

「陰キャがこういう学校行事で目立ったら、カッコつけてると思われて引かれないかな」


 俺は思い切って初音さんに考えていたことを打ち明けることにした。

 その内容を聞いた初音さんは少しの間、ぽかんとした表情を浮かべてから。

 

「八雲くん、負けてるのにそんなこと気にしてたんだ……」

「陰キャの俺には結構真剣な問題だったんだよ……」


 俺はどこかのサッカー部のエースみたいに自己肯定感が高くないからな。

 おかげで目立つこと=よくないことという発想が脳内に刷り込まれている。 


「ふーん……そっか。じゃあ、私も真剣に答えてみるね」

「お、お願いします」


 俺は初音さんの方に向き直る。


「要するに八雲くんは、この後に及んで自分に自信が持てないんだ」

「まあ、その通りです……」


 そう。

 俺は自分が目立っていい自信がなかった。

 それはチート能力の有無とは別問題だ。

 どうしても「俺みたいな陰キャが」と卑屈な考えが頭をよぎってしまう。


「八雲くんはもっと、かっこつけていいと思う」

「それは……どうして」

「私が八雲くんのことをかっこいいと思ってるから」


 初音さんの目は真剣に、俺を見つめていた。


「かっこいいって……俺が?」

「うん。だから私に八雲くんのかっこいいところを見せてほしい……って言ったら、わがままかな」


 初音さんが少しだけ照れ臭そうに、俺にお願いしてきた。 

 なぜだろう。

 初音さんに言われると、途端に自信が満ち溢れてくる。


「やっぱ俺ってチョロいな」

「……? 何か言った?」

 

 小声で呟いた独り言は、初音さんの耳には届かなかったようだ。


「分かった。後半は初音さんのためにかっこつけてくる」

「……! うん、がんばれ!」


 今の俺はチート能力だけじゃない。

 メンタル的な意味でも最強になった気がした。

次回はいよいよ川崎が痛い目を見ます。

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