第21話 高校一の美少女は陰キャに撫でられたい。
「やあ、市ヶ谷さん。久しぶりだね、今はお昼を食べ終わったところかな?」
おもむろに現れたサッカー部のエース、川崎。
「……」
話しかけられた初音さんは、無言でぺこりと軽く一礼した。
初音さんはさっきまで楽しそうだったのに、すまし顔になっている。
最近気づいたけど、初音さんがこの顔をする時は二つの状況がある。
一つは単純に、コミュ力が低くてどうしたらいいかわからない時。
もう一つは、相手に興味がない時だ。
(でも最近は、コミュ力不足は徐々に解消されている気がするんだよなあ……)
初音さんはクラスの中で女子の友達が何人かできて、コミュニケーションを取る機会が増えつつある。
表情を変えることも、以前より多くなった。
つまり、今のすました顔はどういう時に見せる表情かというと。
(多分、『もう一つ』の方だろうなあ)
前に初音さんは川崎のことを「ピンとこなかった」と評していたし。
「あ、上野くんも久しぶり」
俺はついでのように川崎から挨拶された。
初音さんが隣から「知り合いなんだ?」と言いたげな顔で見てくる。
「実は市ヶ谷さんに話があるんだ」
俺と初音さんが視線を交わしている間にも、川崎は話を続ける。
「僕が球技大会のサッカーで優勝したら、表彰式の時に伝えたいことがあるんだ」
「……?」
「聞いてもらえるよね」
その話を俺がいる場所でするのか……?
あとなんで断られないことを確信したような言い方なんだ。
ちょっと怖い。
「うーん、無理です」
困惑する俺の横で、初音さんは川崎をばっさり切り捨てていた。
「意外だね、どうしてかな」
言うほど意外だろうか。
川崎って一度初音さんにフラれていた気がするんだけど。
「私のクラスが優勝するので」
「それはすごい自信だね」
「はい。私のクラスには八雲くんがいますから!」
そこまで淡々と話していた初音さんは、どこか自慢げに言った。
「へえ。市ヶ谷さんは、友達のことをとても信頼しているんだね」
「はい、八雲くんはすごいんです!」
初音さんの表情が晴れやかになっていく。
「いつもすまし顔で有名な市ヶ谷さんも、そんな表情をするんだね。好きな人の前だから、とか?」
すごいなこの男。
俺の話はスルーして初音さんの表情の話に持っていったぞ。
「それは……まあ」
初音さんは川崎の問いに対し肯定的な反応をしながら、思いっきりこっちを見ていた。
これってやっぱり、俺のことを……?
「はは。光栄だね」
川崎は俺とは違う解釈をしていた。
前にフラれたのにどうして自分の話だと思えるんだ。
「そういう市ヶ谷さんも素敵だと思うよ」
勝手に気を良くした川崎は、何を思ったか初音さんを撫でようと頭に手を伸ばした。
「……」
が、初音さんはひょいと首を動かしてその手を回避した。
「別に、遠慮しなくてもいいのに」
「……?」
川崎の物言いに対し、初音さんは怪訝そうな顔をしている。
「とにかく、僕は必ず勝つ。だからその活躍を市ヶ谷さんに見ていてほしい」
「まあ……試合は見ると思います。八雲くん目当てで」
やはり初音さんは「何言ってるんだこいつ」みたいな反応をしている。
「確かにクラスメイトの応援も大事だよね」
川崎は初音さんの反応が良くない点については、完全にスルーして会話をしていた。
俺も初音さんと同様に、川崎の態度を怪訝に思っていると。
川崎の視線が、俺の方に向いた。
「市ヶ谷さん、上野くんを借りてもいいかな。少し彼と話がしたいんだ」
初音さんに対しては俺のすぐ近くで色々話していたのに。
(聞かれたら困る話でもするつもりか……?)
そんな調子で俺が身構えていると。
「ダメです」
なぜか俺の代わりに初音さんが断った。
「市ヶ谷さん……? どうしてかな」
「これ以上話していると、八雲くんとお昼休憩を過ごす時間がなくなります」
高校一の美少女である初音さんにそんなことを言ってもらえるなんて、俺は幸せ者だと思う。
「はは、そうか。友達と過ごす時間も大事だからね」
初音さんの言葉を、川崎は笑って流した。
こいつのメンタル、どうなっているんだ……。
「じゃあ、上野くんにこの場で一言だけ言わせてもらおうかな」
「あ、はい」
「君のクラスの試合を見せてもらったよ。正直想像以上だったけど……君たちの戦い方は理解したから、勝つのは僕だ。決勝で待っているよ」
なんかあくまでも俺をやられ役か噛ませ犬のような扱いをして、川崎は颯爽と去っていった。
その後ろ姿を見ていて、俺は思う。
(あの自己肯定感の高さはどこからくるんだ……?)
イケメンで陽キャでサッカー上手いから、周囲に常に肯定されて育ってきたから……とかだろうか。
いずれにせよサッカーの実力は確かだ。
俺たちのクラスの戦い方を理解した、というのも嘘じゃないんだろう。
侮れない相手であることは間違いない。
俺が様々なことを考えていると、横から体操服の袖をちょいちょいと引っ張られた。
「ねえ八雲くん。さっきふと思ったことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「……? 構わないけど」
「じゃあ、頭を撫でてみてほしい」
初音さんはそわそわしながら、そんなお願いをしてきた。
「頭を撫でるって……俺が、初音さんの?」
「うん。ダメかな?」
「ダメではないけど」
俺は首を横に振る。
「じゃあ、よろしく」
初音さんはそう言って、俺の方に頭を少し差し出してきた。
さらさらとした黒い髪が、無防備な状態で俺の前に晒されている。
俺はその髪に手を触れて、初音さんの頭を撫でた。
柔らかくて、触り心地がいい。
「へへ、こういうのもいいね。さっきので、八雲くんに撫でられたら気持ちいいかもって思ったんだけど、正解だった」
撫でられながら、初音さんは照れ笑いを浮かべる。
「さっきのって……あ」
川崎が初音さんの頭を撫でようとしたあれか。
「はは」
俺は思わず、笑い声を出してしまった。
「急に笑ってどうしたの?」
「いや、大したことじゃないよ」
「ふーん? 変なの」
初音さんは頭を撫でられながら、不思議そうな顔をする。
俺が笑った理由。
それは川崎の行動が裏目に出たから、というのも少しだけあるけど。
初音さんが俺には気を許してくれているように感じて、嬉しかったからだ。
次回、いよいよ決勝です。
自己肯定感が異常に高い人物を書こうとしたら、なんかちょっとストーカーっぽい人物になっている気がしてます。
彼はサッカーは上手いので、八雲が本気を出さないといけない状況にしてくれるはずです。