第20話 美少女の握ったおにぎりには付加価値が生まれる。
俺たち2年3組の男子サッカーは午前中の試合を順調に勝ち抜いた。
時刻はちょうど12時。
球技大会中はグラウンドや体育館などでは常に何かしらの試合が行われている状況なので、昼の休憩は各自試合の合間に取る。
俺は次の試合まで三十分ほど間隔が開くこのタイミングで、初音さんと昼食を食べる約束をしていた。
いつも親が作った弁当を食べているが、今日は持ってきていない。
(初音さんが昨日のラインで『明日は弁当を持ってこなくていいから、楽しみにしていてね』とか言ってたんだよな……)
だから俺は、朝からあることを期待していた。
お互いにそれぞれの種目で直前まで試合があったので、初音さんとは2年3組の教室で待ち合わせることになっている。
「八雲くん、お待たせー」
一足先に自分の席で待っていた俺のところに、初音さんがやってきた。
「頑張ったけど負けちゃったよ……」
「それは残念だったね」
「うん……でも楽しかった。一緒に出た人たちと仲良くなれた気がするし」
初音さんは女子のバスケットボールに出場していた。
最近練習の中でクラスの女子と交流する機会が増え、徐々に友達が増えつつあるようだ。
「八雲くんの方はどうだった?」
「こっちはまた勝ったよ」
「じゃあ、あと3回勝ったら優勝ってことだ」
「まあ、そうなるね」
午後に残すは、準々決勝と準決勝。
そして、サッカー部率いるスポーツ特選クラスとの決勝だ。
もちろん、順調に勝ち進んだ場合の話だけど。
「私は負けちゃったけど、その分ここからは八雲くんを応援するね!」
初音さんはグッと拳を握った。
「ありがとう。頑張るよ」
程々にやるはずだった俺は、初音さんに応援されてそんなことを口走っていた。
「じゃあ、まずは頑張るために腹ごしらえからだね」
「弁当は持ってこなくていいって話だったけど、どうするの?」
「またまたー、八雲くんだって薄々気づいてるんでしょ」
俺の疑問に対し、初音さんはにやりと笑った。
「まあ、なんとなくは」
「じゃあ、お昼は私の手作り弁当なんてどうかな。八雲くんの分も作ってみたんだけど」
「ぜひ食べたいです」
俺は即答した。
○
今日は気分転換に外で食べることにした。
そんなわけで、俺は初音さんと中庭に来ている。
二人でベンチに座って、その間に弁当を広げる。
「球技大会で忙しいと思ったから、食べやすいメニューにしてみたんだ」
初音さんが持ってきたのは、ピクニックで使うようなバスケットだ。
中にはおにぎりと手掴みで食べられるようなおかずが詰め込まれていた。
「おお……」
「あ、八雲くんは他人が握ったおにぎりとか気になったりする人?」
感動していた俺に、初音さんが聞いてきた。
「いや、むしろ歓迎です」
「そ、それならよかった」
いつになくキレのいい返事をする俺を前に、初音さんは目を瞬かせている。
美少女が握ったおにぎりとか、それだけで付加価値が生まれるからな。
しかも初音さんの手作り。
それを嫌がる奴なんてそういないだろう。
「さっそく食べていい?」
「うん、どうぞ」
「じゃあ、いただきます」
俺はまず、おにぎりを一つ手に取って食べた。
「うん、おいしい」
「ありがと。でも、おにぎりなんて誰が作っても一緒だよ」
「いや、初音さんが握ったおにぎりっていうのが大事なんだ」
「そ、そうなんだ。おおげさだなあ、八雲くんは」
口ではそう言う初音さんだが、満更でもなさそうな顔をしている。
「それなら、おかずの方も食べてみる」
おかずは唐揚げや卵焼きなどに一つずつ爪楊枝が刺されており、箸を使わず食べられるように配慮されている。
「やっぱりこっちもおいしいね。卵焼きの甘い感じとか、特に好きかも」
「あ、それならよかった。八雲くんの家って、卵焼きは甘い派?」
「うん。最初は妹の好みに合わせて甘い味付けになったんだけど、気づいたら俺も甘い卵焼き以外考えられない派になってた」
「あはは。八雲くん、私と気が合うね?」
どうやら初音さんも卵焼きは甘い派らしい。
そのまま俺と初音さんは談笑しながら弁当を食べ進めた。
「ふぅ……ごちそうさま。こんなにおいしい弁当を作ってくれてありがとう」
「どういたしまして。でも本当はもっとちゃんとした料理をご馳走したいから、今度私の家に食べにきてね?」
初音さんからそんなお誘いを受けてしまった。
今までに初音さんの家に上がったのは、童貞を卒業した時と2回目を体験した時。
つまり、俺は初音さんの家に行く度に「そういうこと」をしてしまっている。
今回は……さすがにそういう意味は含まれていない、よな?
でもこの前の自撮り写真のこともあるし、もしかして……。
「……? どうしたの八雲くん、黙り込んで」
「あ、いや」
一旦あの写真のことは置いておこう。
ただご飯をご馳走になるために初音さんの家にお呼ばれするというのも、貴重な体験だ。
「……ぜひ行きたいけど、ご馳走してもらってばかりなのもなんか悪いな」
「別に気にしなくていいのに」
「いや、そういうわけにもいかないよ」
「そう? じゃあ、近い内に何かお礼してくれると嬉しいな」
初音さんから、そんなことをねだられてしまった。
「お礼か……うん。何か考えておく」
「へへ、楽しみだ」
初音さんはそう言ってはにかむ。
そんな表情を見て幸せな気分に浸れていたのも、束の間のことだった。
中庭で二人の時間を過ごしていた俺と初音さんの前に、とある男が現れたからだ。
「やあ、市ヶ谷さん。久しぶりだね、今はお昼を食べ終わったところかな?」
一見すると人当たりの良さそうな笑みを浮かべてはいるが、俺のことは構わず初音さんにだけ挨拶するその男こそ。
サッカー部のエース、川崎来人だ。