第19話 高校一の美少女は陰キャをずっと見ている。
有意義な練習期間を過ごし、着々とクラスメイトたちの連携力が高まってきたころ。
あっという間に時は流れて6月になり、球技大会の本番を迎えた。
当日の朝。
体操服を着た俺は現在、サッカーに出場するクラスメイトとグラウンドの脇に置かれたホワイトボードの前にいた。
張り出されたトーナメント表を見にきたのだ。
「さて、大事なのはトーナメントの組み合わせだね」
「ああ、そうだね……」
椎名に話しかけられて、俺はうなずく。
クラスメイトたちはなるべく高い順位を狙いやすいような組み合わせを望んでいることだろう。
けど、俺は違う。
(あまり勝ちすぎて目立つと違和感を持たれるかもしれないし、早めにスポーツ特選クラスと当たって奇跡の勝利を見せた後、次の試合で嘘のように敗戦……って展開が理想なんだけど)
そんなことを考えながら、俺はトーナメント表に目を向ける。
すぐに俺の理想は崩れた。
俺たちの2年3組とサッカー部が大量に属するスポーツ特選クラスは、トーナメント表で真逆の位置にいた。
「お、ラッキー! スポーツ特選クラスとは反対側の山だ」
「決勝までは普通の相手としか試合しないってことか……」
「3年生と対戦する機会は多そうだけど、今の俺たちなら勝てるんじゃね?」
クラスメイトたちは、比較的勝ちやすい組み合わせになって喜んでいる。
一方の俺は複雑な心境だった。
(あれ。これってサッカー部率いるスポーツ特選クラスに勝つ=優勝ってことでは?)
全国大会出場レベルの実力を持ったサッカー部軍団を倒して優勝とか、否が応でも目立ってしまう。
適当なところで負けておいた方が「サッカー部に勝ったのはまぐれです」って印象が強くなるから助かったんだけど。
(まあ、俺自身が目立たない役回りをすれば、チートスキルのことはバレないか)
俺が異世界から持ち帰った力のことが露呈して、欲にまみれた人間から利用される展開は避けたい。
露骨に力をひけらかすと面倒な事態になるのは、数年の異世界生活で懲りた。
(っと……最近忘れかけてたのに、嫌なことを思い出したな)
異世界で俺は超人的な身体能力や数々のチートスキルを手に入れたけど、向こうでの暮らしは楽しいことばかりではなかった。
むしろ嫌なことの方が多かった気がする。
それを最近まで忘れていたのは、やっぱり。
(初音さんと一緒にいて、今が充実してるからだろうなあ……)
だからこそ。
新たに手に入れた日常に水を刺されたくはない、と俺は思う。
初音さんの気持ちをまったく考慮していないような奴が相手なら、尚更だ。
「お、上野くんもかなり気合が入ってるんじゃないか?」
一人で考え込んでいた俺に、椎名が話しかけてきた。
「え。そんなふうに見えた?」
「ああ。なんだか、目から闘志が湧き出ているように見えたよ」
目から闘志って、なんだそれ。
まあ、でも。
「確かに、少しは気合が入ってるかもね」
○
三十分後。
すぐに俺たちの初戦が始まる時間になった。
対戦相手は普通科の3年生だ。
スポーツ特選クラスほどの強敵ではないが、一学年上なだけあって全体的に体格が俺たちよりも少し大きい。
グラウンドの真ん中で整列して挨拶を交わした後、両チームはそれぞれのポジションに散っていく。
俺のポジションは中盤後方、ボランチだ。
いわゆる守備的なミッドフィールダーだ……と言えば聞こえはいいけど。
(球技大会みたいな素人の寄せ集めチームだと、余った奴がなんとなく突っ立てるだけの位置だよな、ここって)
つまり俺みたいな陰キャの定位置だ。
収まるべくしてこのポジションに収まった感がある俺だが、いざ試合が始まったら見事にボランチとしての役割を果たしてみせた。
「上野、こっちにパス!」
「うん」
「まずい!? 上野くん、そいつ止めてくれ!」
「分かった」
俺は縁の下の力持ち的な役回りを攻守でこなしている。
味方が攻め上がるための起点となる正確なパスを出し、得点に繋げる。
敵が攻めてきたら守備に回ってボールを奪い、また味方にパスをする。
その繰り返しで、地味に試合をコントロールしていた。
(フォワードで得点とかキーパーで派手なセーブとか、露骨に目立つよりもこっちの方が正解だったな)
俺が目立たない位置で攻守の起点になることで、点を取りすぎず取られすぎない程度に調整する。
程々に勝つために、俺は尽力していた。
(まあ、今のところ俺の出番はそこまで多くないけど……)
俺のスキルで身体能力が強化された上に、毎日練習していたおかげで他のクラスより連携面で勝っていたため、俺たちが終始優勢だ。
優位を保ったまま試合が進み、最終的には俺たちは初戦を3年生相手に3-0で快勝した。
試合を終えると、グラウンドの端で応援していたクラスメイトたちが歓声とともに迎えてくれた。
……まあ、ほとんどの連中は椎名たち陽キャの方に向かっていったけど。
そんな中でも、一人だけ真っ先に俺の方へ駆け寄ってきた。
初音さんだ。
「八雲くん、お疲れ様! 大活躍だったね?」
初音さんは笑顔でそう称えてくれる。
球技大会中なので、初音さんも体操服を着ている。
おかげで制服の時はギリギリ隠れていた体のメリハリがわかりやすくなっていた。
「いや。俺は何もしてないよ。点を取ったも他の人だし」
「そんなことないよ。縁の下の力持ちって感じで、攻めでも守りでもすごく仕事してた」
「まあ……それは否定しないけど。初音さんって、意外とサッカー詳しい?」
俺の質問に対して、初音さんは首を傾げた。
「どうしてそう思ったの? 私はただ八雲くんをずっと見てただけだよ」
「……なるほど」
初音さんの無邪気な笑顔を前に、俺は自分の体温が急上昇するのを感じた。
改めて思うけど、初音さんって美少女すぎるだろ。
この笑顔を見られる日々を守るために、次からの試合も頑張ろう。
……初音さんに褒められてすぐにやる気を出すあたり、俺はチョロいのかもしれない。
明日以降も毎日この時間帯に投稿していこうと思いますので、よろしくお願いいたします!