第18話 美少女が口をつけたスポドリは普段より美味しかった。
翌日、昼休み。
俺は球技大会の練習をするためにグラウンドにいる。
昨日は一人だったけど、今日はサッカーに出場する2年3組のクラスメイトたちが揃っていた。
人数は俺を含めて11人だ。
「よし、全員集まったな。せっかくの球技大会だし、みんなで頑張っていこう!」
クラスの中心的人物である椎名が、他の男子に声をかける。
「まあ、椎名がそこまで言うならやってみるか」
「他のクラスもあんまりやる気ないし、俺たちだけ練習したら同じ普通科の奴らには勝てそうだよな」
椎名が声をかけてくれたおかげで、クラスメイトたちは以前よりも乗り気だ。
実際、スポーツ特選クラス以外で球技大会に向けてサッカーの練習をしている男子は、ほぼいない。
おかげでグラウンド内のそこそこ広いスペースを独占できている。
「でも、目標はサッカー部が率いるスポーツ特選クラスに勝つことなんでしょ?」
「いいじゃん、夢はでかい方が」
「目標が高いのはいいし、練習するのもわかったけど、具体的にどうするんだよ」
クラスメイトの一人が、椎名に向かってそんな疑問を口にした。
「そこは上野くんに考えがあるらしい」
椎名が答えると、この場にいるクラスメイトたちの視線が一斉に俺に集まる。
「上野ってサッカー経験者なの?」
クラスの中でも陽キャグループに属する一人、お調子者の新橋が聞いてくる。
「いや、そんなことはないかな」
陽キャの中でも陰キャに当たりが強いイメージのある存在に話しかけられて、俺は少し緊張しながら答える。
俺のサッカー経験は体育の授業とゲームくらいだ。
「あ、そうなんだ。その割には市ヶ谷さんから『サッカーくらい余裕』とか言われてたよなあ」
「はは……」
俺は乾いた笑いでごまかした。
異世界で無双した経験があるから球技くらいは本気出せば余裕です、とは説明できないからな。
「まあでも、改めて見ると意外とスポーツやってそうなガタイしてるよな」
別の男子が、そんなことを言う。
「言われてみたら、確かに」
どうやら勝手に納得してくれたらしい。
「てか今更だけど上野ってイメチェンした?」
新橋がまた質問してきた。
急に変わった髪型のことを指しているんだろう。
「あ、うん」
「なんで?」
「なんでって、それは……」
初音さんに言われたからです、って正直に話したらどんな反応されるんだろう。
俺は言い淀んでいたが、そうして迷っている姿で大体事情を察したらしい。
「あれだ、市ヶ谷さんの影響だろ」
「羨ましいなあ……俺もあんな美少女の彼女が欲しい」
それは俺も欲しい。
「ぶっちゃけ上野って市ヶ谷さんとどこまで行ったんだよ?」
「お、いいね。俺もその話興味ある」
クラスメイトたちはノリノリで俺と初音さんとのことについて聞き出そうとしてくる。
「みんなその辺にしておけよ。そろそろ練習しないと昼休みが終わるぞ」
椎名がそこで止めに入ってくれた。
間違いない、やっぱりこいつはいい陽キャだ。
「それもそうだな」
「でも練習って何する?」
「やっぱ試合だろ。2チームに分かれてミニゲームしようぜ。その方が楽しいだろ」
他のクラスメイトの疑問に、新橋がそんなことを言った。
「上野くん、どうする?」
椎名が俺に意見を求めてきた。
あくまでも俺に考えがあると思ってくれているようだ。
ミニゲームか……。
まあ、地味な練習をするより、そっちの方がクラスメイトたちのモチベーションに繋がるかもな。
技術的な部分は、俺の方でどうとでも調整できる。
「いいと思うよ。その代わり、カウンター重視で素早く攻めることを意識してやろう。サッカー部と戦うことを想定したら、ボールを長く持つよりもそっちの方が有効だと思う」
俺はそう提案する。
無策よりは方針が決まっていた方がマシだろう。
「お、なんか上野がそれっぽいこと言ってるぞ」
俺の案に、新橋が反応を示した。
「はは……」
俺は愛想笑いをするしかない。
こういう一言は、悪気がなかったとしても陰キャには効く。
そのつもりがなかったとしても、ナチュラルに少し下に見られているような……まあ、俺の被害妄想かもしれないけど。
「とにかく、ミニゲームで決まりだね。みんな、上野くんの言ったことを意識してやってみよう」
椎名の一声で、練習内容が決定した。
この辺りはさすがクラスのまとめ役だ。
○
俺たちはグラウンドの一角に小さめのサッカーゴールを運んでくると、2チームに分かれてミニゲームを実施した。
昼休みが終わる5分前にミニゲームを終えると、クラスメイトたちはみんな驚いていた。
「俺ってこんなにサッカー上手かったっけ」
「あ、それ同じこと思った。俺もなんか今日、調子いいわ」
「分かる。パスもシュートもドリブルも、全部うまくいくんだよな」
自分は意外とサッカーが上手い、調子がいい。
みんな一様に、そんなことを口にしている。
(ただの気のせいだろ……って言いたいところだけど、実は違うんだよな)
クラスメイトが急にサッカーが上手くなったのには理由がある。
俺が異世界で手に入れたチートスキルの一つを使用したからだ。
周囲の味方の身体能力を強化する、いわゆる範囲バフ的なスキルをクラスメイトたちに対して付与した。
このスキルがあれば、まともにサッカーの経験がない男子高校生でも、サッカー部の連中と対等に渡り合うほどの技量を発揮できる。
(厳密には技量が上がったわけじゃないけど……身体能力が高かったら、脳内で思い描いたことが大体実現できるようからなあ)
スキルを使う俺はともかく、使われる側にも多少の負荷があるので無限に使うことはできない欠点はある。
しかし、球技大会の試合は日程の都合上15分ハーフと本来のサッカーよりも短い。
その程度の時間×決勝までの試合数であれば、健康な男子高校生ならちょっと疲れたくらいの影響しかないので問題ない。
「それにしても……上野くんが言った通りカウンターを意識してたら、テンポよくて楽しかったな」
出場種目がサッカーに決まった時はやる気がなかった奴も、前向きな言葉を口にしている。
「これならけっこういい線いくんじゃね?」
「ああ。サッカー部にもワンチャンあるかも」
「でもどうして俺たち、こんなに調子いいんだろうな……?」
クラスメイトたちのモチベーションが高まっていく中、一人が疑問を口にした。
まあ、そう思うのは当然だよな。
「あれだ。やっぱり俺たちはサッカー部の噛ませ犬じゃないぞ、って反骨心が力になってるんじゃね」
「ああ、それだ!」
なんか勝手に納得してくれた。
(ここまでは順調だ……)
クラスメイトに範囲バフを付与することでチーム全体を強化しつつ、彼らを楽しませてモチベーションを高める。
これなら俺自身は存在感を消しつつ、サッカー部に勝つことだって不可能じゃない。
(我ながら完璧な作戦だ)
クラスメイトたちが球技大会の期間だけ急にサッカーが上手くなっても、その後は元どおりになる。
周囲からは「あの時の勝利は偶然だった」とか「球技大会マジックが起きた」とか言われることになるだろう。
とあるクラスの大番狂わせとしてこの時期のちょっとした珍事としてのちに語り継がれることはあるかもしれない。
しかし、それ以上の影響を後に与えることはないはずだ。
(このまま俺自身が目立った活躍はしない上で、勝って球技大会を終えたいな……)
あれ。
自分で思ったけど、この考えはもしかしてフラグか……?
○
教室に戻ると、自分の種目の練習を終えた初音さんが先にいた。
少し汗ばんだ初音さんは、ペットボトルのスポーツドリンクを飲んでいる。
「あ、八雲くん。お疲れ様!」
初音さんは笑顔で俺を出迎えてくれた。
「初音さんこそ、練習お疲れ様」
「ありがとう。お礼にこれ、あげる」
席に座った俺に、初音さんはペットボトルを差し出してきた。
ついさっきまで初音さんが飲んでいた、スポーツドリンクだ。
「……」
これは、間接キスってやつか。
そう言えば俺って、初音さんとキスしたことないな。
童貞を卒業した相手との間接キスを気にするなんて、変な話なのかもしれない。
けど、なぜか気になってしまった。
「ほら。水分補給、しないの?」
「あ、いや。そういうわけじゃ」
不思議そうにする初音さんに対し、俺は首を横に振った。
とりあえずペットボトルを受け取る。
「……いただきます」
迷った後、俺はペットボトルに口をつけた。
甘くて、少し塩っぽい。
普段飲むスポーツドリンクより美味しいと感じたのは、多分気のせいだ。
次回から球技大会の本番が始まっていきます。
八雲は想定通り、目立たず勝つことができるのか……?
と目立たないのは無理そうなフラグを立てておきます。
明日以降は1日1話更新を予定しています。
引き続きよろしくお願いします!