第16話 高校一の美少女と二人きりを満喫する。
俺は初音さんと二人でショッピングモールの専門店街を歩いていた。
この辺りは服屋が多く立ち並んでいるエリアだ。
特に明確な目的があるわけでもなく、散策している。
「なんとなく歩いてるだけでも、八雲くんと二人だと居心地がいいね」
初音さんに笑いかけられて、俺は目を逸らした。
かわいすぎて直視できない。
「そういうのは、友達に言うセリフじゃないと思うよ」
「だとしても、八雲くんが相手だったら言うよ」
初音さんは半歩、俺の方に身を寄せてきた。
「近くない……?」
「気のせいだと思う」
「いや、気のせいじゃないと思うけど」
俺と初音さんは今、肩が触れ合う距離感で歩いている。
「仮に気のせいじゃなかったとしても、八雲くんがこれくらいで動揺するわけないよ」
「……? どうして」
「だって私たちは、もっと近くで直接触れ合った仲なんだから」
ささやき声で、初音さんは言った。
既に動揺していた俺の心をさらに揺さぶるには十分すぎる一撃だ。
(は、破壊力が強すぎる……)
俺は思わず立ち止まり、手で口元を覆って表情を隠した。
周囲を行き交う人は多い。
俺だけにしか、聞こえなかっただろう。
あんなセリフを誰かに聞かれたら何事かと思われてしまう。
「ふふ。どうしたの、八雲くん?」
「分かってるくせに、よく言うよ」
少し落ち着いた俺は顔から手を離して、初音さんの方を見る。
「今日の予定が二人きりじゃないことを最初に説明しなかった八雲くんが悪い」
「まさか、その仕返しってこと?」
「いや、ただ八雲くんをからかいたかっただけ」
首を横に振る初音さんは、得意げな顔を浮かべていた。
「まあ、初音さんが満足ならそれでいいよ……」
からかわれても、俺の中に不快な気持ちはまったく浮かんでこない。
振り回されていることに、むしろ楽しさすら感じている。
「え? まだまだ私は満足してないよ」
「あ、そうなんだ。次はどうするつもり?」
「うーん……あそこに行こう!」
初音さんは俺の背後を指さした。
振り向くと、若い男性向けのカジュアルな服屋があった。
「見た感じ男性向けだけど、あの店で服を買いたいの?」
「違うよ、八雲くんの服を見るんだよ」
「俺の……?」
「うん。正確には、いろんな服を着ている八雲くんを見たい」
なんだそれ。
「つまり、あの店の服を俺に試着させたいってこと? 何が楽しいんだ?」
冴えない見た目をした陰キャぼっちの着せ替えショーなんて、需要がないと思うんだけど。
「やってみればわかるって。いいから行こう?」
初音さんに手を掴まれて、引っ張られる。
そんな風に誘われたら、俺に断れるはずがなかった。
店に入ってから、少しして。
俺は試着室にいた。
制服から着替えてカーテンを開けると、そこには初音さんが待ち構えている。
「うんうん。やっぱり八雲くんって、シンプルな服が似合うね」
「そうかな……?」
今回着せられたのは、シンプルな襟付きのシャツにスキニーパンツという組み合わせだ。
確かに割と無難な格好ではあるかもしれない。
「今まで服は安さで選んでたから、似合ってるかなんて気にしたことないんだよね……」
「えー、もったいないよ。大体どんな服でも着こなせそうな体格なのに」
「そうなのかな……?」
確かに、異世界で死線をくぐり抜けてきたおかげで、体格はその辺の高校生より鍛えられている。
今でも衰えないように、一応筋トレはしているし。
だからって服が似合うかは別の話だと思うんだけど、初音さんは俺とは違う意見らしい。
「そうだよ! だからこっちも着てみて!」
今度は少し大人っぽいジャケットを渡された。
「いや、さすがにこれは似合わないんじゃないか? 俺ってこんな髪型だし」
俺は鏡を見ながら、目元を覆うほどの前髪に手を触れる。
すると初音さんが何か閃いたような顔をした。
「そう思うならいっそ、切ってみたら?」
「え?」
「八雲くんって、髪型を変えたら化けると思うんだよね」
「化ける……?」
高校デビューした初音さんのように、俺もイメチェンすべきってことだろうか。
「もちろん今もいいと思うけど、髪を切った方がもっと良くなるよ!」
「髪を切ったくらいじゃ、劇的な変化は得られないと思うけど」
「えー、そんなことないのに」
初音さんは駄々をこねるような声を漏らした。
「初音さんがそこまで言うなら……切ってみようかな?」
「うん、そうしよう!」
初音さんは勢いよく俺の手を握って賛同してくる。
そうして俺は美容院に行くことになった。
このショッピングモールは、初音さんの住むマンションから近い。
なので普段初音さんが利用している美容院がモール内にある。
予約なしで行ったが、初音さんの紹介ですんなり入れた上に割引もしてもらえるらしい。
俺は鏡の前の席に案内されて、座る。
「じゃあ、終わった頃に戻ってくるね。私もちょっと買い物をしたいから」
「え」
初音さんは俺が返事をする前に、手を振りながら美容院を出ていってしまった。
普段は安いカット専門店しか使わない俺にとって、こんなキラキラした雰囲気の店に来るのは初めてだ。
正直、一人にされたら割と困る。
「今日はどんな感じにしますかー?」
俺が戸惑っている間にも、美容師の女性が後ろから話しかけてくる。
二十代前半くらいのお洒落な見た目をした人で、いつも初音さんの髪を切っている人でもあるらしい。
どんな感じかと聞かれても、何も分からない。
「……お任せで」
俺はとりあえず思いついたことを言った。
「お任せかー。彼氏くんも、初音ちゃんが初めて来た時と同じこと言うんですね」
美容師さんは思い出し笑いを浮かべていた。
「そうなんですか……それと俺は初音さんの彼氏じゃなくて友達です」
「はは。じゃあ、友達くんの髪を切っていきたいところだけど……お任せだと難しいから、何かイメージはないですかー?」
美容師さんは優しく聞いてくる。
しかし、イメージと言われてもそんなものは初音さんの頭の中にしかない。
(陰キャの俺に陽キャ向けの店はまだ早かったか……)
俺が後悔していると、ラインの通知が鳴った。
こんな時に連絡してくる相手なんて、一人しか心当たりがない。
スマホを取り出して確認すると、やはり初音さんからのメッセージだった。
『さっき言い忘れてたけど、美容師さんにオーダーする時はこの画像を見せてね』
そんな文面と一緒に、髪型のイメージ画像が送られてきた。
続けてもう一つ、メッセージが届く。
『八雲くんにはこんな感じが似合うと思う!』
なるほど。
「こんな感じで」
俺は初音さんから送られてきた画像をそのまま美容師さんに見せた。
「あ、分かりました。じゃあこの画像に合わせて切りますねー」
美容師さんの悩みは無事解決したようだった。
そのまま髪を切られ始めて、俺は思う。
……なんだろう。
俺の見た目が初音さんの好みに改造されつつある気がする。
まあ、悪い気はしないけど。
次回はもう少しデートが続きつつ、ちょっとだけエッチな要素が出てくる予定です。
初音が買いに行ったものに関係があるので、色々想像してみてください。