第14話 陰キャ、美少女をデートに誘う……?
川崎たちサッカー部の連中は、言いたいことを言い終えると練習に戻っていった。
俺はまた、グラウンドの片隅で一人になる。
「あ、そういえばボール……はあとで回収すればいいか」
しかし、そうなると練習はできない。
元々、一人でやっていても仕方がないし、昼飯を食べに教室に戻ろうかと思っていると。
「こんにちは上野くん」
委員長が校舎の方からやってきた。
「委員長……?」
「サッカーに出場する他の人たちが教室にいたのに、上野くんだけグラウンドに行ったという話を聞いたので様子を見に来たのですが……なんだか大変そうでしたね?」
「見てたんだ」
そしてやはり、サッカーに出場する他のクラスメイトたちは練習する気がなかったらしい。
「ええ。サッカー部の人たちとはどんな話を?」
「色々と世間話を」
俺はそうはぐらかす。
委員長は興味深そうに考える仕草を見せた。
「上野くんが、あの川崎先輩と……? ああ、そういえばあの人、市ヶ谷さんに告白したことでちょっとした騒ぎになったことがありましたよね」
委員長はすぐに納得した様子を見せた。
「まあ、有名な話だね」
「そんな川崎先輩が、上野くんに話しかける……もしかして恋のライバル登場ですか!? 大変ですね!」
「大変とか言う割には、やけに楽しそうだね……」
「え、ああ。失礼」
テンションの高かった委員長は、こほんと咳払いして気を取り直す。
「それで、川崎先輩にはどんなことを言われたんですか?」
「球技大会のサッカーで勝負しよう……みたいな話だね」
俺は先ほど川崎から持ちかけられた内容をざっくりと委員長に話した。
「なるほど。つまりどちらが市ヶ谷さんにふさわしい男かを決める勝負ってことですか?」
「向こうはそう思っているみたいだ」
「おや、上野くんは違うんですか」
「俺にとって、初音さんはこの件とは関係ないよ」
「では、どうして勝負を引き受けたんですか?」
「それは……」
委員長に問われて、俺は少し考える。
川崎がどう考えているかはともかく、俺にとってこの勝負の勝ち負けと初音さんは関係ない。
勝ったとしても初音さんに対して何かを望むわけではない。
「ただ……なんとなく、ムカついたから」
そう。
俺は初音さんの意志を尊重していない川崎のあり方が、気に入らなかった。
初音さんがイジメられる原因を作った……とまで言うとさすがにあの男に責任を押し付けすぎな気がするけど、無関係だったわけじゃない。
主犯の筒井は、川崎のファンの中でも目立つ奴だった。
川崎が何かしら勘付いたっておかしくない。
もちろん何も知らなかった可能性だってあるけど、それはそれで無頓着すぎる。
そんな奴が話が落ち着いた頃になって、何事もなかったような顔でまた初音さんに近づこうとする。
控えめに言って、快く受け止めることはできなかった。
「ふーむ。上野くん、とても怒ったような顔をしていますね」
「え?」
「細かい話は知りませんが、ムカついていることは伝わってきます」
委員長はうんうんとうなずいた。
「そんなに顔に出ていたんだ……」
「はい。上野くんはあまり表情を変えない印象でしたが、市ヶ谷さんのことを考えるとそんな顔もするんですね」
「そんな顔って、どんな顔なんだ……?」
今ほど鏡を見てみたいと思ったことはない。
「サッカー部のエースをぎゃふんと言わせてやりたいぜ、って顔です」
「なるほど」
話を聞いてもよく分からなかった。
「いいと思いますよ、わたしは。予想通りサッカー部にボコボコにされるより、ギャフンと言わせた方がクラスのみんなも楽しいじゃないですか」
俺だけではなく、あくまでクラスのみんなのため。
というのは委員長らしい。
「けど、そのクラスのみんながいないことには勝てないと思うんだよな……」
サッカーってチームでやる競技だし。
俺一人がやる気になっても、サッカーに出場するクラスメイトたちが無気力だと厳しい。
「つまり、クラスメイトの協力さえ得られたら勝てるってことですか?」
「まあ……考えはあるよ」
「おお」
「それでも、相手はサッカーに人生かけている人たちだから、確実ではないけど」
「勝率は低いかもしれませんが……クラスのみんなと勝利という目標に向かって努力する過程が大事です! 委員長であるわたしが手伝いましょう!」
委員長は胸に手を当ててそう言った。
「手伝ってくれるのはありがたいけど、どうするんだ?」
「他のクラスメイトがサッカーの練習に参加するよう、協力者を用意します」
協力者を用意するって、クラスの男子の中でもまとめ役の奴に手伝ってもらうとかだろうか。
「それは……とても助かる」
俺には一番難しいことだからな。
「ではさっそく顔合わせをしたいですね。上野くんは放課後に予定はありますか?」
「当然ないけど」
「そういうことなら、決まりですね。放課後に上野くんと協力者を引き合わせます」
「ありがとう、委員長」
俺は小さく頭を下げる。
「どういたしまして。感謝してくれるのでしたら、お礼を要求してもいいですか?」
委員長って、意外とちゃっかりしているんだな。
いったい何を要求するつもりなんだ。
「まあ、俺にできることなら」
「では、市ヶ谷さんにも声をかけておいてください。わたし、彼女ともっとお話ししてみたいんです」
「ああ……そういうことなら、誘ってみるよ」
初音さんに同性の友達ができるいい機会かもしれない。
俺は委員長の要求を受け入れた。
「ありがとうございます。それでは、放課後に改めてお願いします。ただ話すだけもつまらないので……駅前のショッピングモールにでも行きましょうか」
委員長はそう言って、校舎に戻っていった。
○
俺は委員長から少し遅れて2年3組に戻った。
手早く自分の席で昼食を済ませて、初音さんを待つ。
今日の昼は初音さんも自分の出場する種目の練習をすることになっていた。
教室は全体的にいつもより人が少ない。
少しして、初音さんが戻ってきた。
制服を着ているが、運動の邪魔にならないよう長い髪を後ろに束ねている。
「あれ。八雲くんの方は早く終わったんだ?」
ポニーテールって新鮮だな……と見惚れている間にも、初音さんは隣の席に座る。
「早く終わったというか、何もなかったというか」
「うん……?」
「まあ、その話はとりあえずいいんだ」
「そっか」
初音さんは首を傾げていた。
「それより、初音さんは放課後に予定ある?」
「強いて言うなら、八雲くんと一緒に帰ろうと思ってたくらい?」
へへ、と初音さんは笑う。
「だったらそのまま帰るんじゃなくて、駅前のショッピングモールに行かない?」
「……! 行く」
初音さんは即答した。
「じゃあ、決まりだね」
「うん。八雲くんと一緒に放課後にお出かけかー……」
初音さんは嬉しそうな顔で微笑んでいる。
その横顔に俺が見惚れそうになっていると、午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
「よーし、授業始めるぞー」
すぐに教師が入ってきたところで、俺は自分の失態に気づいた。
あ。
そういえば、他の人がいることを伝えていなかったかも。
次回はなんだかんだで初音さんといちゃいちゃする回です。