第13話 陰キャ、サッカー部のエースに勝負を挑まれる。
「誰も来てないな……」
翌日、昼休み。
俺はグラウンドの片隅に一人でサッカーボールを持って立っていた。
球技大会の出場種目が決まると、翌日からは6月の本番までは練習期間だ。
生徒たちは昼休みや放課後に時間を作って、自主的に練習を行う。
「今日の昼休みは練習する予定だったはずなんだけど……」
練習をしたい時は教室の後ろにある黒板に予定を書くのがクラスの取り決めとなっている。
午前中に確認したところ練習の予定が記載されていたので、時間通りにグラウンドに来た。
が、サッカーに出場する他のクラスメイトは誰も来ていない。
(ハブられた……わけじゃないだろうな。そんな性格の奴らなら、そもそも自己犠牲の精神でサッカーに出場したりしないはずだ)
じゃあ、なんで俺以外のクラスメイトが来ていないのか。
(多分、普通に面倒臭くなったんだろうなあ)
サッカー部が所属するスポーツ特選クラスが強すぎて勝てないから、わざわざ練習する気が失せたのだろう。
昨日はまだ決まったばかりだったからやる気があったけど、一日経ったらやっぱりどうでも良くなった、とか。
ありがちな話だ。
しかしそのおかげでグラウンドの片隅に、一人でサッカーボールを持った陰キャが棒立ちする惨劇が誕生してしまった。
(初音さんに応援されて張り切ってみたけど、やっぱり俺には青春とか無理かもしれない)
だけどクラスメイトたちを責める気にはなれなかった。
自分が活躍する余地のない学校行事に対して無気力になり、やり過ごす。
まさに去年までの俺だ。
陰キャにとって、球技大会なんてただの消化試合でしかなかった。
クラスメイトたちは陰キャじゃないけど、活躍することのできない消化試合って意味では同じだからな。
「それはそれとして……一人じゃまともに練習できないし、今からどうしよう」
ため息まじりに、俺は顔を上げる。
グラウンドの反対側で、スポーツ特選クラスの連中がシュート練習をしている様子が目に入った。
あの中のほとんどは、サッカー部で一軍に属する3年生だろう。
格好からして違う。
俺や他の一般生徒は制服か体操服で練習しているけど、サッカー部の連中は特製のトレーニングウェアを着ている。
「なんで一般生徒とあいつらを一緒に戦わせるような仕組みにしてるんだろうな……皆やる気がなくなるだけだろうに、っと」
俺は一人で愚痴を呟きながら、手にしていたボールを適当に蹴った。
サッカー部の連中が練習しているゴールの方に向かって、ボールが飛んでいく。
(あれ、思ったより伸びるな……)
軽く蹴っただけのはずのボールは、百メートル近く離れたゴールへと、鋭い軌道で飛んでいくと。
練習している中の一人が蹴ったボールに直撃して弾き飛ばしながら、見事にゴールネットを揺らした。
「あ、まずいかも」
俺は無意識の内に、異世界で手に入れた超人的な身体能力を発揮してしまった。
グラウンドの向こうで練習していたサッカー部の連中は、どこからか飛来したボールを見て不思議そうにしている。
少しの間、何かを探すように周囲を見ていたが、一人が遠く離れた俺を指さした。
(蹴ったのを見られてたのか……?)
意図していなかったとはいえ、練習を邪魔する形になってしまった。
なんか四人くらいこっちに来ているし、もしかして今から因縁をつけられるのか?
今更逃げるわけにいかないしどうしよう……と考えている間に、サッカー部の連中が俺の前にやってきた。
その中の一人はあの有名なサッカー部のエース、川崎来人だ。
「本当に彼が蹴ったの?」
川崎は隣にいた茶髪のサッカー部員に質問する。
俺のことを指さした奴だ。
「そのはずだけど……近くで見ると、ここからゴールを狙うシュート力があるようには思えないな」
「さすがにこいつには無理だろ、いかにも陰キャっぽいし」
「人違いじゃねえの?」
大柄な体格の陽キャサッカー部員たちが、どこか見下したように俺を見てくる。
その中で川崎だけは、興味ありげな視線を向けてきた。
「あ、もしかして2年3組の上野くん?」
他の奴らとは違って、川崎は朗らかな態度で話しかけてきた。
川崎が認知していると分かると、周りの奴らも俺を小馬鹿にするのをやめる。
自然に周りを牽制したのだろうか。
いかにも爽やか系イケメンって感じのやり方だ。
これでサッカーが上手いんだから、女子にモテるのも理解できるけど。
「どうして俺の名前を知っているんですか?」
サッカー部のイケメンエース様が、なぜ学年も学科も違う陰キャの存在を認知しているんだ。
「最近、市ヶ谷さんと仲の良い男子のクラスメイトがいるって聞いたからさ」
「なるほど……」
そういえば川崎は初音さんに告白してフラれたんだったな。
もしかして、まだ諦めていないのか……?
「付き合っているなんて噂も聞いたけど、本当なのかい?」
「いや、それは……」
どう説明したら良いんだろう。
恋人のフリをしていた際、初音さんは俺と「付き合っている」と宣言した。
その後訂正していないので、周囲の認識はそのままになっている。
しかし実際の俺と初音さんの現状は、友達だ。
(けど、なんでだろうな……)
この男の前でその事実を認めたくないと思う俺がいた。
「どうやら完全に嘘じゃないけど、訳ありって感じかな」
「……」
なんだこいつ。
察しがいいのか、思い込みが激しいのかどっちだ……?
「ところで上野くんは球技大会でどの種目に出場するのかな」
「サッカー……ですけど」
「へえ、それはいいね」
「……?」
にこりと笑う川崎を前に、俺は無言で疑問を抱いた。
俺の出場種目がこの男に何か関係あるのか……?
「上野くん、僕と市ヶ谷さんを賭けて勝負しよう」
「はい……?」
「僕は球技大会で優勝したら、表彰式の時にまた市ヶ谷さんに告白するつもりだったのさ」
おいおい、なんだそれは。
俺が唖然としている間にも、川崎は話を続ける。
「僕は試合で君を倒して優勝し、トロフィーを市ヶ谷さんに捧げて振り向いてもらう。うん、なかなかいい筋書きだ」
川崎来人。
サッカー部の仲間たちが俺を馬鹿にするのを自然に止めたりするのを見るに、悪い奴じゃないんだろう。
でも初音さんのいない場所で、勝手に彼女を賞品のように扱っているのは腑に落ちない。
表彰式なんて目立つ場所で告白なんて初音さんは快く思わないということも、分かっていないし。
川崎が圧倒的有利なのは事実だけど、やる前から優勝が確定しているかのような物言いも、次に告白したら初音さんに振り向いてもらえて当然みたいな態度も気に入らない。
(今まで人生で成功ばかり味わってきたからなのかもしれないけど……なんだろう、この自分を主人公と信じて疑わない感じは)
あと、陰キャの俺に対して自分の得意分野で勝負を挑むとかズルくないか?
それで何故か対等な感じで振る舞っているのも、おかしな話だ。
(どうも、好きになれないな……)
俺に勝てると思っているのは、まあいいとしよう。
だとしても、川崎が初音さんの気持ちをまったく考慮していない姿勢が、俺には許せなかった。
「わかりました。その勝負、乗りますよ。先輩」
勝算とか細かい話を考える前に、俺はそう宣言した。
売り言葉には買い言葉。
陰キャにだって、プライドはあるのだ。
というわけで新たな敵(?)の登場です。
そんな中、次回のタイトルは「陰キャ、美少女をデートに誘う……?」です。
ここ数話いちゃいちゃ要素少なめだったので、次からの数話で補充していきます。