第12話 陰キャは高校一の美少女に期待される。
午後、ホームルームの時間。
今日は、二週間後に控えた球技大会の出場種目を決めることになっている。
「では、誰がどの種目に出場するか、決めていきましょうか」
委員長が前に立って、進行役を務めていた。
球技大会は毎年6月のはじめに開催され、サッカーやバスケットボールなど複数の種目が実施される。
ほとんどの種目が男女別、全学年学科混合のトーナメント形式で実施される。
全ての生徒が最低でも一種目は出場する必要があり、クラスによっては男女比の関係で出場枠の方が生徒数より多くなるので、誰かが複数出場する場合もある。
俺はドッジボールに割り振られた。
この種目だけは男女混合でトーナメントもなく、ガチ度が低い。
(やる気のない生徒や運動できない生徒への救済措置があるのは良心的だ
……)
例年、余った奴はとりあえずこの種目に突っ込まれる。
俺は去年もドッジボールに出場したが、特に語るような思い出もない。
(今年こそは青春を……って願望はあるけど、いきなり目立ちすぎるのもなあ)
異世界で培った超人的な身体能力を使って無双とか、憧れるけど何事もやりすぎは良くない。
陰キャが急に大活躍したら不審がられるだろう。
なのでここは陰キャ向けの定番競技に甘んじておこう……と思っていたら。
「大体決まりましたが……男子のサッカーがあと一人足りないですね」
黒板に書かれた種目と出場者の一覧を眺めて、委員長が困った様子を見せていた。
「まあ男子のサッカーはしょうがないよな」
「枠を埋めるために名前を書いた俺を褒めてくれ」
既にサッカーに出場が決まったクラスの男子たちですら、決まらないのも仕方ないという雰囲気だ。
人気の球技であるはずのサッカーが球技大会で不人気なのには理由がある。
(学年学科問わずクラス対抗ってことは、スポーツ特選クラスとも試合をすることになるからな……)
この高校は昔からサッカー部が全国大会常連クラスに強い。
おまけに今年の三年には、初音さんが告白されて振った結果、嫉妬されるきっかけとなった例のエースがいる。
他にも将来はプロになると噂されている有望株が複数いるらしい。
(他の球技でも2年が3年に勝つことは難しいけど……サッカーに関してはほとんど出来レースだ)
ボコボコにされて負けるのが分かり切っている。
サッカーに出場することは、キャーキャーと黄色い声援を送られるサッカー部のイケメンたちの噛ませ犬になることを意味する。
誰もやりたがらないのは当然だ。
「誰かいませんかー」
委員長は教室を見回すが、ここで手を挙げるような連中は既に黒板に名前が書かれた後だ。
誰からも反応がなく困っていた委員長は、教室の一番後ろに座る俺に目を留めた。
「あ、そうだ。せっかくなので上野くん、出てみたらどうですか」
委員長のそんな一言で、クラス中の視線が俺に注がれた。
なんだこれ、異世界でドラゴンに睨まれた時より緊張する。
「え、俺……?」
「はい。クラスに打ち解けるいい機会だと思いますよ」
委員長はおそらく、善意から言っているんだろう。
笑顔に全く悪気がないのが伝わってくる。
「ええ……」
困惑する俺に対し、クラスメイトたちの反応は温かかった。
「どうせ負け試合だから気負う必要はないって」
「枠が埋まれば大丈夫だからさ」
当然ながらクラスメイトは俺をただの陰キャだと思っている。
委員長に指名されたことに対し、どちらかと言えば同情的だ。
自分に矛先が向くのが嫌だ、ってのもあると思うけど。
(この感じなら、グラウンドの端でやりすごせば大丈夫か……?)
誰も期待していないなら参加するのもありか……と思ったその時。
「八雲くんならサッカーくらい余裕だと思うよ?」
俺の隣に座る初音さんが、そんなことを言い出した。
初音さんはどこか機嫌が悪そうだ。
急にどうしたんだろう。
俺の身体能力を知る初音さんなら、球技大会くらい楽勝だと思うのは理解はできるけど。
なんで機嫌が悪そうなんだ。
「上野ってサッカー上手いのか?」
「さあ……聞いたことないけど、サッカー部ほどじゃないだろさすがに」
「じゃあ、なんで市ヶ谷さんはあんなこと言い出したんだろう?」
「恋は盲目ってやつだよ、多分」
初音さんの言葉をきっかけに、クラスメイトたちの会話の流れが、変な方向に向かっていた。
「ふーむ。よく分かりませんが、市ヶ谷さんが余裕だと言うならそうなんでしょう。最後の一人は上野くんに決定で!」
委員長はクラスの雰囲気を見ると、俺の答えを待たずにそう宣言した。
教室内にパチパチと拍手が響き渡る。
あれ。
もしかしてこれ、拒否権ない感じか。
俺は気づいたらサッカーにも出場することが決まっていた。
その後、委員長が本番までの練習期間についての段取りなどを話している中。
俺は隣を見た。
「初音さん、さっきは急にどうしたの」
俺は小声で初音さんに話しかけた。
「八雲くんが自分の力をひけらかしたくないのは薄々気づいてたけど、それでも皆が全く期待してないのを見るとモヤモヤしちゃって、つい」
「つい、って」
「迷惑だった……?」
しゅんとした様子の初音さんに聞かれて、俺は少し考える。
迷惑だとは、思っていなかった。
「どちらかと言えば……嬉しいかな。それだけ初音さんが俺のことを気にかけてくれてる、ってことだと思うと」
「そ、それはそうだよ。八雲くんは私の……友達だし」
そう言う初音さんは、友達を相手にしているとは思えないほど頬を赤く染めていた。
高校一の美少女の照れ顔、かわいすぎる。
「まあ、せっかくだから程々に頑張ってみるよ」
「うん、がんばれっ!」
ぐっ、と小さく握り拳を作って、初音さんは俺を応援してくる。
俺はそんな初音さんを見て、期待に応えてみたい、と。
陰キャながらに、分不相応な高望みを抱いていた。
次回、初音さんに告白したと噂のサッカー部のエースがついに登場したりします。