86・仕事復帰と、相手の違う謝罪
「おはよう、皆!」
「おはようございます! 隊長! お体は大丈夫ですか!?」
「えぇ、ありがとう。 みんな、心配と迷惑をかけたわね。 私のいない間、頑張ってくれてありがとう。 お詫びにお菓子を休憩室に置いておくから、お昼にみんなで食べて頂戴ね。 さ、朝礼を始めましょう。」
「はいっ!」
中央のナースステーションにみんな集まり、夜勤の申し送りを始め、それが終わると皆が清拭や処置に回る中、ラミノーとガラが私のところに来て鈴蘭祭当日からの6日間の状況を報告してくれる。
「物資班は変わりありませんね。 神父様がバザーのお礼にいらっしゃいましたが、隊長の状況をご説明しましたところ、後日来てくださる、と。 とても心配していらっしゃいました。」
「神父様へは時間がとれそうならこちらからお礼に行ってこようと思うわ。 ありがとう。」
「看護班も大きな変わりは……と言いたいところですが、クルス先生が来てくださってからはかなりリハビリが進んでいます。 それから、親方が杖と義足の試作が出来たので、隊長のご意見を伺いたいと言ってました。 結構自信作の様ですよ。」
「まぁ、嬉しい。 調節やリハビリは難しいけれど、義足は慣れれば随分と生活活動の幅が広がるもの、うまくいくといいわね。」
ガラの言葉に私が笑うと、隣にいたラミノーが手を上げた。
「そうなんですか? じゃあ、俺も一緒に拝見して勉強してもいいですか?」
「えぇ。 出来れば手の空いているみんなも見るといいと思うわ。 看護班の調整はラミノーに頼むわね。 ガラ、申し訳ないのだけど義足の調整の時間をアーカーに上げて頂戴。」
「解りました。 ラミノーと親方に相談し、調整しましょう。 午後一番がよさそうですね。」
みんなが時間がとれるようにやれば、勉強にもなると思って問いかけると、ガラは頷いてくれて、それから、あぁ、そうでした、と、困ったように私を見た。
「隊長、こちらが本日のご予定になるのですが、どこかで面会はいれられそうですか?」
「面会?」
スケジュールは患者優先で、今日は義足の調整も入れたからかなり厳しいだろう。 しかし彼がそう聞いてくるという事は、上官クラスからの申し出でもあったのか……。
「どなたかしら?」
「はい。 シノ隊長から面会のご希望があります。」
「シノ隊長から?」
ぴくっと、私は眉尻をあげてしまった。
(なにかしら、嫌な予感しかしないわ。 あぁ、でも、鈴蘭祭の事や商隊の件もあるから……。)
少し悩んだ私は、もし旦那様関連で何か言われてもびしっと言い返せばいいか、とそれを了承することにした。
「お断りするわけには……いかないわね。 私は復帰後で仕事も溜まっているから、こちらを離れるわけにはいかないので、お昼に昼食をこちらでとっていただけるように用意するので、来ていただく形でいかがかですかとお伺いを。 駄目ならば後日お伺いしますとお伝えして。」
(これなら、午後一番の義足の調整時間には迎えに来てくれるから、お話も長引かなくてすむでしょう。)
断られるのも加味しガラに伝えると、彼は意図に気が付いてくれたようで頷いた。
「わかりました。 では、義足時間の調整と共に面会も調整しておきますね。」
「ありがとう。」
こうして申し送りが終わった後は、私とラミノーはマスクとエプロンを装着し、4人の患者の元へ回り、創部の処置を見て回った。
傷口の切断面を焼却止血してぐちゃぐちゃ酷い有様であった部分を取り除き再縫合手術が終わった創部につけられた『スラティブ』は、しっかりと機能しているようで、創部は肉芽が盛り上がることなく、ケロイドも形成していなかった。
傷口を洗浄し、新しい『スラティブ』を張り付けながらうんうんと感心する。
(綺麗な傷口。 流石クルス先生、あんな性格だけど縫い跡もとても綺麗だし、前世の形成外科医がやったのかしらと見まごうばかりだわ。 来ていただけて良かったわ。)
この男性は、現在トイレに行く練習をしているようで、咄嗟の事態に備え、体の大きなミクロスが、親方に造ってもらった松葉杖を用いて外のトイレへ行くのを付き添う様子が見られている。
(動きもスムーズね。 松葉杖もよさそうだわ。 それにしても、使用できなくなった鎧や剣の再利用で作ってもらって重いはずなのにかなり軽いあの松葉杖、最高だけど、親方の技術はどうなっているのかしら……? 中が空洞にしても軽いのよね?)
首をかしげながら次の患者のところへ向かい、4人の状況確認が終わった後は、うがい手洗いをしてから執務室へ戻るため二階に上がった。
「やぁ、奥方、体調はいかがかな? 熱は下がったかい? 必要ならば、子守唄を歌ってあげようか?」
執務室の扉を開けようとした時、隣の部屋から出て来たクルス先生のいたずらっ子の様な微笑みと優しい声が聞こえた。
茶化すような物言いの、しかし私を心配してくれるその心遣いが嬉しくて、つい、笑いが漏れる。
掴んでいた扉のノブから手を放し、しっかりと礼を取った。
「子守歌はもう結構ですわ、クルス先生。 この度は本当にお世話になりました。 クルス先生とマイシン先生のお陰で、この通り、すっかり元通りですわ。」
それにはうんうん、と、クルス先生は頷き、笑う。
「それは良かった。 マイシンも言っていたと思うけどね、君は本当に働き過ぎだ。 医者としてはもう少しの静養を言い渡したかったんだが、医療院はねぇ、君がいてくれないと心配な面も多いからなぁ。 うん、復帰おめでとう、だが決して無理はしないようにね。」
そう言い聞かせるように私に言うクルス先生に、「はい」と素直に頷くと、「ではね。」とクルス先生は笑顔のまま手をひらひらさせて、仮の医師執務室として個室とされている部屋に入って行った。
(新棟の医師専用居室が出来るまでの間の仮部屋としてご用意したんだけど、診察以外は入り浸っていらっしゃるわね。 研究熱心なのよね、クルス先生。)
ふふっと笑いながら執務室に入ると、隊長服を脱いでから、溜まってしまっている書類に手を伸ばした。
「やぁ、復帰されたと知って安心しました、体調はいかがですかな? ネオン隊長。」
「御心配おかけしました。 私としてはもうすっかり大丈夫なのですが、マイシン先生とクルス先生からはゆっくり復帰するようにと仰せつかっておりますわ、シノ隊長。 仕事が溜まっておりますので、難しそうですが。」
医療院の私の執務室に入ってきたシノ隊長をソファに促しながら、私はいつものように淑女の微笑みを浮かべる。
「そのような都合で、このような時間にしかお時間が取れず、申し訳ございません。 昼食を用意しておりますので、どうぞ召し上がってくださいませ。」
応接セットのテーブルの上には、しっかり二人分、スープなどは温かい状態で、昼食が用意してある。
これらは辺境伯家の調理人が別にと厨房で作ってくれたものだ。 みんなで食べてもらおうと思って持ってきた、パウンドケーキとブランデーケーキも一緒にそえてある。
「いやなに、ネオン隊長と共に昼食をとれるなど役得ですな。 では、失礼して。」
「えぇ、どうぞゆっくり召し上がってくださいませ。 私も一緒に失礼いたしますね。」
「もちろん。」
そんなやり取りから始まった昼食会は、鈴蘭祭の大成功と、バザーでの売り上げ計上の報告や、その隣で行われた騎士体験の客捌きの良さなどの成果を、一方的にシノ隊長が大いに褒め倒す、という形で始まった。
計上報告に関しては、バザー売り上げのうち、原価を引いた半分に当たる金額を騎士団の会計が受け取り、1/2はいま私たちのいる騎士団医療班で使用する改修費やスクラブなどの支払いに充てられること。1/2はリ・アクアウムにあるマイシン先生がいらっしゃる医療院のこれからの運営費に充てられるようになっていることも教えてくれた。
また、かなり集まった寄付に関しては、公平に3等分にし、修道院、孤児院、領民用医療院へと充てられることになった。
「医療院・学校を含む孤児院での金銭の管理に関しては、辺境伯家の家令とリ・アクアウム教会の神父様が両名で確認をしつつ収支を管理するとのことでした。」
「さようでしたか。 私が寝込んでいる間に、しっかりと道筋が出来たようで安心しましたわ。」
ふふっと笑いながら、少しずつ昼食をいただく。
(食べた気がしないんだよなぁ……。)
と思いながらも、淑女である以上、大口開けて食べる、なんてことは(一回やってしまったけれども)人前では行えないなと思いつつ、シノ隊長を見る。
彼は、優雅な所作で食事を進めながら私に問うてきた。
「そういえば、今回の材料費などの原価はきっちりと分けられておりましたが、それはどうなさっているのですか?」
「あら? ご存じではないのですか?」
たしかお話ししたはずだけれどと思いながら、私は説明をする。
「原価に関しては、教会と商会にお願いをして、毎回、ケーキの材料や刺繍糸などの手芸材料を、材料の色や物などの相談をしながら定期的に卸していただくように手配してありますの。」
スープを飲んでいた手を止めて、私はにっこりと笑う。
「本来であれば毎回、私の慈善事業の一環として購入し、毎回材料を寄付をするのがいいのでしょうが、私は『お飾りの妻』ですので、何時まで辺境伯家に居られるかわかりません。 孤児院や医療院もそうですが、私がこの地を去った後も、しっかり継続して運営していけるよう、いま、道筋を立てているのですわ。」
その言葉に顔をしかめたシノ隊長は、手に持っていたカトラリーを置いた。
「一度、ちゃんとお話をせねばと思っておりましたが、ネオン隊長……いえ、モルファ辺境伯夫人。」
「なんでしょうか?」
にこっと笑って私は問いかける。
「辺境伯夫人に於かれましては、末長く我が領主となるモルファ卿と共に有ってほしいと我らは願っております。 奥様がいらっしゃってから、この騎士団は変わりました。 もちろん、奥様がお倒れになった日の話も家令に聞きました。 その話と併せても、少なくともモルファ卿は変わろうとされている風に見える。 どうかそこに、奥様からも寄り添っていただけませんでしょうか?」
真剣なまなざしを向け、私を見るシノ隊長に、私はいつものように淑女として笑う事しかできない。
「シノ隊長。 勘違いをなさらないでいただきたいのですが……」
「勘違い?」
「えぇ。」
私はゆっくりと口元をナプキンで拭い、少しだけ果実水を飲んでからにっこりと微笑む。
「私をお飾りの妻に、と願われたのは旦那様でございます。 私が来てから騎士団も辺境伯家も変わった、と仰いましたね。 そしてそこに寄り添って末永く傍にいていただきたい、と。」
「その通りでございます。」
「そこが間違いなのですわ。」
きっぱりと、私はシノ隊長の目を見て言いきった。
「辺境伯家にだけ関していえば、結婚式の夜、旦那様に『お飾りの妻になれ』と言われなければ、私は尽力するつもりでおりましたわ。 しかし、辺境伯騎士団の中の問題……傷病者になった騎士達の扱いの改善、医療院の設立運営、旦那様の騎士達への配慮……その間違いに気付き、正すべきであったのは貴方方副団長と各班隊長であり、辺境伯夫人となった私が行うべき事ではないはずです。 そもそも騎士団に女性が介入するなど、王家の方々の護衛である女騎士団以外聞いたことがございません。」
「それはそうでございます。 ですが、家令の話によりますと団長は……。」
「先ほどもうかがいましたけれど、昨夜のお話もすでに隊長のお耳に入っているのですね。 地獄耳、という奴でございましょうか。」
ふうっと息をついた私は、静かに続ける。
「困りましたね。 辺境伯家の使用人は、家令を筆頭に口が軽すぎます。 普通であれば屋敷の中の事を外部の者に漏らすことはないというのに、危機管理がなっておりませんわ。 辺境伯家とは国防の一端を支えるべき家ですわよね? そう考えれば、全員即刻解雇しても許されるレベルです。」
私の言葉に、シノ隊長は膝の上でぎゅっとこぶしを握ると絞り出すような声で言った。
「……あれの、叔父として心配して言っておるのです。」
その言葉には、表情や声には出さぬとも、私の方が驚いた。
「まぁ、初めて伺いましたわ。 シノ隊長は、旦那様の叔父にあたられるのでございますね。 でしたら家令の口が軽くなるのも、お耳が早いのも納得がいきますわ。 それに……」
しっかりと、私は相手を見据えて微笑んだ。
「これまでの、騎士団隊長の範疇を超えた過保護に過干渉……いえ、失礼しました。 旦那様への御心配も、解る気がしますわ。」
嫌味に気が付いたのか、眉間にしわを寄せたシノ隊長は一つ、咳払いをして私を見た。
「ネオン殿は、ご存じなかったのか?」
(知るか、ボケ。)
なんて言えない空気なので、私は言葉をうんと選ぶ。
「叔父様なのでしたら詳しくご存じでございましょう? 私はお飾りの妻です。 公式の場で妻としてふるまう以外、子を成すことも、領地運営にも関わらなくてもいいと、結婚式の晩に仰せつかっております。 もちろん、旦那様に親戚の方がいらっしゃることは『優秀な親戚の子を養子に取る』と伺っておりましたから存じ上げておりましたが、それが誰なのか、どういった方なのか、なにも聞かされておりません。 結婚式でも形式ばかりで、どなたともご挨拶する場もございませんでしたもの。」
そう言えば、シノ隊長は苦虫を噛み潰したような顔になり、私に頭を下げた。
「それに関しては、あれが披露宴なども不要、結婚式も最低限で、と。 それを許した我らが良くないと思っている。」
「今更の謝罪は不要ですわ。 嫁いでおきながら親戚も知らぬなど不義理とは思いましたが、親族の皆様を存じ上げないのにはお互いに事情があったようですね。 ですが改めて言わせていただきます。 私が旦那様の事を知る方法も機会も用意されておりませんでした。 そしてお飾りゆえに余計な詮索を私はしなかった。 そんな私が知っていることは、騎士団と辺境伯家の中で旦那様を中心として問題があった。 それを解決するために政略結婚で連れてこられた私を皆様が策略に嵌めた。 以上ですわ。」
淡々とそう告げると、肩を落としたシノ隊長は、深々と私に頭を下げられた。
「では、叔父としてお願いしよう。 ネオン殿、どうかあの子に寄り添い、導いてくださいませんか?」
「お断り申し上げます。」
私が直後にそれを断ると、シノ隊長は飛び跳ねるように顔を上げた。
「なぜ?」
「なぜ? と、私に聞かれるのですか?」
(呆れたわ……。)
ため息をついて、私は頭を振る。
「シノ隊長……いえ、本来であれば叔父であられることから、この場では家格でお呼びするべきところでしょうが、あいにく私、家格を存じ上げませんのでシノ隊長、と呼ばせていただきますわ。」
一つ、深呼吸をして、私は目の前のシノ隊長に浮かべていた淑女の微笑みを外し、静かに答える。
「なぜここで、叔父である貴方が謝罪され、願われるのですか? 何故今まで旦那様を真綿で包むようにして、様々なことから遠ざけ、甘やかしてこられたのですか? 本来であれば、旦那様が謝罪にいらっしゃるべき事ではございませんか? そしてそれを気付かせるのは、そばにいた大人達ではないのでしょうか。
私は、旦那様の幼少期の事はお話で伺っただけですが、何故途中で間違いを正そうとなさらなかったのですか? 叔父であるならば、父君である前辺境伯様と話し合いをし、旦那様を正しい方向へ導かれなかったのですか? そのために、どれほどの命が消えてなくなったと思っておいでですか? どれほどの苦しみを生んだとお思いですか? 傍で、見ていらっしゃったのですよね?」
「それ、は……」
俯き、何かを言おうとしたシノ隊長を、私は静かに制止した。
「やろうとした、などという言い訳は結構です。 それをなさらなかった結果が今この状況です。 先日のお話をお聞きになったのならば、旦那様が私に言われた言葉をお聞きになったと思います。 其処には、私にはおろか、今まで亡くなった多くの騎士様に対しての謝罪は一切ありませんでした。 ただただ、私にやり直したい、とだけ。 やり直す前に、何が必要なのでしょうか。 ……人の心は傷つくのです……それは、旦那様をお傍で見てこられた叔父であるシノ隊長が、よくご存じなのではありませんか? いえ、それよりも……」
顔を上げたシノ隊長に、私は静かに言う。
「なぜここに、シノ隊長が? 来るべき人、謝らなければならない人は、叔父である貴方様ではないはずです。」
眼を見開き、視線を彷徨わせたシノ隊長に、私は首を振る。
「何事もこうして先回りをし、傷ついたヒナを真綿にくるみ、攻撃しようとする者を退け、益になる物だけを与えるような事を、何時までお続けになるおつもりです? 旦那様は、辺境伯家当主であり、南方辺境伯騎士団団長です。 そのような立場にあるならなおさらに、優しく守るのではなく、ご自身が巣を叩き壊してでも巣立つという気概を持たれるよう、手助けをなさるのが、叔父としての務めではないのですか?」
そこまでいってから私は深く、頭を下げた。
「なにも知らぬまま、このようにお話ししたことに対しお詫び申し上げます。 しかし私は、私から旦那様へ歩み寄る事は決してするつもりはありません。」
こんこん……と、執務室の扉を叩く音が聞こえたため、私は静かに立ち上がり、しっかりとカーテシーをした。
「どうぞ、最良な策を、お考え下さいませ。」
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急な気圧の変化はいけませんね……体に来ます( ノД`)
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