82・鈴蘭祭の終焉と、さらなる一波乱
「さぁ、これでみんなおしまいだ! がんばったね!」
「みんな、傷を治してくれた先生に、お礼を言いましょう?」
「「「ありがとうございました……。」」」
「ははっ、どういたしまして。」
治療院の中に、涙交じりで、先生を睨みつけながらお礼を言う子供たちの声に、私とアルジ、ラミノー、そして先生たちは笑いながら子供たちの頭を撫でた。
「今日は開院のお披露目だけのはずでしたのに、ありがとうございました、マイシン先生、クルス先生。」
「他ならぬ夫人の頼みでしたらいくらでもお聞きしますよ。」
お礼を言った私に、そう言ってマイシン先生とクルス先生は笑ってくださった。
「本当に助かりましたわ、先生。」
そして振り返って、処置の終わった子供の面倒を見るアルジと、処置の後片付けをするラミノーにもお礼を言う。
「アルジも、ラミノーも、手伝ってくれてありがとう。」
「大丈夫です。」
「看護が私たちの本来の仕事ですからね。 しかしその犯人、ぶっ飛ばしてやりたいですよ! ね、ラミノーさん。」
「おぉ、後で殴りに行ってやろうな!」
意気揚々と子供たちの前でこぶしを振ってウォーミングアップアップする二人に、私は慌てる。
「貴方たち、少し落ち着いて、ね。 子供も見てるわ。」
「いや、私たちも同じ気持ちですよ、しっかり騎士団で絞り上げてもらってください。」
「先生方まで……。 解りました、しっかり申し伝えておきますわ。」
しかし、正直私も同じ気持ちだったので、そこは譲れない。
あの後、怪我をした子供たちを抱え、医療院へ私たちは急ぎ入った。
子供たちから金を奪った男は、こともあろうか金をひったくった際、力いっぱい子供たちを突き飛ばしたりしたようで、強く飛ばされた子供たちは、擦り傷や打ち身はもちろん、ひどい子は道に敷き詰められた石畳の角で、ひじや膝、手のひらなど、ざっくり切るような怪我をしたのだ。
(……私の可愛い子供たちに手を出して、というか、子供から金奪って逃げるってなに!? そのお金は皆が働いて稼いだ大事なお金なのよっ! そんな子供から金を奪う大人なんて、そんな糞には後で目にもの見せてやるから覚えてらっしゃい。)
淑女として絶対に口に出せないそんな気持ちをぎゅうぎゅうと心の中で押さえながら、子供の頭をなで、迎えに来てくれた修道士に引き渡した私は、後片付けをラミノーとアルジに任せ、診察室を出ると、扉の影で目を閉じて大きく深呼吸し、私は静かにドレスを整え、隊服の裾をピッと引っ張った。
そのまましっかり背筋を伸ばし、ゆっくりと、職員用の通路を抜け、患者待合室に出た。
患者待合室の奥の一角には、2人の男性が座っていて、私は心を落ち着けながら、そちらへを足を進めた。
「神父様、騎士様、大変お待たせいたしました。」
私は待合室の奥に見える、神父様と共にいらっしゃる、東方の珍しい衣類に身を包んだ、白髪に褐色の肌の長身の男性の元に声をかけた。
「あぁ、辺境伯夫人。 子供たちの手当ては終わりましたかな?」
私の声に先ず神父様が、そして長身の男性が、こちらを見ながら立ち上がるのを見、一瞬、躊躇するように足が止まったのを悟られぬよう、心がけて優雅に淑女として歩みを進める。
「はい、今。 みんな孤児院の方へ戻りましたわ。 しばらくは安静にねと伝えてあります。」
「そうですか。 いえ、奥様にも、ご迷惑をおかけしましたな。」
「いいえ。 それで、そちらの方が?」
「あぁ、こちらが子供たちを助けてくださった方です。 後程、子供達へも騎士団から聞き取りがあるようなので、私が先に、状況を伺っていたのです。」
「さようでございましたか。」
「子供たちは、説明できるかわかりませんからな……。」
「怖い思いをしてしまいましたもの、当然ですわ。」
2人の前で腹の前で両手を組んだ私は、相手に気付かれぬよう深呼吸をすると、2人の視線を受けながら淑女の微笑みのまま、ゆっくりと頭を下げた。
「この度は、私の可愛い子供たちを暴漢から助けていただきましたこと、心より感謝しております。 南方辺境伯モルファ家当主が妻ネオンでございます。」
「なるほど。 辺境伯夫人でいらっしゃいましたか。 私は『遊牧商隊スティングレイ』の護衛騎士をしております、ブレードフィン・バスレットと申します。」
顔を上げた私に、少々驚いた様に声を上げ、優雅に頭を下げたその人は、頭を上げる途中、動きを止め、じっと私の顔を見る。
「あの、なにか?」
私は微笑みを崩さぬように細心の注意を払いながら、問いかける。
「あぁ、いえ。 ご婦人をこのように見つめてしまい、不躾でした。 申し訳ありません。」
そう言って再び頭を下げた彼は、私と同じ目線のところで一度、動きを止めた。
夏の暑い日のような、綺麗な青空の色の瞳と一瞬、目が合った。
「申し訳ないついでに一つだけ。 奥様には、どちらかでお会いしたことがありますでしょうか。」
私に問いかけながら、そのまま頭をあげた彼は、肩から滑り落ちた、綺麗に編みこまれた白い髪の一房を背に払いながら、にこりと微笑んだ。
(……ネオン! しっかりして!)
自分を鼓舞し、私は微笑む。
「いいえ、初めてお目にかかったかと思いますわ。 私がこの辺境伯領に嫁ぎましたのは半年ほど前ですし、その前は実家の領地から出たことがございませんので。」
淑女的な笑顔で答えた私に、彼も商隊のメンバーらしく柔らかい物腰で納得したように言った。
「なるほど、そうでいらっしゃいましたか。 いや、申し訳ない。 名前もそうなのですが、お顔立ちも、私の知る女性によく似ていたもので。 しかし、私ども遊牧商隊のようなものの知り合いと、辺境伯夫人の様な高貴な方と似ている訳がありませんでしたね。 申し訳ございません。」
「いいえ。 よくある名前ですもの。 気にしておりませんわ。」
緊張しながらも、さらに笑みを深めた私は、医療院の中に入ってきた、駐屯地勤務の騎士団隊員から掛けられた言葉に小さく頷くと、長身の彼に向かって小さく頭を下げた。
「バスレッド様。 後程、辺境伯家より、商隊の方へお礼のご挨拶に伺わせていただきます。 その前に、お手数をおかけし申し訳ございませんが、どうやら騎士団の方でこの度の件で事情をお聞かせ願いたいようでございます。 この者がご案内致しますので、お付き合いいただけますでしょうか?」
「えぇ、それはもちろん。」
快く頷いてくれた彼は、騎士と共に、私の横を通り過ぎて医療院を出ていった。
「本当に、ありがとうございました。」
「……。」
お礼を言い会釈した私の隣を通り過ぎた彼の声が一瞬、耳をかすめ。
地面が揺れる感覚に襲われた私は、胸の前で組んでいた手に力を入れ気合で背筋を伸ばして立つと、彼らが出ていくのを笑顔で見送った。
「……様、奥様?」
「あぁ、ごめんなさい。 どうかしたかしら?」
「馬車のご用意が出来ましたので、お声をかけたのですが……体調がすぐれませんか?」
心配げに声をかけてくれる辺境伯家の従者に、私はそうね、と笑った。
「大丈夫よ。 ただ流石に、いろいろあったから、疲れたのかもしれないわ……。」
「それは大変です。 さ、馬車へ御乗りください。 早くお屋敷へ帰りましょう。」
「えぇ。 ありがとう。」
侍従服の少年に手を借りて馬車に乗り込んだ私は、先に乗り込んでいた旦那様に頭を下げる。
「申し訳ございません、お待たせいたしました。」
「いや、構わない。」
そんなやり取りをしている間に、馬車の扉が閉められ、馬車が走り出した。
鈴蘭祭は、夜中まで行われるため、当初の予定では日が昇り切ったところで、皆に気を遣わせぬよう、私達領主夫妻は屋敷に帰る事になっていたのだが、暴漢騒動の後処理などのため馬車に乗った今、日はすでに西へと傾き始めていた。
旦那様は先に帰ったかと思っていたのだが、どうやら今回の騒ぎを聞いたらしく、ずっと騎士団で待ってくれていたようで、共に屋敷へと帰る事になった。
「大変だったそうだな。」
馬車がリ・アクアウムの防壁を出、窓の外が平地から林へ変わる頃。
いつも通り、広い馬車の中、対角線上に座っていた旦那様の声に、私は首をかしげた。
「……え?」
そんな私に、いつもと同じお綺麗な顔の眉間にしわを刻んだ表情のまま、旦那様は言葉を続ける。
「孤児院の件を聞いた。 今回はかなり制服姿の騎士を入れていたため、スリや強盗などの騒動は少ないだろうと思っていたのだが、まさか子供から金を奪うような輩が出るとは思わなかった。」
私もまさか、旦那様がそのような話を振ってくるとは思わず、少し反応が遅れたものの、笑顔を取り繕う。
「そうですわね。 せっかくの楽しいお祭りに、水を差されてしまいましたわ。」
「怪我をした子供がいると聞いた。」
「はい。 すぐに医療院で手当てをしていただきましたので、しばらく安静にしていれば治りますわ。」
「そうか……。」
そう言って一つ頷いた旦那様は、ちらりと私を見て言った。
「子供たちもそうだが、君に怪我はないのか?」
旦那様が子供を気にかけてくださるなんて、と思っているところで、私は一瞬、自分の耳を疑った。
「え?」
つい聞き返してしまうと、ますます眉間にしわを寄せた旦那様の顔が、さらに難しそうな様子になる。
「君も一緒にいたのだろう。 大丈夫なのか。 隊服に、血がついている。」
そう言われ己を見てみれば、子供を抱きしめた時についたのだろう。 肩に下げた金の房飾りに、僅かながら確かに血液が付いていた。
多分、子供を抱きしめた時についたものだろう。
「これはきっと、子供の物が付いただけだと……実際に暴漢と子供たちがやり取りしていた時、私は孤児院で騎士体験を見学しておりましたので……。」
「そうか。」
(もしかして旦那様、私の事を心配してくださったのかしら?)
房飾り以外もどこかについていないか確認し終えた私は、旦那様に頭を下げた。
「御心配をおかけしました。 この通り、私は大丈夫ですわ。」
「……いや。 そうか。」
少しホッとしたように眉間の皺を緩めた旦那様に戸惑いながらも、話の流れを借り、気になっていたことを聞いてみた。
「旦那様。 捕らえた暴漢はどうなりますか?」
それには再び眉間の皺を濃くして、少し低い声で答えてくれた。
「それなりの処分を受けさせる。 どのような、とは聞かない方がいい。 血なまぐさい話になる。 君の様なか弱い令嬢は聞かない方がいい。」
「わかりました。」
(か弱いって……初めて言われたけど。)
しかし、旦那様の言葉に、厳しい調べや罪になるだろうと察した私は、これ以上は聞かない方がいいのだろうと、頷いてから話を変えた。
「旦那様。 子供を助け、暴漢を捕まえてくださった方へ、お礼をしたいと思うのですが……。」
「スディングレイ商隊のバスレッド殿だったか。」
「まぁ、御存じなのですか?」
あの騎士の名前が旦那様の口からサラリとでたことにびっくりした私に、旦那様は事も無げに腕を組んで教えてくれた。
「数年前、同じく鈴蘭祭の時に大きな犯罪集団が入ったことがあってな。 偶然というべきか、彼らの協力もあって、一掃にしたことがある。 それ以来、南方辺境伯領での商いは許可を出している。」
「それで今日のお祭りにも、屋台を出しているのですね。」
「あぁ。 商隊の事は一度詳しく調べたことがある。 彼らはかなり広範囲にわたり遊牧しているため、珍しいものを持ってくると評判だな。 他国の王族との付き合いもあるらしい。 彼らに対する黒い噂も特にない。 今回の事に対しても、騎士団から報奨金を彼らに出すよう指示してある。」
さすがに自分の領地に入る商隊の事は、しっかり調べているようだし、お付き合いもあるようだ。
なるほどと思いながら、私は言葉を続ける。
「それは辺境伯騎士団としてでございますよね? 私としては、私が管理している孤児院の子供を守っていただきましたので、それとは別に、お礼を差し上げたいのですが、よろしいでしょうか?」
旦那様はすこし考えて、私に言った。
「相手が受け取るかはわからんが好きにするがいい。 それについてはジョゼフに相談を。 鈴蘭祭が終わった頃、屋敷にも彼らは珍しい品をもってやってくることがある。 その時に渡してやれるだろう。」
「わかりました。 お教えいただき、ありがとうございます。」
頭を下げてお礼を言ったところで、馬車の動きがゆっくりとなり始め、同時に辺境伯家の門が開く音がして到着したのだと分かった。
「では、旦那様。 本日はこれで。 お疲れ様でございました。」
いつもであれば本宅で旦那様を下ろした後、離れへと馬車は動くため、私は早めに挨拶をする。
そんな儀礼的な私の挨拶に、旦那様もいつもであれば、うむ、と、頷いて馬車を降りるはずである。
が。
「……ネオン。」
「はい?」
従者が足置きを置いて扉を開けたため、旦那様が降りやすいようにとドレスの裾をさばいていた私は、急に名を呼ばれ、顔を上げた。
「どうかなさいましたか? 旦那様。」
なかなか降りない旦那様に戸惑う私の目の前に、すっと手袋をした大きな手が伸びてきた。
「君に話がある。 今日は本宅で食事をしてはどうか。」
「……え?」
私はまた、気の抜けた声を出してしまった。
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誤字脱字報告も、合わせてありがとうございます!
作者の息抜きに書いた『ずっと大好きでした。』が、
日別総合ランキング3位
日別恋愛ランキング3位
になって、普段見ないアクセス数になって挙動不審状態でございます(笑)
小心者なので……いや、もう、本当……
お読みくださっている皆様のお陰です。 ありがとうございました。
14000まじの作品ですので、よろしければ見てみてくださると嬉しいです(^^