8・指示は明確明瞭に!
「私は重傷……傷が大きかったり、意識のない騎士様の体を拭き、傷口を洗って綺麗にしていくから、アルジは外回りをお願いできるかしら?」
「外回り、でございますか?」
私の言葉に首を傾げたアルジは、恐れながら、と私に頭を下げた。
「奥様、その「外回り」という仕事は、一体どのような事柄を行えばよろしいのでしょうか。」
「え?」
びっくりしたように答えてしまった私に、アルジはもっと驚いた様な顔になり、それから深く頭を下げた。
「い、いえ! 大変勉強不足で申し訳ございません!」
頭を下げて小さく震えるアルジを見て、私は自分の失態に気が付き額に当てた。
(しまったぁ~、やってしまった。 同業者ですら通じないローカルルールや略語が多いのに、そもそも向こうの事をまったく知らない、しかも医療職ですらないアルジに通じるわけないじゃない、私の馬鹿!)
自分の言動に反省しつつ、私は目の前のアルジに謝罪し、説明をする。
「いえ、アルジ、違うのよ。 ごめんなさい。 私の説明が全く、ぜんぜん足りていなかったの。 だから、貴方のせいじゃないわ。」
「しかし……」
私の謝罪に、頭を下げたままのアルジの方に触れる。
「いいえ、貴方は少しも悪くないの。 だから頭を上げて頂戴。」
(そう、わかるはず、と思い込みで指示を出した私が悪いの! ごめんね!)
前世のように気軽に謝る事も出来ないため、心の中では平謝りしながらも、私は意識を変えるように自分に言い聞かせる。
(アルジは何も知らないのに私の手伝いをしてくれると言ってくれた……そう! いわば、期待の新人! で、私はそろそろ中堅も卒業しなきゃいけないのに新人教育をのらりくらりとかわし続けたへっぽこ先輩! いい加減新人教育しろって業務を付けられたと思うのよっ!)
そう考えればおのずと自分が採るべき答えは出てくる。
私は、その新人さんに教えるように、一つずつ丁寧に、明確に、曖昧な点なく指示を出していかなければいけないのだ。
(えぇと、解りやすく、噛み砕いて、丁寧に、明確明瞭に? ……だったよな?)
無理やり出席させられた、学生・新人指導者研修の内容を、前世の記憶の片隅から引っ張り出す。
まず、大切なコミュニケーション。 伝え方は、言語、声の抑揚、表情、動作……と、後なんだっけな?
で、どれを駆使しても、完璧には相手に100%意図が伝わる事はなくて、言語だけで伝えると、実際に相手に伝わる情報量は10%に満たない……だったっけ? 知らんけど。
だから、噛み砕いて、解りやすく。
3つの言葉で済むセリフは、10以上の言葉を駆使して説明する。
(コップをもって、は、コップを、右手で、優しく、落とさないように、しっかり、握って、胸の高さまで、持ち上げてください……の要領よね? あぁ、学生指導も新人教育も、力量がないからやりたくありません! ってずっと断っててごめんなさい。)
もう一度、前世でお世話になった師長と先輩に謝りながら、アルジに頭を上げてもらい、説明をする。
「……えぇと、まず、新しいシーツと手布を……そうね、それぞれ4枚ずつ、皆様のベッドの足元、汚れのつかない、下に落ちないところに置いていってほしいの。 全員分、お願いね。 それが終わったら、今度は私が床の上に落としていく、汚れたシーツやあて布を集めて、扉の外に、再利用できるものと出来ないものを分けて集めておいてほしいの。 そうね、破れていたり、傷口に使っていたものは後で集めて焼却。 血の付いていない、洗って再利用できそうなものは、大きな桶に水を張って浸けて置いておいてくれるかしら? あぁ、その時は、くれぐれも、血や汚れ、魔物の体液には触れないように気を付けてね。」
「はい、奥様。」
侍女のアルジは私に向かって強い視線で頷いてくれた。
(よかった、ちゃんと伝わった。)
その視線と返事に、私の心は温かさを増していく。
彼女が主人の命令に従ってるだけとしても、肯定する返事を返してくれる相手がいるということは、なんて心強いのだろう。
ありがとう、と、再びアルジの目を見てお礼を言うと、今度は声をかけてくれた2人の少年を見た。
「協力感謝いたします。 えぇと……」
「私はラミノー・ズテトーラ、隣はエンゼ・ルフィッシュともうします。 昨年騎士見習いとして入団し、現在は医療班に従事しております、奥様。」
(黄色みのある銀髪の方がラミノー・ズテトーラ様、淡い金髪の方がエンゼ・ルフィッシュ様ね。 確か、王都は騎士団入団は15歳で許されると聞いたことがあるから、同じだとすると二人とも15,16歳くらい? ……え? 私よりも年下? 同じ年位かと思っていたわ……)
などと思いつつ、目の前に立つ二人の体格をぱっと見比べる。
ラミノー・ズテトーラ様の方が体はしっかりしていて、力仕事が得意そうで、エンゼ・ルフィッシュ様は何となく器用そうな気がするわ。
「では、ズテトーラ様はわたくしの補佐をしていただけますか? 騎士様の体を拭いたり、傷を洗ったりするときに、騎士様の体や手足を私の指示する形で支えていただきたいのです。
ルフィッシュ様は、私たちより先回りをして、負傷した騎士様の鎧を脱がせやすく繋ぎを解いていただけますか? その後、可能であれば傷の浅い方達の体の傷にこびりついている血や泥は、冷め湯で綺麗に洗い流していただいた後、当て布をし、体も拭き清めていただきたいのです。 初めてではどれも難しいと思いますが、お願いできますでしょうか? もしわからないことがあったら、遠慮なくお聞きくださいませ。」
「わかりました! お手伝いいたします。」
「わかりました。 重傷者の鎧も服は、脱がせなくてもよろしいですか?」
「無理ない場所であればありがたいですが、重症の方の服や鎧は、体を極力動かさないように気を付けながらとなるので、脱がせるのは困難かと思いますので、ご無理なさる必要はありません。 それでは皆様、よろしくお願いいたします。」
「「「はい! 奥様!」」」
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物語の特質上、詳細に書くようにしているため、まだるっこしい! 話の進みが遅い!と思われるかもしれませんがお許しください。