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81・鈴蘭祭開幕と、波乱の幕開け

 ポーーンッ


 ポン、ポーーンッ


 と町の方から聞こえる花火の音に耳を傾けながら、私はしっかりと侍女に磨き上げられ、今日も、旦那様と一緒にリ・アクアウムに向かって馬車に揺られていた。


 シノ隊長やブルー隊長(多分他の隊長も関わっている可能性あり)の策略?もあり、この3週間ほど、再三視察だ、鈴蘭祭打ち合わせだと旦那様と馬車に乗ったり、街中を歩いたりする機会が増えたため、まったく会話が弾まないものの、変に緊張することはなくなっていた。


「君は、今日は随分珍しい恰好をしているのだな。」


 相変わらず、ぶっきらぼうな、今日は勲章や装飾の多い南方辺境伯騎士団式典正装を身に着けた旦那様の物言いにも慣れたものだ。


 私は淑女の微笑みで、それに返答する。


「さようでございますか? 辺境伯夫人として、第10番隊隊長として考えたつもりですがおかしかったでしょうか?」


「いや、そんなことはない。 よい、と思う。」


「ありがとうございます。 侍女たちのお陰ですわ。」


(そう、このために侍女にしまい込んでいた嫁入り道具から探してもらったのよ。)


 昨夜、着衣の事で進言されたため、急遽嫁入り道具から探したドレスを見た侍女達は気合のスイッチが入り、私は今日はつやつやピカピカだ。


 本日の私の装いは、濃紺のシンプルだが布地をたっぷりと使い作られた、柔らかく軽やかで足元の布捌きも楽なディドレスで、その上に濃紺の隊長服を着ているのだ。


 隊長服が詰襟で、首元や胸元に派手な勲章や金の房飾りがついているため、アクセサリー類などのお飾りは一切なし。 その代わり、侍女達が渾身の力で、私の派手な虹の光を放つ銀の髪を、丁寧に丁寧に香油を塗り込み、編んで巻いて、濃紺のリボンを使用して作り上げた芸術的代物になっている。


「そうか。 見慣れぬ姿だが、今日の式典には良いだろう。」


 そういえば最初の頃は乗馬服、その後はスクラブに隊長服を着るのが常だったわと思い返す。


「旦那様にそう言っていただけてよかったですわ。 今日は辺境伯夫人としての勤めもございます。 さすがにいつもの格好では示しがつかぬと進言を受けまして。」


「そうか。」


 そこで会話が止まってしまったため、私は家令から受け取っていた鈴蘭祭の開幕式の、前世で言うプログラムと行動表を確認した。


 開会式の間は来賓席に座り、旦那様が挨拶をするときはその後ろに立つ。 その際に、私が隊長として医療班を立ち上げた事、慈善事業の事を話し紹介されるため、それを受けて就任の挨拶をし、旦那様と共に席に戻り、開会式が終わるのを待つ。


(そこからは旦那様と離れて教会の方へ向かって、バザーの確認と、貴族のお相手、と。 来ると連絡があった方は……7件ね。 ではお土産用のケーキセットを15、用意しておいて正解だったわ。)


 なるほどなるほど、とそれらを頭に叩き込みながら馬車に揺られていた私には、旦那様がじっとこっちを見ていることなど全く気が付いていなかった。







「モルファ辺境伯家当主が妻、ネオンでございます。 この度は、はるばる足を運んでいただき、私の慈善事業にご協力していただいてありがとうございます、スーホー伯爵様。」


 にっこりと淑女の微笑みで挨拶をし、教会にいただいた寄進のお礼をした私は、修道女様が用意してくれた籠をお渡しした。


「こちらは心ばかりのお礼の品、パウンドケーキとブランデーケーキでございます。 お茶の時間にどうぞお召し上がりくださいませ。 ブランデーケーキは少々酒精が強く作られていますので、男性の方でも美味しく召し上がれると思いますわ。」


「おぉ、これが噂にあった珍しい商品のうちの一つ、ですな。 これは有難い、家族でいただくとしよう。」


 籠を、私の手を撫でながら受け取ってくださった、狸の様な大きなお腹に綺麗なアブラギッシュバーコードの頭をギラギラさせたスーホー伯爵は、がははと品なく笑う。


「しかし、辺境伯夫人は随分とお美しい! ここが夜会の場であれば、是非一曲お願いしたいところでしたな。」


(いや、エロい目で見ているの、解っていますからね。 お断りです。)


 と、思いながらも、光栄ですわ、と微笑みを深めると、この伯爵・危険! と察知してくれたらしい今日は正装のラミノーが、隊長、と近づいてきてくれ、そっと耳打ちをする真似をしてくれる。 それを合図に、私は隊長としての務めもありますのでこれで、と、彼から離れた。


「こちらで手を洗ってください、隊長。 何でしょう、あのおっさん、ニヤニヤして気持ち悪い。」


「助かったわ、ラミノー。 しかし今の発言は、相手の耳に届けば不敬として訴えられてしまいます。 ここで口に出すのは感心しません。 気を付けて。」


「はい、申し訳ございません。」


 素直に頭を下げたラミノーに、大丈夫よ、と笑ってから、私は彼の受け持ちの騎士体験ブースの状況を聞く。


「そちらはどう?」


「盛況です! 隊長が親方にお願いして作った、軽くて小さな剣と盾のお陰で、男の子もですが女の子、それからその親御さんまで。 様々な方が来てくださっています。」


「まぁ、それは良かったわ。」


 ラミノーの言葉に、会場となっている孤児院側の広場の方を見れば、次は自分だと列になっており、体験が終わった子供たちはもう一度参加したい、と親にお願いをしている様子が見えた。


「よい感じね。 では私は、教会の中のバザーを確認してきますから、こちらはよろしくね。 何かあったらすぐに報告を。」


「はい! 行ってらっしゃいませ。」


 ラミノーに見送られ、教会の裏口から中に入り、女神像の下の部屋から会場となっている聖堂の中に入ると、机に並ぶ品々の前で、老若男女問わずいろいろとみてくれている。


 しばらく様子を見ていれば、やはり手に取りやすいハンカチに鍋掴み、布巾などの小物が人気のようだ。


 売り場には神父様もいらっしゃって、教会のシンボル、女神の使いの小鳥、祈りの言葉の図案にしてあると、色鮮やかな糸で刺繍したそれらを手に、教会の教えを説いているようだ。


(布教活動も良いようね。 子供たちの方は……)


 と、その隣に造られた、子供の作った物を並べたブースでは、子供たちがたどたどしいながらも自分たちで接客し、時折後ろに立つ護衛騎士に確認をしながら、お釣りを返したりしている。


(修道士様や子供の後ろに騎士様を置いたのは当たりね。 いちゃもんを付けたそうな酔っぱらいの輩も、騎士様を見れば静かにいなくなるもの。)


 思案しながら確認していると、ふと、私に気が付いたのか、一人の女性が周りの人たちに何かひそひそ話を始めたのがみえた。


(あら、気が付かれたわね。 では、行きますか。)


「ごきげんよう。」


 少し大きめに声を出し、にこやかな淑女の佇まいで売り場につくと、領民の皆様が歓迎の声を上げてくださる。


 辺境伯夫人! 領主夫人! と、声を上げてくださる皆様に笑顔を向けながら、しいっとジェスチャーをする。


 聖堂内が……しん……となったところで、私は静かに一歩下がると、丁寧にカーテシーをした。


「皆様、本日は私が行う孤児院・医療院の活動の支援のために足をお運びいただきまして、ありがとうございます。心より感謝申し上げます。」


 そう言い、ゆっくりと頭を上げた私は、しんと静まり返ったままの聖堂内、一人一人、来てくれた領民たちの顔を見、そうしてにこやかに微笑む。


「ここにあるのはすべて、私がお願いし、修道士様、そしてここに住まう私の可愛い子供たちが、皆様の幸せを想い、作り上げた大切な作品と、お菓子です。 どうぞ手に取っていただけると幸いですわ。」


 そう言って、お釣りを渡そうとしている修道女様からそれを預かり、仕事をして厚くなった手の大柄の女性にそれを渡す。


「ありがとうございました。」


 すると、わぁ! と歓声が上がり、次々と作品やお菓子が売れ始め、私が接客に入って30分ほどで完売してしまった。


「流石隊長。 騒ぎになった時は、どうなるかと思いましたが、あの挨拶の後で一気に売れましたね。」


「私の功ではないわ。 ここにいるみなさんのお陰よ。」


 ふふっと笑いながら、販売を終了した聖堂の後片づけをしつつ、遅れて現れた貴族にも対応しながら、私は大きく開けられ、護衛騎士の立つ出入りの制限された扉の向こうを見た。


 大通りには、色とりどりの屋台が並び、沢山の花吹雪を撒きながら、太陽の光を浴びて踊る少女の姿も見え、そこに行くことは出来なくても、楽しい雰囲気だけは味わう事は出来た。






「辺境伯夫人、申し訳ございません。」


「なにかしら?」


 あらかた片付けも終わり、バザーの売上金や寄進されたお金を、ちょうどよくやってきた9番隊の会計補佐官と鈴蘭祭の実行委員の方に確認してもらっていると、女性の修道士様が私に声をかけて来た。


「子供たちの売り上げを……今、頂けたらと思うのですが……よろしいでしょうか?」


「えぇ、いいわよ。 最初からその約束ですもの。 今用意してもらうわ。 それにしても、何かあったの?」


 そう聞くと、修道士は恐れながら、と、教えてくれた。


「……実は、その……頑張ったご褒美に、お祭りの屋台に行ってみたいと、子供たちに言われまして……。 しかし、お祭りは今まで行かせたことがございませんでしたので、予算がなく……。」


 その言葉に、私と会計補佐官、実行委員と護衛騎士は目を見合わせた。


「祭りに参加したことがないの?」


「はい。 今までは我慢させておりました。 しかし、今日の販売で終わったらお小遣いが貰える、と張り切っていた子供たちから……その、今日は行ってもいいの? と今、聞かれまして……。」


「まぁ、それはかわいらしい。 そうね、では……。」


 私が目配せすると、意図がわかってくれたのか、隊服を着た会計補佐官が小さな笊に入ったお金から半分抜くと、そのまま修道士様に渡してくれた。


「これでちょうど半分です。 分配はこちらの表を見て、みなに渡してあげてください。」


「申し訳ございません、ありがとうございます。」


 お金の入った笊を持ち、笑顔で孤児院の方へ向かった修道士様を見送りながら、私は溜息をついた。


「初めてのお祭りって言われてたわ。 ここからはお祭りがよく見えるのに、ずっと我慢していたのね……。」


「悪い輩もおりますし、皆に小銭を渡すのも大変です。 例年、鈴蘭祭の時は、孤児院はもちろん、教会も門を閉めておりました。」


 鈴蘭祭の実行委員の方がそう言う。


 窓の外を見れば、親の手を握り、屋台のお菓子を食べている子供の姿がよく通る。


「きっと、うらやましかったのでしょうね。」


 私もそうだ。 宿屋の窓を拭きながら、綺麗な格好で歩いている幸せそうな同い年の子供を見て、声を殺して泣いたこともある。


 いい匂いのする屋台の横を、鳴るお腹を押さえて薬を買いに行ったこともある。


「いい思い出になると嬉しいわ。」


「なりますよ、きっと。 反対側の通りには、珍しい菓子などを売る異国の商隊も来ているのです。 子供たちもそれを知っていますから、きっと喜んで走っていくでしょう。」


「それは、楽しそうね。」


 そのまま、会計係2人での、寄付とバザー売上金の確認と、バザーに使用した資材費を騎士団会計の慈善事業用貯蓄にお願いした。 それから残りの金額の半分を医療院設立に、残った半分を孤児院運営費にと分けて神父様にお預けしたのを確認してから、私は教会を出、孤児院の方へ回った。


 陽が強いため、孤児院の建物の中からではあるが、大盛況の騎士体験をしばらく見ていると、いい匂いと共に、にゅうっと私の目の前に、ジュウジュウと音を立てる肉の串が現れた。


「え?」


「お約束の品です!」


 クゥッとお腹が鳴ったのを押さえながら顔を上げると、肉の串を両手に握り、スクラブに隊服を着たアルジの姿があった。


「まぁ、アルジ! これ、買ってきてくれたの?」


「えぇ! 街歩きの時にご一緒にと、約束しておりましたので。 さすがにそのお姿で屋台に行くことは難しいと思いましたので、休憩時間に買いに行ってきました!」


「ふふ、ありがとう。」

 

 まずは毒見を、と私の隣で自分の肉串にかぶりついたアルジを見てから、私も化粧を崩さないよう気を付けながら小さくかぶりつく。


「まぁ、甘くて辛くて美味しいわ!」


「でしょう!? ぜったい奥様に食べていただきたかったんです!」


 と自慢げのアルジに頷きながら、私も食べ進める。


 焦げた部分と甘辛いたれのかかった部分、それからあふれる肉汁に頬を緩ませながら、時間をかけて食べ終わった私は、隣でさっさと肉串を食べ終え、なんだか昔見たことのあるお菓子を食べ始めたアルジを見た。


「アルジ、それは……」


「隊長、子供たちが!」


 アルジの言葉に顔を上げて窓の外を見ると、騎士体験の子供たちの列を横切るように、孤児院の子供たちが泣きながら帰ってくるのが見えた。


 私はドレスの裾を掴むと、アルジと共に慌てて外に出た。


「どうしたの?」


 しゃがみ、問いかけても嗚咽で要領を得ない。


 ただ、今日のために誂えた服は汚れ、膝は擦りむいたようになっている子供もいる。


 小さな子供を抱っこしたまま、泣いている女の子もいる。


「修道士様をお呼びして。 マイシン先生のところに行きましょう。」


 暑い日差しの中、傍にいたアルジと看護班のメンバーに声をかけ、膝をすりむいて泣いている子供を抱っこし、私が立ち上がろうとした時だった。


「責任者の方、ですか?」


 高い位置からの声に、私は足が動かなくなり、泣く子を抱く腕に力を入れた。


「どうしましたか!」


 走って来た修道士様が、私に声をかけてきた人に問いかけると、その人は状況を説明する。


「実は、この子達が質の悪い大人に金を奪われて泣いていたんです。 あぁ、相手は捕まえ騎士団へ送り、金は取り返しましたが、突き飛ばされてけがをした子が多くて……。」


 そう言う穏やかで優しい声に、きゅっと口元を引き締める。


「あぁ、そうでしたか! 子供たちを助けてくださってありがとうございます。 あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか。」


 修道士様は、傷ついた子供をその腕に受け取りながら、その人に聞いた。


「怪しいものではありません。 私は、ブレードフィン・バスレット。 ひとつ向こうの通りで屋台を出す商隊の、護衛騎士をしております。」


 私の頬から一つ、汗が地面へと滑り落ちた。

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布地をたっぷり使っているのに、軽やかで足捌きも楽なドレスって、どんなのでしょうか…
シノは兎も角ブルーは全く反省も何もしなかった訳ね。 アルジとの対比で際立つな。
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