78・違和感と、魔術の障りと闇魔法【加筆】
加筆分です
「やぁ、これはおいしそうだなぁ!」
お茶とブランデーケーキを用意し、ソファに座ったクルス先生とマイシン先生の前にそれをお出ししてから、私がソファに腰を下ろしたところで、クルス先生はブランデーケーキの載ったお皿を目の高さまで持ち上げ、キラキラと目を輝かせた。
「お気に召していただけると嬉しいのですが。 私、鈴蘭祭の際に修道院でバザーを行いますの。 その販売品の一つ『ブランデ-ケーキ』です。 酒精が入っておりますので、大人の方でも楽しんでいただけるかと。 どうぞ召し上がってくださいませ。」
「ふぅん、ブランデーケーキ、かあ。」
そう呟きながらちらちらりと私を見たクルス先生は、目が合うとにこっと笑い、それからカトラリーを手にした。
「いただきます。」
(……あら?)
手を合わせ頂きますをしたクルス先生の隣で、マイシン先生は祈りを捧げてから、お茶を手にし、お菓子を口にする。
(こちらでもある習慣だったかしら? しかもいただきます、って言われていたけど。)
なんとなく引っかかりを感じ、首を傾げた私。
「うん、これは! とても美味しいです。 初めて食べた味ですが、これはいい。 しかしこれを鈴蘭祭で?」
びっくりした顔で褒めてくださったマイシン先生に、私はにこっと笑う。
「お気に召していただけたようでほっとしましたわ。 実は、これも、わたくしの辺境伯夫人になってからの初めての慈善事業の一環なのです。」
「慈善事業の一環、ですか?」
そこから、私はマイシン先生に、先日話をした医療院の事と合わせ、孤児院と学校の話を説明した。
「子供たちは宝です。 将来、この辺境を支えてくれる大切な存在です。 ですので、まずは孤児院の子達に、教養と安心して過ごせる環境を。 そして、孤児院の子には勿論、辺境に住む子供たちに、勉強をする場を与えてあげたいのです。」
「なるほど、それは素晴らしい事です!」
「奥方は随分とお優しい。」
感心したように何度も頷いてくださるマイシン先生の横で、あっという間にブランデーケーキを食べ終え、茶を啜るクルス先生。
「そのようなことはありません。 これは、貴族としての務めですわ。」
「なるほど。 学校の件もいいですね。 親の負担はぐっと下がるうえ、子供たちは読み書きを覚える。 素晴らしい。 私も貴族の端くれです、できることがあったら是非協力させてください。」
「まぁ、ありがとうございます。」
マイシン先生がそう言ってくれたため、私は笑顔でお礼を言った。 協力者は一人でも多い方がいいのだ。
「ふぅん……蛇に聞いていたのと随分違うな……。」
「はい? 何か仰いましたか? クルス先生?」
何か言われた気がして聞き直すが、彼は首を振る。
「いや、たいしたことではないよ。 奥方の慈悲の心に感服したんだ。 それと……。」
にこにこと笑ったクルス先生は、空のお皿をカトラリーでお行儀悪く叩いた。
「この菓子が気になるんだけど、これは奥様のアイデア?」
もう一切れ貰える? と言われたため、笑顔で承諾し、マイシン先生にもお出ししながら私は答えた。
「えぇ。 資金集めの一環ですわ。 ただ、慈善バザー自体が初の試みのようなので、目玉になるような商品を考えなければと思い、考案しましたの。 このほかにも、クッキーや、乾燥した果物を入れたパウンドケーキもありますわ。」
「はは~、しっかり考えられているんだね。 素晴らしい! それに僕はこの菓子が、とても気に入ったよ! まさかまた食べられると思わなかったな。」
(また?)
切り分けたケーキを乗せた皿を手渡しながら問う。
「先生は以前に、ブランデーケーキを食べたことがあるのですか?」
「もうずうっとずうっと昔に、ね。 もう二度と食べられないと思っていたんだけど、うん、とってもおいしかったよ。 よくできてる。」
(この世界では初考案なのだと思ったけれど、どこかの国では作られているのかしら?)
少し含むような言葉に私は内心かなり首をかしげたが、当の本人であるクルス先生は、受け取ったブランデーケーキをにこにこと食べながら笑って私を見た。
「うん。 美味しかった。 それでさっそくだけど奥方。 君、基本の魔術は解っている? あ、もう一杯、お茶貰える?」
「師匠!」
「大丈夫ですわ。」
自由なクルス先生を窘めるマイシン先生に微笑みながら、私は新しくお茶を入れると、それをお出ししながら答えた。
「魔術の基本については、本当に基本の事しか知りません。 実は、先日初めて自分の属性を知ったくらいなのです。 勉強不足を恥じております。 これについては、これから辺境伯騎士団の魔術師団団長様に教えを乞う事にしておりますの。 もちろん、闇属性についても勉強するところですわ。」
「ふうん。 魔術師団かぁ……。 辺境伯騎士団は魔術に長けた者がいるんだね。 さすがだ。 あぁそれで、そこにたくさん魔術書が置いてあるんだ。」
そう言って、クルス先生は本棚に並べられた本を指さす。
「はい。 実は先生方の移動の件も相談に乗ってくださっていて、後でこちらに来てくださることになっています。 その時にご紹介しますね。」
感心したように頷きながらお茶を飲むクルス先生にそう告げると、彼はぱあっと顔を明るくした。
「それは嬉しいな。 魔術の事で話が出来る相手が近くにいるって、なかなかないからね。 いやぁ、楽しみだなぁ。 実験も出来て、魔術の話も出来るなんて、辺境伯騎士団に来れてよかったなぁ!」
そんな言葉に少々不安を感じつつ、私はマイシン先生を見る。
「魔術の話も、医療の話も、マイシン先生がいらっしゃるじゃないですか?」
「あはは。 駄目なんですよ、奥様。」
ん? と首を傾げたマイシン先生は、ひとつ、溜息をついて肩を竦めた。
「実は私は魔力がほとんどないんです。 一応『水』属性なのですが、使えるのは生活魔法……洗面用の水を出す程度で、実践的に何かする、という事はないです。」
「そうだったのですね。 申し訳ありません。」
意外だ、と思いつつ、失礼なことを聞いてしまった事に対し謝罪すると、マイシン先生はにっこりと穏やかに笑ってくださった。
「大丈夫ですよ、 人には得手不得手があります。 魔術はからっきしでしたが、私はそれなりに勉強が出来たので医者になりました。 まぁ、どちらもある、なんて人もいますけど、人間、得意とするものがなにかひとつでもあれば十分なんですよ。」
「一理ありますわね。 私も心得ておきますわ。」
「マイシンは医者として腕がいいからいいんだよ。 それより奥方は結構魔力量も多いだろう? さっきの反応だと、使った事はないのかな?」
マイシン先生の話に納得していた私に、クルス先生が言うが、私は正直に首を頷いた。
「はい。 実は、私、少々複雑な事情を抱えておりまして。『闇』魔法の使い手であることも最近知りましたの。」
それにはふぅん、という顔をして、それからニヤッと口の端をあげてクルス先生は笑った。
「何だ、そうだったのか。 じゃあ、魔法の事も含め、きっちり覚えないと駄目だね。 特に闇魔法なんてなかなか使える奴はいないんだから。」
「そのようですわね? 実感がありませんが。」
「うん。 各国に一家門はいるくらいだから、極少! ってほどじゃないんだろうけど、結構どこの国でも貴重な魔術を外に出したくないから、血統管理って言ったら言葉は悪いけど、市井で流れることはないな。 君はテ・トーラ家の血筋なんだろう? あの家は代々闇魔法の持ち主を輩出する数が多いし、辺境伯騎士団に嫁入りしたのも、そのお陰かもしれないね。」
「嫁入りについては王命ですので私には何とも。……しかし国家が管理をしているのですね、得心が行きましたわ。 クルス先生はよくご存じですのね。」
「うん、職業柄っていうのもあるんだけど、一番は興味深いから結構しっかり調べてる、が正しいかな。 あ、そうそう。珍しいと言えば、光属性、これは各国の王家や公爵家に多いんだよ?さらに希少なのは無属性。」
これは超レア! というクルス先生に問いかける。
「無属性、ですか?」
「そう。 現在見つかっている光、闇、火、土、水、風、木。 これらにまったくハマらない、属性のない人間がいるんだよ。 まぁ、見つかり次第幽閉されてるから、僕も会った事は一度しかないんだけどね。」
魔力の話なのに物騒な話が出て来たので、私は首をかしげる。
「幽閉……それはどうしてですか?」
「属性っていうのは『魔力の道筋』なんだ。 魔法を使う際に魔力を流す体の中の回路を示す。 それがないんだから、体の中で魔力がうまく回らなくて暴走しちゃうんだよね。 魔力量が少ないならそんなに被害はないけど、下手に魔力量が多いと、本人中心にどかん! と町一個くらい吹っ飛んでしまうんだ。 だからその前に、保護……という名の監禁をしてしまうってわけ。」
「それは……。」
保護とは決して言わないと思うので、私は特に微妙な顔をしてしまった。
「微妙だろ?」
「はい。」
素直に頷いた私に、クルス先生は笑った。
「あはは、素直でいいな! で、話を戻すけど、属性はそれくらい大切でね。 火、水、風、土、何てのはものすごくわかりやすいんだけど、その例外の光、闇って言われても、何のことか解らないだろう?」
「えぇ、まぁ。 他の者よりは漠然としているかもしれませんね。」
頷くと、クルス先生は教えてくれた。
「闇はね、守護、防御、眠り、休息。」
「眠り?」
「うん。 眠りを守る、って言い方をするといいのかな? 人間の意識を意図的に表面から体の奥底に沈めてしまう事が出来るんだ。 これってつまり……?」
(麻酔のかかっている状態と一緒、って事ね。)
「深く眠っているために、痛みを伴うことなく手術を行うのが可能な状況になる、という事ですか?」
「御名答!眠りにつかせること、眠りから目覚めさせること、安らぎを与える事、眠るものを守ること……意識に直接かかわり、守護する力こそが闇魔法の神髄なんだ。 あ、ちなみに光魔法はその正反対でね。祝福、攻撃、高揚、魅了。つまり、眠る能力を目覚めさせ、強く攻撃し、気分を高め、その力で術者自身の存在を他者より崇高な存在だと意識づける。」
それには私は首をかしげる。
「闇と光のイメージで言うと、逆の様な気がするのですが?」
(だってよくある小説や漫画では、光の魔法使いと闇の魔法使いの扱い、完全に逆だもの。)
そう思っていると、クルス先生は笑った。
「そう? 僕に言わせればイメージ通りなんだけど。 まさに王たる力だよね。 光り輝き、貴族国民を自分について来いと鼓舞し、カリスマ性で魅了し、意のままに操ることだってできる。」
「まぁ、言われてみればそうかもしれませんが……。」
頷いた私に、クルス先生は笑う。
「ま、奥方が闇魔法の使い手で良かったよ。 さっきの患者でやる前に、一度、誰かで試してみればいいし……ん?」
ちちちっという可愛らしい鳥の鳴き声、窓とコツコツと叩く音がしたため私は2人に一度席を立つことを告げると窓を上げた。
すると西洋駒鳥が一羽中に入ってきて、差し出した私の指に乗り、ちちちっと鳴く。
「おや、西洋駒鳥だね。 よくなついているようだ。」
「えぇ。 実はこの子はお使いなのです。 そろそろ魔術師団長様方がいらっしゃいますわ。」
そう言った時、コンコン、と扉をノックする音と、ガラの落ち着いた声が扉の方から聞こえた。
「隊長、6番隊隊長、7番隊隊長がお見えになってます。」
「ありがとう、お通しして頂戴。」
そう声をかけると扉が開き、先日リ・アクアウムと魔術師塔で出会ったトラスル6番隊隊長と、セトグス7番隊隊長が、たくさんの本を抱えて部屋の中に入ってきたのだった。