7・行動開始と有言実行の功
私は広がるように作られたドレスの袖を落ちてこないようにしっかりと折り上げた。
足元は……くるぶしまでの長いスカートに、下には分厚いペチコート……パンプスではなくブーツだからまだましだけれど、動きにくい。
ペチコートくらいならば脱ぐことも出来るだろうけれど、現実問題、ここは騎士団兵舎で女性更衣室があるかもわからない。 コルセットを付けていなかったことに感謝だけしておこう。
明日からはもっと動きやすい格好……スクラブ(最近の医療ドラマで看護師や医師が着ている白衣を想像してくださいな!) とまでは言わないけれど、シャツにパンツ……そうね、濡れても透けない動きやすい、乗馬用の服を出しておきましょう。
そう決意しながらも、用意してもらったお湯の入った手桶のなかに、何枚か手布を入れて持ちあげると、最も重傷の騎士様のもとに向い……奥歯をかみしめた。
(理解っていたのに……。)
すでにこと切れてしまったと解るその姿に、ただただ、歯を食いしばるしかない。
(一番最後になってしまうことをお許しください。 私たちのために、本当にお疲れ様でございました。)
心の中でそう祈り、静かに頭を下げると、私は気持ちを切り替え、次の方の元へ向かった。
此方は一目見て赤タグと判断した方だ。
左の腕は切り落とされ、左足に受けた獣の爪で引き裂かれたような傷もひどい。
ここまでくるといったい、何処から手を付けたらよいのかわからず、思案したときに気がついた。
鎧ってどうやって脱がせるの?
(しまった、移動してもらったときに脱がしておくのだったわ。)
鎧は初めてのため、仕組みもわからないために大きな時間のロスになる。
溜息をつきながら、とりあえず鎧と鎧をつないでいる紐を、腰につけていた護身用のナイフを取り出して切ると、簡単にバラバラになり始めたため、ひとつずつ丁寧に取り除き、その下に着ていた衣類も取り除きやすいよう切り裂いては、床へと落としていく。
こんなに血と泥だらけじゃ、どうせもう着ることはできないからこれでいい。
時間がかかったものの、服と鎧を取り除いた後は、しっかりと傷口を確認する。
腕も足も、傷は鋭利な刃物のようなものですっぱり切断されていたようだが、どうもその傷の止血のために、熱した何かで傷口を焼いたようだ。
表面はほぼ3度の火傷、いわゆる炭化していて、状態としては最悪だ。
あぁ、こんな時はどうするんだったっけ?
火傷は受傷時は流水で冷やす。 その後は傷に応じて軟膏を塗ったり創部を綺麗に手術したり……なんだけどこれ、そもそも開放創を焼いた傷じゃない? その断面ってどうすればいいのよ……。
実際の傷を前に、前世で医者や、救急、外科病棟の看護師じゃなかったことを本当に悔いるが、そんな暇はない。
だって向こうで死んで、生まれ変わったからこっちの世界にいるわけで、タイムリープしても前世をやり直せるわけじゃない。
(医者がいるとして、後で診察してもらう前提で動こう。)
傷口は止血はできているので、一度沸騰させて冷まさせた綺麗な水で丁寧に傷口を洗い、清潔なシーツを裂いて作ったあて布を当てて、締め付けないように、しかし緩まったりもしないように固定する。
(もしかしたら包帯もないのかな、この世界……よし、作ろ。)
創傷被覆材もほしいところけど、もちろんこの世界にはそんなものない。
(非固着性ドレッシング材くらいなら作れるんじゃないかしら……包帯とメ〇リンガーゼはどうにかして作れないか、要検討だわ。 ぜひ! 早めに!)
そんなことを考えながら、腕の傷口を保護し終えると、今度は汚れた体をどうしようか考える。
一人で大きな男性の体拭き――清拭をするのはかなり骨が折れる。
少し熱めのお湯を張った手桶の中に新しい手布を何枚も入れては、熱いのを我慢して固く絞り、空の桶にその絞った手布をたくさん入れ、使うときにほぐして体を拭くを繰り返す。
そもそも仕事はしていたけれど、現世では力仕事をしていたわけでもない、普通の女の子の体だから、前世のようには動かないだろう。
それでも、コツさえ思い出せば、少しの力で大きな体を保持することができる。
ベッドから騎士様が転がり落ちることのないように、寝ている場所や手の位置を確認しながら体を横向きにする。
そうやって身体を支えながら、素早く、丁寧に、騎士様の背中を拭いて古いシーツと洋服をその体の下に押し込むと、新しいシーツを広げ入れて、しっかり皺を伸ばす。
寝ているときのシーツの皺は気持ち悪い。 だからピンと伸ばす。
本当はここで、新しい寝具に着替えさせるのだけど……この世界の寝具、無駄にボタンが多いから明日からの清拭のことを考えると、効率悪い。
この世界に病衣なんてない。 とりあえず鎧と服を脱がせたら、清潔なシーツを引いて上に騎士様に寝ていただいて、その上に同じく、清潔なシーツをかけることにする。
よし完了っ! と騎士様の体を仰向けに戻して、一息ついた時だった。
「奥様……。」
「……はい?」
声のした方を振り返れば、帰ってしまったと思われていた辺境伯家の使用人の中の、私付き、と最初に紹介され、今日もついてきてくれていたあの侍女が、目の前に立っていた。
名前は……そう、アルジ。 アルジ・イーターだったはずだ。
「あら、どうしたの? 帰ったのではなかったの? もしかしておいていかれてしまったの?」
私付きの侍女だから? と、心配してそう聞くと、違います、と大きく首を振った彼女は、意を決したように、私に頭を下げて言った。
「お声掛けするタイミングがわからなくて……今になってしまいました。 奥様、私に奥様のお手伝いさせてください!」
深く頭を下げてそう言ったアルジの後ろに、2人の少年が同じく頭を下げた。
「奥様! 僕たちも、お手伝いします。」
「……へ?」
何を言われているかわからなくてきょとんとしている私に、3人は顔を上げ、何をすればいいのか、と聞いてくれた。
そんな、真剣な声と眼差しを向けられて、私は先ほどまでの苦くて痛い胸の痛みとは違う、ふわっとした暖かさを感じて胸を押さえた。
(嬉しい、本当に嬉しいわ。)
「ありがとう……。」
突然やってきて、偉そうに訳の分からない事を始めた私を、それでも手伝ってくれると言ってくれた3人に、心からあふれる感謝の言葉を伝え、零れ落ちそうになる涙をぐっと我慢すると、顔を上げて3人をしっかりと正面から見据えた。
「では、私が指示を出していきますから、どうぞよろしくお願いしますね。」