70・業務もやりたいことも山盛りです。
(少々短絡的過ぎたかしら……?)
書類を確認し、署名をする。
それを続けながら私は小さく息をついた。
何かといえば、アルジとブルー隊長をここから追い出したことであるが、そもそもこのような場所で休憩時間とはいえ、他者の家の、しかも夫婦の話をするというのはルール違反だと思うし、あのまま放置していれば収拾がつかなくなると思ったのだ。
(しかも変な風に勘違いして盛り上がっているし……迷惑極まりないわ。)
そう考えると、やはりあれでよかったのだと思い、自分を納得させて積み上げられた書類をさばいていく。
(鈴蘭祭に関する書類が多いわね。 今回は辺境伯夫人による、医療院建設と孤児院の改善を目的とした慈善バザーと大きく銘打つ事を許可する。 ……あぁ、いいわね、実行委員をしてくださっているリ・アクアウムの商人ギルドから大々的に公表する許可が出たのね。 まぁ、その方が近隣からの客も増えるから全体収益の上昇も見込めるものね。 バザーとして使用していい場所は外は駄目、なるほど。 教会の前がお祭りのメイン通りになるからそうなるのね。 では、教会の前にバザーと騎士体験の受付を置いて、順番に入ってもらうようにして……もしも列が出来た時の対策も必要になるのね。 ではバザーは教会内部、騎士体験は孤児院の方を開放する形を取らせてもらうとして、そうすると孤児院と教会の改修を、早く進めないといけないわね。)
昨日、話し合いの後で見せてもらった現在の孤児院は、広さは十分だったが土壁が崩れたり、壁がひび割れたりしていたのを思い出す。
教会の隣に、コの字型に併設された孤児院は、子供たちの部屋、食堂が並び、真ん中には遊ぶための広場と畑があって。 子供たちはそこから、遠巻きにこちらを見ていていた。
(手を振ったら逃げてしまったっけ。)
やせっぽち、というわけではなかったが、王都と違い、年若い小さな子達しかいないことにやはり衝撃を受けた。
(本当に、10歳を超えると働きに行ってしまうのね……。)
それを改善したい、と考えながら、ブルー隊長が教会から預かってきてくれた籠を手にとる。
「あら、一晩でこんなに試作品を作ってくれたなんて嬉しいわ。」
中には数枚のハンカチと鍋掴み、それから四つ折にされた紙が入っている。
紙には誰かが代筆したのか、「お菓子をありがとう」と書いてあり、この試作品のうち赤いお花の刺してあるハンカチは、私にくれたお礼だと言う。
全てのハンカチを広げてみれば、試作品通りに枠取りに綺麗に刺繍のされたもの、小さな赤いお花が四隅にだけ刺繍されたものなどいろいろだ。
昨夜、修道士から説明を聞き、皆が試作品を見て、真似して作ってみた物だろう。
「ふふ、これなんか、私なんかよりもよっぽど上手じゃないかしら? これを作った子には、ぜひ一杯練習してもらって、いずれはショールを作ってみてほしいわ。」
一つ一つ検品すれば、とても素晴らしい刺繍のものから、かなり拙いけれどとても頑張ったのだろうと針穴の多さからも推察されるものもある。
私に、と赤い花の刺繍のある物もやはりそういった物であるが、とても嬉しい。 私はハンカチを綺麗にたたんで、手紙と共に執務机の引き出しに入れた。
「さて検品しましょうか? あぁ、これも売り物にならないけれど……模様が独創的ね。 しかしそうね。 こういった精密な刺繍が出来ない子の物が、売れ残って作るのが嫌にならないように、なにか考えないと駄目かしら……」
もちろん、売れ残った物は私が買い取るつもりではあるけれど、それでも、バザーで売れるのとでは達成感が違うだろう。
「う~ん……簡単で見栄えがするもの……あ、ミサンガとかはどうかしら?」
ふと、学生の時に友達と作ったミサンガを思い出す。
少し太い糸・ヘンプを数種類と安いビーズで必死に編んだっけ。
今回は間に合わないだろうが、次回は子供たちに教えて作ってもらおう、と思ってあれ? と首を傾げた。
「ビーズってあるのかしら……? そこから?」
自分の着ている服はもちろん、ドレスにもビーズやスパンコールの様な装飾が付いていたような記憶はない。 もちろん、私自身が知らないだけで王都にはそのようなものがあるのかもしれないが……。
「でも、市井でも見たことがないわ。 もしビーズがなかったら……屑の宝石でそれを作ればドレスの装飾自体が変わって、繊細にも、豪華に見えるわ……。 あら、もしかしたら服飾革命かしら? そうだとしたら商会を立ち上げて服飾・装飾部門一攫千金出来るかもしれないわ……。 よし、これは服飾部門と親方さんに相談しましょう。」
忘れないうちにと、思い浮かんだアイデアを書き溜めておくメモにそれを書き込んだ後、現場仕事に戻るために椅子から立ち上がり部屋を出たところで、物資班隊長兼医療班隊長補佐官代理を務めてくれているガラが立っていたため声をかけた。
「隊長、書類仕事は終わりましたか?」
「えぇ、溜まっていたものは全部終わったわ。 返却分と申請分を机の上に分けて置いてあるので、本部への返却をお願いしますね。 モリーちゃんは大丈夫?」
「かしこまりました。 モリーは今、休憩室で刺繍をしておりますよ。 初めて扱う美しい糸に目を輝かせておりましたよ。」
「ふふ。 モリーちゃんは本当に手先が器用で助かるわ、マスクもエプロンも完璧だもの。 バザーも含め、ちゃんと報酬を渡せるように頑張るわね。」
「こちらこそ。 ここに通うようになってから、あの子も明るくなりました。 奥様には感謝しかありません。」
「わたしだって、軍の事はガラに、医療班の小物作りはモリーちゃんに、助けられてばかりだわ。 ありがとう。」
和やかに話をしながら執務室の扉を閉め『不在』と書いた看板を下げたところで、そういえば、と、ガラが私に尋ねてきた。
「隊長。 先程、ブルー隊長とアルジ殿と何かありましたか?」
(あら? 職務以外の事で聞いてくるなんて珍しいわね。)
此方が振らない限りは、滅多に私的な話を話さないガラに、私は頷く。
「……えぇ、少しだけ。 個人的な質問をされ、私が否定しているところに、異なった意見を良かれと思って押し付ける、という押し問答になったから、一度頭を冷やしていただくために退出願ったの。 アルジは屋敷に帰らせたわ。」
「なるほど、そうでしたか。」
納得したようにそれだけ言って、それ以上は何も追及してこないガラは、やはり公私をきっちり分けられる人なのだと思う。
だとしたらなぜ聞いてきたのかしら? と気になり尋ねる。
「……もしかして、何か不都合でもあったかしら?」
「いいえ。 ただアルジ殿もブルー隊長も、今にも泣き出しそうな真っ青な顔で医療院から出て行かれましたので、それを見た皆が心配して、私に何かあったのかと聞いて来るもので。」
(あぁ、補佐官代理だから皆が聞きに行ったのね。)
困ったように笑うガラに、私も困ったように眉根を下げた。
「厄介なことに巻き込んでしまってごめんなさい。 流石に私も腹に据えかねたものだから、言い方がきつくなったかもしれないわ。 まぁ、勤務中にする話でもないから追い出した感じになったわね……。 アルジに関しては、ここの仕事を手伝ってくれていたけれど、元々私付きの侍女で屋敷で仕事をしなければならないし、ここの人員も落ち着きそうだから、ちょうどよい機会だと思って、今後の事を今晩話をするつもりよ。 皆に心配をかけてしまった事については、申し訳なかったわ。」
「なるほど。 では、皆にはそれとなく、隊長から話があるまで気にするなと伝えておきましょう。」
「ありがとう。 ところで一階のベッドや物の配置を変えようと思うの。 詳しくは明日話すけれど、入り口を開けてすぐベッド、ではなく、その間に面会室と医療班の受付を作ろうと思って。 患者も少なくなってきたし、明日、人員も増えるし、やるなら今だと思ったのだけれど、後で相談に乗ってくれるかしら? 先に患者の排泄確認と午後の観察に行ってくるわ。」
「かしこまりました。 では、良きところでお声がけください。」
「ありがとう、助かるわ。」
ガラと別れ、私は一階に下りると、新しいマスクとエプロンを装着し、皆と午後の排泄確認をし始めた。