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67・私の属性と、この世界の魔術

 案内された先、騎士団魔術師たちが集まる魔術塔は、砦の最北にある双子の塔で、右の塔を前方魔術師団である第六番隊、左の塔を後方魔術師団である七番隊が管理しているらしい。 私はトラスル様とお約束をしていたため、彼が隊長を務める6番隊の塔にむかった。


『ここから先は、六、七番隊隊員以外の隊員は入る事の一切を禁じられておりますので』と、塔を囲む門のところまで案内してくれた一番隊隊長補佐官と別れて門をくぐり、右の塔の入り口まで来た私はそこで足を止めた。


(さっき、入る事の一切を禁じられているって言われたわよね? ……あら? 私は入っていいのかしら?)


 ふとそんなことがよぎり、扉をノックしようとした手を止めると、誰かいないかしら、と私はあたりを見回した。


『お待ちしておりましたよ、十番隊隊長殿。』


 きょろきょろとあたりを見回していた私の頭上から、そんな機械音の様な声を掛けられ、驚いて顔を上げる。


「だれ!? ……カラス?」


 扉の上につけられた止まり木に止まっていたのは首元が白銀の黒い鳥で、一つはばたくと私の足元に降り立ち、翼を広げて人の言葉を喋った。


『ご覧ください、この美しい飾り羽と胸の星を。 私はカササギです。 そして私はこの塔の見張り。 いらっしゃることは主人たちより伺っておりました、どうぞ中にお入りください。』


 カササギがコンコンとその嘴で扉を叩けば、音もたてずに扉は開く。


『さぁ、どうぞ!』


 開いた扉の中へと飛び跳ねるように進むカササギに先導されて、私は中に入った。


「……誰も、いない。」


『皆、研究をしていたりしていますから。 どうぞ、この輪の中に入ってください。 すぐにでも、主人のもとに行けますよ。』


「円の、中?」


 そっとカササギの指示に従うように円の中に入ると、すうっと何かの布……前世の長い暖簾を通り抜けたような感じがしたと感じた瞬間、無機質だった石積みの壁が消えてなくなり、代わりに目の前には白い壁に白い床、壁にはぎっしりと本の詰まった本棚がめぐる部屋となっていた。



「……えっ?」


 私は一瞬で変わった景色に立ち尽くし、声も上げられなかった。


(なに? ここはどこ!? ど〇でも〇〇なの!? えぇぇ!? そんなところだけ文明先取り!?)


 と慌てふためく私に、背後から昨日聞いた声が聞こえた。


「大丈夫ですか? ネオン隊長殿。」


「だから、事前にご説明なく転移をさせてはいけないと言ったではありませんか、兄上……」


「いや、説明する暇がなかったんだよ、そう怒るなよ、相変わらず堅いなぁ、セトグスは。」


 背後から声を掛けられ振り返れば、そこには、リ・アクアウムで出会った第六番隊隊長であり、前方魔術師団長のトラスル隊長と、彼と背格好や着ている物まで瓜二つ、唯一違うのは青い瞳の男性が二人で立っていた。


「転移、ですか?」


(わぉ、ファンタジーっぽい! さっきまで現実バリバリだったのに……)


 と思いながら聞いてみれば、ひとつ、会釈しながら先日会ったトラスル隊長がにこやかに笑った。


「転移門で驚かせてしまい、大変失礼いたしました。 先日ぶりですね、奥様。 私の隣にいるのが、双子の弟で第七番隊隊長セトグスです。 今体験していただいたこの『転移』という技術は、北、西、南。 3つの辺境伯騎士団だけが使用することを許された転移の魔術の試作品なんです。 まだ完成ではなく研究段階なので、王家にも実は秘密なのです。」


「まぁ、そんな貴重なものを体験してしまったのですね……。 トラスル隊長、先日はありがとうございました。 そしてはじめてお目にかかります、セトグス隊長。 十番隊隊長となりましたネオン・モルファですわ。」


「セトグス・カトフスです。 奥様の噂はかねがね伺っておりますし、兄からも先日のお話は伺っております。」


「まぁ。 よい噂であることを祈りますわ。」


 少し会釈して淑女の微笑みで挨拶をすると、弟のセトグス隊長が頭を下げ、さて、と、顔を上げた。


「早速ですが奥様、所持属性の検査をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「本当にすぐなのですね?」


「えぇ、とても大切なことですので、どうぞ此方へ。」


 円を出て、ひとつしかない大きな窓のところにあるテーブルの椅子に促された私がそこに座ると、トラスル隊長が歪みひとつないてっぺんに拳一つ分の穴の開いた球体の水槽のようなものを用意した。


 そこに、セトグス隊長が銀の水差しからキラキラと光る不思議な水を注ぐ。


「これは?」


「貴族が属性検査を行うときに使用する選定の道具となります。 ここに髪を一本、入れるだけで結構です。」


「髪の毛ですか?」


「はい。」


 なるほど、と、私は髪を一本、ツン、と引っ張って抜き取ると、そっと水槽の中に入れた。


 髪の毛など浮いたままになるのでは? と思ったが、私の銀色の長い髪は、キラ、キラと前世で見たことのあるオーロラ紙の様に水の中に落ちると、揺れて、揺れて、水の中で溶けるように消えた瞬間、煌めいていた水は向こうも見えないくらいの黒色に変わった。


「……まっ……くろ?」


「あぁ、やはりな。」


「兄さんの言う通りでしたね。」


 びっくりしている私のよこで納得した風のニ人の隊長に、問いかける。


「いうとおり、とは?」


「奥様は闇属性です。 しかもかなり魔力量が多い……よく公爵家が手放しましたね。」


「……は、あ……?」


(闇属性ってなんかとても悪いやつっぽくて嫌じゃない? 攻撃的とか、闇魔法とか、ものすごく駄目な感じがする奴じゃない!? え? 私闇落ち要員なの?)


「闇ですか? それは……なんだかとても悪いの、ですか?」


 と混乱しながら問いかけると、いえ違います! とお二人は強く否定してくださった。


「あぁ、ご安心ください。 闇属性と言うと怖く聞こえますが、実際は怖いものでも悪いものでもありません。 母なる安らぎの夜の闇、と思っていただけるといいでしょう。 闇は確かに怖いですが、それがなければ人は休息が取れません。 闇とは守護・防御の魔法に長けた属性なのです。 特殊属性になりますので持つ者は少ないですが、びっくりするほど希少というわけでもございませんよ。」


 にこっと笑って説明してくれたトラスルは、その水槽を片付けると自分たちも椅子に座った。


「なぜ、属性検査を急がれたかとお思いでしょう。 貴族には属性の報告義務があるのです……が、公爵家、しかも司法をつかさどるテ・トーラ家がそれを知らないとは思えません。 なので団長に確認させていただきましたところ、闇属性であると報告は一年前、貴方様が復籍された時点で登録されておりました。 しかし奥様ご自身は検査をされたことがないとのことですので、推測で登録されたのだと思います。 ……おそらくですが、公爵家には闇の力を持つ者が多いのでしょう。 公爵家の色をもつ貴女ならば間違いないと思われたのかもしれません。」


「そう、ですか……。」


(またあの家が出てくるのか……。)


 と、内心ドロッとした感情が浮かび上がるのは、ネオンとして生きて来た記憶のためだろう。


「それで、検査を急がれた理由は?」


 気分を変えるように問いかけると、お二人は困ったような笑顔で私に説明してくれた。


「……実は、わが南方辺境伯騎士団に闇属性の者がいたことがないのです。 先程も申し上げました通り闇は『守護』。 奥様には、できれば我らの研究にお付き合いいただけたらと思うのです。 お嫌かもしれませんが……」


 少々遠慮がちにそう言われるのは、断られた事があるのだろうか。


(人体実験みたいなのなら断るけれど、魔力の研究って事、よね?)


「出来る範囲であれば、お手伝いしますわ?」


「よろしいのですか?」


「人体実験的なものは困りますが、私で役に立つのでしたらいくらでも。 ただし、患者がいる場合には、私は患者を優先いたします。 それでもよろしいのであれば。」


「それはもちろん! よかった! では、ネオン隊長がよろしい時に私共に連絡をください。 こちらの小鳥を差し上げましょう。」


 席を立ったトラスルが持ってきたのは、小さな鳥籠で、腹のあたりが夕焼け色の西洋駒鳥が首を傾げていた。


「こちらは魔術で作りました伝達鳥です。 この鳥籠の、この入り口の部分。 こちらの赤い石を指で軽く3回たたいてから、鳥に向かって用件を話し、扉を開けてやってください。 そうすればこの鳥が私たちに伝達を伝えに飛んでくれますので。」


(さっきのカササギみたいに、声で届ける伝書鳩みたいなものかしら? 異世界っぽいわ。)


 と感心しながらも、公爵家でも見たことのないその鳥に、私は預かってよいものか困惑する。


「このように可愛らしく貴重なものを、本当によろしいのですか?」


 その問いかけに、トラスル隊長はニコッと笑ってくれた。


「えぇ、かまいません。 この塔への出入りは様々な機密性から、各部隊長と団長、そして一部の魔術師団の騎士にしか許されておりません。 伝令係も踏み入ることは出来ないのです。 ですから、このようなものが必要になるのです。」


「そうなのですね。 では、ありがたく……えぇと、お世話の方法などはありますか?」


「魔術で作っている鳥ですので何も。 排泄も食事もしません。 普段は愛でて褒めてやってくださるだけで結構ですよ。 あぁ、でも、エサなどは必要としませんが、嗜好品を与えるのは構いません。 小さな菓子の欠片などは、日に一度、ティースプーン半分程度でしたら。」


「わかりました、ありがとうございます。」


(こんなかわいい鳥を飼えるなんて、嬉しいわ。 駒鳥、大好きなの。)


 飛び上がりたいほど嬉しいのを我慢しつつ、お礼を言うと、ニ人の隊長はいいえ、と首を振った。


「こちらこそ、奥様に来ていただけて有難いのです……闇属性の魔術を調べる事が出来れば、我らの軍の防御力は上がります。 怪我をするものも減りますから。」


「そういうもの、なのですか?」


「えぇ。 例えば、鎧に魔術印を刻みそこに魔力を流す。 それだけで魔障への耐性は上がります。 5属性でも可能ですが、闇属性の者が行えば、その効果は絶大となります。」


「なるほど。 先日もお話しした通り、私、魔術は庶民の教科書に書いてある程度の事しか知識がないので、基本的なことを聞いてしまい申し訳ありません。」


「それで本をお探しだったのですね。 最初から専門書をお読みになるよりは、貴族学校で習う教本をお読みになるのがいいでしょう。 それらを読み終えられ、医療院が落ち着かれたころから、此方で魔術研究の協力をしていただきながら私共でお教えする、というのはどうでしょうか。 教本は後程医療院に届けさせますよ。」


 にこやかに提案してくださったトラスル隊長に、私は頷いた。


「まぁ、何から何までありがとうございます。」


「いいえ。 下衆な言い方になるかと思いますが、実は奥様に魔術の基本を覚えていただくのは、此方の利になる事の方が多いのです。 ですから、私共をうまく使っていただいて構いませんよ。」


「そんなことは出来ませんわ。 良き師を得た、と受け取らせていただきます。」


 そう返した私は、そういえば、と、お二人を見た。


「魔術を医療に使用することはあるのでしょうか? 例えば、傷を治す、魔障を抑える、消し去る、などです。」


「それに関してはございません、と、断言しましょう。」


 答えてくれたのはセトグス隊長だ。


「この世界の魔術は『戦う』『生活を楽にする』ためのもので、それを医療に転じたと聞いたことはわずかにしかありません。 しかもそれは『緻密な魔術の使役』が必要となるため、一般人にはほぼ不可能。 過去には、同じ液体であるからと、水の魔術で血を止めようとした者がいたようですが、入り込んだ魔物の血が暴走し、人ならざるものになってしまったと、古い文献にありました。」


「それは……難しいもの、ですね。」


「なにかお考えが?」


 考え込んでしまった私にそうセトグス隊長が問いかけてきたため、私はつい、口に出してしまった。


「いえ。 人の成人の体は60%が水であり、そのほかは筋肉や骨などで出来ています。 どの属性になるか存じませんが、繊維をつなぐことのできる魔法があれば、筋肉や神経などを接合できたりするのではないか? と。」


(筋肉も皮膚も血管も繊維で出来てるから、いけるとおもったんだよね……。 血液や体液の循環は水魔法で何とかならないのかと思ったけど駄目みたいだし、魔術の医療転用はかなり厳しいんだなぁ……)


 う~ん、と考えていると、刺さるような視線を感じて顔を上げた。


「……失礼ですがネオン隊長は、そのような知識や見識を、一体いつからお持ちなのですか?」


「え?」


「いえ、そのような発想はなかったものですから。 ……たぶん、その古い文献以降の人間は、絶対に無理なことだ、と、誰も考えたことのなかったと思うのです。 人の体が繊維でできている、などという考えも……」


「え……えっと、なんとなく、今そうなんじゃないかなぁと、思いついた、といった感じでしょうか……。」


「そんなことはありません。 どのように考えられたらそのように柔軟で画期的な事を考え付くのか、ご教授願いたいくらいです。」


「い、いえ、そんな。 私は属性を今日初めて知った程度の者です。 専門家であるお二人にお教え出来る事は何一つありませんわ。」


(余計なことまでしゃべっちゃった……どうにかして逃げないと……あ、お日様があんなに上がっているわ。 よし!)


 うふふ、と笑って『あ、そうだわ』と手を打った私は、椅子から立ち上がると頭を下げた。


「そろそろ昼になりますし、私、医療院で患者の介助の時間となりますので、これで失礼いたしますね。 次にこちらに伺うときには、このような浅はかな言動はしないよう、しっかり基礎を勉強してまいります。」


 と言うと、彼らはその勢いに巻き込まれたように、私を例の円に促してくれた。


「あぁ、そうですね。 えぇ、と、ではこちらは後程我が隊の者に医療院に運ばせます、お時間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした。」


「いいえ、此方こそ失礼いたしました。 それでは、また。」


 静かに頭を下げて足を踏み出した私が次に見た物は、てっぺんまで昇ったお日様と、やっと見慣れてきた騎士たちが行きかう騎士団砦の風景だった。

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