6・最初の洗礼と、決意。
「傷のひどい方は入口に近いベッドへ。 傷が浅い方は入口から遠い、奥のベッドへ寝かせてくださいませ。 ベッドへ移動するときも、出来る限りゆらしたりせぬよう、そっとやってくださいませ!」
「は、はい!」
声をかけた騎士様が、兵舎の近くにいた騎士様たちにも声をかけてくれ、ひとまず10人程度の騎士様が集まってくれた。
皆、辺境伯夫人の登場に怪訝な顔をしながらも、指示通り2人1組となって綺麗な戸板を使用し、地べたに寝かされていた騎士様を兵舎へと丁寧に運んでくれた。
比較的軽傷な方は戸板を固定し、協力してもらってゆっくりとベッドへ移動していただき、意識のない方や、重傷の方は揺らさないように静かに、大人数でベッドへと移動させた。
もちろん、シーツで騎士様をくるんで最小限の動きで丁寧に移動させるのが大前提だ。 やったことのない行動に最初は戸惑っていた騎士様たちだが、ひとまず不服を口に出すことなく、丁寧に手伝ってくれた。
「奥様、生きている者達は全員移動を終えました。 残った者達も、奥様の命令通りに。」
「えぇ、ありがとうございます。」
30あったベッドのうち、24のベッドに騎士様たちが寝かしつけられた。
それは、あの場にいた全員ではない。
先ほどの騎士様の報告が物語るように、あの暗くて狭い部屋の、筵の上でお亡くなりになっていた騎士様がいらっしゃった。 そのため、この兵舎に搬送されたのが、この人数だっただけだ。
そちらの方たちは一旦、綺麗なシーツにくるむだけは、させていただいた。
もちろん、土の上ではない。
生きている騎士様方を搬送したのち、筵をすべて取り除き、新しい戸板を敷いて、その上にシーツにくるんで眠っていただいているのだ。
こちらが一度落ち着いたら、綺麗に清めて家族のもとに返して差し上げたい。
ただ、今までの負傷した騎士様の扱いを考えると、その後もひどい扱いを受ける可能性を捨てきれなかったため、誰に、何を言われても、私が行くまではそのままにしてもらうようにと、強くお願いしておいた。
旦那様でもない限りは、無体はされないだろう。
願わくば、旦那様がそれまで気が付かないこと、報告されないことを祈るばかりだ。
それに。
(……黒タグは私には切れない。)
あちらの世界には、『トリアージ』という物がある。 私も概要だけは習っていた。
緑タグを優先順位3位である、軽症者や自分で動ける者。
黄タグを優先順位2位である、バイタルは安定、待機が出来る者。
赤タグを優先順位1位である、バイタルが不安定である者、重傷者。
そして、黒タグは……息をしていない者、助けられない者。
(最重症の方は、今晩まで持つかもわからない……本当はここに連れて来るべきではなかったのかもしれない……けど……)
橈骨(※)はもちろん、頸動脈(※)での脈も触れなかった。
声をかけた時の、かすかに頬に感じた呼吸を、見捨てることは出来なかった。
(先輩、私はまだまだ未熟です……。)
看取りの瞬間はつらいのに……奥歯を噛み、自分の甘さを感じながらも、次にするべきことを考える。
「申し訳ありません、奥様。 わたしたちはどうすれば?」
「あぁ、ごめんなさい。」
一瞬、思考に沈んだ私に困惑げに騎士様が声をかけてきたため、私は淑女の微笑みを浮かべた。
「お勤めの最中に、わたくしの無理なお願いを聞いてくださって、ありがとうございました。」
手伝ってくださった10人の騎士様に頭を下げてお礼を告げると、彼らは全員慌てたように頭を下げ始めた。
「いいえ、それは大丈夫ですが、しかし奥様。 これからどうなさるおつもりですか?」
「それは……」
「奥様、お屋敷から手伝ってくれる者達が参りました!」
これからの事を説明しようとした時に、兵舎に入ってきたのは、私の指示で戻っていた侍女と、屋敷から集まってくれた辺境伯家の侍女やメイドたちだった。
「それで奥様、何をお手伝いするのですか?」
その中の一人の侍女が私に聞いてきた。
騎士様たちもいる中で、説明が一度で済むな、と思いながら私は、感謝の言葉と共に、次の行動を説明した。
「お休みのところ、わざわざ来てくださって本当にありがとうございます。 申し訳ないのだけれども、怪我をした騎士様たちの体を拭いて、傷口を洗って差し上げたいの。 みなさん、手伝ってくださらないかしら。」
そこまで言って顔を上げると、目に入ったのは、私の言葉に、あからさまに嫌悪した表情をしたメイドや侍女の顔だった。
(やっぱり。)
年若く、しかも仕事にプライドを持っている者に頼んでいるのだから、嫌だというものは多いと思っていた。
お飾りの妻からの命令なんか聞きたくないというものもいるだろう。 想定の範囲内だ。
(しかし全員だとは思わなかったわ。)
内心苦笑いしてしまう。
その後ろに困惑気に立っていらっしゃる騎士様たちの方が、まだ手伝ってくれそうな顔をしているが……。
(手伝いは、諦めましょう。)
拒絶の言葉は、心に刺さる。 心がくじけてしまう。
だから、それを聞く前に私は集まってくれた侍女たちに伝えた。
「ごめんなさい。 やはり結構です。 無理を言って悪かったわ。 皆さん屋敷に戻ってください。 御足労をおかけして申し訳ありませんでしたね。 騎士様も、本来のお仕事に戻ってくださいませ。」
そう言うと、睨みつけたり、わざとらしくため息をついたりと、あからさまな態度を取って、侍女やメイドたちは、騎士様にすり寄り、黄色い声をあげながら、共に兵舎から出て行った。
(わかっていたとはいえ、ここまであからさまだと凹むわ。 しかも逆ナンとか……。 前途多難だわ。)
少しだけ、苦くて痛いものを感じて胸を押え溜息と一緒に愚痴を吐く。
「そういえば、最初はそうだったって書いてあったなぁ……。」
看護の始祖の伝記にも、そうだったと書いてあったことを思いだす。
初めは貴族のお嬢ちゃんのおままごとだろう、と、誰も、軍医さえも相手にしてはくれなかった、と。
今、私以外の人から見た私も、まさにそんな感じなんだろう。
「よし、私だけでも頑張ろう!」
(初めての事をするときは、自分で動くしかないのだ。)
期待してはいけない、期待すれば失望し、傷つくのは自分だ。
傷つくのはつらい、期待しなければいい。
奥歯を食いしばり、私は目の前のベッドに横たわる騎士様を見据えた。
※お話の中の補足
橈骨 →手首の橈骨動脈での脈拍測定
頸動脈→首の太い血管での脈拍測定
橈骨動脈が触れれば、上の血圧は80mmHg以上、頸動脈が振れれば上の血圧は60mmHgはあるよという判断。
作中には鎧を着ているため出てきませんでしたが、鼠径部(足の付け根)では70mmHg 以上ある目安になります。