53・医療班設立10日目。
騎士団に医療班が出来て10日。
医療班で看取った騎士様を送り出してから7日がたっていた。
私は今、医療班の外、井戸の傍に医療班の壁沿いに造られたリフトの試運転を、ガラ、それから屋上にいる物資班、1階の窓からのぞく看護班のメンバーと見ている。
「ネオン隊長殿、どうですかな? なかなか良い出来だとおもうのですがな!」
「完璧です! 親方さん!」
そう声をかけてくれたのは、騎士団の中にある鍛冶場の親分と言われる方で、ガラからこの話を聞いた時、そんな面白そうなものは自分が作る、と息巻いて、請け負った仕事を全部ほっぽり出して急ピッチで作ってくれたらしい。
時にはわざわざ医療院まで出向いて私の意見を聞いてくれた。
その中でぽろっと私が歯車や釣りのリールの話をしたところから、改良に改良を重ね、井戸の様に縄を手動で引っ張り上げると言う形ではなく、リールのように横付けの取っ手を回せば、縄が巻き取られるという仕組みになり、しかも、建物に添わせるときは窓に沿わせてくれ、窓には受け取り用のスペースまで作ってくれると言う徹底ぶり。
しかも、引き上げる滑車にブレーキとなる金属の棒を嵌めれば、その金属棒を抜くまではそこで止めておくことも可能になった。
(この世界、知識がないだけで技術はあった! 親方に頼めば上下水道も行ける気がする!)
と、その時私は心の中でガッツポーズをしたし、少しずつアイデアを流出し、より良い公衆衛生環境を作ろうと画策中だ。
そんな私の思惑を知らず、隣で自慢げに説明してくれる親方にお礼を言う。
「想像していた物の100倍は素晴らしいものになりました。 これなら屋上に水も届けられるし、2階や1階にも重い物も届けられます。 大切に使わせていただきます。 ガラ、これの管理運営は貴方に任せるわね。 大いに使ってもらっていいわ。 ただし、事故がないように気を付けてもらう事と、このリフトの箱には、汚れた物、また、逆に食べ物も載せないという約束はちゃんと守るようにして頂戴ね。」
「かしこまりました。 それと奥様。 実は他の建物でこのリフトを真似したい、という申し出が、親方を介して多々あるようなのですが、許可を出してもよろしいですか?」
「あら、そうなの?」
そう聞き返すと、隣に立つガラと親方が、顔を見合わせながら少し困ったように笑って頷いている。
作り出す前に私の許可をと、気を使ってくれたのだろう。
(前世は特許とかあったけれど、この世界にもあるのかしら? あれば税収になるから、そこのところの法律を確認して……調べ終わるまでは、辺境伯騎士団の中だけに限定しておきましょう。)
そう考えてから、私はガラと親方に頷いた。
「騎士様のお仕事が楽になるのなら、まったくかまいませんわ。 ですが、外部への情報の流出だけは避けてもらいたいのです。 ひとまず、作り方はここだけの秘密、砦の外への持ち出しは禁止という事で。 技術は財産ですからね。」
「技術は財産、それはそうですな! 技術者の気持ちをネオン隊長はよくわかっていらっしゃる。 了解しました。」
「まぁ、おほめ頂き光栄だわ。 しかし他の建物にもつけるとなると、親方は大忙しね。」
親方の仕事がぎゅうぎゅう詰めになったりしないかしら? と心配して声をかけると、彼は大きな体を揺らして笑う。
「今は大きな強襲もなく、練習で傷めた武器防具の修理ばかりでしたからな。 こんな珍しい細工物の作成など、楽しくてしょうがなかったというところですよ。 それもこれも、ネオン隊長のアイデアが素晴らしかったんですよ。 しかしまぁ、隊長はどちらでこのような技術を?」
にやりと笑って親方が聞いてきたため、ごまかすように私もにっこりと笑う。
「昔読んだ、隣国の書物の中の乗り物をヒントにしたのですわ。」
(まさか前世の建築現場ですよ、とは言えないもんなぁ。)
うふふ、と笑いながら、私は周囲を見た。
リフトを試運転し喜ぶ物資班と、それを面白そうに見ている看護班、その騒ぎを遠巻きにみている他の班の騎士様。 それから、同じように急ピッチで改築が行われ始めた、医療院の隣の建物。
「食堂の改造も進んでいるようですが、あちらにもリフトを取り付ける予定です。」
「あら、そうなの? あぁ、2階が食糧庫にもなると言っていた物ね。 それなら、食品専門とそうじゃない物に分けて2台にして、室内に造った方がいいわ。」
「なるほど。 後で言っておきます。」
そう。
井戸を挟んで反対側にある、当初、医療院として譲渡されたまま手付かずだった建物は、以前の話し合いから辺境伯家家令を通じ、医療班の患者専用の厨房として改築したい旨を9番隊会計輸送班ドンティス隊長へ願い出た。
すると彼の方から、実は騎士団の砦は広く、ちょうど医療班の場所が兵舎からも遠いところにあるという事から、その近辺で勤務する兵士も、その厨房を使用しても良いか、と逆に問われてしまった。
そこで、2階は予備の食糧庫、1階は建物の奥半分を厨房、前半分を医療班やこの周囲で勤務する騎士たちが昼食や夜食を取る事の出来る食堂にすることにし、所有権を騎士団へ返却したのだ。
その棟を返却したという事で、医療隊はその建物の代わりに、現在の建物を増築してもらえる事になったのだが……
「建築作業は音がうるさいので、入院患者がいなくなってからにしてくださいね!」
としっかり言い含め、また、その際には現在の建物の内装工事も行ってもらうこと、新しい建物には窓や扉の場所など、あらかじめ私が口を出しても良いこと(勝手に建物を作らないこと)を提示させてもらった。
その為、現在は反対側の空き地で、基礎造りなど、静かな下準備が始まったところなのである。
実際に建築が始まるのは、半月から1か月後くらいになるだろう。
そう、まだ医療院には入院患者がいるのだ。
「では、私は仕事に戻ります。 親方、ありがとうございました。 またご相談に上がると思いますが、その時には是非お願いしますね。」
私が頭を下げると、親方は笑いながら手を上げてくれた。
「おう! ネオン隊長が考える面白いもんだったらお安い御用だ、何でも相談に来てくれ!」
ありがとうございます、と私は頭を下げて医療院に入った。
「隊長、リフト、すごいですね。」
「そうね。 これで少し物資班のお仕事が楽になるでしょう。」
医療院を入ってすぐのテーブルに置いている、モリーにたくさん作ってもらっているマスクを一つとって付けながら、私は同じようにマスクをして話しかけて来たラミノーに頷いた。
「昨日はゆっくり休めたかしら?」
「はい。 ほぼ2日のお休みだったので、親にあって来ました。」
「ふふ。それはよかったわ。」
そう、ラミノーは初めての夜勤を終え、昨日は1日お休みだったのだ。
「今晩の夜勤は奥様とアルジ殿ですね。」
「えぇ、そうね。 私もずっとここにいたけれど、これが終われば1日お休みが貰えるわ。 みんなのお陰よ。」
(連続11日24時間……いや、264時間耐久ぶっとおし勤務も、あと24時間で、終了よ!)
そんな長期な勤務時間、ブラックにもほどがあると思う。 が、私の我儘から始まった事であったし、全面的に任せられる状態でもなかったからしょうがなかったのだ。
それに、途中途中には隊員の皆が仮眠や休憩を取らせてくれ気遣ってくれたこと、公爵家の令嬢とはいえ、市井育ちの気合と根性、若いために基礎体力があったおかげで、何とかここまで持った気がする。
(多分明日の夜勤明けは、寝る。 翌日までノンストップで寝れる自信がある! お風呂入ってご飯食べたら起きるまでほっといてほしいとみんなに言っておかなければ。)
きゅっとマスクの紐を頭頂部と首のところ2か所で結んだ私は、シャツの袖をまくってエプロンを付ける。
「明日、明後日はしっかり休むわ。」
「当たり前です! 隊長は働きづめでしたから、皆との約束通り、必ず! 明日勤務が終わり次第、お屋敷にお戻りになり、休んでくださいね!」
実は私の過酷ともいえる勤務を継続するにあたり、隊員たちから、明後日に当たる『私の休み』までに、私が安心して休養をとれるよう、最低限の看護技術と観察眼を習得をするから、緊急時以外は絶対ここに来るなと約束させられたのだ。
そして、言葉通り、一応、が付くが、その両方をみんなが習得してくれた。 このことについては、本当に吃驚するし、感謝もしている。
「そうね、約束だもの、そうさせてもらうわ。」
うふふ、と笑いながら、わたしたちは医療班の室内を見た。
この7日で、患者は減り、現在は当初重傷と言われていた4人の騎士様だけが残っている。
その重症者も皆、7日目を超えたあたりから意識が戻りはじめ、現在は小康状態となっているし、心のケアが必要だった軽症者は、一昨日ここを出て兵舎、もしくは自宅療養という形になっている。
自宅療養の騎士様は、このまま騎士をやめてしまうかもしれないし、戻ってくるかもしれない。 が、少しお休みしていただきつつ、2~3日に一回、怪我の処置に医療班に来ていただくように約束をした。
あの惨劇を乗り越えたのだ。 その辛さを一人で抱えて苦しまないでほしいと、伝えて見送った。
そして本日、日勤をしている医療班は5人。 ラミノー、エンゼ、シルバー、ミクロス、そして私。
アルジは現在辺境伯家のお屋敷の自分の部屋で寝ており、私と夜勤をして、明日は共に帰る約束だ。
(ほんと、スタッフが優秀というか、前世での日本での生活が超イージーモードだとしたら、現世は生きるか死ぬか待ったなしの超ハードモードなもんだから、みんな生きることに貪欲で、そのお陰で物覚えはいいし、判断が早くて動けるし……本当、前世では私も平和ボケしてたわよねぇ……。)
皆の成長と私の成長? を考えながら、丁寧に4人の清拭、創部の処置、排泄介助を終える。
最初はとんでもなく時間がかかっていたそれも、患者の減少・病状改善と、スタッフの力量アップであっという間だ。
「片付いたわね。 では、昼食まで皆、持ち仕事を行ってちょうだい。 私は……」
「隊長は休んでくださいね!」
何かを言おうと思ったら、あっという間に隊員全員に言われてしまった。
何なら、患者の声が重なっていた気もするが、気にしないでおこう。
「わかったわ。 では、執務室にいるので、何かあったら声をかけてね。 昼食介助には下りて来るわ。」
「はっ!」
みんなの気合に圧倒されつつ、2階に上がり、すっかり私の執務室となってしまった部屋に入る。
もちろん、相変わらず扉は仮眠をとるとき以外は開けたままだ。
「失礼します! 隊長、お茶をどうぞ!。 では、しっかりお休みくださいね。」
「まぁ、ありがとう。 リハビリ期間中なのだから無理しないでくださいね。」
「ありがとうございます、失礼します!」
さっとお茶を置いて、そんなやり取りをして執務室から出て行ったのは、物資班の新班員だった人であり、7日前までここに入院していた患者だった人だ。
片腕……しかも利き腕にしびれを残してしまったため、しばらくはリハビリのためここで働くことになったのだ。
(物資班でリハビリが出来る、というのもいいわね。 患者としての記録も残せるし、治れば騎士に戻れる。 ……しかしあのしびれはどこからきているのかしら?)
首に傷はなかった。
腕の傷も、神経を損傷するほどには深くはなかったと思っていたのだが、見落としただけで、わずかにでも損傷していたのかもしれない。
(もしくは魔物の瘴気の後遺症か……。 傷、病気。 それだけで纏められないのが、この世界の医療の難しいところね。)
入れてもらった甘くておいしいミルクティ(私の好みが全隊員に把握されているってどういう事かしら?)を飲みながら、私は溜息をついた。
(明後日の視察の時に、お医者様に聞いてみましょう。)
ふぅ、と息をつく。
旦那様の同行、という名目で行くはずで行けなかった領地の視察を、明後日の休みにアルジと二人でお忍びで行こうという話になったのだ。
そんなことせず休んでください、と言ったアルジだが、二人で美味しいものを食べながら街歩きをしましょう! 女友達と2人で、というのに憧れていたの! と、少しはしゃぐように言って、アルジの姉心をくすぐって押し切った。
(ふふ、楽しみね。)
正直旦那様と行くよりアルジと二人で出かけたほうが全然気が楽だし楽しそうなので、良かった、の一言である。
ちなみに、仕事、駄目、絶対! と言い張るであろう医療隊のメンバーには絶対に内緒である。
息を一つ吐いて、机の上の書類入れに入った書類に手をやって……ぺらりと、『急務』『後日』と紙が挟んであることに気が付いた。
(え……? 誰かが仕分けしてくれてるの? 大丈夫?)
……と思いつつ、急ぐものに目を通し始めた。
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誤字脱字報告も、合わせてありがとうございます!
先日、52・見送る を加筆修正しております(内容は全く変わっておりません)