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52・気持ちの切り替え

教会へ向かう皆様の姿が見えなくなり……顔を上げた私は、ずっしりと重い物を心に引きずったまま、医療院の中に入ると、ラミノーが柔らかい笑顔で私のそばに寄ってきた。


「隊長、お疲れ様です。 大丈夫ですか?」


 それに私は頷いて、だが自然っぽくを心掛けたのに、結局、口元を歪めるようにして笑っていた。


「ラミノー。 ごめんなさいね、バタバタしてしまって何も指示が出せなくて。」


「御指示は出していただいておりましたし、常日頃注意点など教えていただいておりますから大丈夫です。 それより、現在入院中の朝の排泄介助と、軽症者の創部の処置は終わっているのですが、重傷者の方の創部の処置と清拭だけは、隊長と一緒にやった方が良いだろうという判断になりましたのでまだ終わっておりません。 現在看護班は、昨日兵舎に戻られた4人の方が使っていたベッドの片付けや、足りなくなりそうな物品の作成を行っています。」


「助かるわ。 重傷者の清拭と創部の処置は後で私が入るわ。 手伝ってもらえるかしら?」


「はい。 そのように準備するようにします。 もうすぐ昼食が届く時間帯ですので、昼食後、最初の排泄交換の時でいいでしょうか? それとも夕方にしますか?」


 てきぱきと、私にそう申し送りをし、反応を返してくれるラミノーは、本当に飲み込みが早い賢い人だなぁというのが、ここ数日での私の評価だ。 看護班の班長になってもらいたいとは思っているけれど、こんなに優秀なのなら医療班ではなく、9番隊などで文官などになってもいいのでは? と思ってしまう。


 会話をしながらしみじみ感心していたおかげで、私は心の切り替えをすることが出来た。


「昼食後の最初の交換の時にしましょう。 丁度昼時でみんなも余裕がある時間帯だから、明後日から夜勤めに入るラミノーとエンゼは一緒に入ってもらえるかしら? 今日はしっかりと教えて、明日は自分たちでやってみてもらうという形にしましょう。」


「わかりました。 皆に伝えておきます。 それと物資班からも申し送りが。 あ、ちょうど来られましたよ。 ガラさん。」


「ラミノー、すまない。 隊長、お疲れ様です。 ……大丈夫ですか?」


 では、と言って、他の仕事に戻ってしまったラミノーと入れ替わりで、ガラがやってきてそう言う。


「心配かけたわね、ごめんなさい。 でも、大丈夫よ。」


(開口一番で『大丈夫ですか?』と聞かれてしまうくらい、私酷い顔をしているのかしら? それは駄目だわ、後で顔を洗ってさっぱりしなきゃ。)


 しっかりしなきゃ! と気持ちを引き締めつつ、私はガラに声をかける。


「ガラ。 もしかして物資班の方で何かあったの?」


「いえ。 初日に申し付かっておりました二階の整備清掃がほぼ終了しましたので、これからの業務の相談を。」


 彼が見せてくれたのは、メンバー表だ。


「私どもは少々事情がありますので、皆で話し合って決めさせていただきました。」


 なるほど、と、私はその表を受け取って内容を見た。


「リネン洗濯係が4人に、物資の補給や、手が足りないときに私たちの仕事の介助についてくれる方が4人。 なるほど、リネン洗濯組がお湯を沸かしたりもしてくれるのね。」


「清拭用に作った湯の残りで洗濯ができますからね。 ただ、湯を外から屋上まで持って歩くのがかなり大変なのです。 それでいい案はないかと思案しております。」


「そうね。 洗濯するのは屋上で、清拭のお湯を作るのは1階ですものね。 ……水汲みは外の井戸だからどちらでお湯を沸かしても移動が伴うというわけね……。」


 う~ん、と考える。 屋上に給水タンクを置いても、お湯を沸かして下に持っていく手間は一緒だし……。 現代の水道や湯沸かし器って物凄く便利だったよね、と考え……その原理だと、そこからホースを使ってお湯をあげる、という手を考えるが、吸い上げるときの肺活量の問題と、湯が冷める問題、それから、そもそもホースがないことを考えて断念した。


 そして、前世の記憶の知識と言えば……思う。


「お湯を沸かすのは、1階の井戸の傍にして、そこから外を使って引き上げる、というのはどうかしら? 井戸と同じ原理なのだけど。」


「なるほど。 しかし、風などで零れたりはしない物でしょうか。」


「普通に井戸方式の、ロープだけの滑車なら零れるわね。 だから、こう、掘られた鉱石を運ぶトロッコがあるじゃない? あの要領で、井戸と湯沸かしの魔道具を設置して小屋を作り、それにこのレールを付けて、滑車で屋上まで引き上げる、というのはどうかしら?」


 前世でよく建築現場にある、貨物用のリフトと同じ原理と同じものを示してみる。


 まぁ、電気もエンジンもないため、上から人間の手で引き上げる人力だけど。


「なるほど。 滑車を使えば小さな力でも持ち上げられますし、良いですね。 ちょっと鍛冶場に勤めている知り合いがいますので、これを見せて相談してみます。」


「いい人脈があるのね、素敵だわ。」


「奥様の発想が素晴らしいのですよ。」


 そう言いあいながら、なんだかんだといろいろ話し合って決めている中、そういえば、と、ガラが私をみた。


「そういえば、隊長。 私事なのですが、このまま少し宜しいでしょうか?」


「なにかしら?」


 先ほどの原理で、患者用エレベーターも作れないかしら? 家につける患者用階段リフト……と思案していた私は、顔を上げた。


「モリーのこと、なのですが。」


 言われ、一昨日来ていた可愛らしい少女の顔を思い出す。


 帰るときにははにかみ、父の陰に隠れながらも手を振ってくれたのだが、昨日は来てなかったから、ここで働いて勉強するという提案は振られたかしら? と思っていたのだ。


「モリーね。 昨日は会えなくて寂しかったわ。 もしかして今日は来てくれているの?」


 そう言うと、彼は困ったように笑った。


「はい。 今朝は一緒に行くと言いまして。 しかし朝はこちらでいろいろありましたので、今は二階で皆の仕事を手伝っています。 しかし、本当にこのまま連れてきてもよろしいのでしょうか?」


「えぇ、いいのよ。 家に一緒にいてくれる大人がいるならまだしも、一人でお留守番なんて危ないもの。 それより、知らない大人が多いけれど、モリーちゃんの方は大丈夫かしら?」


 もしかして騎士団の大勢の大男たちは怖いかな? とも心配していることを告げると、彼は首を振った。


「もともと私の昼食を持ってきてくれておりましたし、私がいると分かっていれば大丈夫なようですので、お言葉に甘えてよろしいのでしたら是非このまま連れてきたいと思っております。 しかし、本当にモリーに出来る仕事があるでしょうか?」


「えぇ、ええ! よかったわ。 実はね、あの時から、是非モリーちゃんにお願いしたい仕事があったのよ。 ちょっとこちらでこれを見て頂戴。」


 私はガラと共に、いつも夜勤めの時に使用しているテーブルへ向かうと、両手で抱えるほどの大きさの籠を取り出した。


 中には、裁縫道具と共に、たくさんの細切れの布や紐が入っている。


「モリーちゃんは手先が器用でお裁縫が得意でしょう? ひとまずね、これをたくさん作ってほしいの。」


「これは何を作っていらっしゃるのですか?」


 不思議そうなガラに手渡したのは、小さなサイズの綺麗な手布を数枚も重ね、四方を縫い合わせ、その四隅に紐を付けたもの。


「これはね、マスクよ!」


「マスク、ですか?」


 そう、私はいつまでも手布を顔に巻くのは良くないだろう、と、マスクをアルジと手縫いしていたのだ。


 それ以外にも、患者が錯乱時に自分の体を掻き毟ってしまわぬように手を保護するためのミトンや、大きな長方形の手布を4枚ほど重ね、中央だけ真っ直ぐに縫い、腹の傷に対して交互に巻くことで傷の固定ができる手術の時に使用する腹帯などの試作品を、夜ごと巡視と記録の間に作っていたのだ。


 これはこうして使うのだけどね、と使い方を教えると、なるほどなるほど、と、ガラは頷いた。


「なるほど。 ここで患者用に使う物を作っておいでだったのですね。 これでしたらモリーにもできます。」


 納得したように頷いたガラに、私は同じく頷く。


「父親の洋服を繕えるくらいですもの、きっとこれも作れると思ったの。 昼食後の処置が終わったら、これをもってモリーちゃんに会いに行くからその時に彼女に説明させて頂戴ね。」


「かしこまりました。」


 それでは、と、危ないから、と止める私に笑いながらその籠を肩に乗せて抱えたガラは、二階へと上がっていった。


 そこで一つ、はぁ、とため息をつく。


 時計を見れば。そろそろ昼食の時間がちかい。 辺境伯家からスープが届くころだろう。


(いつまでもじめじめしてはいけない。 重傷患者はあと4人もいるんだもの。)


 普通ならば、ここでべそべそ泣いて、落ち込んで……とするのが一般的なのかもしれないが、あいにく私は前世で看取りの経験があるし、いま、そんな暇がない事も十分にわかっている。


 泣いている暇があったら、今は動く。 落ち込むのは休憩の時に思いっきり落ち込めばいい。


「よしっ!」


 私は己の手で両頬をパンッ! と軽く叩くと、気持ちを切り替えて、空いてしまったベッドの上を片付けるべく動き出した。

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― 新着の感想 ―
洗濯は、洗い、濯ぎ、排水のことを考えたら、外の方が楽ではないでしょうか? 濯ぎが終わって、絞った洗濯物を屋上に滑車を使って上げて干すのでいいのでは?と思います。
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