48・施設の環境整備案と、淑女らしからぬ姿
「……つ、疲れたわ……」
突然の旦那様の視察同行の申し出を第9番隊ドンティス隊長からされ、すぐさま丁寧にお断りしたのだが、これも奥様の考えられている領地領民、ひいては騎士団のための前準備ですので、と押し切られそうになった。
そこで、そろそろ患者を見に行かないと、とか、なんだかんだ抵抗しつつ早くおかえり願おうと試みたが、男泣きからの本気モードに入ったドンティス隊長はやはり商人相手に本気の仕事をしているだけあって、抵抗の甲斐なく惨敗。
解りました、同行させていただきます、と承諾することで、ようやくドンティス隊長・ブルー隊長・神父様が撤収された後……。 さぁ、仕事に戻ろうかと言ったところで、なぜか意気揚々と、「お話を伺いましたー! どうぞお任せくださいませ、奥様! いえ、ネオン隊長!」と、明日来る予定だった、病衣・看護着を考えてくれる陽気な縫製士さんが部下を連れて登場。
何故か意気投合した隊員たちの手によって、あれよあれよと仕事を取り上げられ、連れて行かれた執務室では全身くまなく採寸をされ、「明後日の領地巡視のために一晩で騎士服の上着だけはつくりあげます、明日にでもお届けできるように頑張りますっ! 病衣と仕事着は部下を置いていきます、彼らもいい仕事しますので、どんとお任せください!」 と言いながら、すごくいい笑顔で縫製士さんは部下を残して帰られました。
そこで、なんとか一度お待ちいただき、重傷者の食事介助をし、再度排泄介助で隊員たちの昼勤め終了の時間となったのですが、私が病衣と仕事着の案を相談が終わるまでは残りますから! と言われ、執務室にて再び裁縫士さん達と、私が書いた病衣と仕事着の草案をお渡しし、いろいろアイデアの出し合いを続けると、何故かものすごく張り切られ、試作品を明日、隊長服共にと一緒にお持ちします! とさわやかな笑顔で皆さんで去って行かれたのだ。
ここでようやく、来客・話し合いが一区切りついたため、私とアルジ以外の全員を兵舎又は自宅へ帰宅させたのである。
「……なに、この激務……。」
はぁ~とため息をつきながら、外を見れば暗くなり始めていたため、アルジと二人、魔導ランプに明かりを入れながら、雨よけの木戸に窓、それから薄いカーテンを閉めていった。
そしてようやく訪れた、平穏の時間である。
(あ~、つかれた。)
「お疲れさまでした、奥様。」
患者のベッドが一望できる位置に設置したテーブルセットの一脚に腰を下ろし、溜息をつくと、アルジが声をかけてくれた。
「あぁ、アルジ。 貴方もお疲れ様……今晩も夜勤めに付き合うと言ってくれたのはうれしいけれど、大丈夫なの?」
「はい! 実は奥様がお話し中の時間、皆に勧められて少しお昼寝させてもらいました!」
「そう、それは良かったわ。」
にこっと笑ったアルジに、私はほっとする。
「それよりも。 奥様の方がお疲れでしょう? お休みする時間もなく、お客様もひっきりなしで大忙しでございましたもの。 今、夕食を用意させていただきますので、一度、仮眠をとられてはいかがですか?」
「そうね……。 いえ、そろそろ屋敷から家令たちが来る約束があったわ? その間、私は少し自由に動けなくなるから、アルジが先に、食事と休憩を取ってちょうだい。」
「かしこまりました。 ではお茶だけ、ご用意しますね。」
アルジはそう言うと二階へと上がっていった。
昨日持ち込んだ食器や飲み水を湯を沸かす魔道具などは、すべて物資班によって二階の休憩室と執務室に分けて運んでもらってあった。
この仕事は、心も体も疲弊することが多い。
だからこそ、隊員には、食事の時、休憩の時は、現場から離れ、しっかり休みをとってもらいたい。
それに、患者の療養・治療する場所は、綺麗にしている、とは言っても自分たちがいざ休む、食事をとるとなった場合に気持ち的には落ち着くとは言えない。
療養の場所で食事をとったりするのは非常時だけにしてあげたいし、私もそうしたいと言う意味合いだ。
「奥様、此方に置いておきますね。」
「ありがとう、アルジ。 しっかり食事をして、少しお茶でも飲んでゆっくりしてきて頂戴ね。」
「ありがとうございます。」
素直に私の言葉に従ってエプロンを外して二階へ再度上がっていく彼女を見送る。
元気に私に食らいついてきてくれる彼女も、やはり疲れの色は出てきていてどうしようかと悩んだのだが、周りの皆が気が付いて休憩を取れるようにしてくれた心遣いには、もはや感謝しかない。
みんなに助けてもらっているな、と実感しながら、私は今日一日で少し光景の変わった医療環境を見た。
空のベッドになった7つのベッドは、なんでも私が採寸されている間にブルー隊長の連れてきてくれた力自慢の騎士によって2階の各部屋にもって上がられたらしい。 そのためここにあるのは現在23台。
それとは別に、乱雑に端に置かれていた家具や不用品も、使える物は二階に上げたり、使えない物は外の焚き付け用廃棄物にと出されたため、この空間は、前ほどぎゅうぎゅう詰めではなくなった。
それでも、ベッドとベッドの間は狭く、看護処置は腰やお尻を隣のベッドにぶつけることもあり、大変やりにくい。
(この部屋の患者収容人数はもう少し少なめがいいわよね……。 気持ちが落ち着かれた傷の軽い方5人には、一日一回、傷の洗浄にだけ通ってもらうという事で、兵舎に帰っていただくよう明日お話をしましょう。 傷は落ち着いたけれど、メンタルケアが必要な方が3人は残っていただいて……重傷者は変わらず5人。 後は傷は芳しくないけれど、精神的に落ち着かれた10人……こちらは状況を見ながら徐々に、という感じね。)
くるっと、私は扉の方を向く。
「まず、医療院に入ってすぐ目に入るのが、患者のベッド、というのをなんとかしたいわね。」
扉を開けたら患者が並ぶのは、訊ねて来た方も吃驚するし、療養している方も落ち着かないと思う。
なので、この部屋を入り口を左側に考えてそこから縦長に六分割し、左扉側の約6分の一程度のところには、最初は衝立を、いずれは突貫でもいいから壁を作ってもらい、患者のいるスペースを見せないようする。
それから、扉の真ん前に当たる中央の部分は移動できる台を置いて受付を置き、衝立を設置。療養スペースへの出入りは受付の裏からのみとするのだ。
移動できる台を置くのは、搬入するときに邪魔になるから。 だから出入り口も大きくとり、背面はいずれは衝立からカーテンにする。
受付をはさんで両サイドの小さなスペースには、それに見合ったちいさなテーブルと椅子を配置にして、患者と家族の面会が出来るスペースにする。
そうしておけば、中を通したくない、長居させたくない訪問客のあしらいも、そこで出来るというわけだ。
これで、患者と外部の人間を遮断できる。
「これでまず、療養中の方の外部からのプライバシー確保はOKよね。」
受付になるあたりに立った私は、ベッドの並ぶ奥を見回す。
室内には三分割になるように構造上必要な柱が二本ずつ並ぶ。 この柱の内側3分の1を看護者が次の業務や記録をするエリア……ナースステーションの役割とし、窓のある左右の壁に、出来れば男性2人が立てる余裕を持たせて頭を壁につけた状態でベッドを並べたい。
そうすれば邪魔な柱はあるものの、中央からすべての患者が見渡せるようになる。
合わせて、窓から入る風に、患者の体が直接当たるのを避けるため、窓と窓の間に患者のベッドの頭を付けるようにすれば……ベッドは右側10、左側10という風に設置できるだろう。
患者が少ない時は、手前から詰め、奥側は待機ベッドとして空けておく。
患者と患者の間は、何処につけるかもあるため、まずはロビー側から整備をはじめ、そちらの設置が終わってベッドの場所が確定次第、天井からカーテンがつけられるかどうか、相談するつもりだ。
「うん、私の微妙な知識にしては、よく考えたほうじゃないかしら?」
うんうんと考えながら、テーブルにもどり、それらを紙に書く。
いくらかそうして書いて後、肩の凝りを感じてペンを置き、う~ん、と椅子に体を預け、力いっぱい欠伸をしながら体を伸ばした時、だった。
「奥様、失礼いたします。」
「あ……。」
医療院の扉が開き、入って来た家令や侍女長と目が合ってしまった。
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次で2日目が終わって、旦那様が出てきますm(_ _"m)