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47・思いがけない(というかありえない)提案

 私が考える慈善事業が、辺境伯騎士団の、医療班の何の益につながるのか。


 穏やかに、しかし奥では私を試すような光を持つ目を向けて来たドンティス隊長に、私はピンと姿勢を正し、しっかりと彼の方へ体ごと顔を向け、丁寧に微笑んだ。


「益ならございますわ。 まずは辺境伯家と騎士団への印象の向上です。」


「それは、どういう事でしょうか?」


 眦を少しだけ上げ私を見た彼は、すっと、音なく腕と足を組んで、私を見た。


「確かに、教会に、または神にお仕えする方々や孤児たちへの印象向上にはなるでしょうし、奥様の慈悲からなされる事業ですから、辺境伯夫人への印象は良くなるでしょうが、いえ、その前に、その印象の向上は必要でしょうか?」


(腕組み足組み、ね。 酒場兼宿屋で働いているときに、より優位に立ちたいお貴族様がよくやってたしぐさだわ。 あれははったりや、自分を大きく見せることによって優位に立つためか、こっちを怒らせるための挑発。 だから、腹の中でアッカンベーしながら、しれっと乗り切れって親父さんが言ってた。 ん~、ってことはこれは私への人となりか何かを見る試験? まぁ、散々好き勝手しましたものね。 は~、でも残念だけど、そんなわっかりやすい挑発には乗らないのよ、馬鹿ね。)


 長年の雇い主だった酒場兼宿屋の親父さん言われたとおり、心の中で思い切りべろべろべ~! と舌を出しながら、笑顔を保つ。


「もちろん、ございますわ。 昨日、ブルー隊長にお伺いしましたけど、今まで、傷ついた騎士様たちに随分な扱いをなさっていたのですわよね? 殉職した者にはそれなりの慰労金を、しかし死なずとも使えなくなった者に対しては、わずかな慰労金を渡して放り出す、だったでしょうか?

 確かにお金は必要ですし、名誉の戦死の上での慰労金でしたら家族は納得せざるを得ないでしょうけれど……、そうではない者。 怪我を負い、放置されたことによりその身の健康を文字通り奪われたうえで、職を追われた者達。 彼らは皆様のお慈悲で再度ここに雇われたとしても、今までのように騎士ではなく、旦那様に見つからぬようこそこそと日陰で様々な雑用をさせられる……。 それに、今は騎士として仕事が出来ている、亡くなった仲間を見送られてきた方たち。 そう、旦那様にまつわる事情もあまり知らない若い騎士達はどう思っているでしょうね? まぁ、花形の職業ですし、お給料もいいですから表立っては職を辞したり、文句は言わないでしょうけれど……。」


 はぁ、と、憂鬱そうに私は溜息を一つ吐く。


(これは憶測。 だけど、前世でブラック医療系社畜の私の経験と、今世で酒場兼宿屋勤めという下々の社交場で働いてきて見てしまった経験談ではほぼ確実。)


「自宅で。 酒場で。 お酒が入れば、愚痴として出ますわよね。 気の置けない仲間や家族しかいない身内たちの席ならば、普段は我慢していること、抑え込んでいる言葉がお酒の力を借りてぽろぽろと。 それが店員や、家族からじわじわとうわさ話や女性たちの井戸端会議として水面下で広がっていて、大っぴらには言えないけど実は騎士団に入ったら大変らしい…………なんてよくある話ですわね。」


 その言葉に少し顔をこわばらせたのは、ドンティス隊長だけではない。


 ブルー隊長や神父様もだが、部屋の外で聞き耳を立てながら2階のお仕事をしてくださっている物資班の人たちも、だ。


(身に覚えがあるわよね。 わかる~、私も居酒屋で愚痴ってたら、上司がいてくそ怒られたもん!)


 うふふ、と体裁を整えつつ私は憂いた顔をする。


「私は、どなたの事も責めているわけではありません。 これは仕方のないことです。 私だってお話を伺い、状況を見ただけでも、とても腹が立ちましたし、その責任者である旦那様には苦言を申し上げました。 その結果が今の状況です。 きっと、どこかでそのような噂を聞いた領民の方も、自分たちを守ってもらっているから、家族が働いているから、と口に出さず、心に留め置いていてくださっているのかもしれません。 しかし、ここで働いている者やその家族は、自分たちもという不安と共に、自分の職場、家族、上司の悪い話を、外から聞きたくはないでしょうし、聞けば士気が下がります。 ですので、印象を良くする必要があるのですわ。」


 にこっと笑う。


「あれだけの結婚パレードをしたのですもの。 辺境伯夫人……まぁ私ですが。 そんな私が直接教会に現れ、しかも『辺境伯騎士団直営の医療院設立と、教会併設の孤児院の状況改善』を名目とした慈善活動を始めるとなれば、興味本位でも、領民の皆さまは見に来てくださいますでしょう? そこで着飾った姿ではなく、騎士服の私を見ていただき、バザーを見守る騎士様を見ていただき、虚言ではなく実際にそういう活動をするつもりなのだ、とわかっていただく。 ここに患者がいない時期であれば、看護班の皆もお手伝いに来ていただき、騎士団とはどういう人たちが働いているのかも見ていただくのです。 実際に見て、話をし、物のやり取りをすれば、少しは警戒も解いてくださるのではないか、と。」


「しかし、それは一過性のものでしかありえないのではないでしょうか。 しかもご自身を客寄せ人形のように扱うなど。」


 眉間にしわを寄せ、そう言ったドンティス隊長に、私は(自分的に)とても可愛らしく笑って見せた。


「あら、客寄せ人形の何がいけませんの?」


「なっ!?」


 驚いた様な彼に、私はコロコロと愛らしく見せるように笑う。


「せっかく目立つ姿ですもの、客寄せ人形、大いに結構ですわ。 そこから教会のバザーや、辺境伯騎士団に興味を持っていただければいいのです。 そして名に恥じぬよう、定期的に慈善的なバザーを行いながら、騎士団では医療班の活動を続け、いずれは領地、まずは教会に医療院を配置、孤児院と孤児院併設の学校を整備し、運営して行きたいと思っています。

 あぁ、バザーは同じものばかり売るだけでは飽きられますから、まずは子供たちへ『騎士のお仕事体験』などもやっていけばいいかもしれませんね。 うまくいけば大人の男性にも。 それを続けていけば、辺境伯夫人である私や辺境伯騎士団医療団の好感度、認知度が向上……ひいては辺境伯騎士団、そして辺境伯騎士団長であり、辺境伯である旦那様の好感度は上がります。

 あぁ、騎士体験をすることで、騎士になりたいと思ってくれる子供が、そしてそれを許してくれる親御さんも、増えてくるかもしれませんね。」


「なるほど……。 それは確かに……いや、騎士団長の事までお考えになっての行動なのですね。」


 なんて感心したようにぶつぶつと、時折目頭を押さえながらドンティス隊長が頷いている。


(いえ、それは貴方達へこの話に食いついてもらうためであって、私的には地の果てまで下がろうがどうでもいいんですけどね。)


 べろべろば~! を心の中で続けながら、私は声に抑揚を付けながら話す。


「ここではっきり申し上げますわ。 正直何もせず現状のままでは、騎士になるどころか、領民や若い騎士たちに騎士団は見捨てられ、領民は遅かれ早かれ領地から逃げるかもしれません……がっ!」


 にっこりと、渾身の微笑みで私は彼に言い切った。


「先代の辺境伯夫人の悲願でもあり、昨日の旦那様の非道を正すべく私の考えた、このバザーから始まる一連の慈善事業。 これがしっかり軌道にのり成功すれば、騎士のなり手も増えますし、領地領民との信頼関係も築きあげる事が出来ます。 初期投資がかかるのは当たり前のこと。 その5年後、10年後の結果を考えれば、小さな種まきのようなもの。 南方辺境伯のため。 辺境伯騎士団の皆様、辺境伯領の領民の皆様のための第一歩としては、いいことづくめですわ。 責任もって傷ついた者、弱き者を守るために、ぜひ、私に皆様のお力をお貸しくださいませ。」


(あ、ご令嬢なのに拳握っちゃった!)


 ぐっと、つい拳を現実的に握ってしまった感覚に、慌てて手を開く。


(おっと、思うままに熱くなって熱弁をふるってしまったわ。 ここまで大風呂敷広げて大丈夫かしら……ま、失敗しても、前世の記憶的チートで次の手を考えればいいわ。 それより今の体裁を整えないと。)


「失礼しました、少々熱くなってしまいましたわ……え!?」


 と、心のなかでペロッと舌を出しながら……頭を冷やすために淑女の微笑みを浮かべドンティス隊長を見て……。


「え? ドンティス隊長! どうなさいましたの!? え? ブルー隊長!? 神父様まで!」


 私はびっくりして立ち上がってしまった。


 みんな、涙を流しているのだ。


 そしてうんうん頷きながら、あの団長に、本当に! 良い奥様が来てくださった、としみじみ呟いている。


「え? ちょっとお待ちくださいね。 誰か……っえぇ!?」


 男泣きする3人のため、新しい手布を貰おうと部屋を出て誰かに声を掛けようとしたところ、そこにはこっそりと聞き耳を立てていたのだろう、物資班の面子はもちろん、看護隊のラミノーとエンゼ、それからアルジまでが、座り込んで涙ぐんでいる。


「ちょっと、皆、何をしているの!?」


「奥様ぁ!」


 ぎゅうっと抱き着いてきたアルジが。


「旦那様にあんなにひどい仕打ちをお受けになり、酷い言葉も受けられたのに! なのに……なのにそこまで! そこまで慈悲深く、患者の事だけでなく、旦那様の事、この辺境伯の行く末の事を考えてくださっていたなんて! 騎士の兄も喜びますぅぅ! お屋敷の皆も本当に喜びますぅ! 本当に、奥様、奥様にお会いできて、あんな旦那様のお嫁様に来てくださって嬉しいですぅぅ! アルジは、アルジは生涯奥様にお仕えさせていただきますぅぅ!」


 と、うわんうわん泣きながら、私の耳元で叫んできたのだ。


 それと同時に、物資班の方も看護班の2人も何か言いだしたのだが、私は10人の言葉を聞き分けられないため何を言っているかさっぱりわからない。 ただ、感謝をされていることだけは。


 キーーーーン……。


 という耳なりと共に理解できた。


(みんな、感受性豊か過ぎか……。)


 心の中で額に手を当てて oh... となりながら、とりあえずアルジの背中をトントンと撫で、はいはい、となだめる。


「アルジ、ありがとう。 私もね、アルジが私についてくれて嬉しいわ。 皆さんも本当にありがとう。 とりあえずみんな、顔を洗ってうがいをして、仕事に戻って頂戴……ね。」


「はぁい……」


 ひとまず綺麗な(持ってきてくれた隊員の鼻水とか涙が付いていなければ綺麗なはずの)手布を貰い、皆に解散を言い渡すと、ずびずびと鼻をすすりながらみんな持ち場に帰っていく。


「……皆様も、大丈夫でございますか?」


 室内にいる三人に声をかけると、こくこくと頷くお三方。


 がっ! と、私の両手を掴まれおいおい泣きながら何度も頷かれています。


「えぇ、えぇ。 負傷者、領民の事どころか、団長や、前辺境伯夫人のお気持ちまでも大切に尊重され、事業をされようとする奥様のお気持ち、熱意! 大変ありがたく! 不肖、このシノ・ドンティス! この事業のために、いいえ、ネオン隊長のために粉骨砕身でお仕えいたしたく!」


「……あ、ありがとうございます……?」


「俺も! 昨日も感動しましたが今日も! 奥様、いえ、ネオン隊長は俺たちの光です!」


「あ、ありがとう、そう言っていただけると心強いわ。」


「女神さまの再来かと存じ上げます。」


「いえ、神父様、それはありえませんので大丈夫ですわ。」


(ほぼ初対面なのに、全員の気持ちが重いっ! いや、人間なにがきっかけで泣きだすかわからないね、集団幻覚とか怖いから。 はっ! もしかして私、魅了の力かなんかあったとかっ!? いや、ないな、ないない。 冷静になれ、自分!)


 と考えつつも、とりあえず皆を宥め、手を離してもらい、手布で顔を覆いながらソファに座り男泣きを続ける3人の気持ちが重すぎて、ちょっと……いや、だいぶ逃げ出したくなる。


「ところで奥様。」


「はい? まだなにか?」


 そんなため息をつきながら、やれやれ、と私の席に戻ったところで、男泣きから復帰されたドンティス隊長が、先ほどと同じく、しっかりとした表情と目で、私を見た。


「それではまず、領地の視察に行かれた方がよろしいかと存じますが、いかがでしょうか?」


 思いがけない彼からの提案に、私はポン、と、手を叩いた。


「そう、そうなの。 実は私もそう思っていたの。 教会を見せていただいて、何処でバザーを行うか、どのような屋台を立てるかも考えたいし、実は、本屋を見たり、物価をこの目で確認したりしたかったの。 ただまだ医療班が整っていないので……」


 そんな私の言葉を最後まで聞かないままに、ドンティス隊長はとんでもない提案を、私にしてきた。


「では明後日、騎士団長による領地視察の予定がございますので、是非、ご一緒されてはいかがでしょうか?」


「へ? ……ええぇぇぇぇぇぇっ!?」

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誤字脱字報告も、合わせてありがとうございます!


そろそろ旦那様、再登場です。

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