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46・新事業とドンティス隊長

 辺境伯家から届けられた軽傷者への夕食の介助をみんなにお願いし、私は二階の部屋に上がった。


「先程も思いましたが、物置状態だった兵舎が、随分としっかりした執務室になりましたね。」


(ここの2階が物置状態だったのは御存じだったのですね。)


 と思いつつ、暢気な声を上げたブルー隊長を見ると、彼には他意や嫌味、悪気は全くなく、本当に感心しているようだったのでにこやかに笑っておいた。


「そうですね。 あまりにもお客様が多いので、皆が頑張ってくれましたの。 さ、どうぞお座りくださいませ。」


 皆がソファに座ると、ちらりと私は初老の第9番隊隊長と名乗った男性の方を見た。


 すると彼もそれに気が付いたようで、ひとつ、頭を下げて私に柔和な笑顔を向けた。


「奥様には、御結婚式でご挨拶させて頂きましたがお元気そうでなによりでございます。 素晴らしい結婚式でございましたね。」


 ここに来て珍しく言われた、華やかな言葉の社交辞令に、私は穏やかに淑女の微笑みを浮かべた。


「その際は、ありがとうございました。 あの日は緊張しておりまして失礼なく過ごせたか心配しておりましたが安堵しましたわ。 お礼が遅くなりましたこと、お詫び申し上げます。 私の事は皆様にもお願いしておりますように、ネオンと、お呼び頂けたらと思います。」


「かしこまりました。 では、そのようにさせていただきます。」


 頭を下げて微笑まれたドンティス隊長は、とても穏やかで素敵な方だ。 一言で表すならば、紳士的。 騎士団には珍しい、柔らかな物腰にロマンスグレーの短髪を後ろになでつけ、騎士服よりも燕尾服の方がお似合いな感じの細身の男性である。


(まさか騎士団って、イケメン枠とかあるのかしら?)


 そんな考えがふと浮かんでしまうほど、様々なタイプのイケメンが多い。


(まぁ、そんなことは今はどうでもいいんだけどね……いつか楽しめる余裕が出来たら推し活するわ!)


 と、一瞬、時間の無駄なことを考えつつ、私は約束になかった訪問者であるドンティス隊長に体ごと顔を向けた。


「もしかして、このような場所までドンティス隊長は、挨拶に来てくださいましたの? お急ぎでないようでしたら、こちらから伺いましたのに。」


 挨拶の為だけにわざわざ出向いてもらったのではそれでは申し訳ない、とおもい聞いてみると、面白そうに彼は笑った。


「いいえ。 お忙しいネオン隊長に御足労頂くなど勿体ない。」


 にっこりと笑みを強くした彼は、ブルー隊長、神父様を見てから私をしっかりとみてもう一度微笑まれた。


「昨日の顛末の報告を彼らに伺いましたところ、ふもとの教会で商売を、という事でしたので、もしかしたら私のようなものでも、何かしらお役に立てるかと思いまして参じたまででございます。」


 そこまで彼が言ってから、ブルー隊長が彼の役職を教えてくれた。


「ドンティス隊長は南方辺境伯期騎士団の後方支援部隊であり、物資輸送や会計を行っていらっしゃるのですよ。」


「まぁ、そうなのですね。」


「僭越ながら。」


 遠慮がちに微笑まれた姿は、言われてみれば確かに商家の会長たちに物腰が似ている。 これは力強い味方を得たようだが、逆に、こちらがどれくらいできるか、考えているかも確認されるのだろうと覚悟した。


(ご令嬢のおままごとって言われないようにしないと...。)


 しっかりそう自分に言い聞かせていた私に、ドンティス隊長は微笑む。


「教会で商いをしたい。 その簡単な話は伺ったのですが、さて、ネオン隊長は何をなさろうとしておいでなのですか?」


 その言葉に、私は昨夜のうちに前世を思い出して書きあげておいた草案を取り出すと、3人の前に広げた。


「まず、予め申し上げておきますが、これは私が、医療隊隊長として行うものでなく、辺境伯夫人として行う、最初の慈善事業となります。」


 教会主催で、医療院の設立、孤児院の現状改善の目的で、教会で手作りした菓子や小物を売り利益を上げる。


 そしてその収益は原価を除いたすべてを、教会に併設する、医療院・孤児院・養育園の建設、運営に回すのである。


 教会には、仕事をする人材だけを貸してもらうのだ。


 その働き手は、神父様や修道士様達はもちろんだが、孤児院の子供たちも同様で、これには社会経験を学ばせる意味も込め、売り子になっていただくわけだ。


 お菓子や手作り品の監修、バザーの際の安全警備などは、辺境伯家の慈善事業として名目がある為、旦那様にお願いできる。


「なるほど。 初回の材料費などはどうされるおつもりですか?」


「もちろん、材料費や売り場の設置、安全警備にかかる金銭は、辺境伯夫人である私と、モルファ辺境伯家が全てお出ししますわ。辺境伯家の慈善事業ですもの。」


 ふむ、と、顎に触れながら、ドンティス隊長はトントン、と、1行に触れる。


「ここに、原材料費を売り上げから差し引くとありますが、次回はそこから材料を買うためですか?」


「本来であれば、収益の全てを回したいところではありますが、もし、私の手からこの事業が離れても、教会や孤児院の方だけでバザーをできるようになって欲しい。 その学びのためですわ。」


「なるほど。」


 納得した、という顔をしたドンティス隊長の横から、神父様が不安げな顔をのぞかせた。


「我々共が行うのは、売り子だけですかな?」


 それには私は、笑顔で返す。


「いいえ。 出来れば教会で、お菓子を焼くこと、小物を手作りすることを覚えていただければと思っています。 まずは初めてのバザーに向けて、作り方などをお教えしたいとも思っております。 菓子も小物も、教会にお仕えの皆様にこそ作って頂きたいと思い、教えを形にするような、型抜きクッキーや小物が中心です。」


「焼き菓子に小物を、教会で作り、売る、ですか。」


 心配げな神父様に、私は絵で、クッキーなどは個包装でリボンで飾り、小物には聖母やシンボルなどを刺繍してと、教えると、それは布教にもなりますなと、表情が和らいだ。


「騎士団の洗濯を担ってくださる、という申し出よりも、こちらの方が現実的だと思いましたの。 教会でもお食事は作られるでしょう? それに、様々な過去をお持ちの方が神の下でお仕えになっているとも聞きます。 普段は日常のお勤めをしていただきながら、日々のお勤めの合間に小物を作り、バザーの前には菓子を焼いていただき、バザーの日には菓子を売っていただきたいのです。

 乳と小麦、砂糖からなるクッキー等は、簡単に作れて子供も大人の女性も、皆好きですからね。 それから、私が一つ(前世の記憶の)画期的なレシピをお教えします。『パウンドケーキ』と、それにひと手間加えた『ブランデーケーキ』です。 ブランデーケーキは酒を使うので、大人の男性も好まれる味付けです。 それらを並べ、『売り上げは教会への寄付』と広報して、買っていただくのですわ。」


「『パウンドケーキ』と『ブランデーケーキ』とは?」


 ブルー隊長の言葉に、私はもう一枚、パウンドケーキのレシピの紙を出す。


「こういった形の菓子なのですが……絵と言葉では分かりにくいと思いますので、今度、試作品を作らせてみますね。」


「ふむ。 なかなかよく考えておられますが、それで大きな収益になるでしょうか?」


 そこまで、話を聞いていたドンティス隊長が私に尋ねてきた。


「作れる量にもよりますが、菓子だけでは、なりませんわね。 それに、それは見た目の利益です。 私が見据えるのはその先。 先代の辺境伯夫人がお考えになっていたことを成し遂げようか、と。」


「ほう、その先、ですか?」


「はい。」


 ドンティス隊長の問いかけにそう答えた私は、静かに神父様に聞いた。


「いま、孤児院には何人おりますか?」


「1歳から10歳まで。 約20人程度、と、聞いております。」


(想定よりも若くて多い……。)


 考えながら、聞く。


「10歳からはどうなさるのですか?」


「それぞれ、辺境伯領の商家や農耕をやっている者が、働き手として引き取っております。」


「そう……。 王都よりも随分早くに外に出されるのね。」


 思ったよりも早いと考えていた時、声をかけていたのはブルー隊長だ。


「王都では違うのですか?」


「違いますね。 王都では貧困層の子供以外は、10歳になると子供たちは学校に行くようになります。 もちろん、経営者によりますが、孤児院の子も。 16歳で卒業するまでは、そこにおりますわ。」


 それには、ドンティス隊長が静かに教えてくれる。


「王都と辺境では環境も状況も違います。 王都での孤児の大半は、捨て子か訳アリの親を持つ子が大半。 しかし辺境はそうではありません。 戦いで親を亡くした子、村を焼かれて生き残った子……それは魔物の強襲や外敵の来襲で変動しますが、減る事はありません……そして、養えるだけの器も、ございません。 学校も、またしかりですな。 一応読み書きを教える学校はありますが、継続して通える子は親がいて、仕事のある者の子のみ。 裕福な商人などの子は、王都の学校に行っております。」


「なるほど……。」


 孤児となる子供は、戦いがあれば増える。


 里親が引き取ったとしても、その親の村だって、いつ戦場になるかわからない。 我が子がいれば我が子を守るのに必死になるだろう。


 王都でも辺境でも、親の思いは一緒だろうが、環境が違うのだ。


 前世でも、様々な形で大人や社会の事情に振り回される児童の問題はたくさんあったのだ。


「ではまず、養える器を大きくする必要があるわね……。」


 溜息しか出ないが、私は草案を広げた。


「これは、まずバザーが軌道に乗ってからの話となりますが、その20人。将来ただの働き手、というわけでなく、しっかりと独り立ちできるように、孤児院に学校を併設をしたいと思っております。 その学校では、普通の学校の読み書きの他に、刺繍、菓子やパン造りなどを教え、職業訓練の様にして、社会に出る前に、手に仕事をつけてほしいのですわ。 もちろん、農耕やそのほかの仕事が不必要と思っておりません。 その道に進むのも大いに結構。 ですが、読み書きができれば相手に騙される確率が格段に減ります。 それと、学校で作った一定のレベルに達した作品は、バザーに一緒に並べて自分たちで売ってもらいます。」


「なんと。 子供の作品を売るとおっしゃるのですか?」


「読み書きの他に、刺繍のされたよそ行きの手布や、日常使うしっかりした刺繍の手布の作成が出来れば、庶民でも家庭で使ってくれるでしょう? 作品の売り上げの半分は、子供たちに返してあげましょう。 これで、自分たちで作り、大人と商売のやり取りをし、売り上げを手にすることで、自分でお金を稼げるのだという成功体験を得ることにもなります。将来の可能性は広がりますね。」


「そのようにうまくいくでしょうか?」


「やってみなければ、解らないでしょう?」


 にっこりと笑って私は3人を見回した。


「でもまず、バザーです。 これを成し遂げてから、次の段階に入りたいのです。」


「なるほど、奥様のおっしゃることはわかりました。 ……が。」


 ドンティス隊長が静かに、私に問いかけてきた。


「これが、我が辺境伯騎士団の医療班に、何の益があるでしょうか?」


(なるほど、それを聞くのがこの方の目的だったのね。)

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