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43・見送る人

 各隊長を見送った後、私は一度、先ほどまで座っていたソファに座ると溜息をついた。


 同時に物凄い喉の渇きを感じたため、お行儀が悪いのはわかっているが、自分のカップに残った紅茶をぐっと一気に飲み干した、のだが。


「まぁ! 奥様! 飲み残しをお飲みになるなんて、マナー違反ですわ。」


 その現場を、現行犯でマナー警察ならぬアルジに捕まった。


「ただいま! すぐに! 新しい紅茶を淹れますので、お待ちくださいませ。」


「いえ、いいのよ。 少し喉を潤したかっただけなの。 だから気にしないで。 さ、仕事に戻りましょ……。」


「気にします! というか、気になさってください。 そもそも私は奥様の侍女です! 奥様のお体の心配するのが私の仕事なのです。 奥様! 奥様は昨日からほぼ一日、休みなくお仕事なさっているのですよ! 少し休んでいただいても誰も文句言いませんし、言わせません! 今、お茶とお菓子を用意しますので、そのままお待ちください!」


 いえ、それは貴方もなのよ、と言おうとしたが、とにかく何も言い返せないほど、ものすごい勢いで言われてしまった私は、頷く暇もなく部屋を出て行ったアルジを見送って、ぽかんとしてしまった。


(一日中働きづめ……)


 そう言われて思い出す。


(そうか、昨日のこの時間には、私はここにきて、広報隊の誰かについて歩いていたんだったわ……。)


 あわただしくてすっかり忘れていたが、やっと24時間たったところなのだろう。


 その時間のあんまりの濃密さに、びっくりしたと同時に、どっと疲れがやってきた。


(えぇと、救護院に入って、あんまりの状況に吐いたら記憶が戻って……全員をここへ連れてきて、清拭に傷の洗浄、それから旦那様とお話をして、ここの権利をいただいて、皆さんから策略の話を聞いて……ここに帰ってきて夜勤の仕事をして、朝からまた仕事を……。)


 指折りなにがあったかを考えてから、私はそれを思い出した。


「……っ! こんなことしている暇ないじゃない!」


 思い出した事柄があまりにも大きなことで、慌てて私は立ち上がると、部屋を飛び出した。


「た、隊長?」


「ごめんなさい、少しだけ席を外すわ。 すぐに帰ってくるからアルジにもそう言っておいて頂戴。」


 階段を駆け下りたところでびっくりして声をかけて来たシルバーにそう告げ、寝るときに使っていた椅子に掛けていたショールを肩にかけて医療院からも飛び出す。


(昼と夜とじゃかなり感覚が違うけれど、確かこっちだったはずだわ。)


 焦りで躓いてしまう足を、とにかく必死に前にと動かし、見覚えのある木々や騎士団旗などを目印に、私は少々迷いながらも、無事にそこに到着した。


 そこは、掘っ立て小屋のような、ボロボロの建物。


(必ず戻ってきます、と言ったのに……手配が終わったらすぐ戻るつもりだったのに……。 1日たってしまった。)


 その後に私を襲った情報量や行動量があまりにも多すぎて、頭の中から抜けてしまったのだろうが、後悔しかない。


 生きている人間を優先した、と、自分で前向きにとらえるようにして、足を進める。


 それでも、ここに来ることが遅くなってしまった事に対する後悔につぶされそうな心を守るように、胸を押さえながらも、肩で息を整え、それから一つ、大きく深呼吸をしてから、私はその小屋の扉に手を触れた。


「奥様、いえ、ネオン隊長殿。 やはりこちらでございましたか。」


「神父様。」


「昨夜はお疲れ様でございましたな。 お顔色が少々悪い、よく眠れなかったのでしょう。」


 扉を開けようと力をかけたところで、かけられた声の先を見ると、そこには昨夜もお会いした神父様が私に向かって頭を下げてから、そう言って微笑まれた。


「神父様。 どうしてこちらへ?」


「昨夜のお話の事もありましたので、医療院の方へ伺いましたところ、隊員の方より隊長はつい先ほど飛び出して行かれた、と聞きました。 それで、もしやこちらではないかと思ったのです。」


 取っ手を握ったままの私に近づいてきた神父様は、私の手をそこからゆっくりと離すと、少し開きかけていた扉をしっかりと閉めた。


「貴いご婦人のお体に許可なく触れてしまいましたことのお詫びを。」


 そう頭を下げた神父様は、静かに顔を上げ、先ほど閉めた扉の方を見て私に言った。


「そして、ここにはもう誰もおりません。 どうぞ、此方へ。」


 そう言って一つ頭を下げられた神父様は、私を先導するように砦の中を歩きだした。


 私も、その後を追い、歩き出す。


 小さな兵舎や、天幕の作られた場所を通ると、いぶかし気にいろんな視線が私を見て来るが、誰も声をかけてこようとはしない。


(ここは何のテントかしら? 砦の中にもテントがあるのね……しかし……)


「神父様、どちらへ向かっておられますの?」


「辺境伯騎士団の中にある、教会でございます。」


「教会……?」


「はい。」


 昨夜訪れた本部の建物を抜け、多くの騎士様が鍛錬を行っている訓練場をぬけると、人工的に作られたであろう小さな花のついた茂みが現れた。


「こちらでございます。」


 茂みの中に出来た花の咲く小道を歩くと、ぽっかりと現れた陽だまりが零れる場所に、小さな教会が現れた。


 砦の中の教会だと言ったため、石造りの武骨な者や、ぱっと見教会だと解らない建物が出て来るだろうと思ったのに、それは本当に小さいながらも美しい教会だった。


「……なぜ、こんなところに……」


「騎士団の砦の中なのに、と驚かれたでしょう?」


「はい。」


 素直に頷いた私に、神父様はそうでしょうとも、と笑った。


「この建物は、先代の辺境伯夫人が、敬虔な信者や悩み多き若者たちのためにと、建ててくださったものだと、伺っております。」


「旦那様のお母様が?」


「はい。 元々、先代の辺境伯夫人であった奥様は、大変に敬虔な信者でいらっしゃいましたので、仕方のないこと、お務めであると知りながらも、戦地に向かう方たちのため、大変に心を痛めておいででした。 そこで、戦地に出る者、戦地から帰った者が、神に祈る場を作ってあげてほしいと、前団長である辺境伯様へお願いされたのです。 それ以来、私はこちらで奥様や様々な騎士と話をしてまいりました。 もちろん、朝晩と神へ祈る会も開いておりますよ。」


 にこりと、穏やかに微笑まれた神父様は、ゆっくりと、その建物を仰ぎ見た。


「最近では、懺悔に来る者達ばかりになっておりましたな……。 さ、どうぞ。」


 神父様に先導され中に入ると、普段はもっと多くあるはずのチャーチベンチは2つばかりを残して片付けられていて、祭壇の近く、天井近くの綺麗なステンドグラスから色の落ちたその場所に、5つの棺が少し窮屈そうに並べられていた。


 簡素ではあるが、綺麗な白い棺はひっそりと並び、ステンドグラスの光が花のように、棺の上に落ちていた。


「……ブルー隊長は、私との約束を守ってくださったのですね。」


 その言葉に、神父様は頷いた。


「現団長になってからは初めてでございますが……以前はこのように、お別れを告げる会を開くこともございました。」


 そっと渡された5本の白い花を受け取った私は、一本ずつ棺の上に置いたあと、棺の前のチャーチベンチに座った。


 顔をあげれば、女神像が、静かに微笑んでいる。


「騎士団長である旦那様の仕打ちと、昨夜のうちに伺うと申し上げましたのに遅れてしまった私の不誠実に対してお詫びを。 そして、領地領民のため、騎士として命を懸けて戦ってくださった献身に、心から感謝を申し上げます。」


 手を組み、頭を下げてそう私が口にすると、神父様が静かに私の頭に触れた。


「神は、奥様のお心を解っておいでです。 では、御別れの説法を……。 あぁ、その前に。」


 私から一度離れた神父様は、奥にある部屋に一度入り、何かを持って帰ってきた。


「こちらをお使いくださいませ。」


 組んだ私の手には美しい細工物が施された聖なるシンボルを、頭の上に柔らかなヴェールをかける。


「神父様、此方は……」


「それは後程。 では、始めましょう。」


 私から離れ、棺の間を通り、女神像の下に立たれた神父様が、静かに鈴を鳴らした。


「神よ、大いなる大地の母神よ。 そのお傍に迷うことなくたどり着けますよう、どうぞお導きください。 我が大いなる母よ、人のために戦い抜いた戦士たちの御霊を、魔に絡め捕られることなく、どうぞその御許へと、導きたまえ。」


 そうして始まった鎮魂の御言葉は、まるで歌を歌うように朗々と教会の中に響き、私は静かに祈りを捧げる事が出来た。

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