42・副団長と契約書
「お待たせして申し訳ありませ……ん?。」
(なんじゃこの一見立派な執務室兼応接室はっ!)
「どうかなさいましたか?」
「いえ、ちょっと驚いただけですわ。 このように皆様をお迎えすると思っていなかったものですから。」
ガラの言っていた、2階に上がって左側の一番奥の部屋に入ると、狭いながらもよくある執務室の様に整えられていて……一瞬言葉が詰まってしまった。
それを不思議に思われたのであろうブルー隊長に聞かれたが、私は淑女の微笑みで乗り切った。
室内は、一番奥に、窓を背に、扉を正面に向かって用意された大きな机に椅子、そしてその左側にはからっぽの棚がきっちり天井まで組み立てられており、机と扉の間には、何処から出してきたのか、応接セットまでおいてあるのだ。
元々部屋が狭い分、家具で狭く感じるが、貴族の屋敷や商家によくある来客に対応できる、立派な執務室だ。
(……もしかして、気を利かせて執務室を作ってくれたの?)
と、考えながら私はなぜか開いている一番奥の席に皆の視線に負けるような形で座った。
俗にいうお誕生席に当たる部分で、ちょっと居心地が悪い。
そう思いながら、その席に座り、にっこりと微笑むと、皆がこちらを見ている。
さて、どうしようかな、と思った時、扉が叩かれた。
「どうぞ。」
「失礼いたします。」
声をかけると、私と同じ作業用の格好であるアルジが、速やかに、来客用と思われる美しいティーセットでお茶と茶菓子を持ってきてくれて出て行った。
「まずは皆様、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
皆が茶器を手に取り、紅茶を口にする。
「あぁ、美味しい。 やはり入れ方は大切ですね。 騎士団ではどうしても適当に淹れてしまって。」
そう言って微笑まれたのは、私の向かって右側に座る、正統派の美しい貴公子から壮年のイケオジになったのを絵にしたような斑のある真紅の髪に赤みのかかった茶色い瞳の男性だ。
「おほめ頂きありがとうございます。 彼女は私好みにお茶を淹れるのが誰よりも上手なのですよ。」
「先ほどの彼女は……?」
イケオジ様の隣にブルー隊長がいて、その奥に座っていた黒灰の髪に青緑色の瞳、ここにいる副団長の中でも誰よりも大柄な男性が私に問うてきた。
「私付きの侍女で、ここの手伝いをしてくれている、アルジ・イーターですわ。 ここで見かけることも多くなると思いますので、お見知りおきを。」
そう言った私は、手に持ったカップをソーサーに戻すと、静かに皆に頭を下げた。
「改めまして、辺境伯騎士団団長ラスボラ・ヘテロ・モルファより医療班を譲り受けました、ネオンですわ。 騎士団の勝手もわからないままにこのようなことになってしまい、皆様の協力がありませんと立ち行かないと思いますので、是非、ご指導とご協力をお願いいたします。」
ゆっくり頭を上げて淑女の微笑みを向けると、彼らは一様に頭を下げてくれた。
「こちらこそ。 愚かにも主君の考えを改める事が出来ず……辺境伯夫人へおすがりし、このような状況に引きずり込む形となってしまいましたこと、第一部隊隊長・アミア・カルヴァ、皆を代表し、心よりお詫び申し上げます。」
そう言って頭を下げてくれたのは、先ほど貴公子からイケオジ! と思った隊長だった。
「引きずり込んだ、という表現はいかがと思いますが、正直、私も思うところがございましたし、皆様が想像した以上の事をしていると思っておりますので、謝罪は結構ですわ。 その代わり、ブルー隊長にお話しした通り、皆様より一筆頂けたらと思っておりますの。」
「それは、此方に。」
まだ書類が出来ていないので、と言おうとしたところ、ブルー隊長がさっと、紙の束を私へ出してきた。
よく見てみれば、それは先ほど皆様に渡したものと同じ、辺境伯騎士団長の名において第十番隊医療隊隊長に任命するという物と、他に数枚、辺境伯騎士団は、私や医療班のメンバーに、理不尽な危害・不利益を与えないこと、魔物の強襲や戦闘などの非常時には医療隊を守る隊を編成すること、医療の場では指示に従い、手助けをすることなどなど、辺境伯騎士団における規則・規律のもと、医療班を騎士団として認め、騎士団と同じ権限を与える、等々が書いてある。
「あの、これで皆様はよろしいのですか?」
「はい。」
答えてくれるのは、私の向かって左側に座る綺麗な金色の髪に朱色の瞳をされたイケオジ未満のさっぱりした男性だった。
「改めまして、二番隊隊長プニティ・ティウスです。 こちらの書類は、北方辺境伯騎士団と西方辺境伯騎士団の医療隊の隊長に確認をして作成したものになります……実は、以前よりどうにか医療隊をと隊長に進言しておりまして……かねてより用意していた物なのです。」
ティウス隊長はそう言うと、困ったように微笑んだ。
「私共は皆、前辺境伯騎士団団長と、現在の団長、そして、団長の兄上様、奥方様にも面識がございました。 そして私は、あの魔物の強襲の折、前2番隊隊長と共に、兄君であるフィデラ様をこちらへ連れ戻った隊の一人でした。 ゆえに、我らは奥様の儚くなられたお姿も、前団長の苦しむお姿も全て間近で見て参りました。 ……過去の妄執に囚われ、周囲の大人達に守られもせず振り回され、孤独となってしまった団長の成長もです。」
ひとつ、溜息をつかれたティウス隊長は私をしっかりとみて、それから頭を下げた。
「奥方様、医療隊を……騎士団に救いの手を差し出していただき、感謝いたします。」
それに合わせて皆、頭を下げられる。
(まあ、想像でしかありませんけど、皆さんこうして書類などを作ったりして、旦那様の事を諭していらっしゃったのはよくわかりましたけど、やっぱりなぜかあと一歩二歩と残念だわ。)
「わかりました。」
ため息をつきたいところをこらえながら、私はその書類をテーブルに置くと、立ち上がり、執務机に用意してあったペンとインクを手にソファに戻った。
「どちらにサインを?」
「こちらと、こちら……それから、こちらにも。」
「わかりました。 しっかり読んでからサインしますが、あまり時間は取らせません。 お茶でもお飲みください。 解らないところは質問させていただきますね。」
「結構です。」
そんなやり取りをしながら書類にサインをし、控えを受け取り、皆様を室外へお見送りするときだった。
「ところで、奥様。」
「なにかしら?」
一番貴公子然とした赤髪の隊長に呼ばれて顔を上げる。 皆様背が高いから、これを長く続けていると首が痛いだろうなぁと思いながら聞き返すと、彼は困ったように言った。
「ネオン隊長、と呼ばれていらっしゃるようですが。」
「えぇ、それが何か?」
「それは、よろしいのですか? その……婦女子が軽々しく下々の者にお名前を……。 いえ、騎士団の人間とはいえ許されるものなのか、と。」
「かまいませんよ?」
この事態で何を言い出すかと思い、にっこりと笑みを深める。
「モルファ隊長、となると騎士団の中ならまだしも、外から入って来られた方からすれば旦那様と混同されがちですし、かといって、旧姓であるテ・トーラは……公爵家ですからね、いろいろ問題が出てくる可能性が……。」
(三大公爵家でも三権が一枚岩とは言わないし、その三権の一柱が、辺境伯ごときにこき使われているのか、とか、傘下に入ったのか、とかあの家から文句言われたらいやだし、逆に辺境伯騎士団を把握したとか言い出されてもすごく困るしね! とかね……。 そもそも胸糞悪いのよ、権力とお金が大好きなあの家がっ!)
などとは言えず、にっこりと淑女の笑いをますます深めて誤魔化す。
「まぁ、多分御存じの通り、私は『ネオン』と様々な方に気安く呼んでいただきながら暮らしていた時期が長くございますので、正直その方が楽なのですわ。 ですのでお気になさいませんように。 できれば皆様もそうお呼びくださいませ。」
「かしこまりました。」
それ以上は何も言わず、頷いてくれた5人にもう一度微笑むと、そうでした、と、声をあげられたのは青銀の髪のこの中で一番年嵩の隊長でした。
「ネオン隊長。 チェリーバに頼んでおられた裁縫士ですが、明日にでも、騎士団抱えの者が参りますので、病衣? や仕事着やらの話と共に、ぜひ隊長服を作ってもらってください。」
「隊長服、ですか?」
首を傾げた私に彼は、これですよと、自分が着ている煌びやかな騎士服の襟つまんで微笑まれる。
「必要ですか?」
「必要ですな。 ぜひ、ゼブラの言うとおりに。」
眉をひそめてしまった私に、今度は背の一番高い隊長が頷く。
「夜会や茶会の折、淑女にはドレスという武器があります。 私達のこれは、軍議会議や王宮でのそれですので。」
「……なるほど。 ……わかりました。」
「では、ネオン隊長。 われらはこれにて。 私はまた後程、神父様と共に参ります。」
「そうでしたね、よろしくお願いいたしますわ。」
うふふ、と笑いながら皆様が執務室から出て行くのを見送った後、ソファに座った私はやや疲れた頭を冷やすために、額に手を置き天井を仰ぎ見た。
「……顔と名前が一致しないの、どうにかしないとね……。」
イケメンが多い、役職名が多い、貴方誰でしたっけ?初めまして。 とならないよう、最低限、隊長や傍に来てくれるものだけでもちゃんと覚えなくてはいけない、それにはどうにかしないと、と私は溜息をついた。
(その後、ブルー隊長と、医療班の皆の意見を参考にまとめた一覧表を作ったわ!皆さんも見てみてね!)