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39・小さな来訪者

 そうこうしながらも、食事介助を終え、うがい程度の食後の口腔内清浄も終えたところで、次の排泄介助まで少し時間も空き、休憩に入った3人も帰ってきたため彼らに観察をお願いし、私とアルジは2階へ、エンゼ様は食堂へと向かった。


 休憩室、と決めた場所に入ると、すっかり掃除も部屋の設えも終わっており、先に食事をとっていたであろう物資班はすでに食事を終えて他の部屋の整理を始めており、一足先に上がっていた侍女長が、私達のために籠にパンを並べ、スープを魔道具で温めてくれていた。


「侍女長、貴方は食事は?」


「屋敷に戻ってからの予定でございます。」


「では、一緒にどうかしら? 話もあるのでしょう?」


「しかし、主人と同じ席につくなど、使用人として許されません。」


「かまわないわ、ここでは私はあの屋敷の女主人ではなく、医療班の隊長だもの。 アルジにもそうお願いしているし、皆には、隊長と呼ばれているのよ? それに、時間がもったいないわ。 さ、どうぞ。」


「そ、それでは、失礼いたします。」


 少しでも気兼ねをしないよう、侍女長とアルジの分の食事を盛った食器も並べ、一番奥に私が座り、右隣にアルジ、左隣に侍女長を勧めると、遠慮がちに彼女は座った。


 神への祈りを終えると、私は二人に頷く。


「では、頂きましょう。 ……なるほど。」


 先程まで、床に就いている騎士様に差し上げていたものと色味は同じスープだが、何が違うのだろうと思ったけれど、目の前のスープを見てその理由がすぐに分かった。


 それを確認するように、手に取った匙をスープにくぐらせる。


「あぁ、やはりそうでしたか……。」


「奥様、何か不備がございましたでしょうか?」


 ゆっくりと匙を動かし、指に伝わる感覚に納得して声を出した私に、侍女長が声をかけたため、首を振って答える。


「いいえ、不備どころか。 屋敷の料理長の、本当に優しい気遣いを感じていたの。」


「気遣い、ですか?」


 パンをちぎっていたアルジが、スープを見て首をかしげる。


「あまり変わらない気がしますけど……?」


 そんな彼女に笑いが漏れる。


「あら、アルジ。 全然違うわよ? 御覧なさいな。 お野菜と柔らかいお肉のポタージュスープなのだけど、しっかり具がたくさん入っているわ。 でもね、先ほど傷を負った騎士様に差し上げたスープは具は何一つ入っていなかった……それにとろみも少し薄かったわ。 丁寧に裏ごしされているのね。」


 私がそう言えば、ちぎったパンから一度手を離し、匙でスープを掬ったアルジが目をまん丸くした。


「あ、本当ですね! そう言われれば、こんな具は入っていませんでした!」


 吃驚した顔をするアルジに頷きながら、私はスープを一口、口に含む。


「美味しい。」


 疲れた体に、温かく、野菜の甘味のしっかりするスープは体に染みるようだ。 それに、肉は、歯が当たればほろほろと崩れていき、野菜は歯がなくても食べられそうなほどに柔らかく、味もしっかりしていて、食欲が増す味だ。


「あぁ、味もすこし変えてくれていたのね。 此方もとても美味しいわ。」


「奥様、あちらのスープもお飲みになったのですか?」


 侍女長の言葉に、私は頷く。


「えぇ。 少しだけ。 料理長がわざわざ2つ鍋を持たせてくれた、という事にどのような意図があるのかと思ったのだけど、病人用と健康な人用、だったみたいね。 こちらのスープは塩味も香辛料も効いているけれど、あちらは薄味にしてあった。 傷つき病んだ体に、少しでも喉に通りやすいようにと変えてくれたみたいだわ。 お屋敷の食事だけでも忙しいのはわかっているのに、私の我儘に付き合うどころか、このように配慮までしてくれて。 心からお礼を言いたいわ。」


 心底、その心遣いに感謝の言葉を述べると、侍女長は珍しく微笑んで頷いてくれた。


「私からも伝えておきますが、是非奥様からもお伝えくださいませ。 料理長が喜びます。」


「えぇ、そのつもりよ。 まぁ、パンも柔らかで美味しいわ。」


(うん、白いパン美味しい、北欧児童文学に出てきた、柔らかい白いパンってこんな感じかしらね。 あぁ、でもこのパンの技術があれば、菓子パンとかも作れるんじゃないかしら……アンパン、クリームパン……デニッシュ……相談してみましょう。)


 料理長の心遣いに感心しながらも、実は前世で無類の焼き菓子・パン好きだった食の知識をつたえ、美味しいパンライフが出来るかもっ! と野望を抱きながら食事をいただいていると、トントン、と、壁をノックする音が聞こえた。


「し、失礼いたします……奥さ……ネオン隊長。」


 休憩室にあてた部屋は、扉が閉まっていては声もかけづらいだろう、と開けてあるため、ふわっとした黄みのかかった銀の髪の毛がのぞいた後、恐る恐る中をのぞくように顔をのぞかせたラミノー様に笑ってしまう。


「あら、そんな恐る恐るじゃなくても堂々と入ってきてもいいのよ? 聞かせられない話の時はドアを閉めているもの。 どうぞ。 下で何かあったの?」


 はぁ、と遠慮しながら入って来たラミノーは、私達が食べているスープを見た。


「はい、じつは……あ! スープ。 いい匂いですね!」


「残っているから、後でみんなで食べたらどうかしら?」


 向こうでも食べて来ただろうに、私達の食事を見てすごく美味しそう! と感嘆の声を上げた彼にそう提案すると、嬉しそうに笑う。


「いいんですか!? ありがとうございます!」


「えぇ、たくさんあるし、余らせるなら、全部食べて鍋は返した方が料理長が喜ぶと思うもの。 それで、どうかしたの?」


「あ、はい。 実は隊長。 先ほどですね、砦の外にある櫓の騎士が、小さな子供を連れてこちらを訪ねて来たんです。」


「子供?」


 首を傾げた私に、ラミノーは困った顔をする。


「はい。 ここにいる誰かの子供じゃないかっていうんですけど……その……」


「ここにいる誰かの子? では、御名前を聞けばいいのではないの?」


 至極当然のことを言ってみたのであるが、そうするとますますラミノーは困った顔をした。


「はぁ、それはそうなんですけど、その……。 お食事中にすみません、失礼します!」


 廊下の方に体を乗り出したラミノーに促されて休憩室の中に入って来たのは、ひどく怯えた様子の、10歳くらいの黒髪の少女だった。


「なにを聞いても、何も言ってくれなくてこんな風に怖がってばっかりなんです……。 男が怖いのかと思っても、アルジさんもいないしで、連れてきてしまいました!」


 他の騎士が連れてきたはいいけど対応に困り、下でもみんなで話し合ったか何かなのだろう。


 かなり慌てたというか、焦ったというか、いっぱいいっぱいだったのだろうな、という雰囲気が伝わって、わたしは笑ってしまった。


「なるほど。 大変だったわね、ありがとう、ラミノー。 この子はこちらで引き受けたわ、貴方は仕事に戻って頂戴。」


「申し訳ありません……。」


 頭を下げ出て行ったラミノーを見送ると、残された少女は私達をきょろきょろとみて怯えている。


「ごめんなさいね、ちょっと待って頂戴。」


 匙を置き、口元を拭いて立ち上がる。


「いけません、奥様、私共が対応を!」


「いいのよ。 子供の扱いは慣れているもの。」


 私の事を制し、自分が子供の傍に行こうとする侍女長を大丈夫よ、と止めながら、私はゆっくりと少女に近づいた。


「そんなに怖がらないで、大丈夫よ?」


 そして、私の一挙手一投足に体をびくつかせる少女の前で私はしゃがむと、にっこりと、王都にいる弟に接するように声をかけた。


「はじめまして。 私はネオンよ。 貴方、お名前は? ここは騎士団の砦の中なのだけれど、ここにお父さんがいるのかしら? お名前はわかる?」


 その問いに、長い前髪に見え隠れする瞳を彷徨わせて困ったようにしている少女は、何度か口をパクパクさせて、手を小さく、サインを出すように動かしている。


(……ん? あら? この子もしかして……)


 私がその子のその様子に一抹の不安を覚えた時、だった。


「ネオン隊長。 お食事の時間に申し訳ございません。 今、失礼してもよろしいですか?」


「えぇ、かまわないわ。 それに、ちょうどよかった……。」


 外からかかってきた声が、2階を任せているガラの物と解り、私はしゃがんだまま顔だけ挙げて返事をする。


 と、少女も少し目元の緊張を緩めて顔を上げた。


 その表情の変化に、もしかして知り合いかも、とほっとしながら彼を待つ。


「失礼いたします。 隊長、実は小部屋の準備を進めているのです……が?! モリー! なぜここに?!」


「……ぁーーっ!」


 先ほど渡した紙とペンを手に、恐縮そうに入ってきたガラの腰に、言葉にならない声を上げて、少女は飛びついた。

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