35・医療班と医療院の整備
「では改めて。 任命書の交付を兼ねて、彼らの紹介をいたします。 ラミノー・ズテトーラ。」
「はっ!」
私の前に立ったのは、昨日私と共に重傷者の清拭を手伝ってくださった騎士様だ。
「彼と、エンゼは、昨夜のうちに私のもとに志願に来てくれていたのですよ。」とこっそり教えてくれたブルー隊長は、少々お待ちください、と、何やら傍にあった机を動かした。
「申し訳ありません。 軍の騎士管理に使用する書類ですので、此方にサインを入れていただき、一枚は本人へお渡しください。」
先ほどまで私が書きつけをしていた物をアルジがさっと片付けてくれると、そのテーブルに、ブルー隊長は、私に2枚の紙とペン、インクを差し出した。
ぱらり、と、私に1枚の紙を渡したブルー隊長は、ここです、と指で指し示してくれた。
「なるほど。 騎士団の名簿になるという事ですね……。」
「さようでございます。 最初の二枚は、ラミノー・ズテトーラ、そしてエンゼ・ルフィッシュ。 彼らは昨日、奥様の手伝いをしました2人です。 彼らは昨日の時点で私のもとにやってきて、奥様の下で働きたいと志願してくれました。 ですので、最初に渡してやってください」
「まぁ、もちろんよ!」
二人に、所属部隊を書いた紙に私の名をサインしたあと、それを両手で持つと、そっと目の前に立つ、短く刈った黄色がかった金の髪に、明るい赤い瞳の彼に差し出した。
「ズテトーラ様、昨日はありがとうございました。 そして、きてくださってありがとうございます。」
「今まで、ただ亡くなっていく先輩たちを見て、いつか自分もこうして死んでくのだと怖かった僕が、何か出来る道を示してくださったのは奥様……いえ、隊長です。 拝命いたします。」
両手で受け取ってくれた彼は、にっこり笑ってくれた。
それを心から嬉しいと思いつつ、先ほどサインしたときに、彼が私より2つも年上だったことに驚いていた。
(辺境伯騎士団は入団が王都の騎士団よりも遅いのかしら?)
首をかしげながら、次のサインをし、目の前に立った、同じく昨日手伝ってくださったエンゼ・ルフィッシュ様にもそれをお渡しして、声をかける。
「ルフィッシュ様、これからもよろしくお願いしますね。」
「はい! ぜひ、隊長の下で末永く働かせていただきたいと思います。」
受け取ってくれた彼らが頭を下げ一歩下がると、ブルー隊長がもう二人を前へと促した。
「シルバー・ハチェットとミクロス・パイダー、同じく医療班にいた二人で、昨日は不在でしたが、他の隊員に聞き、是非に、と。 本日いない者は明日、またご紹介させていただきます。」
同じように書類にサインをし、手渡して声をかけると、彼らもきりっとした表情で、私に挨拶してくれた。
「今のところ、騎士は6名です。 それから……」
ブルー第三騎士隊長に紹介され、今度は8人の元騎士様を一人ずつ名を呼んで紹介してくれた。 しかし先ほども思ったが、騎士団、元騎士様、そして私……3点での距離感が取りにくく、ややぎこちない挨拶となってしまった。
ただ一人。
「先ほどは失礼いたしました。 私は、ガラ・ルファと申します。」
と、躊躇なく丁寧にあいさつしてくれたのは、先ほど『お仕えします』と言ってくださった元騎士様だった。
今までの騎士団からの扱いなどで思う事があるのだろうと思いながら、ひとまず、一番こちらに好感を持っていてくれそうなガラを通じて関係を作っていくしかないと考える。とりあえず彼らとは、給与面の事もあるので、再度対面で相談後に、同じように書類を交わさせてもらう、ただし、この話をなかったことにする、という事は決してない事、3日以内には書類を作成するのでそこでも一度考えていただきたいと、しっかりと説明をした。
(一度慰労金を受け取って放逐された騎士様方だけど、今いくらもらっていらっしゃるのかしら? それに、最前線で働いてくださっている騎士様や、夜勤をしてくださる騎士様と同じ金額というのは、それはそれでおかしいと思うから……働く前にこの額で、と、はっきりお伝え出来ないのは心苦しいけれど、今の騎士団で労働する皆様の給与形態を確認させていただいて、そこから医療隊独自で考えましょうか。)
しかしまぁ、突然皆さんの登場で、ここまで結構な時間を取ってしまった。
「さて、このままいろいろとお話をしたいところではありますが、今こちらでは23人の騎士様をお預かりしておりますので、正直、無駄な時間がございません。 詳しい説明は後にさせていただき、ひとまず、看護隊と物資隊に分けさせていただき、皆様には仕事を始めていただきます。」
「看護隊と物資隊、でございますか?」
「えぇ、そうよ。」
ブルー隊長の問いかけに、私は頷いた。
「医療隊と言っても、いま、此方にはお医者様がいらっしゃいませんからね。 私達に出来るのは負傷者の身の回りのお世話です。 なのでそちらを看護隊。 それから、此方で出た洗濯物や、そのほか物資の整理などをしていただくのが物資隊。 どちらも大切なお仕事です。 役割を決めるのは、仕事の線引きが曖昧になると、携わる人間も仕事が曖昧になるからです。 各自責任もって仕事をしていただけるよう、しっかり区分けをさせていただきます。」
「なるほど。」
頷いたブルー隊長に、それから、と、私は言う。
「ブルー隊長。 辺境伯騎士団の第三騎士隊、とおっしゃいましたが、どれくらいありますの?」
「現在は大きく第九騎士隊まであり、奥様の医療隊が十番隊として追加されました。 各隊のなかで、役割に応じて小班が編成されております。 また、一~五番隊の隊長が辺境伯騎士団副団長を、6~9番隊のは別の重役を担っております。」
「なるほど。 今まで医療班はどこに属す班でしたの?」
「5年前から、大きく編成された医療班がなくなりましたので、傷病者はあの小屋に入れられ、手の空いたものが見るという状態でした。 そこで我が第3騎士隊で医療班を立ち上げたのですが……」
「旦那様が苦言を呈した、というわけですね。」
「さようです。」
なるほど、とわたしは腕を組んで考える。
旦那様はどんなつもりで医療班をなくしたのかよくわからないが、どうせ、理由はろくでもない事なのだろう。
そんな状況下にあった隊を貰い受け十番隊にした以上、私はここを守らなければならない。
と、なるとやるべきことは。
「ブルー隊長。 私を一度、各騎士隊の隊長と会う機会を用意してくださいませ。 長くお時間はかかりません、ご挨拶と、とある書類に御署名を頂きたいだけですので。」
「……は? 署名、ですか?」
「えぇ。 まぁ詳しい内容はその時に。 さて、それでは、私と医療班は一度、今いらっしゃる騎士様のお世話を始めましょう。 物資班の皆様は……そうですね、この建物、2階があるようなのですが、そちらの窓を全部開けていただいて、お掃除をお願いしてもよろしいですか? ……そうですね、ルファ様。」
医療班と物資班で分かれたところで、私は物資班のメンバーをもう一度確認し、最初に声をかけてくれた彼の名を呼んだ。
「はい、奥様。」
(う~ん、職場で同僚に奥様って呼ばれるの、違和感あるわ~。)
まだ師長とか、主任の方がいい、負担だけ増える役職なんて絶対やりたくないってさんざんごねたけど。
「仕事の場で、奥様と呼ばれるのには違和感しかないわ。 普通に呼んでくださらないかしら?」
「では、私たちも敬称はおやめください。 少なくとも私共は部下ですので。」
至極真面目な顔でそう言われ、言われてみればそうだとおもう。
部下に家名を様を付けて呼んでいたし、平民なら家名を持たぬ者もいる。
わたしが『モルファ隊長』、もしくは『テ・トーラ隊長』ではなく『ネオン隊長』と呼んでもらうようにしたのも、市井では家名がなく『宿屋のネオン』と、みんなから名前で呼ばれていたからだ。
(あと、旦那様の家名はもちろん、あのくそ公爵家の名前で呼ばれたくない!)
そんなことを考えた私は、では、と笑った。
「わかりました。 では、今後こちらでは私の事は辺境伯夫人でも、奥様でもなく、ネオン隊長、とお呼びください。 皆様の事も、名前で呼ばせていただきますわ。 同じ隊ですもの、助け合って働きましょう。 皆さんも其れでお願いしますね。 アルジもですよ。」
「「「「はいっ!」」」」
「では……ガラ……?」
「疑問符になっておりますよ、奥様。」
「あら? ガラ? こそ奥様になっているわ。」
ふっと笑ったガラに、私は困ったようにつられて笑った。
「実は年上の方を、お名前で、しかも呼び捨てるなど、慣れないものだからついね。 えぇ、でもすぐに慣れます。 それより暫定で、貴方に物資班の指示を任せても良いかしら。 二階の清掃と、出来れば間取り図を誰かに書いてもらって、上にある使えそうな家具などがあれば、その種類と数も数えて、後で報告してほしいわ。 それから、お体の事で二階に上がるのが大変な方は、外で大鍋でお湯を沸かしたり、昨日から出ている洗い物をお願いしたいの。 洗濯物を干すのはここの屋上を使うので、干すときにはまた誰かが代わってあげて頂戴。 持ち運ぶのも面倒だから、次からはもっといい方法を考えるわ。」
(洗った洗濯物を外から滑車で上げるか、洗濯場を屋上に造るか、よね。)
考えながらそう言うと、ガラも数枚の紙とぺンを受け取って頷いた。
「わかりました。」
そうして、私達から離れた彼が、元騎士様たちを集め、仕事を割り振ってから2階に上がっていったり、外に出たりするのを確認し、私は看護班の方を向いた。
「では看護班の皆様には、今日は二人一組になって仕事をしていただきます。 アルジはミクロスに、エンゼはシルバーに昨日、自分がやった仕事を教えながらやって頂戴。 午後はミクロスとシルバーはつく相手を交代して習ってね。 ラミノーは、ごめんなさい。 今日もまた、私と一緒に重傷者様のお世話を手伝ってもらえるかしら?」
「かしこまりました。」
ひとまず、体つきで看護班となった皆さんに仕事を割り振ると、私は腕まくりをしながら一人、扉のところで成り行きを見るように立っているブルー隊長に淑女の微笑みを向けた。
「皆様を連れてきてくださってありがとうございました、ブルー隊長。 こちらはこれから皆様のお世話に入りますが、ブルー隊長には、ご自身のお仕事もおありになるでしょう? どうぞそちらにお戻りください。 それから、当家の家令か侍女長が参りましたら、神父様と3人で、またこちらにいらっしゃってくださいませ。 昨日のお話の続きをしましょう。 あぁ、こちらの仕事が忙しい時は、少々お待ちいただくこともありますが、ご了承くださいませね。」
「わ、わかりました。 では、また後程参ります。」
言外に、邪魔になるので出て行ってください、それから頼んでる仕事もよろしくね、というと、彼は慌てたように一つ、頭を下げて出ていった。