28・医療院の運営会議(3)
「そうだわ、バザーだわ!」
「「「バザー……? ですか?」」」
前世で読んでいた物語の知識の中に、修道院や教会では、信者獲得と併設する孤児院などの運営費を稼ぐために、小物を作成したりお菓子を作ったりして、バザーをやっていたという、嘘か本当か真偽不明の知識がある。 よく、小学校や保育園などでもやっていたあれだ。
前世ではものすごい意気込みで入場してくる人たちに圧倒されたりするくらいには市民権のあったバザーだけど、この世界で生活をしていた私の記憶と知識の中にはそれがない。
(これだ! なんなら一挙両得!)
そうなれば、と、私は体ごと動かし、神父様を見た。
「神父様。 お申し出は有難いのですが、汚れ物を運ぶ距離や手間などを考えると、得策ではありません。」
「あぁ……さようですか。 はい、でも、奥様のおっしゃる通りですな……。」
そう告げられ、明らかにがっかりとなさった神父様だが、私はそこでにっこりと笑った。
「それで、もしよろしければ、教会で、お菓子や小物の販売をなさいませんか?」
「「「「「は?」」」」」
あっけにとられた全員に、私はにっこりと笑った。
「菓子や小物の販売、ですか?」
「はい。 ……もしかして、教会でモノの販売、商売をしてはいけないという教えがございましたか?」
「い、いえ。 目的にもよりますが、明確な教えはありません。 しかし、教会で商売とは前代未聞なことですので……」
「あぁ、言葉が足りませんでしたわ。 これは純粋な商売、ではありませんの。 金銭の絡む慈善事業ですわね。 この話はしっかりお話を詰めたいので、明日か明後日にでも、ちゃんとした形でお話させていただいて、許可を取っていただきたいんですのよ。 もちろん、教会のためにも、医療班のためにもなる案です。 ですから、今度は私の策に嵌ってくださるとうれしいわ。」
「かしこまりました。 お話を伺い、上層部に許可を得られるよう尽力いたします」
暗に、断る事は絶対にさせないぞ、と付け加えると、神父様はそう言って強く頷いた。
「ありがとう。 では、その話し合いは明日。 できれば、侍女長か家令が加わってくれるとやりやすいのだけど、お願いできるかしら?」
「かしこまりました。 業務を確認の上、どちらかが必ず伺いましょう。」
「えぇ、是非に、頼みましたわよ。」
最後の念押しでにっこり笑うと、名指しされた3人は大きく頷いた。
(よし。 このバザーに関しては、辺境伯夫人の慈善事業としてもらって。 そうだわ)
「そういえば、旦那さまから伺ったのだけど、前辺境伯夫人……お義母様はどのような慈善活動をなさっていたの?」
ジョゼフに向かってそう聞けば、彼は静かに微笑んだ。
「そうですね……孤児院の訪問が一番でしょうか。 辺境の地では孤児、遺児はどうしても多くなりがちでございます。 そのような子供たちのために何が出来るか、奥様はよく考えておいででした……志半ばでお亡くなりになられましたが、子供たちに、安心して学ぶことのできる学習の場を作りたいと、おっしゃっておいででした。」
「まぁ、そうなのね。 では私が、それを引き継がなければいけないわ。」
(旦那様のお義母様、立派な方だったのね。 孤児達の教育……いいでしょう! 先ほどのバザーと一緒に、孤児たちの学習の場、そして医療院運営を合法で回しましょう。 あぁ、前世の知識バンザイ。 しかし孤児が多いとなると……こちらも人手が……人手……戦で減る人手……減る……? あ!)
なんとなくうまくいきそうな予感に、知らぬ間に頬が緩んでしまっていたのかもしれない。 恐る恐ると言った感じで、アルジが私に問いかけてきた。
「しかし、奥様。 それでは人員の問題が……。」
アルジの問いかけに、私はにっこりと笑った。
「あぁ、それなのだけど。 じつは先ほどの話の中で思い出したことがあるの。」
ポン、と手を叩いてから、私の正面に座り、何やら書類を作成しているブルー第三騎士団隊長を見た。
「ブルー第三騎士隊長殿、今、お話してもよろしいかしら?」
「はい、大丈夫です。」
ペンを置いたブルー第三騎士団隊長は、私の方を向いて頷いた。
「本当に大丈夫ですの? もしかしたら急ぎの書類ですか?」
騎士団は忙しいのかもしれない。 そろそろ私も話を終えなければならないし、そう問いかけてみると彼は首を振った。
「いいえ。 明日、団長の決裁をいただくために、今奥様から伺った案や、医療班の事を書き留めていただけです。 それで、なにか。」
「そうでしたのね。 えぇと、確か騎士団の中に、受傷がもとで戦えなくなり、放逐された元騎士団員の方が、今も裏方でお仕事をなさっていると、先ほどおっしゃっていましたよね?」
「はい。 先ほどもお話した通り、戦えなくなった者達が、武具の手入れや、掃除などを行っております。」
「では、その方たちがよろしければ、医療班で働いてくださらないかしら? ここで洗濯や、お食事のお手伝い、掃除やその他にもしていただきたいことがあるの。 ここで働け、などと無理強いはしないけれど、そうすれば、騎士団の中で、旦那様に隠れてこそこそ気を使ってお仕事なさる必要はないわ。 だって旦那様ではなく、私が医療班として雇用するんですもの。 騎士団の中の医療班に所属。 もちろんお給金の件は額面の事ではブルー第三騎士団隊長殿に相談に乗ってほしいけれど、きちんとお支払いもするわ。 どうかしら?」
「なるほど! 良い考えですね! 仕事内容を伝え、明日にでも聞いてみます!」
大きく頷いて同意してくれたブルー第三騎士団隊長に、最後に一つ、確認をする。
「ありがとうございます。 では最後に確認を。」
「なんでございましょうか。」
真剣な面持ちになったブルー第三騎士隊長殿に、私は最も懸念すべきことを確認する。
「この騎士団の上部の中で、旦那様の医療班の扱いを是としている方は、いらっしゃいますか?」
「それは、なぜ?」
皆の疑問を、ブルー第三騎士隊長殿が代表するように言葉にした。
「なぜと聞かれますか。 それは、私が旦那様に逆らって、医療院を立ち上げるからです。 旦那様の意見を尊重し、医療班への『妨害』をされることを懸念しています。 ないとは言い切れないでしょう? 嫌がらせや、誹謗中傷など、医療班に入ってくださる方の士気を削ぎますし、私も御免です。」
(まぁ、やられたらやり返しますけどね……。 策はないけど、地位だけはあるし。)
にっこり笑ってそう告げると、意外にもブルー第三騎士隊長殿が静かに首を振った。
「今回の事は、最初に申し上げました通り、副団長全員や身近な者達が何度も団長には苦言を呈し、打開できなかった問題です。 奥様はそれに風穴を開けてくださった。 お支えをすることはあっても、否やというものはおりません。」
立ち上がった彼は、私の目をしっかりと見ると、静かに頭を下げた。
「我ら辺境伯騎士団は、奥様に心よりの感謝と、忠義をお返しいたします。」
「その言葉に嘘はないようですので、安心して私の責務を全うさせていただきますわ。」
にっこりと笑った私に、顔を上げたブルー第三騎士隊長はほっとした様子で再びソファに腰を下ろした。
(ま、完全には信じていませんし、許したわけじゃないですけどね!)
心の中で舌を出しながら、表立っては一つ、息を吐いた私はゆっくりと立ち上がった。
「それでは、私は騎士様たちの事が心配ですので、アルジと医療院に戻ります。 ブルー第三騎士隊長殿と家令と侍女長は、お願いしたことを早急に進めてください。 相談、確認は随時受け付けておりますので、勝手に進めず逐一報告をお願いしますね。 神父様はまた明日、お話をさせてくださいませ。」
「「「「「かしこまりました。」」」」」
それだけ言って、部屋を出ようとした私の背中に、揃った声が聞こえて、肩越しに頭を下げる皆を見て微笑みながら私はアルジを連れ、部屋を出た。
本部を出ると、外はすっかり暗くなり、深い木々の茂みの上に広がる空には、星がたくさん瞬いていた。
「すっかり遅くなってしまったわ。 ごめんなさいね、アルジ。 こんなことに巻き込んで。」
星空の下を歩きながら、医療院となった宿舎へ向かう中、後ろをついてきてくれるアルジに、私は静かにそう伝えた。
「でもね。 あの時、手伝うと言ってくれたアルジのお陰で頑張ろうって思えたし、旦那様とも、あの策士たちとも渡り合えたわ。 本当に感謝しているの。 ありがとう。」
「なにをおっしゃっているのですか、あたりまえです!」
少し、か細くなっていたであろう私の声に、アルジが元気に笑顔で答えてくれた。
「奥様の侍女になれた時、本当に嬉しかったんですよ! まぁ、思っていたのと違う生活になりましたけど、それでも、私は奥様の侍女ですもの! これからも、しっかりお仕えさせていただきます! 明日から忙しくなりそうですね!」
楽しみです! と、大きな荷物の籠を抱えて笑ってくれたアルジを頼もしく感じて、私は自然と笑ってしまった。
「えぇ、そうね。 アルジがいてくれて、本当に心強いわ。 一緒に頑張りましょうね。」
「はいっ!」
そうして私達は、医療院となった建物に帰ったのである。
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ようやく激動の一日目が終わりました。 長かったですね、すみません。
明日から2日間。 旦那様視線でお送りいたします。