26・医療院の運営会議(1)
「お待たせしました。」
応接室で私を待っていた3人は、私の後ろに控える侍女長とアルジにすこし吃驚したようだったが、経緯を説明し、同席許可を取った。
私は、先ほどまで座っていたソファに座ると、家令に代わり侍女長とアルジが新たにお茶を入れ、皆に配ってくれる。
「まずこちらが、明日以降、最速で用意していただきたい、作っていただきたい物資です。 書いてあるものでわからないものがあれば、どういう物か説明をしますので、いくらでも聞いてください。
それからこちらは、用意できるものから、代用できるものがあればそれでも結構ですので手配をお願いします。 軍で使っていない物があればそれを優先的に使い、足りない物は購入を。 購入費用は適切な価格を家令と共に確認してください。 価格が適正であると確認されれば家令はわたくしの私費から購入を。 贔屓の商会を使ってもかまいませんが、割り増しなどは許しません。」
必要な物を書いたメモ2枚、ブルー第三騎士隊長殿に渡した。
一枚目は医療資材、二枚目は医療院を整えるために使用する食器や家具などだ。
「拝見いたします。」
真剣な表情で頷き、メモに目をやるブルー第三騎士隊長殿にそれから、と私は続ける。
「使用許可をいただいたあの建物を、医療院として掃除、整備をする手配もお願いします。 それから、あちらにお預かりする傷病人には『カルテ』といって入室から退出までの記録を取ります。記録を取る理由は、その方の体調管理を大人数で行うための情報の共有、そして今後、どうしてよくしていくかの記録も兼ねております。そのため、名前や年齢、生年月日などを記入したプレートをベッドに付け、個人を識別し、管理させていただきます。 お見舞いの方が名を呼ばれても、どなたかわからない、では困りますしね。」
そう言うと、メモから顔を上げ、頷いてくれる。
「確かに。 騎士団でも顔見知り程度で名前のわからぬ者もおりますので、その都度、当人に確認するのは大変という事ですね。 空いている木札がありますので、そちらをお持ちいたしましょう。」
「えぇ、お願いしますね。」
これは、患者管理の一環だ。
前世では、病室の入り口やベッドへの名前の記入は、個人情報保護の観点から廃止され、手首につけるバーコードでの管理が増えた。 しかしこの世界にはパソコン自体がないため、チームで仕事をするとなれば対象をあの人、この人と呼ぶことは曖昧さによるミスを招く。
かといって個人を番号で呼ぶのは無機質……というか、監獄を思い出させてしまうので、はばかられる。
だからこそ、ネームプレートを採用した。
同時に採用したのは紙カルテ。
この世界には体温計や血圧計、酸素飽和度測定器もたぶんないので、検温表は必要ないと思ったが、後でお医者様が来た時や、振り返り学習で見返すためにも、日々の記録は残さなくてはいけないだろう。
(病状記録は、必ず時間と記録者の署名を必ず残すようにして。 最初はよくわからないだろうから、フローチャートにして観察項目をチェック方式にして……。 古の紙カルテ経験者でよかった。 今の若い子は紙カルテなんて知らないだろうな。 夜勤者は赤、日勤者は黒で記録するんだけど、消えるボールペンは使用不可とか大変だっ……あれ? この世界ってボールペンないよね? ……ひぇ! あのめんどくさい付けペンで書いていくの?)
ちまちまちまちま、インク瓶にペン先を付けて記録……なんて気が遠くなりそうだ。 先達の苦労が身に染みる。
ため息をつきながら、せめて万年筆を作りたい! と考え込んでいると、ブルー第三騎士隊長が私に声をかけてきました。
「あの、奥様。 申し訳ないのですが」
「なんでしょう?」
にっこり笑ってティカップを置いてそちらを見ると、困り顔のブルー第三騎士隊長が恐る恐る紙を差し出してきた。
「この病衣、吸い飲み、包帯、メ〇リンガーゼ、生理食塩水、体温計、血圧計、氷枕、湯たんぽ、鎮痛消炎剤、抗生物質、経口補水液、点滴……というのは、一体何でしょうか?」
「あぁ、やはりありませんか……。」
これは欲しい、もしかしたらあるかもしれない! と書いたものはほぼすべて全滅だった。
せめて一個くらいはあってほしかったと、しみじみ思いながら、説明をする。
「半分以上は希望というか、確認事項なので気にしないでください。
病衣というのは、釦を使用せず、前開きで、脱ぎ着しやすく、汗を良く吸い、通気性もよく、洗いやすく、しわになりにくい病人専用の寝間着です。 洗いざらしの綿の布で洗濯のしやすさ、通気性、着心地の良さの三点がすぐれたものが良いです。 これについてはいろいろお願いしたいこともありますし、作るにあたって説明もあるので、明日以降至急、腕の良い仕立て屋を呼んでください。 それから吸い飲みというのは、横になったままでも水分を与えやすくする道具、と言いましょうか。 ティーポットを手のひらの大きさほどにし、口に当たる部分は頑丈に、そして大切なのは、使いまわしはせず個人専用としたいので、多めに用意したいのです。」
と、解りやすいように言葉で説明しつつ、別の紙に、こういう感じのイメージの物ですよと絵をかき、そこに補足として説明文を入れていく。
それを見て感心したブルー第三騎士隊長殿だが、ほかの皆も覗き込んで、なるほど、とか、すごい、とか、これはわたくし達も欲しいですとか言いだした。
「なるほど、一通りわかりました。 病衣は私の知り合いの仕立て屋がおりますので、このメモを渡して、こちらに来てくれる予定を聞きます。 それから、吸い飲みとストローですが、ストローなるものは、乾燥させた藁筒の代用品がございます。 吸い飲みはメモを騎士団の職人に見せて頼んでみましょう。 かなり腕のいい者なので、仕事の合間になるとは思いますが作らせます。 試作品が出来上がりましたら見ていただけますでしょうか? 」
「それはもちろん、喜んで!」
試作品を作ってくれるなんて嬉しい悲鳴だ。
ブルー第三騎士隊長が私の前世の記憶をもとに描いたスケッチを大切に胸のポケットに入れた。
今日は遅いので無理だが、朝一番で手配し、やり取りをしてくれるという。
やはり騎士団にある夜着も、頭から上は、かぶるタイプ、下は緩いトラウザーズで紐で腰を調節するものらしいので、ひとまずその余りをまわしてもらうことにしたが、清拭のしやすさから言っても、前開きのいわゆる甚平や浴衣タイプのモノが欲しいところだ。
清拭用の桶や布類は、騎士団及び辺境伯家にあるものを、明日にでもたっぷりと用意してくれるということだから、明日からどんどん使っていける。
包帯や病衣を乾かす洗濯場に関しては、あの兵舎は実は2階建てで屋上に出られる建物であるらしく、まずは建物に沿って柵を作り、その柵を利用して紐を掛け、半分は洗濯干場、もう半分には2セット程小さめのガーデンテーブルセットを置き、気分転換を図れる場にすることになった(それは必要ですか?と聞かれたため、絶対に必要だ、と言っておいた)。
(屋上でシーツや包帯を洗濯、か……。)
前世の病院では昨今、衣類や消耗衣料品はほぼすべてレンタルや、使い捨てだったので、これから、私が屋上で病衣や包帯を干す、昔の医療ドラマみたいな展開に笑いがこみ上げてしまった。
「辺境伯家としても、奥様の御希望通りの物があるか、出入りの商人にそれとなく確認してみます。 桶やパーテーション、カーテンなど、こちらで使用できそうなものは、辺境伯家の倉庫にあるものをこちらへ運び入れてもよろしゅうございますか?」
家令が私に聞いてきたけれど、それには曖昧な微笑みを浮かべる。
「私の一存で決められないわ。 家令から旦那様に確認してくださいませ。」
「了承いたしました。 しっかり使用許可をいただいてまいりましょう。」
それは使用していいか確認、ではなくて使用していいと承諾を奪い取ってくる、というのでは? と思いましたが、ありがたいので黙っておこう。
ここまでのお話で、ひとまずの物資は何とかなりそうだと、わたしは安堵した。




