25・主人であることと、もう一人の策士
一瞬身構えてしまった私が見て聞いたもの、それは。
「お詫びしなければならないのは、私でございます。」
謝罪の言葉と、深々と頭を下げた侍女長だった。
「使用人への私の指導が行き届かず、奥様にご迷惑をおかけしました。 奥様に従わなかった者は本日付で解雇しました。 今後、奥様を煩わせることはございませんのでご安心ください。」
(今、侍女長はさらっと何を言ったの?)
己の耳を疑い、侍女長の後頭部を凝視する。
「顔を上げて頂戴。 解雇したとはどういう事?」
表面上平静を装う私に、顔を上げた侍女長は、背筋を伸ばし話し始める。
「使用人が、主の意向に背き逃げ帰るなど情けない限り。 本日付けで紹介状なしの解雇としました。 新しい使用人は手配済で、奥様にご不便をおかけすることはありません。 ご安心くださいませ。」
本当にさらっと、落ち着いた様子でここまで報告した侍女長に対し、平静を保ちつつ、心中大混乱の私。
「待って頂戴。 彼女達は休日で、しかも本来の仕事以外の事を断っただけよ? その私の我儘に、しっかり否と言えたのだから、解雇はやりすぎなのではないかしら?」
当日解雇など、尋常ではない。 何とか撤回を、駄目ならせめて紹介状は出せないだろうかという意味を含めて問うてみるが答えは同じ。
「主の間違った行動に対するそれであれば、私共もここまでは致しません。 ですが今回は騎士団への救援であり、その行為を断るなど騎士団を統括する辺境伯家の者として、断じてありえません。 この件に関しては旦那様より使用人の人事を任されております家令・執事・侍女長である私で決定いたしました。 奥様が慈悲の心を説かれましても、決して覆ることはありません。」
最後の言葉は、私が罪悪感を持たないようにと言ってくれた言葉なのだろうか。
会社で言うところの人事部や直属の上司がそう決めたのならしょうがないが……私の思い付きに逆らったばかりにと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そんな私の気持ちに気づいたのか、アルジが失礼ながら、と声をかけてきた。
「奥様。 王都では、貴族のご婦人は、率先して教会や孤児院で慈善事業をなさるとおっしゃっていましたよね? それに否と申す使用人はおりますか?」
その問いに対する答えは(習った限りの知識ではあるが)決まり切っている。
「いいえ、貴族の慈善活動は義務よ。 こう言う言い方は露骨だけれど、政治的アピールになったり、領民からの人気取りであったり、貴族間の社交にもなる大切な物。 だからこれは貴族の女性が担うとても大切な仕事よ。 その行為を勧めることはあっても、否という使用人はいないわ。」
(確かね。)
監禁教育期間中に、本当に俗っぽいというか、慈善事業=支持、人気集めの一つだと教えられ、ウンザリした思い出を振り返っていると、それを聞いていた侍女長が、私とアルジに大きく頷いた。
「そう言う事でございます。 奥様がなさったことは、教会や孤児院が、騎士団、しかも辺境伯家にとって最も重要な場所である本部の兵舎に、変わっただけでございます。 奥様が行う慈善活動の妨げを使用人がしたのです。 非常時の出勤は、雇用契約にございますし、今回は奥様から特別報酬も支払いが約束されておりました。 しかし、報酬だけ受け取り、仕事の内容が気に入らないと放棄した。 使用人として最もしてはいけないことでございます。 ですから、此度の解雇は妥当なのです。」
(報酬の件は私が許可したのだからよいのだけど……。)
侍女長の説明は、貴族としての知識や考え方の希薄なわたしにはわかりやすく、それゆえ、納得せざるを得なかった。
「なるほど……よくわかりました。 では、この件はそのように。」
「御納得いただけてようございました。 ……ところで。」
ゆっくりと礼を執った侍女長は、私を正面から見た。
「奥様。 本日はこちらへお泊りになると伺いましたが。」
私は躊躇なくうなずいた。
「えぇ。 迎えに来てくれたのに申し訳ないけれど、しばらく屋敷には戻れないでしょうね。 もともと離れに引きこもっている身、特に支障はないと思うけど、不都合はあるかしら?」
「いけません、それでは奥様が体を壊してしまいます。」
私の言葉を聞いたアルジが青ざめた表情でそう言うが、そんな彼女の背中をトントン、と、優しく叩いて諫める。
「一度手を出したものを無責任に投げ出すことは出来ないわ。 大丈夫、自分の体は大事ですもの。 食事もするし、睡眠も休憩だってとるわ。 ただ、医療班の体制をしっかり整える間だけ、無理を許してちょうだい。」
私の言葉に首をかしげたのは侍女長だ。
「体制、でございますか?」
「えぇ。 ここは先ほどまで、傷ついた騎士様をただ粗末な小屋の中に放置していただけの状態だった。 そうではなく、傷つき動けない騎士様を、手厚く看病し続けられる状態にしたいの。 屋敷の使用人は、仕事のシフト……勤務時間や休日などを、使用人規定に沿って決め、24時間主人に対応できるようにしているでしょう? それと同じ。 看病するのに昼も夜も関係ない。 家族のためならば身を粉にし、無償で献身するでしょうけれど、これは騎士様のための献身。 しっかり人数を配置し、賃金を渡し、無理なく長く、責任をもって続けられるようにしたいの。」
「しっかりした、納得できるお考えかと存じます。」
侍女長は納得してくれたようだ。
辺境伯家の使用人は、5日に1度の休日と、その業種にあった勤務時間が割り当てられているため、離れの屋敷で引きこもりお飾り夫人を満喫していた私にも、侍女が2人と、ホームメイド6人が付けられた。
対して、テ・トーラ公爵家は住み込みの使用人が少数精鋭で朝から晩まで働いていた気がする。 ブラック企業顔負けの勤務だったに違いない。
その点、体が資本! といいきり厳格なシフトを組んでいる辺境伯家は、家政がしっかりしていると感心したのだ。
自分は前世で、ブラック勤務をして早死にしたのだろうと推察すると、辺境伯家のお飾り嫁なんて、素敵なホワイト企業に就職できたことを感謝したい……医療班の体制が整うまで、ブラック逆戻りなのはつらいけれど。
「な、なるほど……。」
私の言葉に頷いたアルジに、畳みかけるように説明をする。
「こういう物は、あとでなぁなぁ……有耶無耶にならないよう、最初にしっかり決めるのが肝心なの。 病気の方や大きな怪我を負った方は、昼夜を問わず看病する事が必要で、そうするのには十分な人手が必要になる。 アルジは、今日、私と一緒に半日頑張ってくれたけれど、慣れないことが多くて、とても疲れたと思うわ。 これを丸1日、そしてずっと、休みもなくやったら倒れてしまう。 そうならないために、医療班を預かっていらっしゃるブルー第三騎士隊長様とみんなの勤務をしっかり決めておきたいのよ」
「奥様は、ブルー第三騎士隊長様にお会いできたのですね。」
僅かにほっとした表情でそう言った侍女長に、引っ掛かりを感じながら私は頷く。
「えぇ。 その流れで、旦那様より騎士団の医務班の権利を譲っていただいたから忙しくなったのよ。 口頭での話だったけれど、その場に3名の副団長さんと神父様が聞いていらっしゃったから言質は取っているし、家令もこの件に関しては関わってるようだから、今から書面にしてもらい、旦那様からサインをいただくわ。」
そこまで言ってから、私は目の前の侍女長を見据えた。
「もしかして、貴女も関わっているのかしら?」
その言葉に、ゆっくりと頭を下げた侍女長。
それを私は肯定と、取った。
「なるほど。 当家の使用人は本当に謀が上手ね。 あぁ、責めてはいないわ。 主人を嵌めた以上、私のために尽力してもらうけれど。」
「おっしゃる通りに。」
(本当に、私、使用人になめられていたのね……。)
今、こうして強い口調で言えたのも、前世を思い出したからこそ。
腹をくくり、こうして自嘲めいた笑いを漏らして居られるけれど、半日前の私なら……どうしてたかしら。
内心、溜息をつきながら、侍女長に時間の猶予があることを確認した私は、今日は絶対に! 奥様とご一緒します! と言って譲らなかったアルジを連れ、策士3人の待つ本部の応接室へ戻ったのである。




