21・私、切れてもいいのでは?
「とりあえず皆様が、旦那様を更生させたいという気概は感じられました。 まぁそれを、政略結婚で妻となった、たかが18の公爵令嬢に託す、というのは如何なものかとは思いますが。」
ため息混じりに言うと、申し訳ございませんと頭を下げる3人。
さてしかし、これからどうしたものかと考えてみる。
相手の策略にはまったものの、出来ることと出来ないことがあるからだ。
私とて、この状況がいいと思ってはいない。
(と、言うか、果てしなく最悪よね。)
何度目の、というか、もうため息しか出ない。
しかも、事前に状況を相談するならまだしも、何の状況も知らない、しかも家令は知っているはずの『政略で、なおかつ初夜のベッドで白い結婚を強いられた』弱冠18歳の世間知らずな令嬢を相手に策略を仕掛けた大人達。
私の被害妄想かもしれないが、小娘になら、なにをしてもいいだろう、もしくは辺境伯夫人になったんだから巻き込んでもいいだろう的な、『男尊女卑』的といっていいのかわからないけれど、そんな自分本位の考え方も気に入らない。
(そもそも、そんな策略にはまった自分にもムカつくのよね。 前世思い出す前だからまぁ、貴族嫌いはあったとしても、それでも世間知らずだったし、しかたないかもしれないけどね。 しかし前世を取り戻した以上、このまま舐められて傀儡になると思われたら困るし、そのつもりもないから意趣返しくらいはしておきましょう。)
やると決めた以上やるけれど、それでも、相手の思惑や期待の通りに動いたと思われるのは大変に癪! なので、これ以上はお前らの言いなりにはならないという意思表示をしようと、私は一つ、咳払いをして3人の視線を集めた。
「まず、最初にお話しておきますが、私はテ・トーラ公爵家の血縁者ではありますが、この契約結婚のために呼び寄せられた公爵家の只の駒であり、あの家に何か願いを言えるような関係性も、力もありません。 それから、テ・トーラ公爵家当主に騎士団の現状を訴え援助を求めることは、テ・トーラ公爵家に弱みを作るだけですから得策ではありません。 あの家の人間は権力が大好きですからね。 テコ入れを名目に、ここぞとばかりに辺境伯騎士団へ介入してきますわ。 そういうあの家の顔と、あの家と私の関係性など、モルファ辺境伯家の家令や騎士団の皆様であれば、とうの昔に調べていたでしょう? それでもこの様なことを謀られるなんて……皆様、本当に、藁をも掴む思いだったのですね。」
「……。」
ふふふ、と、淑女の微笑みを浮かべならが嫌味たっぷりにそう告げると、青い顔で視線を落とした3人。
やっぱりね、と私はため息をつく。
「無言であるということは、肯定と判断させていただきますわ。 であれば、現状を私に訴えても何もならないのではないでしょうか? あぁ、それとも……」
(言っていて気が付いたけれど、考えうる可能性の中で、こっちの目的もあったのかしら? 確認してみるか。)
さらに笑みを深めて全員に告げる。
「旦那様が若い嫁に絆されたところで、その嫁からおねだりでもしていただきたかったのでしょうか? もしそうだとしたら、本当に浅はかですわ。」
言い終わる前に、とんでもない! と首を振ったブルー第三騎士隊長様と神父様だが、その慌てぶりではどうやらわずかには、それも加味されているようだ。
ちょっと想像してみよう。
今の可愛い姿に補正した上で、見た目は最高にかっこいい、けれど中身は残念極まりない旦那様相手に、上目づかいで、鼻にかかるような猫なで声を意識し、甘えながら旦那様におねだり……。
うん、想像だけでも虫唾がはし……いや、前世の記憶関係なく、私の性に合わないから却下させてもらおう。
(しかし本当に最低っ! 女を馬鹿にするなっ! て言いたい! ……けど、じつは文化水準的には、この世界、まだまだ女性軽視の強い社会背景なのよねぇ。 時代錯誤だわ~……とてつもなく面倒くさい。)
なんだか物凄くムカついたので、もう2、3釘差しておこうと、にっこり笑みを深める。
「まぁまぁ。 御三方にはいろいろと思惑がおありなのですね。 よくわかりましたわ。 しかし、家令のジョゼフはわかっていると思いますが、そちらに関しても残念ながら、絶対にご期待には添うことは出来ませんので、ご了承くださいませ。」
そう言い切ると、額に汗を浮かべたまま、さらに青い顔をした家令と、それを見て察したのであろうブルー第三騎士隊長殿と神父様。
あぁ、流石に執事も、ここまでのお話はされていなかったようだ。
(初夜のベッドの上で旦那様からしっかりと契約結婚って言いきられて、私は純潔のまま、翌日には離れのお屋敷に引きこもっているのを、契約の時にいたのだから、すべて知っているでしょうに……。 え? まさか、この話を聞いて、私が関係修復に奔走するとでも思ったのかしら。 そうだとしたら本当に浅はかだわ。)
私の言葉に、家令の顔を見るブルー第三騎士隊長と神父様は、すっかり顔色をなくしている。
(そこまでは考え過ぎかしら? まぁどちらにせよ、本当に、馬鹿馬鹿しいことに巻き込まれたなぁ……嫌になって来た。)
正直、ここまで馬鹿にされた以上、さっきのやりません、だって騙されたんだもん! と、ここですべてを突っぱね、契約の関係上、婚姻関係は保ちつつ、さっさと屋敷を出、辺境伯領のどこかで身分を隠しながら、ふもとの修道院かどこかで純潔を確認していただいたうえで、婚姻関係が残っているから修道女にはなれないまでも、神に仕える者として民のために働いていた方が断然楽じゃないだろうか。
そして数年後か十数年後かはわからないけれど、打ち捨てられた騎士様やその家族の不平不満が積もりに積もったその時、暴動が起きたとしても、すでにその頃には民のために働くものとして認識してもらえているだろうから、自分は助かるだろうし、……旦那様やこの方たちもがどうなろうとも自業自得だと言っても怒られないだろう。
(な~んて、見捨てられたらよかったのに。)
思い出されるのは、今、苦しんでいる23人の騎士様たちと、8名の亡くなった騎士様だ。
領民のために国境を守り、魔物や他国からのならず者たちと戦って傷を負ったのに、劣悪な環境に捨て置かれる騎士様を放っておくことは、前世を思い出し、あそこまで手を出してしまった以上、絶対にできない。
同情?
罪悪感?
間違った正義感や使命感?
あの時、何とかしなければと体が動いてしまった感覚は、どれも違う気がする。
(そしてその感覚は、ここで捨てたら絶対後悔するし、夢見も悪い。 かといってこの人たちの思惑通りに動くのも、そう思われるのも絶対に嫌っ! だからここからは、私が主導権を握らせてもらうわ。)
なんたって、とりあえずは私は『公爵家の娘で、辺境伯夫人』という肩書を背負わされているのだから、それを全力で使えばいいだけの話だ。
(……胸糞悪いけれど、私の青い血とやらに頑張ってもらいましょう。)
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